第23話 残虐な別れ

 一度入れば生きて帰る事は叶わないとされる〝五大魔境〟、その一角の『ソリテュード島』に不運にも迷い込んだ僕たちは、そこで芽亜里達の仲間だったリヴィアに思いがけず出会った。

 けど同時に、死体に寄生して操る赤黒い大型クラゲにパウリーネが捕らわれてしまった。


 急展開の連続に頭が追いつかなかったけど、彼女パウリーネを助ける為にリヴィアと共闘する僕たち。


 リヴィアは背中に光の翼を出して、空を飛んで浮遊する赤黒いクラゲに攻撃を仕掛け、注意を引く。

 挑発に乗ったクラゲは触手の何本かをリヴィアに仕向けた。


 槍の様に直進したり、鞭のようにしなりながら触手が空中のリヴィアに向かっていく。

 リヴィアは翼を羽ばたきながら縦横無尽に空を飛び回り触手を躱し、時に槍を振るって斬り伏せる。

 けれど、切り裂かれた触手は傷口から生えて元に戻ってしまう。


 敵の再生能力の高さに舌を巻いてしまったけど、リヴィアが敵を引き付けてくれたお陰でパウリーネの下まで行く事が出来た。


 茅が跳躍してパウリーネの側まで近づいて、火を放つ妖刀『禍津祓火まがつはらひ』で、パウリーネを捕らえていた触手を焼き切った。

 そして拘束が解かれたパウリーネが落下するのを、僕が受け止めた。


「パウリーネ、大丈夫!?」

「私は無事よ、ありがとう」


 そう答える彼女だけど、その体は小さく震えていた。

 無理もない。あんな化物の餌になりかけたんだから。


「茅も、助かったわ」

「……あ、大した事ないわ」


 少し遅れて地面に着地した茅にも感謝するパウリーネ。

 けど茅は何故か釈然としない表情をしていた。パウリーネに声を掛けられて立ち返ったけど。


「ゲオルグ、こっちお願い!」

「よし、任せな!」


 声が聞こえ芽亜里の方を向くと、彼女は腕に十数本の触手を掴み、動けないよう捕らえていた。

 それを見たゲオルグは捕らえた触手に炎のブレスを放ち燃やした。


 芽亜里が捕らえていた触手は、火で焼き切られた事で動かなくなった。それを彼女は打ち捨てる。


 さっきの茅が触手を焼き切った時、再生しなかったのを僕も見ていた。

 ゲオルグ達も気付いて、火で触手を焼き切る作戦に出たんだろう。効果はてき面だった。


 そして後は作業同然だった。僕や芽亜里が攻撃を誘い、襲いかかってくる触手を茅とゲオルグが火で焼き切っていく。


 いくつもあった敵のグロテスクな触手は次第にその数を減らしていった。寄生主であり食料である、触手に持ち上げられた肉片も次々と地上に落ちていく。


 残された触手は六本のみで、その内の一本は恐竜の頭を持っていた。


「何だ。見た時はビビッたけど、蓋を開けてみれば大した事無かったわね」


 芽亜里が手負いのクラゲを見て得意げに言った。

 僕も彼女と同じく、もう敵はそんなに驚異とは思わなかった。

 本体に再生能力があるかも知れないけど、茅の妖刀やゲオルグの炎なら倒せるだろう。


 そうこう考えている内に、ゲオルグがクラゲ本体に炎を吐く。

 クラゲは浮きながら移動して炎を避けた。ゲオルグはもう二回ブレスを吐いたけど、クラゲは全て避けてしまう。


 動きは緩慢で速くはないけど、まるでゲオルグのブレスを予測して動き出しているようだ。


「何であんなゆっくりなのに当たらねぇんだ!?」

「熱を感知するセンサーみたいなのでもあるのかしら?」

「遠距離攻撃は埒が明かないわね、私が飛び掛かって叩き落とすわ」


 芽亜里が浮遊する敵に飛び掛かる前準備からか、屈伸運動をしながらそんな事をいう。調子に乗っての余裕の表れだった。


「待って、迂闊うかつに近づかないで! まだ何をしてくるか分からないよ! 囮ならアタシがするから!」


 けど空にいたリヴィアは慎重だ。敵を見据えて警戒を解かない。

 でも芽亜里は彼女の警告を鼻で笑った。


「心配ないって、今日はすっごく体の調子がいいの! そんなのにやられる私達じゃないわよ」

「…そうね。心配はないでしょ。それよりリヴィア、コイツを倒したらさっきの続きをしましょうか?」


 茅も芽亜里と同意見だった。そして空中にいるリヴィアに視線を投げかけ、逃げるなよと牽制する。

 リヴィアは軽く引いて苦い顔をしていた。


 そうこうしていると、クラゲは残った触手の半分を空中のリヴィアに、残った半分を僕たちに目掛けて襲いかかる。

 僕たちに向かっていた一本には、さっきまでアイツが寄生していた恐竜の頭が繋がって操られていた。


 まるで頭を模したハンドパペットのように顎を上下させ、僕たちに大口を開けて襲いかかる。

 僕は側にいたパウリーネを抱えて触手を避け、ゲオルグも避けて他の触手目掛けて炎を吐き燃やす。

 茅は襲ってきた恐竜の頭を避けた直後、それに乗りかかり繋いでいた触手を妖刀で焼き切る。恐竜の頭は地面に落ち動かなくなった。


 芽亜里はジャンプして避けたと同時に、クラゲ本体に飛びかかっていた。

 クラゲは逃げようと移動するけど、僕が本体に向けて黒弾を放つ。

 躱されたけど牽制にはなった。

 クラゲが動いたその先には丁度、芽亜里が跳んだ方向ピッタリだった。


 危機を感じ取ったからか、クラゲは本体から捕食する太い触手のような口を取り出した。


「もう攻撃手段がないからね! ソイツを掴んで……!?」


 けど、クラゲの次の行動は予想外だった。

 クラゲは取り出した口で、自分の触手の根元を全ての食い千切ってしまった。


 その異常な光景に唖然とした瞬間、全ての触手が再生する。僕たちが焼き切ったものも全て。


「キャアァァーーーー!?」

「芽亜里!?」

『オイ嘘だろ!?』


 間近にいた芽亜里は無数の触手に絡め取られ、無動きが取れなくなってしまった。

 クラゲを追いかけようと竜化したゲオルグと、その背に乗っていた茅は愕然とする。

 僕も側にいたパウリーネも同様だ。


「この……! 離しなさいよ!」


 触手の拘束を解こうと芽亜里は足掻くけど、次々と紐の様な触手が絡まり、動けなくなっていく彼女。


「マズイ! ゲオルグ急いで!」

『分かってるっての! ……だぁ!?』

「なっ!? ワァッ!!」


 芽亜里のピンチにゲオルグが羽ばたいて飛ぼうとした。

 けどその横から、恐竜の頭が襲いかかった。どうやら新たに生えた触手がいつの間にか、再び取り付いた様だった。


 攻撃を躱そうとしたゲオルグだけど、足をやられバランスを崩して倒れてしまう。

 彼の背に乗っていた茅も落ちそうになり、地面に落下する直前に飛び降りた。

 着地して怪我を免れた彼女だけど、ゲオルグの方は傷が相当深いらしく立てないでいた。


 そのゲオルグに再び操られた恐竜の頭が襲いかかろうとする。

 慌てて僕は黒弾を放つ。右目の部分に当たり爆発し、吹き飛び抉られた。

 もう血は出てないけど、赤黒く腐りかけた肉を覗かせていた。

 その頭は触手に持ち上げられながら、逃げるように上っていく。


『チ……クショウ、油断した』

「大丈夫かゲオルグ! パウリーネ、彼を治療して!」

「分かった!」


 急いでゲオルグに駆け寄った僕たち。

 彼の太い銀色の鱗に覆われた足は、深い歯型を残し大量の血を流して地面を真っ赤に染めていた。

 慌ててパウリーネが右腕の小型パイルバンカーから杭を出し、そこから〈ユニコーン〉の光を出してゲオルグの傷を癒していく。


「……あ、芽亜里! そんな、駄目!!」


 不意に傍で、茅の焦る声が聞こえた。見ると彼女は空を見上げ驚愕と焦燥に目を見開いている。

 僕もその視線の先を追い、芽亜里の危機を目の当たりにした。




「こ……の、離してってば……!」


 空中で無数の触手に雁字搦がんじがらめにされた芽亜里は抜けだそうともがくが、抵抗虚しく触手の群れから逃れる事ができなかった。


 その彼女に赤黒寄生クラゲは、先程自分の触手を食い千切った太い触手の様な口を伸ばしていく。

 目にした彼女は必死に戒めから逃れようと藻掻くが、やはり無駄な抵抗だった。


 そうこうしている内に、クラゲの口が彼女の目の前まで迫って来た。

 開いた口から粘液がしたたり、口腔こうくう内の壁面には牙のような歯がビッシリ生えていた。


 その悍ましい捕食器を目の前にして、芽亜里は食われる恐怖に背筋が凍り顔を青ざめる。


「い、いや……ヤメてええぇぇぇッッッ!!」


 彼女の絶叫と共に、長大でグロテスクな口が開かれ彼女に襲い掛かる。


 だがその瞬間、彼女を拘束していた触手がことごとく、輝く無尽蔵の光の刃に切り裂かれた。

 襲い掛かっていた口吻こうふんも切りかかられ、怯んで芽亜里から離れた。


 触手から解き放たれた芽亜里の体は、重力に引かれ地面に向かおうとしていたが、その前に空中で受け止める人影が現れる。


 それは彼女のかつての戦友、騎士姿の女神リヴィアであった。

 彼女は背中に生やした翼を羽ばたかせながら、持っていた槍を神力を使って側に浮かせ、芽亜里を横抱きにして支えていた。


「まったく……だから油断するなって言ったのに」

「リ、リヴィア!」


 無鉄砲な魔法少女をき抱えながら、男勝りな騎士女神は呆れている。


 獲物を奪われ憤った寄生クラゲは、すぐに再生した触手をリヴィアに向ける。

 それに対し、リヴィアは翼から何十枚もの光る羽根を放った。


 光る羽根は触手に向かい、刃と化し襲いかかった触手の全てを切り裂く。

 さらに彼女は側に浮かせてた槍にも、光る羽根を何枚も触れさせる。


 長槍は光る巨大な刃を纏い、大剣に変わる。更に柄と刃の境目から、リヴィアの背中にあるのと同じ輝く一対の翼が現れた。

 それが羽ばたき、寄生クラゲに向かって飛翔する。


 飛翔する光の大剣は寄生クラゲの傘を貫き、深々と突き刺さった。長い口吻から断末魔と思われる、不気味な鳴き声が大きく鳴った。


「……浅いか」


 だがその様子を見たリヴィアは、苦い顔をする。クラゲは身震いしながら突き盛った大剣を触手で引っこ抜いた。

 その途端に大剣は神力を失い、元の槍に戻ってしまう。寄生クラゲは忌々しげにそれを地上に放り捨てた。


 仕留めるつもりの一撃で倒せなかった事を彼女は悔やんだ。

 翼の神力は強力だが、それは彼女の持っていた槍といった、聖具や神器に注力してこそ真価を発揮する。

 羽根だけでの攻撃では決定打に欠け、少なくとも自分一人で目の前の忌々しい『変異体』を倒すのは難しい事が分かっていた。


 どうしようかと悩むリヴィアだったが、そんな彼女に考える暇を敵が与えるはずもなく、すぐさま再生した触手達でリヴィア達に襲い掛かる。


 羽ばたいて芽亜里を抱えたまま飛び回って触手を躱し、時折羽根の斬撃で敵の攻撃を斬り伏せるリヴィア。

 だが触手はすぐに再生されるので一時凌ぎにしかならない。


 下にいる茅達の助けが必要だ。


 そう考え、ふと視線を下に向けるリヴィア。だがそれで彼女は自分達に迫る、触手に操られた肉食竜の頭が迫っているのが見えた。

 急ぎ回避行動を取ろうとするが、周りを見ると触手群に方位されていた。


 芽亜里を抱えた状態で全ての触手を躱すことは無理だった。

 かと言って羽根の斬撃でも、触手を斬り伏せる事は出来ても、下の巨大な頭を破壊する力は無かった。


 犠牲は絶対出る。

 そう確信したリヴィアは背中の翼の神力のほとんどを、抱えていた芽亜里の周りに移した。

 芽亜里の周囲に無数の羽根が飛んで包み、彼女の体を浮かび上がらせる。

 そしてリヴィアは彼女を手放し、神力の浮力でゆっくりと彼女を地上に降ろした。


「え!? リヴィア、何を!?」

「ゴメン、芽亜里。皆もね」


 リヴィアの行動に戸惑いの声を上げる芽亜里。それに困った様な笑顔を向けて謝るリヴィア。

 芽亜里に寄生クラゲの触手が襲いかかるが、周囲に張り巡らされたリヴィアの神力の羽根が散りながら、触手を切り裂き彼女を守りながら地上に降ろしていく。


 だがリヴィアの方は残った神力で触手を防ぐも、全てを防ぐことは叶わず、何本かの触手に捕らわれてしまう。

 そして彼女のその下から、獰猛な肉食竜の頭が彼女に襲いかかった。


 リヴィアは肉食竜の頭部にかぶり付かれ、鳩尾から下までを食い千切られてしまう。


「リヴィ、ア……?」


 芽亜里は目の前で、ついさっき再会したばかりの戦友であり、気の合う仲間であった無残な死に顔を目の当たりにする。

 彼女の名を呼んだが、下半身が無くなり口から血を吹き、目から生気が失われた顔を見て二の句を継げない芽亜里であった。




「嘘、でしょ……!!?」


 地上にいた僕たちは騎士女神が芽亜里を庇い、無残な最期を晒した姿を目の当たりにした。

 上半身だけとなってしまったリヴィアが地上に墜落し、その姿を更に歪めた。


「キャアアアァァァーーーー!!」


 かつての仲間である茅は仲間の変わり果てた姿を間近に見て、言葉も出ない。

 パウリーネも残酷な死に方をした彼女を見て悲鳴を上げ、僕を盾にして顔を覆ってしまう。

 ゲオルグですらその様子を見て固まってしまっていた。


 僕も同じく呆然としてしまったけど、空から切り裂くような音が聞こえ見上げた。


 空中にいた芽亜里は、リヴィアの放った羽根の大群に囲まれ、ゆっくりと降下している。

 けどそんな彼女に寄生クラゲは触手を伸ばして襲いかかった。


 触手が芽亜里を捕らえようとするけど、周りの羽根に触れた途端に刃となって触手達を切り裂き、彼女を守っていた。

 けれどすぐに触手は再生してしつこく芽亜里に伸ばしていく。切り刻まれようとお構いなしだ。


 しかも防ぐたびに、彼女の周りの羽根が少なくなっていく。あのままではまた捕まるのは時間の問題だ。


 焦れったくなったのか、クラゲは肉食竜の頭を芽亜里に襲わせようとした。

 それを見た僕は慌てて、最大火力の黒弾を放った。

 黒弾は上手く直撃して、恐竜の頭は跡形もなく消し飛ぶ。


 再び寄生クラゲに向かって黒弾を連射した。けどやっぱり当たらない。

 そうこうしている内に芽亜里を守るバリアが薄くなっていく。


「……! いけない! ゲオルグ、もう一度乗せて、芽亜里を助けないと!」

「待って、ゲオルグ! その前に僕をあそこにくれ!」

『は? 何だって?』


 相棒の危機に茅が我を取り戻して、ゲオルグに乗って助けに行こうと急ぐ。けどそれよりもっと早く彼女の下に行ける方法を思いついた。


「前に卵を飛ばしたでしょ? 僕を咥えて吹き飛ばして。そっちの方が芽亜里の下に早く駆けつけられるハズだ」

「そんなの無茶よ! 止めてクロム!」

「ゴメン、でもこれ以上犠牲を出したくないんだ」

『分かった、行くぞ?』


 無茶な僕の作戦にパウリーネが反対するけど、芽亜里まで犠牲にする訳にはいかない。

 ゲオルグが了解すると、長い首を下げ大口を開ける。

 僕は背中を向けながらゲオルグの鼻に手をかけ、両足を彼の下顎に掛ける。

 首を上げたゲオルグは僕の指示で首の角度を微調整して、芽亜里に狙いを定める。


「ここだ! ゲオルグ、頼む!」


 角度が定まり、ゲオルグに合図をする。そしてゲオルグは口から衝撃波を放ち、僕を空中に飛ばした。


 背中にすごい圧力が掛かって、前からも空気抵抗で圧が掛かる。息が出来なくて苦しい。

 でもそんなのに構ってる場合じゃない。数秒後には空中で、芽亜里と寄生クラゲに鉢合わせる。

 急ぎ戦闘準備を整えないと。


《ヤシオリ、制御システムを思いっ切り下げて!》

《了解、制御システム調整……完了。制御率を最下限82.49%に調整、『蛇』の使用可能本数は1です》


 ――えっ⁉


 聞き間違いか? つい最近の模擬戦で出した制御率は90%も割っていなかったハズだ。『蛇』すら出せなかったのにそれが使える?


 そう考えている間に、僕の体は芽亜里の傍まで飛んでいた。良く分からないけどやるしかない!


 ここまで来ると圧は弱まっていた。数秒間出来なかった息を思いっきり吸い込み、ホルスターからトンファーを取り出す。

 そして芽亜里に襲い掛かっていた触手群を、トンファーから出した黒刃を芽亜里に当たらないよう何度も振り切る。


 僕の黒刃で芽亜里の周りの触手群は全て切り伏せられた。

 けど触手はすぐに再生しようとしていた。けどこのまま待つつもりはない。

 幻獣紋が使えるなら、やってみようと腹を括る。


 僕は体に幻獣紋〈ヤマタノオロチ〉を張り巡らす。メイガスから露わになった白い犬の顔に、いくつもの黒線が張り巡らされる。

 それと同時に僕は、右肩の接合部ジョイントにオーラを送り込んだ。


 僕のメイガスの所々にある、丸く白いジョイントは付属装備アタッチメントを取り付ける接合部でもあるけど、同時に僕の〈ヤマタノオロチ〉から発生する、蛇を出す射出口にもなっていた。


 黒いオーラが胸の筐体から繋がった右肩の白のジョイントへ伝い黒く染まり、そこからオーラ体の黒い蛇が現れた。

 僕は更に『それ』にエネルギーを送る。黒蛇は肥大して人を丸呑みするくらいの大きさになった。


 そしてその黒蛇を寄生クラゲに向かわせる。黒蛇は大口を開けて寄生クラゲを丸呑みにしてしまった。


 そしてそのまま黒蛇は圧縮し、閉じ込めたクラゲを圧し潰していった。

 無尽蔵の再生能力を持つと言っても、体全体を圧し潰されたら流石に無事で済まないはずだ。


 寄生クラゲは黒蛇の口の中でもがいているようだけど、もはや逃げ場はない。黒蛇が小さくなっていくと共に、鈍い音が響いてくる。

 黒蛇が指程の大きさになると音は最早聞こえなくなった。僕は蛇を引っ込める。

 そして悍ましい寄生クラゲは影も形も無くなってしまった。




 寄生クラゲを倒した僕は芽亜里を抱え、地上に着地する。幻獣紋の力で身体能力が上がっていたとはいえ、数mの空から地面に降りた着地の衝撃による肉体は損傷はほとんど無かった。

 僕は自身の急激な強化に驚いていたけど、芽亜里が地面に降りた途端に、変わり果てたリヴィアの側による。


「リヴィア、どうして……?」


 芽亜里は呆然とした表情で、ひざまずいてリヴィアに疑問を投げかける。当然、彼女は答えない。


「……ねぇパウリーネ、あなたの〈ユニコーン〉で助けられなかったの?」


 芽亜里が傍にいたパウリーネに問いかけた。その問いにパウリーネは首を横に振った。


「使ったけど、駄目だったわ……既に死んでいて、私の力じゃ直せなかったわ……」


 僕が空に飛んでいた時に、〈ユニコーン〉による治療を試みていたらしい。けど即死だったのだろう。彼女は申し訳なさそうにしていたけど、こうなったらどうしようもない。

 芽亜里は旧友の側で座りながら、項垂れすすり泣いていた。


 しばし言葉が出ない僕たち。けどその沈黙を打ち破る、角笛のような音が島中に鳴り響いた。

 前にもこの後に襲われた僕たちは警戒する。けど相手は予想外の方角から現れた。


 周囲の密林を警戒していたけど、すぐに地響きがしだした。

 そして地中から、人ほどの大きさのアリやトカゲ、そして5mを超す巨大モグラがはい出てきた。


「二人共、危ない!」


 巨大モグラが僕たちに向かってダイブしてくるのを見て、慌てて側の二人を抱え飛び退いた。

 間一髪避ける事が出来たけど、芽亜里が振り返ると、そこには巨大モグラがリヴィアの亡骸を咥えているのが見えた。

 そしてソイツは軽く首を振り上げたと同時に、リヴィアを丸呑みにしてしまった。


「リヴィア! イヤ、イヤアァァーーッ!!」


 唯でさえ旧友の死を目の当たりにしてショックだったのに、それに追い打ちをかけられ半狂乱になる芽亜里。

 巨大モグラに飛びかかりそうなった彼女を僕は抑えた。


「……! 数が多すぎる! 皆、ゲオルグに乗って! 逃げるわよ!」

『急げ! あんま時間がねえぞ!』


 このまま留まるのは危険と判断した茅は、ゲオルグに乗って空から脱出することを提案する。

 彼女もリヴィアへの残虐な仕打ちを見て動揺しているハズなのに、それを抑えている。


「ほら、芽亜里行くよ!」

「待って……まだ、リヴィアが……」

「もう無理だよ! このままじゃ僕たちも彼女の二の舞いになってしまうよ! 早く!」


 諦めきれない芽亜里が留まろうとするけど、そんな事を許す事が出来ない僕は、つい強く言ってしまう。

 ゲオルグがブレスで猛獣たちを牽制して、僕たちは彼女を引きずって何とかゲオルグの背に乗った。




 ゲオルグの背に乗って、僕たちは猛獣たちのいる下の密林から脱出する事が出来た。


『……やれやれ、危なかったな』


 僕とパウリーネ、そしてゲオルグは危機を脱して人心地ついた。


 けど茅は重苦しい雰囲気で押し黙っていた。そして芽亜里もまだリヴィアの事を受け止めきれてないのか、何度も彼女の呼んですすり泣いていた。


 そんな空気に僕たちも気持ちが沈んでしまう。けれどここで奇跡が起きた。ガンダルヴァから通信が入ったからだ。


『…聞こえるか? 茅、芽亜里、クロム……!』

「艦長!? クロムです! 聞こえますか、応答願います」

『クロムか! やっと繋がったか!』

「艦長、今まで通信は繋がらなかったのにどうやって?」

『お前達がいなくなった地点を重点的に探していたんだが、突然見たことない島が目に入ってな。ガンダルヴァで近づいたんだが、そこでお前の幻獣紋の反応を確認して、こうして通信を入れてみたわけだ』

「じゃあ、ガンダルヴァは今ソリテュード島にいるんですね!?」


 ガンダルヴァが助けに来た事に、僕は驚く。通信を聞いた艦長は『ソリテュード島』と聞いて声を上ずらせていたけど。


『やっぱここ、〝五大魔境〟の一角なのか……』

『けどクロムくんが見つかって良かったわ、皆無事なの?』


 艦長との通信にヘルタさんが割って入った。彼女も心配そうに僕たちの無事を確認する。


「はい、僕たちは大丈夫です。ただ……」

『ただ? 何かあったのか?』


 僕が言い淀んで、訝しげに艦長が問いただしてきた。僕は芽亜里と茅に視線を向けた。

 二人共打ちひしがれて、何も言えない状態だ。側にパウリーネが寄り添っている。


「……島で、かつてのメンバーだったという、リヴィアと出会いました」

『リヴィアが!? この島にいたのか!?』


 今度はシアンさんの声が聞こえた。どうやらメンバー全員がこの通信を聞いているらしい。

 僕は気落ちしつつも、答えた。


「はい、ですが……彼女は僕たちの目の前で……死にました」

『な……!?』


 僕は事の顛末をガンダルヴァのみんなに伝えた。

 最初は僕の話に懐疑的だったみんなも、茅も話に参加した事で、ガンダルヴァのみんなは信じた様だった。

 通信越しに、重苦しい間が開く。


『……分かった。とにかく、お前たちはガンダルヴァに戻れ、この島から脱出するぞ。今見えてるから、そっちからも確認出来るはずだ。来てくれ』

「はい……」


 だがその時、


 Buoooo〜〜〜……


 僕たちの眼下にある密林から、また角笛の様な音が鳴り響いた。

 そして密林から、それと生き物がいなかった筈の山の陰から大小様々な鳥や、恐竜のプテラノドンのようなものが現れ、こっちに飛んでくるのが見えた。


『多数の反応を確認! 100、200……いや、もっといる!? 飛行生物群がこちらに向かっています』

『クソ! ゲオルグ、急いでガンダルヴァに戻れ! 艦内のシャイニングメテオズとメイガス隊は全員出撃、艦とゲオルグ達の援護をしろ!!』

『『『了解!』』』

『分かった!!』


 ゲオルグが全力で羽ばたき、鳥の大群から逃げ出す。

 間もなく、僕たちが漂着した砂浜の上空に滞空するガンダルヴァが見えた。その周囲にヘルタさん達とメイガス隊が飛行して迎撃態勢に入っていた。


「ヘルタさん! みんな!」

『ゲオルグ、そのままガンダルヴァのハッチに入って! 私達が援護するから!』


 そう言いながら、ヘルタさんはビームを放ち、メイガス隊も手に持ったライフル型荷電粒子砲からビームを撃つ。

 ビームは僕たちを通り過ぎた。

 僕はついビームの行く先を目で追って、後方の鳥たちに向かって行くのを見る。


 けれど、予想外の事が起きた。

 鳥の大群の中から、銀色の金属質の光沢のある大きな鳥が何羽も、大群の前に陣取るように出てきた。

 そして放たれたその銀色の大鳥はビームを喰らった。

 けれど、当たったビームは散乱して小さな粒子群となり霧散する。ビームを受けた銀色の大鳥は後退したり、空中でふらついたりしたけど、全くの無傷だった。


『……嘘でしょ!?』

『ビームを弾く生物だと!?』


 OCMMでも高い攻撃力をほこるエネルギー兵器、そしてヘルタさんの自慢の能力が通じなかった事に、僕たちも通信機越しのヘルタさん達も愕然とする。

 何かの間違いと思ったメイガス隊の何人かが、更にビームを撃った。ガンダルヴァも装備していたレーザー砲を撃つ。


 けれどやっぱりビームは霧散してしまう。レーザーも当たった箇所が反射してあらぬ方向に屈折していた。


『ならこうだ!』


 今度はパメラさんがミサイルを放つ。鳥の大群は散開して迫ってくるミサイルから離れた。

 爆発に何羽か巻き込まれたが、堕ちたのはいない。


『頑丈だな……だが実弾は有効らしい。武器を実弾兵器に変えろ! 持ってない者は艦内に戻れ!』

『ヘルタ、ビームは無駄だから使うな。とりあえず俺の真似してかまいたちでも放っておけ』

『もうッ! 人の得意技をよくもあしらってくれたわね!』


 今度は味方がレールガンの弾やミサイル、それに紛れて風の刃を放つ。

 コレには鳥たちも防げないようで散開してしたまま上下左右に飛び回り躱している。


 そしてそれで敵から距離が離れ、ゲオルグは一気にガンダルヴァ目掛けて飛んでいく。振り落とされないよう僕たちはその背に必死にしがみついていた。


 ゲオルグがスピードを少し緩めた、かと思ったらもうハッチ内に飛び込んだらしい。床に踏ん張りながらブレーキを掛けて止まった。

 その衝撃で背中にいた僕たちは大きく揺さぶられたけど。


 でも帰ってこれた。僕たちが帰艦したのを確認して、外にいたヘルタさんたちが次々とハッチから中に入っていく。

 そして最後の一人が中に入ったと同時にハッチが閉められた。


『逃げるぞ! ガンダルヴァ180度反転! 機関全速でこの島を脱出する!』




 ガンダルヴァに帰艦した僕たちは、ヘルタさん達に迎え入れられた。

 仲間と再会した芽亜里は近くにいたヘルタさんに抱きつき、泣きじゃくった。

 茅も緊張の糸が切れ、その場で崩れ嗚咽を漏らしていた。


 僕たちはその様子にただ押し黙るだけだった。あのゲオルグやマルコさえも、何も言ってこなかった。


 鳥の大群に襲われたガンダルヴァは何とか逃げられ、島から離れた。その直後に、舷窓から島を見ていた僕は愕然とする。

 ガンダルヴァが島から離れたと同時に、島が嵐に遭い、黒雲と暴風により姿が見えなくなった。それはほんの一時で間もなく止む。

 けれど、そこにあったハズのソリテュード島は影も形も無く見えなくなった。

 まるで最初から無かったかのように思え、僕は背筋に寒気を覚えたのだった。


 あの島は一体何だったのだろうか? 何故リヴィアはあの島にいたのだろうか?


 命からがら、摩訶不思議な魔境の島を脱出できた僕は安堵すると共に、不可解な謎を残し僕は戸惑うばかりだった。

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