第22話 ワンダーラスト・ゴッデス

 ソリテュード島に漂着してから一晩明けた。茅と夜警を交代して短い睡眠を取った僕は、故障したボートの窓から差し込む朝日に照らされ目を覚ます。

 周りを見るとみんなの姿はなく、僕は外に出る。

 そこに同じく漂着したパウリーネ、芽亜里、茅、そしてゲオルグの四人が、火の弱まった焚き火を囲んで朝食を採っていた。


「あ、クロムおはよう。寝れた?」

「うん、何とかね」


 みんなの傍に寄った僕に気付いたパウリーネが挨拶する。みんなも焼いた芋を手に持ちながら僕に顔を向けた。

 みんなの顔を見て安心する。寝たなんて言ったけど、本当はあまり寝れなかった。

 何が起こるか分からない魔境で、寝て起きたらみんないなくなってるんじゃないかと不安だったから。


「ねえ、取り敢えず食べましょう。ハイ、クロム」

「あ、ありがとう」


 輪に入って、隣のパウリーネから昨日採って来た芋を焼いた物を渡される。

 皮は紫色で焼き芋みたいな形だけど割ると実は雪のように真っ白だ。ホクホクした食感で味はじゃがいも、何故かレモンみたいな風味がある。

 酸味は無くてちょっと不思議な感じだけど、飽きのこないおいしさだ。


「え〜とね〜……これからの行動についてなんだけど〜〜……」


 僕が芋を食べ始めてから、茅が喋り始める。

 朝まで見張りをしていたからか、それとも現状で危険はないと判断したからなのか、いつもの眠たげな彼女だった。


「一度、空から島を見てみようと思うの〜〜…」

「空から?」


 意外な提案に首を傾げる僕。


「この島色々オカシイでしょ? ゲオルグの背に乗って、島全体を見て何処に何があるか知っておいた方がいいって茅が言っててね。昨日の谷みたく、急に変な所に出る可能性もあるし」

「ひょっとしたら、空から移動した方が食料が安全に手に入るかも知れないしね」

「そうなのかな?」


 まあ海や密林の中よりは見晴らしが良くて危険を察知しやすいというのはあるかも知れない。


「ま、そういう訳だ。クロム、サッサと食っちまえ。お前が食い終わったらすぐ出るぞ」

「え、待ってよ。まだ食べ始めたばかりなのに」

「グズグズすんなって、ほらそんな小さいの一口で食えるだろが」

「ちょ、ちょっと待ってよ」

「ゲオルグ、せっつかないでよ。クロムの喉に芋が詰まるでしょ?」


 じれったくなったのかゲオルグは僕の腕を掴み、手に持っていた芋を僕の口に押し込もうとする。

 慌てて反対の手で芋を抑えて抵抗する。その様子を見たパウリーネがしかめっ面でゲオルグに突っかかった。




 急ぎ朝食を終えた僕たちは、竜形態となったゲオルグの背に乗り、大空を駆ける。

 遠目に色鮮やかな大型の鳥が何羽も見え、中にはゲオルグと同じくらいと思われる銀色の大きさの鳥もいた。

 ただ、こちらの様子を窺うだけで襲ってくる様子はない。


 島全体が俯瞰ふかんできる高さまで上った僕たちは島を見下ろす。

 島全体は密林ジャングルで覆われて地面がほとんど見えない。

 僕たちがいた海岸の反対側には休火山と思わしき、山頂が窪んだ赤茶けた巨大な山があった。島の五分の一を占めるほど麓が広がっている。密林の陰に隠れているのか、僕たちが落ちた谷は見えない。


 そして島の周りで海に接しているのはほとんど切り立った崖だ。僕たちがいた海岸の他にこの島に海から上陸するのは無理そうだった。

 その海には小島どころか海から突き出た岩一つ無い。


 今度は視線を上げ、周りを見てみる。

 島の上空は青空が広がっていたけど、遠巻きで周りの海の空は処々黒雲が浮かび、雷を鳴らしている。

 それが急に霧散したかと思ったら、今度は違う所から突然現れる。

 そんなのが島の周りの上空にだけ起きてるのだった。その雲から芽亜里は濃いマナを感じると言っている。

 明らかに異常だ。これがこの島独特の現象なのだろうか。


『やっぱこのまま島から出れそうに無いか?』

「ええ、まるでこっちを見張ってるようだわ。誰か魔法でも使ってるのかしら」

「見た感じクロスポートの半分くらいの大きさの島だよ? そんな広大に周囲の天候を操る魔法があるの?」

「島の中心に大型で複雑な魔法陣を描いて、シアンクラスの魔道士が何人かいればあるいは?」

「こんなひと気のない〜……猛獣、珍獣だらけの島で〜無理でしょそんなの……」


 現実味のない馬鹿な話をする僕たち。けど帰って脱出が困難な事に気づき、僕たちはひどく気落ちした。


「と、とりあえず食料を探しましょうか。その為にも飛んだんだし」

「そうね〜…じゃあゲオルグ、取り敢えずあの山に行ってくれる〜〜……」

『おう』


 そう言ってゲオルグはこの島の唯一の山に向って下りながら飛行して行った。

 その間にも巨大な鳥たちは遠巻きに僕たちを見つめていた。




 山の中腹辺りに降り立った僕たちは、周囲を見渡す。

 山肌は赤茶けた岩石でできていて、背の低い草がちらほら生えているだけだ。

 ここには生物の気配が無い。昨日の密林とは大違いだ。

 見晴らしが良くて、崖の上から島の密林の半分以上が見える。その端には僕たちが漂着した海岸も見えた。


「獣どころか虫一匹いないわね」

「生えている草も駄目ね〜……抜いてみたけど〜根っ子も小さくて食べられそうにないわ〜〜……」

『ここじゃ食いモンは期待できそうにねぇな』


 背後から仲間たちの愚痴る声を聞きながら、僕は他に何か無いか辺りを見回した。

 すると崖際に違和感を感じて、近づいてしゃがんで見る。


「クロム? 何か見つけたの?」

「……足跡だ、人の」

「え?」


 赤茶色の岩の上に、黒ずんだ模様の様な物が見える。じっと見て、それがブーツの底の跡だと気付く。

 それが一対揃って、崖の方に向いていた。更にその一歩先の、崖際ギリギリに同じ左足のブーツの跡が見つかった。


 その事を周りにいた仲間に伝え見せる。


「人の痕跡があったの!?」

「うん、足跡もかなり新しい」


 そう言って僕たちは足跡を覗く。けど同時に違和感もあった。


「でも何か変よ? この足跡、何かの汚れが靴に付いて出来たようだけど、これより後ろには全く足跡が無いわ」

「それに…崖際の足跡は〜片方しか無いよ〜…? しかも爪先が崖で途切れちゃってる……」

『……つまりどういうことだ?』


 他に足跡が無い事については理由が分からない。ただここに足跡が崖に向って進んでいるって事は……


「……飛び降りたって事?」


 想像していた最悪の事態を、芽亜里が口に出した。


『ハァ? なんでそんな事するんだよ?』

「……他に人がいない、ここから出られない事に耐えきれなくなって……とか」

『何だソレ? 人間ってワケわかんねぇ』


 芽亜里が躊躇いがちに話す。けどそれを聞いてもドラゴンであるゲオルグには、人間のそんな心情を理解できないようだ。


 僕は崖際に立ち、軽く俯いて下の密林を覗き込んだ。


「クロム、危ないわよ?」

「……下に降りてみよう」

「え?」

「可能性は低いけど、まだ生きてるかも知れない。そうだったら助けないと」


 僕の言葉が意外だったのか、仲間たちが目を丸くする。けどすぐにパウリーネが賛成した。


「…そうね。生きていたら私の〈ユニコーン〉で助けられるわね」

「そ、そうね。こんな状況だからこそ、協力できる人が増えるのはありがたいし」

『いや、この高さじゃ普通の人間はまず助からないだろ? 下に木があるとはいってもよ』


 けど、ゲオルグが崖下を見て冷静に話す。

 確かに僕の言ってることは無茶苦茶だ。地上までざっと見て100m程はあるこの高さから落ちて、無事だと思うのは馬鹿だろう。

 分かってはいたけど、人がいるならこのままにして置けないと思ってしまう。


 けど次の茅の言葉は意外だった。


「でも私もクロムに賛成ね〜……助けられるなら助けるのが当たり前だし〜〜……それに、ダメだったとしても、何か良いものを持ってるかも知れないよ〜…運が良ければ保存食とか持ってるかも知れないしね〜〜……」


 僕とは違う理由で降りようと提案する茅。意外とドライな彼女に閉口してしまった。

 とにかく、崖を降りると決まった僕たちは、再びゲオルグの背に乗って崖から降下し、密林に入るのだった。




 崖の上から降りて密林に入った僕たちは、そこにいると思われる人を探していた。

 ゲオルグは人がいた場合を考え、人間態になってもらっている。


 ところが、人影はおろかこの場所に落ちた様な形跡すら無かった。

 木の上に引っかかったのかと、念の為に登って確かめたけど、木の枝が折れてもないし、さっき見た足跡すら無い。


「どうなってるんだ?」


 登っていた木を滑り降りながら、予想外な事に僕は困惑してしまう。


「いないのは人だけじゃ無いわ。昨日は姿を見せなくても、感じ取っていた猛獣の気配すら感じない……」


 密林に入ってから、茅は気張って覚醒状態になり周囲を警戒していた。

 けど昨日とは打って変わって、全く気配を感じない事に彼女も戸惑う。


「そういえば上の足跡、踏み出していたように見えたわ。跳んで落ちたのかも。もう少し奥に行ってみましょう」


 確かに今思うと、足跡は躊躇っているような痕跡じゃ無かった。

 けどそうなると自殺するために飛び降りた訳じゃ無い事になる。あんな高い所から思い切り踏み出した理由は何だろう?


 そんな事を考えながら、奥に進んでいく。けれどもやはり人の痕跡も、獣の気配も無い。

 そんな様子にかえって気味が悪くなる。嵐の前の静けさとはこういう事をいうのだろう。


 ところが、パウリーネが何かに気付いて僕たちを呼び止める。


「待って……何か聞こえない?」

「え? 何も聞こえないけど…?」

「私も……」


 パウリーネが頭の上の猫耳を立て、耳を澄ます。

 僕たちも同じようにするけど、芽亜里と茅は何も聞こえないらしい。

 けど、僕には確かに聞こえた。


 硬い金属が何かにぶつかる音、木々がなぎ倒され倒れる音、低く唸る獣の声。


 遠くで微かだけど確かに聞こえる。


「パウリーネの言う通りだ! アッチの方で音がするぜ!」


 ゲオルグにも聞こえたらしい。音のする方を指差し吠える。


「もしかして、崖上にいた人かしら?」

「でも何かおかしいよ、獣の声が聞こえるし、もしかして襲われているのかも!」

「本当!? だとしたら急がないと!」


 探していた人が猛獣に襲われていると察した僕たちは、ドコに獣が潜んでいるかも分からないのに、急いで音のする方に駆け出した。




 音のする場所に来たら、視界が開けた。

 けどそれは密林を出たからじゃない。あちこち生えていた木々がなぎ倒され、木の葉で遮られていた青空が広がっていたからだ。


 鬱蒼としていた密林に遮られていた日光が、突然目に刺さってつい腕で覆ってしまう。

 眩しさに堪えながら見ると、10mもの巨体の2本足で立つ青紫の鱗に覆われた、トカゲの様な背中が見えた。

 前に図鑑で見た肉食の恐竜のようだ。


 恐竜は僕たちに気づかないのか、背中を向け低い姿勢で何かに身構えている。

 巨体に遮られてよく見えないけど、恐竜の股下から白銀の具足で覆われた人の足と、その傍に長い棒のような物が覗かせていた。


「何あれ、恐竜!?」

「向こう側に人がいるよ! やっぱり襲われていたんだ!」

「クロムとゲオルグはあの恐竜の気を引いて! 私達はあの人を助けに向かうわ!」

「分かった!」「おう!」


 茅が素早く指示を出し、僕とゲオルグは背を向けた恐竜に飛びかかる。

 そこで気付いたのか、恐竜が首をこちらに向ける。その顔を見て僕はギョッとした。

 顔つき、フォルムはティラノサウルスのような如何にも獰猛な恐竜と言った見た目だけど、その目が死んだ魚の様に濁っていた。


 まるでゾンビのような不気味な視線に怖気を覚えた僕は反応が一瞬怯み、恐竜に先手を許してしまう。

 背を向けたまま長く太い尻尾を僕に振り払う。何とか反応してシールドを張って防ぐけど、勢いで横に吹き飛ばされ、木に叩きつけられてしまった。


「何やってんだよ!?」


 僕の不甲斐なさにゲオルグは声を荒げながら、半竜態となって冷気のブレスを吐いて敵を氷漬けにしようとする。

 けど恐竜は一度氷漬けにされたけど、その氷を自力で割ってしまった。そしてゲオルグに向って突進していく。


「なァッ――!?」


 恐竜に頭突かれたたゲオルグ。そのまま走り出して木に向って、頭に付いたゲオルグを押し潰そうとする。

 だがゲオルグは恐竜の頭を掴み、木にぶつかる直前に恐竜の頭をよじ登って脱出した。

 木の幹にぶつかったのは恐竜の方だった。当たった木は幹が折れ倒れてしまう。


 そのまま羽ばたいて恐竜の背後を取ったが、恐竜はすぐ振り返り、再びゲオルグに襲いかかった。


「クロム、大丈夫!?」


 いつの間にか、僕の側に襲われている人に向かっているハズのパウリーネがいた。心配そうに僕を覗き込む。

 僕は彼女を心配させまいと、立ち上がった。


「大丈夫…痛いけど大した怪我じゃないよ。それより襲われていた人は?」

「今、芽亜里達が側にいるわ。貴方が吹き飛ばされたのを見て、茅がクロムのところに行ってって……アレ!?」


 パウリーネが振り向いて芽亜里達の方を見る。けど二人は襲われていた人の顔を見て、何故か固まっていた。

 僕は二人と、その側にいる人を見る。


 襲われていた人は白銀の甲冑に身を包んだ女騎士のような人だった。

 膝まである長いライトグリーンの長い髪に海のように深い青い瞳で、透き通るような白い肌の綺麗な女性だ。

 彼女も芽亜里達を見て驚愕の表情を浮かべ固まっている。


 ただ事ではない様子に、僕たちは三人に駆け寄り声をかける。


「二人共、どうしたの? その人がどうかしたの?」

「……どうして?」

「え?」


 僕たちの呼び掛けに応じなかったけど、芽亜里が突然、目の前の女性に疑問の言葉を投げかけた。

 そして次には非難がましく言葉をぶつける。


「どうしてアナタがここにいるのよ!? 私達がどれだけ心配したか分かってるの、『リヴィア』ッ!」

「いや、それはその……」


 リヴィアと呼ばれた女性は芽亜里達から視線を逸らし、煮え切らない態度で口籠った。

 芽亜里は半泣きで彼女を睨みつけ、茅も眉を顰めていた。

 それに困惑した僕はつい訊ねた。


「え、ちょっと待って。この人知り合い?」

「知り合いも何も、彼女は私達の仲間よ! シャイニングメテオズにいたの!」


 怒鳴りながら芽亜里は僕の疑問に答えた。その答えに僕とパウリーネは驚いた。


「仲間って……呼んでも集まらなかったって言ってた?」

「呼ぶどころじゃ無かったのよ! 彼女、シャイニングメテオズが解散する直前に姿を消したの! 何も言わないで!」

「……まさかこんなところで会うとはね、今までどこで何をしていたのかしら?」


 芽亜里が憤慨して息を荒くしてリヴィアを凝視する。茅も怒りを露わにして彼女を問い詰めた。

 そんな二人の怒気に押されたのか、自分の身長よりもある長槍を両手で抱えながら縮こまっていくリヴィア。


「オイお前ら!! 何ダベってんだよ!! 俺は戦いが好きだけどなぁ、こんな面倒くせぇ相手を俺一人に押し付けるんじゃねぇよ!!」


 突然ゲオルグに怒鳴られそっちを向く僕たち。

 見ると彼は飛び回りながら、しつこく迫る恐竜から逃げ回っていた。


 恐竜はあちこち火傷を負っていたけど、そんな事にお構いなしにゲオルグに執拗に襲いかかる。

 どうやらゲオルグが何度もブレスを放って攻撃していたけど、敵は全然堪えてないらしい。

 痛覚がないのだろうか?


「と、とにかく今はあの恐竜をなんとかしよう。話はその後でもできるからさ」

「そ、そうね。ゲオルグもキツいだろうし、援護に向かいましょう」

「……待って」


 僕たちがゲオルグの援護に駆けつけようとした時、リヴィアが呼び止める。


「アタシに任せて。元々そうするつもりだったし」

「え? 何言ってるの?」

「ゴメン、でもアレは色々危険だからさ。アタシがやった方が被害が抑えられる」


 さっきまで襲われていた彼女は気品溢れる外見と違い、男勝りな口調で自分一人に任せろと言う。

 でもいくらなんでもアレを一人で戦うなんて無茶もいいところだ。


「いや、でもさ――」

「分かったわ。でも終ったらちゃんと説明してね」

「茅!?」


 リヴィアを諭そうとしたけど、茅が申し出を飲んでしまった。

 隣にいる芽亜里も眉を吊り上げながら見ていたけど、止めようとはしない。


 かつての仲間の許可をもらい、白銀の女騎士はゲオルグを執拗に攻める恐竜に向って歩き出す。


「二人共、正気なの!? アレ相手に一人で戦わせるなんて!」


 勝手にいなくなった事に怒って無謀な事を許したのかと疑い、二人に語気を強めて責めてしまう。

 けど芽亜里はそっけなくも彼女を信頼していた。


「大丈夫よ、彼女なら」




「オイ、何してんだよ!?」


 未だに仲間の援護がなく、ゲオルグは苛立ちに声を荒げる。

 そんな彼に恐竜は体を回転しながら、遠心力を乗せた尻尾の打撃をお見舞いした。

 腕でガードしたゲオルグだが、吹き飛ばされ地面に叩き付けられそうになる。


 だがその前に、彼の体はリヴィアの腕に受け止められた。

 左腕に抱えられたゲオルグは呆然とリヴィアの顔を覗き込む。


「ゲオルグ、だっけ。後はアタシがやるから休んで」

「ハ……? いや、誰だよお前は?」

「……芽亜里達の仲間」


 そう答えながら、ゲオルグを支えながら地面に座らせる。

 彼が地面に座り込んだのを見た彼女は、更に数歩前に出て、右手に持っていた槍を両手に持ち直し、穂先を敵に向けた。

 そして軽く屈み、槍を構えたまま突進した。


 向ってくるリヴィアに恐竜は身を乗り出し、大口を開けかぶり付こうとする。

 彼女は大きくサイドステップして左に躱し、体ごと槍の向きを変え、降りてきた恐竜の頭の目を一突きした。


 槍の穂先が白く濁った恐竜の目に深々と刺さる。恐竜は首を上げながら、痛みからか雄叫びを上げた。

 その前にリヴィアは恐竜に刺さった槍を持ってかれないよう、敵が頭を上げ始めたと同時に引き抜いていた。

 そしてバックステップで数歩下がって距離を取り槍を構えなおす。


 恐竜は今度は反時計回りに体を回すと同時に、尻尾を横薙ぎにしてリヴィアに仕掛けた。

 それに対し彼女は、横回転スピンしながら上に跳躍した。

 彼女の体は地面に対し、空中で回転しながら体の軸を縦向きから横向きに傾ける。そして回転しながら槍を振るった。

 彼女のいた地面に恐竜の尻尾が振り抜かれるそのタイミングで、槍の刃の回転斬りが交差して襲いかかり、尻尾の先が切り落とされた。


 リヴィアは空中で回転しながら姿勢を整え、ブレることなく地面に着地した。


 尻尾を切り落とされた恐竜は怒りからか、リヴィアに向って咆哮ほうこうを上げた。

 だが当の彼女は自分が切り落とした尻尾の方を見て、気にしてる素振りも無かった。


 それが挑発となったのか、恐竜はまたも齧り付こうと飛びかかった。

 それに対しリヴィアは上に思いっきり跳んだ。

 獲物を逃した恐竜は頭を地面に近づけたまま上を見上げたが、彼女の姿を見て勢いよく立ち上がり、さらに見上げる。


「天使……?」


 ゲオルグの側に駆け寄っていたクロム達は、そこでリヴィアが恐竜と死闘を繰り広げているのを目の当たりにしていた。

 そして彼女が敵の攻撃を跳んで躱したと同時に、彼女の変化を見たクロムが驚きでつい呟く。


 リヴィアは背中に白く輝く翼が生え、それを羽ばたかせながら滞空し、恐竜を見下ろしていた。

 その神々しい姿を初めてみたクロムはもちろん、パウリーネとゲオルグも唖然としてしまう。


「あ、あの人は一体!?」

「彼女、〝神〟なのよ。」

「カミ? ……え!? 神様!?」


 クロムの疑問に、芽亜里が簡潔すぎる答えを返した。

 一瞬その言葉の意味が分からなかったクロムは、間抜けなオウム返しをした後に仰天してしまう。パウリーネもゲオルグも似たような反応だ。

 そこで茅が説明し始めた。


「多元宇宙には【神界】と呼ばれる、神々がいる世界があるの。彼女はそこにいた『魔を討つ女神』なんだけど、半年前に神々ですら手を焼く次元犯罪者が現れてね。OCMMに協力するとして彼女が私達の下に派遣されたの」

「いつも神界を抜け出しては、異世界を放浪する問題児らしいけどね。それで付いたあだ名が放浪癖の女神ワンダーラスト・ゴッデスだから」


 茅の説明した後に、芽亜里が呆れてリヴィアを扱き下ろすような事を言う。

 まだ怒っているのが見て取れる。


 そんな仲間の陰口など露知らず、空中にいたリヴィアは翼を一つ大きく羽ばたかせる。

 すると翼から白く輝く羽根が数枚飛び出した。彼女は槍を振るい、それを槍の穂先に当てた。


 すると、槍の穂先から光が放たれ、光り輝く巨大な刃と化した。

 ホッソリとした長柄の槍は、無骨で巨大な光の刃を纏う大剣と化す。


 自身の三倍はある長大な剣を両手で持ち構え、翼をはためかせ地上の恐竜に向かって降下する。

 恐竜は向かってくるリヴィアに噛みつこうとするが、簡単に躱される。


 そのまま着地した彼女は大剣を横一文字で薙ぎ払う。

 恐竜は両足を切断され、その胴体が倒れ伏そうとした。

 だが執念深い恐竜は倒れながらリヴィアに噛みつこうとする。


 リヴィアは頭上の凶暴な恐竜の首に向かってまず大剣を横に一閃した。

 そしてすぐさまそれと繋がっていた胴体に向かって大剣を振るう。


 縦、横、ナナメ、横――

 青紫の鱗に覆われた巨体に向かって、目にも見えぬ速さで大剣を縦横無尽に振り、切り裂いていく。

 巨体を十回も切りつけたリヴィアは後方に飛び退き、距離を取って着地して身構えた。


 それと同時に目の前の恐竜の体は、まず首と胴が切り離され、次いで胴体がバラバラの肉塊と化して地面に崩れ落ちた。


 魔境の猛獣すら恐れる凶暴な恐竜に対したった一人で圧勝した女神の後ろ姿を見て、芽亜里と茅は得心し頷き、初めて彼女に会ったクロム達は開いた口が塞がらなかった。




 リヴィアの活躍により不気味な恐竜はバラバラに切り裂かれた。

 だが、それをやった張本人は油断せず大剣を構え、目の前の肉塊を見据えている。


 しばし動かない彼女だったが、意を決し、


「スゲェな! あのしつこいデカトカゲを一人でケチョンケチョンにするなんて!!」


 突然背後から、ゲオルグに至近距離で声を掛けられたリヴィアはビックリして、つい纏っていた神力を解いてしまう。

 彼女の手に持っていた大剣は光の刃が霧散し、元の白銀の長槍に戻ってしまった。


 慌てて振り返る彼女の背後には、いつの間にかクロム達が近づいていた。

 目の前に集中していたリヴィアは虚を突かれて慌てている。


「あ、アンタ達いつの間に?」

「スゴイですね! あんな怖そうな怪物を簡単にやっつけちゃうなんて!」

流石さすがね。ヘルタやパメラ、シアンと並んでエースを張るだけはあるわ」


 彼女の凄まじい戦いぶりにゲオルグもクロムも彼女を称賛し、茅も感心した。


「い、いやあのね」

「さて、それじゃあどうして私達に何も言わずに離れたのか吐いてもらいましょうか? もちろん今まで何をしていたのかもね」

「待ってよ芽亜里…!」


 勝利した彼女に、容赦なく圧を掛けてこれまでの経緯を尋ねる芽亜里。

 だがリヴィアはそれを押し留めようとする。

 その対応に旧友の芽亜里は頭にきて責め立てる。


「この期に及んでまだ隠し事をするつもり? アナタは神にしては奔放で気さくだと思ってたけど、意外と薄情だったのかしら?」

「い、いや……その、アタシも心苦しいんだけどさ……!」


 困惑しつつも、しぶとく理由を語ろうとしない戦いの女神様だった。

 だがパウリーネの不注意が、そんな彼女をさらなる危機におとしいれる事となった。


「ずいぶんしぶとい奴だったわね……あら、何かしら? この切り口、違和感があるわね…?」


 クロム達がリヴィアに迫っている間に、パウリーネは一人、むくろとなった恐竜に近づいていた。

 それに気付いたリヴィアが、パウリーネに鋭く警告した。


「――!! 近づいちゃ駄目! まだは無傷なのよ!!」


 だがリヴィアの警告は僅かに遅かった。

 ある恐竜の肉片から、赤黒く細長いつるのような触手がいくつも現れた。

 その内の一本がパウリーネの足を絡め取り、彼女を真っ逆さまにして吊り下げた。


「キャアァァァァッ!?」

「パウリーネ!?」

「しまった!!」


 パウリーネを捕らえた触手と同じ物が、他の恐竜の肉片達に伸びていき食い込んだ。

 触手が全ての肉片に食い込むと、触手を這い出した肉片が一際高く浮き上がり、他の肉片がそれに引かれ釣られる様に宙に浮き上がる。


 リヴィアによってバラバラに裂かれた恐竜の死骸は、まるでパーツが分かれたマリオネット人形の様に吊られ浮遊しながら蠢いている。

 パウリーネもその中に紛れ、触手に逆さ吊りにされていた。


 そして一高く上っていた肉片から、おぞましい物が這い出てきた。


 一言で言えば、それはクラゲだった。

 だがその胴体は透明なゼリー状ではなく、光沢のある赤黒い厚みのある傘だ。表面には血管の様な物が浮き出ている。

 その下には同じく赤黒い、数mもある蔓のような細長い無数の触手を生やして蠢いていた。

 直視に耐えない、グロテスクな見た目に芽亜里は吐き気を覚える。


「ウッ……な、何よあれ!?」

「寄生生物だよ! アイツは獲物を殺した後、体内に入り込んで触手を張り巡らして死体を操る、悪趣味極まりないヤツだ! アタシが切り刻んだヤツも、最初から死んでいてアイツに操られていただけだ!」


 這い出た赤黒クラゲは新たな触手を出す。それは他と違い人の腕ほど太い。

 その先が割れ中を覗かせると、無数のトゲのような歯がビッシリ生えているのが見えた。


 触手状の口は近くにあった肉片に齧り付き、削るように貪っていく。

 その光景を見たクロム達は全身に怖気が走った。


「あ、あんな生物までいるのこの島は……!?」

「いてたまるか! いちゃいけない!!」


 つい口走ったクロムの言葉に、リヴィアは激しい嫌悪を以って否定する。

 その様子に、クロム達は目の前の敵と恐怖を一瞬忘れ、リヴィアを注視した。


 リヴィアは自分が感情的になってしまったことに気づき、誤魔化そうとする。


「と、とにかくあの猫耳の娘を助けないと! このままじゃあの子も殺されて操られちゃうよ!」

「そんな!? ダメだそんなの!」


 パウリーネが危機に陥っているのを改めて聞かされたクロムは、トンファーを構え今にも飛びかかろうとする。


「焦らないでクロム! まずはアイツの気を引きましょう。リヴィア、囮を頼める?」

「分かった」


 そんな気が早るクロムを茅が抑え、即興で敵を陽動してパウリーネを助ける作戦を提案する。

 その囮役を再会したばかりの旧友に頼んだ。

 彼女に疑念を持つ茅だが、他に手はない。


 リヴィアが空高く飛翔し、寄生クラゲに襲いかかる。

 それと同時にクロム達はパウリーネを助けるべく駆け出すのだった。

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