第21話 非常識な島、胎動する異常
〝五大魔境〟の一つに数えられる『ソリテュード島』、そこに僕は漂着してしまった。
共に流れ着いたパウリーネ、芽亜里、茅、そしてゲオルグとこの島から脱出を図り、一度ボートに戻っていた。
「どうクロム?」
「制御系の配線が所々切れてて、部品も代えないと駄目だ」
試しにボートをを動かそうとしてみたけど何も反応しなくて、故障を調べるためにボートのエンジンや配線を調べていた。
「クロム、修理できる?」
「部品が無いからなぁ……」
元々連絡艇であるカークMark IIには、艦内ドックで整備すれば事足りるので、予備の部品を乗せていなかった。
『なあ、別に修理しなくても俺に乗るか、そいつを俺が担いでいけばいいんじゃね?』
「それは良案とは言い難いわよ。ゲオルグの負担が大きいし」
「それにまたあの嵐が出る可能性があるから、ゲオルグでもアレを堪えるのは無理でしょ」
『そうだった、クソ』
そうして脱出の方策を話し合うけど、一向にいい方法が思いつかない。
そうこうしている内に、ゲオルグの腹から爆音が鳴り響いた。
「……そう言えば、私達何も食べてないね」
「今、何時かしら」
「〈ヤシオリ〉に聞いたら、作戦開始から4時間経ってるって」
「てことはもう昼は過ぎてるわね」
『腹が減るわけだ、よし! ちょっくら海に出て魚でも捕ってくる』
そう言ってゲオルグは海に向かって飛んでいってしまった。
「ちょっと、ゲオルグ! この島には何がいるのか分からないから、無闇に動かない方がいいわよ!」
『大丈夫だって! そんな遠くに行くわけじゃねぇから……ん? なんだ……って、ウォワ!?』
芽亜里が注意を呼びかけるけど、ゲオルグはお構いなしだ。
けど彼は何か気配を感じ取り海面を見た。その直後に、海中から無数の吸盤が付いた巨大な触手が、ゲオルグに襲いかかった。
咄嗟に旋回して躱したけど、次々と海面から触手が現れゲオルグに襲いかかった。
左右に飛び回り躱していたゲオルグだけど、触手の一本がゲオルグの足を絡め取ってしまう。
そしてゲオルグの体を振り回しながら、海面から巨大なイカが姿を現した。
「アレってクラーケン!?」
「マズイ、助けないと! 僕が撃つから――!?」
トンファーを手に取り、ガンモードにして射撃でゲオルグを助けようとする。
けどその前にクラーケンの背後から、更に一回り大きいアンコウのような魚が現れ、背後から頭(イカだから胴体?)にかぶり付いた。
クラーケンは巨大魚に触手を伸ばして抵抗する。その際、ゲオルグを捕らえていた触手が解けた。
隙ができたゲオルグはふらつきながらも、何とか飛んで帰ってきた。砂浜に弱々しく着陸して倒れる。
その直後に、海上のクラーケンは頭を食い千切られ動かなくなり、巨大魚に海中に引きずり込まれ姿を消してしまった。
「だ、大丈夫ゲオルグ!?」
『何とか……マジでヤバかった……』
「海には出ない方が良さそうね……」
あの元気の塊みたいなゲオルグが参っている。改めてこの島の恐ろしさを思い知った僕たちは戦慄した。
海は危険と悟り、密林から食糧を調達することにした僕たち。
とはいえさっきの大蜘蛛の件もあるし、こっちも油断はできない。
単独行動だけは絶対にしないよう、僕たちは全員固まって行動する事にした。ゲオルグも人間態になっている。
「おい、コイツが良いんじゃないか?」
ゲオルグがキノコを見つけ指差す。平べったくて鮮やかな黄色だ。それを見た茅だけど、首を横に振った。
「さっきもそれを見かけたけど、ネズミが匂いを嗅いで去っていったわ。多分毒キノコよそれ」
「これならどう?」
「それはベニテングタケ、それも毒キノコよ。コッチにもあるのね?」
「じゃあ、これなら?」
「見たこと無いけど、毒毒しい紫色ね。毒とは限らないけど、やめたほうがいいわよ」
「あ、シイタケがあったよ!」
「似てるけどそれはツキヨタケ、それも毒キノコ」
あちこちでキノコを見つけるけど、茅は中々良しと言わない。
彼女はサバイバル能力に長けて、こういう事に知識と勘が働くと言っていた。
普段は寝てばかりの彼女の意外な一面を見て内心驚いていた。
取り敢えずだけど、大丈夫そうなキノコを数個見つけて持っていく。
とは言えもっと探す事にする。特に大飯食らいのゲオルグはこれだけじゃ足りないだろう。
「けど、あんまり動物の類は見つからないね? さっきの大蜘蛛とか獰猛な肉食獣が襲って来ると思ってたんだけど」
「様子を伺っているのかもしれないわよ?」
「様子を?」
ふと密林の中にも関わらず、動物の類が見当たらなくて僕は不思議に思って呟いた。
独り言のつもりだったけど、茅が聞き取って説明する。
「彼らにとって私達はイレギュラーだからね。警戒して私達を観察しているかも。とにかく油断はしない方がいいわよ」
確かに静か過ぎて不気味だ。茅の話を聞いて、なんか怖くなってきた。気を引き締めないと。
「そうね、でもそれだと肉類は期待できないかな?」
「おい、あの木に実がなってるぞ! あれ取ろうぜ!」
そんな茅の注意をよそに、芽亜里は呑気に肉を食べられない事を嘆き、ゲオルグは新たな食糧を見つけはしゃいでた。
ゲオルグは木の実がなっている木の上に向かって羽ばたき、上までひとっ飛びして木の実をもぎ出した。
遠目からだけど見た目は、黄と黒のギザギザな縞模様で見たことない。
スイカとココナッツを掛け合わせた様な感じだけど、あれ本当に食べられるの?
そう疑問に思いながら僕は遠巻きに、ゲオルグが果実を思うままに取っているのを見つめていた。その時だった。
Buoooo〜〜〜〜……!
ギィギィッ! ギィギィッ!
遠くから、角笛を鳴らすような大きな音が聞こえたかと思うと、急に周囲に獣の喚き声が響いてきた。
僕たち仲間と共に背中合わせで周囲を警戒する。
「ゲオルグ! 木の実はもういいから、早く降りて! 何か来るわよ!」
「ち、ちょっと待て。意外と重い……だぁ!?」
ゲオルグが木から降りようと翼を羽ばたかせながらゆっくりと降下する。けどそのゲオルグの側面から、何かが襲いかかった。
慌てて身を捩って回避したけど、その際バランスを崩し木の実を何個か落としてしまった。
ココナッツの様な固い殻に覆われた実が僕たちの上に降り注ぐ。
慌てて僕たちは仰け反ったり横に軽く飛んだりしてそれらを躱した。
「キャアッ!?」
「ちょっとゲオルグ! 気をつけてよね!」
「違う、何かがゲオルグを襲って実を落としたんだ! ゲオルグ、急いで戻って!」
「何か来るわ、みんな気をつけて!」
茅が僕たちに呼びかけたと同時に、木陰から何かが飛び出す。
向ってくるそれを僕はトンファーの銃口から放った黒弾で撃ち落とした。
けど当たった何かは空中で回転しながら着地した。
それを見て僕は目を見開いた。
それは猿だった。けど普通の猿じゃない。体中が毛の代わりに蟹や海老みたいな赤色の甲殻に覆われていた。
頑強そうな甲殻が僕の黒弾を弾いたのだろうか、当たった獣は撃たれたにも関わらずピンピンとしていた。
「な、何あれ?」
「クロムの攻撃が効かないって嘘でしょ!?」
「キャッ! こら、お触りは禁止よ!」
異形の猿と攻撃が通じなかった事に愕然としてしまった僕たち。その隙に芽亜里が側面から飛び掛かられる。
咄嗟にしゃがんで避けた彼女は、そのまま跳ね上がる要領で猿にパンチをお見舞いした。
吹っ飛ばされた猿は空中で回転しながら木の枝に掴まった。やはり効いてない。
「ちょっと、硬すぎでしょ!? しかも素早いし!」
「ちょっとこれはマズイかも……」
「――あ! パウリーネ、危ない!」
パウリーネの頭上から甲殻猿の一匹が襲いかかった。側にいた僕は咄嗟に彼女を押し倒すように庇い、甲殻猿に肩を爪で引っかかれてしまった。
「クロム、ゴメン! 私なんかをかばって」
「『なんか』なんて言わないでよ、こんなのかすり傷だし」
そう言って笑って強がるけど、実際は結構傷は深かった。
多分、僕の笑顔は相当酷かったんだろう。パウリーネの顔は青ざめ、急ぎ右腕のパイルバンカーから杭を出し、そこから幻獣紋〈ユニコーン〉の光を放射して僕の治療を行う。
「無茶してカッコつけないでよ! 今治すから!!」
「……ゴメン」
かえって彼女を心配させてしまった。
パウリーネの力で僕の傷は全快した。けれど、何故か体に力が入らない。むしろ気分が優れなくて
つい耐えられずその場に倒れ込んでしまう。
「え……? クロム、どうしたの!? まさかまだどこか怪我をしてるの!?」
「待って……これ毒よ! 多分あの猿の爪に毒が仕込んであるのよ!」
僕の異常にパウリーネが動揺する。それを見た芽亜里が僕に駆け寄り、毒だと察した。
そして芽亜里は僕に両手をかざすと、彼女の掌から黄色い淡い光が放たれる。
その光を浴びてくと、僕の体調が良くなっていくのを感じた。
「あ…クロムの顔色が良くなった……!」
「解毒魔法が効いたわね。処置が早かったのも功を奏したわ」
すっかり気分が良くなり起き上がる。その様子を見たパウリーネは安心して安堵のため息を漏らした。
芽亜里が魔法で助けてくれたらしい。けどそれを聞いて僕とパウリーネは芽亜里に向けて、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。
「……? ちょっと、二人共どうしたのよ?」
「芽亜里って本当に魔法少女だったんだ……」
「肉弾戦ばっかりしているから、てっきり自称で名乗っていたのかとばっかり……」
「二人共酷くない!?」
今まで彼女が魔法らしいモノを使ったのを見たことがなくて僕たちは呆然としてしまった。
そんな僕たちの態度にショックを受ける芽亜里。
その僕たちの頭上に炎が放射され、いつの間にか僕たちに襲いかかろうとした猿たちが炎を恐れ、散り散りになって木陰や木の上に逃れる。
傍に駆け寄っていた猿も茅が妖刀
「三人共コントしている場合じゃないでしょ!?」
「ボケてると俺らがエサにされちまうだろうが!」
茅とゲオルグにツッコまれる僕たち。
今、僕たちがとんでもない状況であるのを一瞬忘れていた。慌てて態勢を整え身構える。
茅の妖刀とゲオルグのブレスが有効と知り、二人を攻撃の要にして僕たちはサポートに回る。
頭上から降りかかる敵をゲオルグのブレスが迎撃し、地上から走り寄る猿たちは僕が前に出て盾役に徹する。そして隙ができた猿を茅が綿津見で斬り伏せ気絶させる。
芽亜里にはパウリーネの護衛兼サポート役を任せ、僕が怪我したら二人が治療してくれる。
そのお陰で猿たちを十匹は叩けた。けど猿軍団は怯むどころかますます獰猛に襲いかかる。
数も減るどころかむしろ増えているようにも思えた。
「キリがねぇなチクショウ!」
「密林で見えないけど、これって援軍が来てない!?」
「猿ってそんな知恵が働いたっけ!?」
「ちょっと、このままだとマズくない!?」
「さすがにこれ以上は無理だわ! みんな、逃げるわよ! こっち!」
猿軍団とこれ以上の戦闘は勝ち目が無いと判断した茅が、逃げるよう言って僕たちを先導する。
茅の後を追い逃げ出す僕たちを、猿軍団が木の上を飛び移りながら追ってくるのが後方で見えた。
「みんな、このまま全速力で走って草むらを抜けて! ゲオルグ、頼むわよ!」
「ハァ!? 何が!?」
「分からないけど茅を信じて!」
走りながら何やら意味ありげな事をゲオルグに言う茅。けどその意味を聞く余裕は僕たちには無い。
彼女の事を誰よりも知っている芽亜里が僕たちに信頼してほしいと叫ぶ。
このまま猿たちに八つ裂きにされる訳にはいかない。言われた通り僕たちは無我夢中で草むらを走り抜けた。
そして抜けた先は深い谷だった。
「え……? ウワァァァァ!!」
「ゲオルグ、早く!」
「そういう事かよ!?」
草むらから飛び出した僕たちは、そのまま谷底に落ちていく。
茅の意図を今になって理解したゲオルグは竜形態となって、落下する僕たちの下に回り込んで背中で受け止めた。
「し、死ぬかと思った……」
『無茶するな、オイ……』
「ゴメン、説明する時間がなくて」
「猿は……!?」
ゲオルグの背中から顔を見上げた僕たちは、崖際を見ると猿達が覗き込むよう僕たちを見下ろしていた。
追ってくる気配は無い。何とか危機は振り切った。
その後も僕たちは食糧を探して回った。
再び密林の中を探索したけど、それからも見たこともない異様な生物達に襲われた。
背中に複数の穴の開いたコブから、甘い香りを出して幻覚を見せる5メートルを超す大蛇。
脱皮した皮を念力で操って、囮にして隙を突いて襲ってくるカメレオンのような巨大爬虫類。
落とし穴を掘って獲物が落ちたら穴の側面から、無数の人間ほどもある大きな蟻たちが現れ襲い掛かってくるなど。
常識じゃ考えられない生物たちが襲い掛かって、命がいくつあっても足りない。
それでも仲間と協力したお陰で何とか切り抜け、食糧もある程度集まった。
みんなと動かなくなったボートに戻る。念の為、中に変な生物がいないか確認するけど特に見つからなかった。
海にも密林にもとんでもない生物がいたのに、ここだけ安全だったのが奇妙だったけど、それでも戻ってこれて安心した。
僕は安心から床に座り込んでしまう。ゲオルグも同じだった。
けど女性陣はまだ不安な顔をしていたのを僕は気付いていなかった。
日も暮れて、ボートの傍で焚き火を起こした。
薪は密林から手に入れた枝で湿度があり火がつきにくかったけど、ゲオルグのブレスで根気よく燃やしたお陰で着火した。
その火で採ったキノコを炙っていく。
大きなバナナのような葉っぱで、それを皿の代わりにして焼いたキノコや木の実等を乗せた。
食事の準備が整ったけど、女性陣が何やら難しい顔をして顔を見合わせている。
みんなどうしたんだろう?
「……ゲオルグ」
「ん? なんだよ、食べねえのか?」
茅が険しい眼差しでゲオルグを見つめながら続けた。
「…悪いけど、毒見してくれる?」
「「……毒見!?」」
まさかの言葉に僕もゲオルグも仰天した。
「毒見って、毒が無いのを確認して採ってきたんだよね!?」
「正直言うと確証が無いの。この島にあるのは多くが見たこともない物ばかりだから。虫や獣が食べていた物とか、経験的に大丈夫そうな物を採ったけど、それでも毒が無いとは言い切れないわ」
「今更やっぱり毒かも知れないと言われても納得できないんだけど!?」
「だからって何で俺が毒見役をやるんだよ!?」
「だってゲオルグの『条件』に巻き込まれてこんな場所に流れ着いちゃったんだから、ゲオルグが責任を取って危険な事を率先するべきだと思うの」
「それ八つ当たりじゃない!?」
抗議するゲオルグにパウリーネが恨みがましい理由を述べた。これには僕も愕然と声を上げてしまった。
「というのは半分冗談よ」
半分は本音なんですかパウリーネさん?
そんな疑問が頭に浮かんだけど、パウリーネの言葉に続いて芽亜里が口を出す。
「客観的に見て、その方がリスクが少ないと考えたからなの。ゲオルグなら私達より体力や免疫があるから、少なくとも毒ですぐ死ぬ事はないハズだわ」
「…もし毒があったらどうするんだよ」
「その時は私の魔法で解毒するわよ。別に犠牲にするつもりじゃないから」
フォローを十全にしているとはいえ、毒見役を押し付けてる時点で犠牲を強いているのでは?
「あの……それなら毒見役は僕でもいいんじゃ?」
さすがにゲオルグに一方的に任せるのはあんまりだし、彼女たちに押し付ける訳にはいかないので名乗りを上げる。
好き好んで毒見をしたいわけじゃないけど。
「それは絶っ対ダメ!!」
「という訳でね」
けどパウリーネに強く反対されてしまった。
ボートに帰ってくるまで女性陣が何やら話し合っていたのは気付いていたけど、こういう事だったのか。
「まあ、何故かゲオルグはあんまり襲われてなかったから、バランス的にね?」
「そうよ! クロムは盾役を買ってほとんど猛獣の攻撃を受けてくれたんだから、ちょっとはあなたも苦労しなさいよ!」
「骨はちゃんと拾ってあげるから」
そうして彼女たちは身勝手な屁理屈を挙げながら、ゲオルグを睨みつけて圧をかける。
理不尽だけどこれに抗うのは僕も、ゲオルグすら無理だった。
「ダアァァッ! 分かったよ!」
観念したゲオルグは毒見役を引き受けた。
最強のドラゴンが彼女たちに追い込まれる姿を見て、ゲオルグが丸くなったのか、彼女たちが強いのか、なんて場違いな事を思ってしまうのだった。
「じゃあ…取り敢えずこのキノコから……」
そう言ってゲオルグは手近にあった軸まで赤みがかった茶色の、シメジをデカくしたようなキノコを手に取る。
火でよく焼いて所々焦げ目が付いて香ばしく、一見すると美味しそうだ。
でも、いつもは手に取った食べ物にすぐかぶりつくゲオルグだけど、毒が入っているかもと思われるキノコを凝視して微動だにしない。
その様子を見て、僕は今更ながら止めに入ろうとした。
「あ、あのさ、ゲオルグ…やっぱり無理はしなくても……」
「……てい!」
「あ!」
けど彼は意を決して、キノコに思いっきりかぶり付いた。
その様子を見ていた僕たちは目を見開く。パウリーネなんかは小さく悲鳴を上げた。
口に含んだ物をゆっくりと咀嚼していくゲオルグ。それが終わり、飲み込んだ。
そして――
「グアアアァァァァァァァァァッッッッ!!!!」
ゲオルグは絶叫した。その直後に口を両手で抑え、体中が痙攣している。
その様子を見て僕たちは焦りに焦りまくった。
「ゲ、ゲオルグ! しっかりしろ!」
「ご、ゴメン…! 本当に毒があるなんて思わなかったの……!」
「ゲオルグ! 早く吐き出して!」
「今解毒するから!」
「……ク………ソ……」
芽亜里が両手をゲオルグに向け翳す。そして掌から――
「…クッソうめェェェッ!!」
「「「え?」」」
苦しみ悶えていたと思っていたゲオルグが、感激に声を上げた。
「なんだコレ、本当にキノコか! 噛みしめる度に旨味が溢れて、焼いた香ばしさも相まって、まるで上質な牛肉みたいな味だ! こっちのもいいな! 見た目は不気味だがコリコリとした食感に、爽やかなハーブや胡椒のような風味と痺れるような辛さがいいアクセントになってる!」
いつの間にか、緑色のキクラゲみたいなキノコも美味そうに頬張っている。
そして次は黄色と黒のギザギザ模様が入ったココナッツみたいな木の実を取り、堅そうな殻を彼の馬鹿力で割った。
中身はクリーム色の絹糸の固まりみたいな実で、それを千切って口に入れるゲオルグ。
「滑らかな舌触りで濃厚な甘みが口でトロける! けどしつこさや重さは全く無くて、いくらでもイケるな! 後でもう一つデザート代わりに締めで食うか!」
「ちょ、ちょっとゲオルグ、一人でがっつかないでよ!」
「あ! この白いタラの芽みたいなの、アク抜きしてないのに生でもイケるわ。シャキシャキして仄かに塩気があって美味しい」
「アー! 芽亜里までズルい! 私も食べる!」
ゲオルグのがっつく様子から、急に慌てるパウリーネ。芽亜里もいつの間にか手を伸ばしていた。
そんな二人に触発され、パウリーネも採ってきた山菜やキノコ、木の実を食べる。
まるで大家族の子供が食べ物を競って取り合うみたいだった。
「……どうやら毒は
「ハハハ……僕たちも食べようか」
毒が無かった事に安心したけど、現金な三人を見てちょっと呆れてしまう僕と茅。
ともあれ明日もこの魔境をなんとか生き抜く体力を得るため、僕たちもその輪に入るのだった。
夜も更けパウリーネたちがボートの中で睡眠を取っていた。
その間に僕は、ボートの外で焚き火の傍で猛獣が来ないか夜警をしていた。
焚き火の勢いが弱まり始めたのを見て、木の枝を入れて火が燃え続けるのを維持する。
パチパチと火花が上がり、弱まった火が再び燃え上がり揺らめく様を僕は見つめる。
前に任務で野営する事があり、シアンさんと一緒に夜の見張りをした事があった。
その時、シアンさんが炎の揺らぎにはリラックス効果があって見つめるだけで安らげると話していた。
けど、それを見つめていても僕の心はザワついていた。
時折横目で真っ暗闇に染まった海や、反対側の静まり返った密林を見る。
不気味なくらい何の気配もない。猛獣達も寝静まったのか、あるいはこちらの様子を息を潜めているのだろうか。
……僕たちはこの島から抜け出せるのだろうか?
通信機器は生きているのに、何故か電波は全く通じなくて助けを呼べない。
そして僕たちの予想を遥かに超えた猛獣達の脅威に常に晒されている。
生還者がほとんどいない〝五大魔境〟の一つに数えられるこの場所だ。
仮にガンダルヴァが来てくれたとしても、巻き込まれてみんなと一緒に僕たちはもう帰る事は叶わないかも知れない……
バチッ、と大きく火花が散る音が出て積んだ薪が崩れる。
いや、弱気になっちや駄目だ。
僕たちにはやるべき事も、僕たちの帰りを待っている人達もいるんだ。
こんなところで立ち止まるのも、死ぬのも御免だ。
頭を左右に大きく左右に振って、さっきまでの弱気を振り払う。
今はとにかく茅が交代に起きるまで見張りに専念しよう。
そう自分に言い聞かせるのだった。
夜の
〝外〟から来た者達からしたら、この島全てが異常であると思えるかも知れない。
だがこの島に棲む全ての生命も、他にはいないというだけで同じ命だ。
だがその島に棲む彼らからしても、異常である存在が島の奥で影を潜めていた。
暗がりでその姿を見ることは困難だが、気配に敏感な獣達は『それ』から逃げるよう離れていく。
それはまるで時が来るのを待つ
それはもはや獣とも呼べない異形だ。
自然に反し歪められ、悪魔の尖兵に成り果てている。
その〝異常〟を山の上から遠目に見る人影があった。彼女は槍を手に取り、急ぎその下に急ぐのだった。
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