第20話 ソリテュード島

『論外だな』

『……ハ?』


 ガンダルヴァを人質に取り、動きを封じ込めたテニーン山のドラゴンのサイラスは、乗船している同胞のバスクに協力を持ちかけた。

 だがその返答は彼の予想を完全に裏切るものだった。


『勘違いしてるなお前ら。俺は、いや俺達〝刺青入り〟は自分の意思で長老に服従を誓ったのだ。この刺青はその決意の現れなのだよ。俺達はそれに誇りを持っている』

……だと!? 他者に従う事がか!? それがドラゴンの言う事か!!』


 先程までいやらしい笑みで見下していたドラゴン達は、まさかの言い分に激昂する。


にも色々あるのさ。若造のお前らには分からんだろう。自分の怠惰と退廃を棚に上げるお前らよりも、短気だが現状に抗おうとするゲオルグの方がまだ上等だ』


 これから貶めようとする相手より下だと言われ、サイラスは完全にブチ切れた。


『この落ちぶれ者がァッ!! 下手に出りゃあ付け上がりやがって!! 今すぐそのフザケた船から引きずり出して――』

『よし、アガット。頼む』

『かしこまりました』


 サイラスが怒鳴り散らしている最中にスピーカーから艦長と、その傍にいたアガットの声が聞こえた。

 すると、ガンダルヴァから魔力波が放たれる。ドラゴン達には影響はなかったが、魔力波を浴びたシアン達やメイガス隊の身体能力や、身に付けた装備類の機能等が向上する。


 アガットが味方に付加魔法バフを掛けたのだ。普通の魔術師なら目の前の数人に、同時に掛けられれば上出来とされている。

 だがアガットの場合、味方の位置が確認できれば視認できなくても、半径10kmの範囲内であれば、何百、何千人でも同時に複数のバフを掛けられる。


 一個軍隊の戦力を底上げする、戦略兵器じみた支援魔法を受けた兵士達は、唯でさえ速いスピードが倍ほど上がり敵を翻弄する。


 ある一体のドラゴンが空中で、向ってくる兵士三人をブレスで落とそうとしたが、吐き出す前に三人の体当たりとロッド型スタンガンの電撃を腹に食らった。

 激痛と内臓を押し出す圧迫感に、ドラゴンはブレスの代わりに泡を吐き、気絶して海へと真っ逆さまとなった。


 他のドラゴンも敵のスピードについていけず、あるものは四方八方からテーザー銃を同時に受け気絶し、またあるものは隙を突かれ翼を切り落とされ海に落ちていった。


 数はほぼ同じであったにも関わらず、最強の魔物であるはずのドラゴンが、次々とやられていくのを目の当たりにしたサイラスは、瞳孔と口が開きっぱなしだ。


『な、な、な、な……!?』

『人間を侮りすぎたな。異世界には「レーダー」なる物があるが、その中に魔力を感知する物があってな。それで海中にお前達が潜んでいたのを、皆最初から知っていたんだ』

『最初は爆雷でふっ飛ばそうと思ったんだが、そこのバスク氏に止められてな、お前らが出てくるの待っていたんだよ』

『だがこれなら手心はいらなかったな。邪魔する理由がそんな下らない事だったとは。止めて悪かったな艦長』


 伏兵がバレていた挙げ句、それをわざと見逃された事実に、サイラスは青ざめた顔(元々青かったが)を瞬間的に赤くし逆上する。


『舐め腐りやがって!! もういい! 壊す! 今すぐこの船をチリも残さず――!!』

『グギャアッ!?』


 喚き散らし、すぐにでもガンダルヴァを沈めようとするサイラスだったが、突然傍にいた彼の手下が砲弾にふっ飛ばされた。


 そして彼らの目の前にOCMM最強の兵士ヘルタと、それに伍する歴戦の兵士であるパメラが現れた。


 二人は出撃した際、メイガスに取りつけた光学迷彩装置で姿を隠し、サイラス達に備えてガンダルヴァに取り付いて待機していたのだった。


『な、どこから現れた!? ……ん? そこの白いのは確か長老のとこで見た?』


 白と緑の二人の女兵士が出現した事に驚くサイラスだったが、姿を現したと同時にヘルメットを外したヘルタを見て、つい口に出たセリフが彼女にある確信をもたらした。


「やれやれ、さっきの話で、伏兵は対策済みだって分かって無かったようね?」

「大人しく降伏すれば、悪いようにはしないぞ」

『……! フザケるな! お前ら、掛かれ!』


 手下に命じ、一斉にドラゴン達がヘルタ達に襲いかかろうとする。だが先手を出したのはヘルタ達だった。


 ヘルタは掌からビームを放ち、パメラも肩のランチャーからミサイルを放つ。

 ビームやミサイルを食らったドラゴン達は、あっという間に五体ほど黒焦げとなり、その場に倒れ伏した。中には海に落ちた者もいる。


 甲板上にいたトラゴン達は何もできないまま三匹だけとなり、狼狽えてしまう。

 そんな隙を見逃す二人ではなく一気に近づき、それぞれ一匹ずつにヘルタは蹴りを、パメラは手に持った大斧の柄で頭部を殴り、二体のドラゴンを伸してしまった。


『……あ……え?』

「……いくら何でも弱くない? 本当にドラゴン?」

「ゲオルグレベルの奴が何体もいるとは思えなかったが、それにしてもこれは無いだろ……」


 傍にいた手下を全て倒され、残ったサイラスは状況に頭が追いつかなかった。

 アガットのバフが掛かっていたとはいえ、ヘルタ達もあまりの他愛無さに違う意味で信じたくなかった。


『……こ、このアマ! 舐めるな!!』


 気を持ち直したサイラスが吠え、紫電のブレスをヘルタに放つ。

 だが彼女は掌を前にかざして、目の前に薄いレンズ状のバリアを張り、それを防いだ。

 それを見たサイラスは心が折れ、恥も外聞も無く逃げ出した。


『う、ウワァァァ!!』

「全く、往生際が悪いな」

「待ってパメラ。私にやらせて」


 背を向け全力で羽ばたき、空に逃げ出す青いドラゴン。

 その背をパメラがレールガンで狙い撃とうとしたが、ヘルタがその役を譲って貰うよう頼んだ。

 そんなヘルタに目を丸くするパメラだが、嫌な予感がしたので素直に譲った。


 そしてヘルタも飛翔して高速でサイラスを追いかけた。

 ヘルタの方がスピードがあり、追いついた彼女はサイラスに向け手をかざす。

 すると、サイラスの体の周りに巨大な光のリングが現れ、サイラスを空中で締め上げてしまった。


『ガアァァ!? なんだコレ! 何で壊れねえ!』

「はい、捕まえた」

『お、お前の仕業か! なんだお前は、魔術師か!?』

「違うわよ。まあはできるけどね。それより質問いいかしら?」

『は? な、何だよ?』


 サイラスの前面に回り、彼の大きな顔の前で停止したヘルタは、彼に尋ねる。


「その声、もしかしてあなた、長老との会合で私について言及していたかしら?」

『あ、ああ。随分やらしい体してたからな。それがどうした?』


 サイラスの返答に彼女は微笑み、そして、


「……よくもこの完璧なプロポーションを『下品』なんて言ってくれたわね!! その上『やらしい』ですって!? 目が腐ってんのかゲスドラゴン!!」

『ブヂョモッ!!!?』


 鬼の形相に急変しサイラスの脳天にかかと落としを全力で食らわせるヘルタ。

 悲鳴を上げ、蹴り落とされたサイラスは勢い凄まじく海面に叩き付けられ、派手な水柱を上げた。


 あ、やっぱり頭にきてたんだな。


 モニター越しにブリッジから外の様子を見ていた艦長は、一部始終を見てそう思った。

 同じくブリッジで見ていた者達も、外で見ていた者達も何となく察した。


 けど、そんな際どいラインを出す服着て、見せびらかしたら言われても仕方ないぞ。


 そう思った一同だったが、言ったら後が怖いので黙っておく。


『……チクショオオォォォーーーッッッ!!』


 リーダーの片割れを倒された三下達が、破れかぶれとなり襲いかかる。

 だが最初から圧倒されてた彼らが、今更本気になってもどうにもならない。鎮圧されるのは時間の問題だった。


 だが、そうなる前に珍事が一つ起こる。


「……は? 何を言ってるんだお前は?」


 ガンダルヴァから少し離れ、メイガス隊と共に空中でドラゴン達を相手にしていたシアンとマルコ。

 艦長の作戦通りに適当に相手をして、伏兵を誘き出した後、攻勢に転じドラゴン達を次々と気絶させていた。


 そのリーダーの一角が倒れ、混乱するドラゴン達に更なる追い討ちをかける二人とメイガス隊。

 だが突然、シアンの通信機に連絡が入った。相手はクロムだったが、何故か慌てふためき内容も要領が得ない。

 だがその理由をマルコが先に気付く。


「……なんだ? ……!? おい、シアン、あれ!!!!」

「ん? 何だマルコ……ウオオオォォォ!?」


 スナイパーであり目が良いマルコは、遠くからくるを見て、普段の彼が発する事が無い大声でシアンに注意を呼びかける。

 何事かと振り返るシアンだが、スピンを掛けながら高速で、コチラに飛んでくる物体が目に入った。


 最初は障壁を張って防ごうとしたが、さっき通信機からクロムが「受け止めて!」と言った事を思い出し、嫌な予感がしたシアンは自身の前に大気を集約して即席のクッションを作る。


 そして飛んできた物体を受け止めるが、あまりの衝撃に押し出され彼の体は後方に吹き飛んでしまう。

 それでも、シアンは魔力を全開にして空中で踏ん張りブレーキをかける。


 50メートルくらいノックバックして、ようやく止まったシアンだったが、受け止めた物を見て驚愕する。

 それはゲオルグが山から出る許しを貰う為の条件である、目的のドラゴンの卵だった。




 卵が飛んでくる少し前――


 密輸船に乗り込んだクロムが卵を取り戻そうと、船内を探し回っていた。


 それと同時に、密輸船の甲板にはパウリーネが操舵手として待機する漆黒の密閉型ボートを守るべく、芽亜里と茅が灰色と青いドラゴン達と対峙していた。


 その上空では、敵のリーダーの片割れであるアッシュと、その手下達である灰色のドラゴン達がゲオルグを取り囲んでいた。


 一見すると、ゲオルグ達が不利に見えるこの状況だが、事実は逆だった。


 ナノマシンのSPS位置情報で仲間の位置を認識され、アガットの放った付加魔法は密輸船にいた芽亜里達にその上空のゲオルグ、船内にいたクロムにまでも恩恵をもたらしていた。


 それもあって、甲板上にいた芽亜里と茅も一撃、多くて二撃加えればドラゴンを打ち倒せるほどに強化され、既に6体のドラゴンを沈めていた。


 そして空中のゲオルグもリーダーを除く、敵の半数を海に叩き落としていた。

 しかもブレスを使わず片腕だけで。


『ど、どうなっている!? 前よりずっと強くなっているじゃないか! 下の人間共もなぜこんなに強いんだ!?』

『「バフ」っつうので強くなってんだよ。下の芽亜里達も。まあそんなの無くてもお前らに勝つのは訳ないけどな?』


 そう言いながらあくびをしながら説明する。

 完全に相手を舐めきっていたゲオルグだった。まあそれだけ相手が弱かったのだが。


『き、貴様……いつからそんな汚い手を使って戦うようになった!? 「決闘に卑怯な手を使うな」とか言ってたお前が!』

『こいつは決闘じゃねえだろうが? そもそもお前が汚いとか言うなよ。まあ異世界じゃこれよりえげつない事する奴らがいるからな、今回は可愛いもんだぜ』


 平然と言い返すゲオルグ。シャイニングメテオズに入ってからの彼は、様々な異世界を転移し、人間、魔物を問わず戦ってきた。

 その多くは彼の闘争本能を満たすものでは決してなかった。


 だがそんな不満はヘルタやクロムと言った、強い仲間ライバルが相手にしてた事で抑えられていた。

 それよりも、仲間と共に戦うというドラゴンとしては珍しい体験は、彼にこれまでと違う感情が芽生えつつあった。

 彼がそれに気付くのはまだまだ先のことであったが。


 そんな彼の変化に内心動揺するアッシュ。歯噛みをして、彼は作戦を変更する。


『こうなったら……! お前らゲオルグを足止めしろ! 船にいるやつは俺と――』

「ゲオルグ! 見つけたよ!」


 アッシュは手下にゲオルグを足止めさせ、自らは下に降りて船ごと卵を海に沈めようとした。


 だがその前にクロムが、目的の卵を見つけ甲板に戻ってきていた。

 卵を両手に抱え、空に向かって上げゲオルグに示すクロム。


『見つけたか! よっしゃ、待ってろ!』

『――ッ! しまった! 下にいる奴はその卵を割れ!! 今すぐ!!』


 クロムが卵を持ってきた事に気を取られたアッシュの隙を突き、ゲオルグは船に向かって急降下する。

 ワンテンポ遅れ気付いたアッシュ達は追いかけるが、バフでスピードも上がったゲオルグに追いつけるはずもなかった。


 アッシュは慌てて下のドラゴン達に命令を下す。命令を受けたドラゴン達はクロムに襲いかかろうとするが、その背後から芽亜里が飛び蹴りをかまし、背中を強打してまたも一匹気絶する。


 それを見た他のドラゴンが躊躇し、その直後にゲオルグが甲板に降り立った。


『サンキュー、クロム。これで条件はクリアできそうだ』

「油断しないでよ、まだ敵がいるんだからさ。とにかく援護するから君は卵を持ってガンダルヴァに戻って」

『それなんだが、クロム。シアンと通信取ってくれ』


 クロムから卵を受け取る15メートルもある銀龍は、ついでに頼み事をする。


「え? なんでシアンさんに? ていうか君が通信をとればいいじゃないか」


 人間態のゲオルグは腕に取りつけた、腕輪型通信機で離れた仲間と話すことができる。

 その腕輪は彼が竜状態になると指に移動する仕組みになっていた。

 それを使わない彼にクロムが疑問を口にする。


『いや、ちょっと喋れねーからさ』

 

 そう言って彼は息を大きく吸い込み、クロムから受け取った卵を咥えた。

 それを見た全員が、ゲオルグの奇行を見て首を傾げる。だがすぐにゲオルグの意図を察したクロムが止めようとする。


「――!? まさか!! 待って、ゲオルグ! 無茶だ!! ヤバイ、シアンさん聞こえますか!? ゲオルグが――あ、マズイ!! シアンさん、受け止めて下さい!!!!」


 ゲオルグがガンダルヴァのいる方向に首を向けつつ、小刻みに首を動かして角度調整しているのを見たクロムは、止めるのは無理と判断して通信でシアンに呼びかける。


 それと同時に、ゲオルグは思い切り息を吐き出し、咥えていた卵をガンダルヴァの方向に高速で飛ばした。


『ハァッ!?!?』

「「「エエーーーーーッ!?」」」


 まさかの大事な卵を放り投げ、いや、吐き飛ばすと思っていなかった敵味方は度肝を抜かれてしまう。

 卵はスピンが掛かりながら高速で空中を駆け抜けて行った。


 十数秒して、クロムの通信機からシアンの叫び声と、何かがぶつかるような音が響いた。


「シ、シアンさん! 大丈夫ですか!? 卵は!?」

『ぶ、無事だ。卵もな……だが説明してくれ』

「……ゲオルグが卵を…放り投げました」

『……やっぱりな……あの馬鹿……帰ったらただじゃ置かん』


 通信機越しにシアンが震えた声で答える。相当怒っているのだろうとクロムは察した。


『お、お前……本物のバカか!? あれで卵が割れたらどうする!?』


 呆気にとられていたクロム達だったが、いつの間にか密輸船の甲板に降りていたアッシュが、呆れと驚きの混じった声でゲオルグをなじった。


『卵は丈夫だからそんな心配ねぇだろ? シアンなら何とかするしな』

「信頼がさりげなく重いなあ……」

『こ、こんなバカにやられるとか……認められるかァッ!!』


 全ての作戦が打ち砕かれ、逆上した灰色のドラゴンは炎のブレスを吐く。ゲオルグもブレスを吐くが、それは水の塊だった。


 互いのブレスがぶつかり、水が蒸発して密輸船が瞬時に霧に包まれた。


『な――!? くそ、何で水を吐くんだドラゴンが!?』

『捕まえた』


 気付いたらゲオルグが側にいた。それもアッシュの尻尾を掴んだ状態で。


『げ、ゲオルグ! くそ、はな――っ!?』


 アッシュが言い終わらない内に、ゲオルグは尻尾を掴んだまま横回転し、アッシュの体を大きく振り回した。


『アババババババババ―――!?』

『相棒が海に落ちてたよな! お前も仲良く海水を飲んどけ!!』


 そう言うとゲオルグは手を離し、明後日の方に放り投げる。

 回転で酔い、気分が悪くなったアッシュは前後不覚となりそのまま海にダイブした。




 決着がついた。僕たちも船上で芽亜里達と共にドラゴンたちを叩きのめしていた。


『おう、そっちも終わったか』

「まあね、しかしまさか海上でドラゴンの軍団と戦う事になるとは思わなかったわ」

「ゲオルグに比べると大した事なかったけどね」


 この後に密輸船から証拠品の押収や、関係者の身柄の確保、それと妨害してきたドラゴン達を拘束しなければいけないから、まだまだ大変だけど、それでも戦闘が終わり一段落した。


 ただ一人、茅だけが違った。


「あれ、茅? 起きてるなんて珍しいじゃない。どうしたの?」

「……ん、いや、何か肌がひりつくというか、胸騒ぎがしてね、寝付けなくて」

「……マジ?」

『ん? お前らどうしたんだよ? 辛気臭い顔してよ』


 ゲオルグが何やら神妙な面持ちをしている芽亜里達に訊ねる。


「あー、茅ってね、こう見えて危険を察知する能力が高いのよ。いつもなら戦闘が終わったらすぐ眠くなるんだけど……」

「まだ何か来るって事?」

『殺気とかは感じないぞ。ただの気のセイじゃねえのか?』

「それが困った事に彼女の勘が外れた試しが無くて……」


 正直、疑わしく芽亜里の話を聞いていた僕とゲオルグ。けどボートに乗っていたパウリーネが慌ただしく僕たちに呼びかけた。


『みんな、早くボートに乗って!!』

「パウリーネ? 何かあったの?」

『嵐が来ているわ!! ガンダルヴァから連絡があって、このままじゃ私たち巻き込まれるわよ!!』

「え? 嵐ってこんな快晴で……!?」


 そこで空を見て僕たちは驚く。さきほどまで雲一つない青空から、急に雷雲が現れ空を覆ってしまった。


『急に天気が変わった……? こんな事あるのか?』

「待って、あの雲……というかこの辺り一帯に強い魔素マナを感じるわ。ただの自然現象じゃ無いわよこれ!」

「何だって?」


 魔法の元となるマナが急に周辺に現れたのを感じ取り、芽亜里が驚いている。

 確かに僕もあの黒雲が現れた時に周りの空気が重たくなったのを感じた。


「みんな、急いでボートに乗って! ここから離れないと!」

「ゲオルグ! またボートのサポートをして!」

『お、おう』


 嫌な予感がして、僕たちはボートに乗り込む。ゲオルグも異常を感じ取り、素直に応じた。

 けど、僕達が乗り込んだと同時に、強風が吹き始め、波が高くなり密輸船が揺れ始める。


「あ! まだ船員が船に!」

「ゴメン! この状況じゃ無理だわ! 行くわよ!」


 ボートに乗り込んだ直後になって、僕は密輸船の中にまだ人がいるのを思い出した。

 けどパウリーネは脱出を最優先して、ボートを発進させた。

 その直後に大波が押し寄せ、密輸船を飲み込んでしまった。


 あのまま船にいたら、僕たちも飲み込まれていた。残っていた船員に申し訳ないと思いつつ、急いで離れようとする。

 けどそうは問屋が卸さなかった。


 船がバラバラになった直後に、海面から水柱が上がった。

 いや、ただの水柱じゃない。強風が巻き上がって出来た水の竜巻だ。

 しかもそれが海面のあちこちに登っていた。

 突然の光景に、僕は口も聞けなくなる。


 パウリーネはその合間をくぐり抜けようと操縦桿を操るけど、強風に煽られボートが竜巻に引き寄せられる。

 ゲオルグもボートを掴み引き戻そうとしたけど、彼の怪力でも引き留めることは出来ない。


『カーク……、…番機、聞………! 応……よ! ……ク…』


 ガンダルヴァから通信が聞こえるけど、ノイズが掛かってよく聞き取れない。一瞬窓から見えたけど、新たな水竜巻が現れ見えなくなる。

 僕たちの乗ってるボートは、ゲオルグごと水竜巻の中に飲み込まれてしまった。




「……ん……痛っ……!」


 気が付くと、僕はボートの中で倒れていた。頭を打ったのか、目覚めたと同時に痛みが走る。痛む頭を抑えながら起き上がると、同じく気を失っていた仲間たちの姿が見えた。


「パウリーネ! 大丈夫!? 芽亜里もしっかりして! 茅も!」

「う……ん……ん? クロム……?」

「……ん…あれ? 生きてる?」

「……クー……クー……」


 良かったみんな無事だ。パウリーネは操縦席に座ったまま気を失ったけど、呼びかけて目覚めた。

 芽亜里は変身が解けて床に倒れてたけど、同じく目覚める。

 茅は寝ていただけだった。


 けどそこで、ボートを支えていたゲオルグがどうなったか気になり、窓から外を伺う。

 外は砂浜で、奥にヤシ科の木々の密林と、その下にシダ科の植物らしい草が生い茂っている。見える範囲ではゲオルグの姿は見えない。

 僕は目覚めた仲間にここにいるよう言って、ボートの外に出た。


 弦側にあったドアは打ち付けられたのか、変形して開かない。仕方ないので幻獣紋でパワーを上げて、ドアを蹴飛ばして無理やり開けた。


 するとボートのすぐ近くにゲオルグが砂浜に打ち付けられ倒れている姿が見えた。

 急いで降りて彼に駆け寄る。


「ゲオルグ! 大丈夫!?」

『ん〜……何だよ……それは俺の肉だぞ……』


 良かった、生きてる。夢を見て寝言を言っていた。

 その様子に安心した僕だけど、その時、彼の近くで動いている大きな何かに気付いた。


 それはさっきまでゲオルグを目の敵にして襲ってきた、確かアッシュという灰色のドラゴンだった。

 彼もどうやら僕達と同じくここに漂着したらしい。

 アッシュはよろけながらも立ち上がり、僕達を見下ろす。


『……ッ、この……よくもやってくれたな。だが寝ているとは随分呑気だな。それで襲われても文句は言えないよなぁ!?』

「マズイ! ゲオルグ、起きろ!」

『ムニャムニャ……もう食べられねぇ……』

「寝ぼけてる場合じゃないって! 寝坊キャラは茅一人で十分だよ!」


 ああ、もう仕方ない!


 ゲオルグの頭を飛び越して、トンファーを構えてアッシュの前に立ちはだかる。

 そんな僕を見たアッシュは煩わしく舌打ちして、息を吸いブレスを吐こうとする。


 けどそこで、アッシュの脇腹に何か粘りのあるものが取り付いた。相手もそれに気付いて、視線をそっちに向ける。


『……なんだコレ? ――ッ!? ナアァァァァァァ!?』


 突然、アッシュの巨体が引っ張られた。

 彼の脇腹に取り付いていたのは糸だった。糸は密林から伸びていて、15メートルの巨体のアッシュは悲鳴を上げながら密林に向かって勢いよく引きずられていく。


「な、何だ!?」

『うるせぇな……って、アッシュ!?』


 アッシュの悲鳴でゲオルグが目覚めたけど、起き抜けに同郷のドラゴンの異常を目の当たりにして飛び起きた。


 そして彼が密林まで引き寄せられると、木陰からアッシュと大差ない巨大な紫色の蜘蛛が現れた。

 出てきた蜘蛛は更に糸を吐き、アッシュの体を糸で覆い巨大な繭にして閉じ込めてしまう。出ようと抵抗しているのか繭はうごめいていた。

 そして大蜘蛛はそれに前足で掴み、そのまま密林の中に連れ去ってしまった。


 突然の事に僕もゲオルグも呆然と見ているしかなかった。

 そこにいつの間にかボートから出てきたパウリーネ達が僕に近づいていた。


「クロム、大丈夫!?」

「パウリーネ!? 危ないよ出てきちゃ!」

「危ないのはあなた達でしょ! 何よ今の蜘蛛!?」

「気配は消えたから今は大丈夫だと思う、多分……」


 彼女たちが僕たちに詰め寄る。僕たちが心配で居ても立ってもいられなかったようだ。

 蜘蛛はいなくなったらしけど、密林を警戒して近づかないようにした。


「ゲオルグ、今の何か知らない?」

『コッチが聞きてぇ、あんな化け物初めて見たぜ』

「そもそもここ何処かしら? 海岸からは島一つ見えないわね……」

「……ねぇ芽亜里。さっきの嵐の時、マナを感じたって言ってたわよね?」

「え? うん、とんでもない量だったわ。それがいつの間にか辺り一帯に広がってた」


 何か考え事をしていた茅が、確認するように芽亜里に聞く。

 彼女の話を聞いた茅が「まさか」と呟いた。


「聞いた事がある……この世界、レグザゴーヌの南方の海には時折、大量のマナを伴った大嵐が発生するって」

『そういや長老ジジイが昔、そんな話をしたことがあったな。南の海に黒雲が現れたら嵐が吹くから、急いで陸に向かって飛べって。巻き込まれたら二度と戻って来れないぞ、なんて言ってたな』

「うん、彼の言う通り、嵐に飲まれて帰ってきた者はいないわ……一人を除いて」


 茅は神妙な顔つきで語りだす。その内容は僕たちを愕然とさせるものだった。


「昔、その嵐に巻き込まれた大きな貿易船があったの。それに乗っていた人達は誰も帰らないと絶望してたわ。けど、一人だけ北方の浜に流されて生還していたの」

「北に? この世界って大陸が一つしかないんだよね? 何で反対側に流れ着いたの?」

「分からない、見つかった彼は正気を無くしてしまっていたの。けどその彼から何とか情報を聞いて、貿易船は島に漂着したらしいわ」

「『島』って、もしかしてここが?」

「うん、けど島には恐ろしい怪物やおぞましい生物がいて、乗組員は戻った彼を除いて全員襲われて死んだって言われているの。そしてそこは『ソリテュード島』と呼ばれるようになって、今ではOCMMに〝五大魔境〟の一つに数えられてるの」

「〝五大魔境〟だって!?」


 そこに入れば生還することは絶望的と言われる〝五大魔境〟。

 かつて旧シャイニングメテオズが迷い込み、死にかけた『エフタラサ砂漠』と並ぶ危険地帯に、僕たちは入り込んでしまったのだった。

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