第14話 宇宙空間の洗礼、そして自爆
異世界スティンランドから僕たちはそのままガンダルヴァの艦内に転移し、帰ってきた。
僕たちは急ぎ艦内中央に内蔵されている
その途中、舷窓から見た光景に気付き、驚いたけど今は急ぐべきと足早に進む。
「やっと帰って来たか。大変だったな」
「艦長すみません。遅くなりました」
「私のせいで皆さんにとんだご迷惑をおかけしました」
ブリッジに入るなり、艦長は座席から立って僕たちに敬礼して出迎えてくれた。
僕も急ぎ敬礼して遅刻をしたことを謝る。ガリプさんも申し訳なさそうだった。
「事故みたいなもんだからしょうがねぇよ。あんま気にするなよ?」
「部隊再編初日から行方不明者が出るとか、洒落にならなかったがな」
「マ~ル~コ~? 何でそんな事しか言えないのかしらねぇ? またクロムくんにぶっ飛ばされたいのかしら?」
艦長は僕たちを気遣うけど、ブリッジにいたマルコが皮肉を言う。それを後から入って来たヘルタさんに
ただ僕は、ここに来る途中の廊下の舷窓から見えていた景色が気に掛かり、艦長達に質問した。
「ガンダルヴァは今、宇宙空間にいるんですか?」
「そうよ、流石に予定を遅らせる訳にいかないって上からキツく言われてね」
「仕方なく〜……出航したの〜〜……ブレイベルと違う『別宇宙』に〜……」
ガンダルヴァが宇宙空間に出ているのを知り、僕は驚く。それをブリッジにいた芽亜里と茅が説明してくれた。茅が『別宇宙』って言ってたけど、意味は『異世界』と同じでどっちで呼ぼうと自由だ。
そして遅れてきたシアンさん達もブリッジに入って来た。そこでヘルタさんが仕切る。
「さて、こうしてメンバーが揃った事だし、アガットの紹介も兼ねてまずは互いに自己紹介しましょうか」
そんな訳で、僕たちはこれから同じチームとなる人たちと互いに自己紹介して把握する事にした。マルコはやる気が無かったけど。
ガンダルヴァの艦長でチームの指揮官、クリストファー・モーリス中佐。
部隊のエースのヘルタ・シュヴァルツシルト大尉。
戦闘経験豊富でチームの教導官を兼ねる、パメラ・ファーガソン中尉。
ガンダルヴァ専属のスナイパー、マルコ・サルトーリ准尉。
そして新たに編入された僕、クロムとパウリーネの二人の一等兵。
この他に嘱託の補充要員がいて、
アイドルグループ、マジックタイムのメンバーで魔法少女の
同じくアイドルで妖刀使いの
ハーフエルフの魔法使い、シアン・ロンド。
異世界から迷い込んだドラゴンのゲオルグ。
知識の悪魔のガリプ。
そしてゴーレムのメイド少女のアガット。
以上十二名が僕たちの所属する特別編成治安維持部隊、通称『シャイニングメテオズ』のメンバーだ。
……元々軍や民間を問わずに、即戦力を掻き集めた寄せ集め部隊だったって聞いてたけど、軍人組はともかく、民間組は随分個性的だなぁ。
まあ軍に入った僕たち獣人も個性的だけど。
それとこの他にガンダルヴァには、メイガスを身に着けガンダルヴァや僕たちをサポートしてくれるメイガス隊が計50人いる。
ブリッジ要員等のクルーを入れれば300人と大所帯だ。
「それじゃあ今から、俺たちのこれからの任務を説明するぞ。頼む」
「了解」
艦長が指示すると、ブリッジ要員の一人がパネルを操作する。すると艦長席の後ろにあった台に黒い球体をはめ込んだ装置が光りだした。
半球から光が飛び出し、台の上に3Dの宇宙空間のマップが映し出される。
マップの中心にある緑色の鳥を模したマークはガンダルヴァを表示しており、大小の光がマップのあちこちに点在する。
その中には大きさの違う色とりどりの球体や、一際大きい輝く球体もある。
惑星とか恒星と言うらしく。星の中でもかなり大きい恒星は太陽で、惑星は大きさも色々あるけど、その中には人が住める環境になっていて、僕たちが大地とか世界と呼んでるのは大体こんな形だという。
僕たちがウナフェニスから異世界に出る時、ガンダルヴァは宇宙空間に出る必要があった。
その時、舷窓からウナフェニスの大地を見たけど、世界はずっと平面だと思っていた僕たちは青く巨大な球体だった事に驚きを隠せなかった。
今は前知識もあって、3Dマップを見てこれが宇宙だって受け入れられるけど、何も知らない人がこれを見て宇宙だと言っても信じられないだろう。ウナフェニスにいるロベルトさんとか。
そんな事を思っていると、3Dマップの映像がズームし、ガンダルヴァがマップの端に寄る。そしてガンダルヴァの先に矢印が表れた。
その先には緑色の惑星と、それを取り囲むいくつもの小さな星の集まった輪、アステロイドベルトがあった。
「クロム達が来たことだし、おさらいを兼ねて最初から説明するぞ。俺達がいるのは【ウラヌス】と呼ばれるOCMMに登録されている宇宙だ。ざっくり言うとこの宇宙には『ティターン帝国』とOCMMに参加している『オリンピア銀河連合』とに分かれて長い戦争状態にある」
戦争と聞いて僕は少し怖気づいてしまう。隣にいるパウリーネも表情が固くなったのが見えた。
軍に入った以上そうなる事もあるとは考えたけど、いざ目の前に迫ると心がざわついてしまった。
「戦争ですか? シャイニングメテオズは治安維持が目的であって、戦争に参加するような部隊ではないとマスターから伺っていますが」
「ああ、今回の相手は帝国じゃあない。目的はこの惑星メンテーのアステロイドベルトに潜んでいると思われる『次元海賊』の制圧及び逮捕だ」
「何だそりゃ?」
アガットが質問して、戦争をする訳じゃ無いと艦長は返し、僕は内心安堵する。
それはともかく今度は何も知らないゲオルグが質問した。
「次元海賊はガンダルヴァと同じ異世界転移する船に乗った、文字通り強襲や略奪を繰り返す海賊共だ。俺達はこういう奴らをよく相手にする事になる」
「ほお? 強いのか?」
「狡猾な奴らなのは確かだが、大概はお前の言う強い奴とは言い難い」
「なんだ、つまんねー」
ゲオルグの質問にシアンさんが答える。ゲオルグは強敵と戦える期待をしていたけど、話を聞いてちょっとだけ落胆した。
「そいつ等が僕たちの向かっている場所にいると?」
「ああ、ここは連合の勢力下にある惑星なんだが、そこで貨物船や貿易船が何度も襲われてるってOCMMに泣きついてな。そいつらを何とかして欲しいと依頼されたって訳だ」
そう言う事か。けどそうなると僕たちの初陣は――
「つまり宇宙戦になると?」
「そうなる可能性が高い。そしてそいつ等との接触予想時刻はおよそ三十時間後だ」
「え⁉ 明日ですか!? 僕まだ宇宙戦の訓練はしてないんですけど!?」
突然の話に思わず声を上げてしまう僕。そこにヘルタさんとパメラさんが補足した。
「分かっているわ。誰も訓練もしていないあなた達にいきなり宇宙に出て戦えって言わないわ。敵は私達が相手をする事になっているから心配しないで」
「だが戦闘になると何が起こるか分からんからな、せめて宇宙空間で最低限動ける位は出来るように、今からお前達を鍛える」
いくら何でも急だと思う。けど軍に入った以上、上からの命令は絶対だ。やるしかない。
「またアレを着るのかよ? このままじゃ駄目なのか?」
「前にも言っただろう? 宇宙空間では空を飛ぶのと全然違うと。それにそんな格好で出たら自殺と変わらんとも言ったぞ」
けどゲオルグは嫌そうだった。どうやら僕たちが来る前に訓練を受けたらしい。
抗議するゲオルグにシアンさんが説明するも、彼はまだ不満をぶつけようとした。
「けどよぉ、お前だって――」
「いい加減にしろゲオルグ! これは必要な事だ! これ以上ワガママを言うならまた『指導』をしてやろうか!!」
けれどパメラさんがゲオルグを強く叱る。すると彼は背筋を伸ばし、なんとパメラさんに対して敬礼した。
「す、スイマセン! やります姉御!」
「姉御!!!?」
あのゲオルグが畏縮してパメラさんに対し「姉御」と読んで従順になっている。
彼の変わりように僕は仰天して声を上げてしまった。
「よし、そういう事だ。訓練の為にお前達は着替えろ」
「は、はい」
僕たちはブリッジを出て、メイガスを保管している更衣室に向かった。
その道中にゲオルグに何があったのかパウリーネに聞いたけど、それによると僕が異世界に飛ばされた日に、彼はパメラさんと模擬戦をして徹底的に痛めつけられたらしい。それからああなったという。
さすがにこれは予想外だった。
余程だったんだろうなと、彼に同情せずにはいられなかった。
更衣室で僕はメイガスに着替えた。前に着たのに加え、宇宙用のオプションが加わっていた。
まずメイガスから突き出てた僕の尻尾だけど、気密性を上げるためにボクサーパンツのような物を上から身に着けた。臀部が少し盛り上がっていて、履くと尻尾が収まり、完全に密封される。
最初から出さなきゃ良かったのではと疑問はあったけど言わないでおこう。
そしてもう一つ、メイガスで宇宙に出る時は必要となるヘルメットだ。このフルフェイスヘルメットには超小型化した酸素ボンベに、各種毒ガスに対する中和剤などが内蔵されている。これを被る事でメイガスの気密性は安定し、宇宙空間を始めとした過酷な環境下での活動が可能になる。
ただ、僕専用のヘルメットは他とデザインが違っていた。通常のメイガスのヘルメットは前面をガラス張りにしたものだけど、僕のは狼の顔を象ったもので、目に当たる部分しかガラスが無く視野が狭い。
後は黒塗りの金属製のマスクと言ったほうがしっくりくる。
ヘルメットは二つのパーツに分かれ、まずヘルメットを被り、口と鼻以外の頭を覆ってメイガスの首のリング状の装置と接続する。
そして僕の口と鼻を覆う底の丸い、角の取れた四角のコップの様な形のマスクをヘルメットに取り付け、メイガスとヘルメットを完全に密封した。
「なんだそれ、ちょっとカッコいいじゃねえか。俺のもそういうのがあったらなぁ」
不意にゲオルグに声を掛けられた。彼はメイガスのようなスマートな物ではなく、作業員が着るゴテゴテとした宇宙服を身に着けていた。
「ゲオルグ? 君はメイガスを着ないの?」
「なんか元に戻ったりしたら、ナノマシンが壊れるからとか言って駄目なんだってよ。訳わかんねぇ」
どうやら彼が変身すると、彼の体内に注入されたナノマシンが故障するらしい。ナノマシンが使えない以上、メイガスを扱う事が出来ないから仕方がない。
「着替えたな。よし、行こうか」
「えっと、あのシアンさん? シアンさんはメイガスを着ないんですか?」
「俺は魔法で周囲に結界を張って、宇宙空間でも酸素や気圧を確保して活動する事が出来るからな。必要ない」
改めてシアンさんはとんでもない魔法使いだと思い知らされる。そんな彼をちょっとズルいと思ってしまった。
ちなみにマルコもメイガスを着ていたけど、紺色で他の正規兵と同じデザインだったから特にコメントはしなかった。
更衣室を出ると、パウリーネ達も着替えが終わっていた。パウリーネを見ると、ヘルメットと尻尾の辺りの気密性を確保するサポーターを身に着けていた。
ただ僕のと違って、通常のメイガスのヘルメットに猫耳がついたデザインとなっていて、尻尾を覆うサポーターは僕の様に袋にまとめるような物ではなく、メイガスと同質の生地で、尻尾全体を包んで自由に動かせる使用になっていた。
なんか研究部の妙なこだわりを感じ取ったような気がしたけど、気のせいと思おう。
茅は全身を黒のメイガスで身を包み、その上に紺色のセーラー服と呼ばれる制服の一種を着ていた。腰の左右には彼女の愛用する妖刀二振りがホルスターに鞘ごと固定されている。
妖刀はともかく、何故メイガスの上に制服を着ているのか聞いたけど、「趣味」の一言で返された。
そしてアガットだけど、彼女はメイガスを着ていなかった。
「アガット、着替えてないけど?」
「私は頑丈に造られたゴーレムですので、宇宙服の類を身に着ける必要は無く、単独での宇宙空間の活動が可能です。ただ、移動は
そういってこちらに背中を向ける。見ると彼女は小型の噴射装置を背負い、ベルトで固定していた。
メイド服にブースターというアンバランスな組み合わせと思うけど、彼女の佇まいからか違和感は無かった。
「お前達、着替え終わったか?」
「それならハッチに向かいましょうか」
そんなやり取りをしていたらヘルタさん達に声を掛けられ振り返る。ヘルタさんはいつもの白のメイガスを身に着け、その脇に彼女用のヘルメットを抱えている。
パメラさんもメイガスに着替えていた。ダークグリーンの色彩で、パメラさんの無駄な肉が無い引き締まった体が良く分かる。彼女もヘルメットを抱えていた。
「はい……あれ? 芽亜里、メイガスは?」
けど二人の傍にいた芽亜里は着替えておらず、いつもの私服だった。彼女は魔法少女だから、もしかしてシアンさんと同じくメイガスはいらないのかなって思ったけど。聞いたら違った。
「あー……そのね、私、変身して戦うでしょ。実は変身したら着たメイガスがどっかに消えてしまって使えないのよ」
「そうなの? それだったら変身した後に着ればいいんじゃない?」
「あのコスチューム、魔力で構成されて脱げないのよ。メイガスは脱がないと着けられないから彼女には使えないのよ」
「ちなみにメイガスじゃなく通常の宇宙服も試したが、動きづらい上に彼女の魔力やパワーで壊れてしまって駄目だった」
「彼女を俺の結界に入れてもみたが、魔力消耗が大きく非効率だったので
「え? てことは……」
「ゴメン! 私、宇宙じゃ役立たずだからガンダルヴァで留守番なの!」
頭を下げて両手を合わせ、申し訳なさそうに謝る芽亜里。まさかの魔法少女の弱点に僕たちは呆然としてしまった。
「仕方ないよ~……こればっかりはそういう体質だったって諦めるしか〜……」
「う~……せめて『あれ』ができてたらなぁ」
「はいはい、お喋りはそこまでにしましょう。そんなに時間がないんだから」
そろそろ行こうかとヘルタさんが促し、僕たちはハッチへと向かった。
ガンダルヴァの昇降口から甲板に出た僕たちは、突然体が宙に浮いた。
ガンダルヴァの艦内では重力が働いていて、地上と変わらない環境にあったから、突然のこの変化に僕はひどく戸惑った。
「う、うわ! これどうするの?」
「クロム、大丈夫よ。とりあえず私の手を握って」
そう言って差し出したパウリーネの手を僕は取った。パウリーネは反対側の手で昇降口の手すりを掴んでいる。僕の体はパウリーネと手を繋いだまま宙を泳いでいる。
宇宙空間には重力が無くて重い物も浮いてしまうって聞いてはいたけど、体験するとなんとも不思議だ。
軽くなったというより、死んで幽霊になって浮いている様だ。なんて想像して僕は少し怖くなった。
『ああ、くそ、やっぱ慣れねえ。何でこう思い通りに飛べないんだよ!?』
『落ち着けゲオルグ。とりあえず命綱をしっかり握れ。間違ってもちぎるなよ?』
ゲオルグががなり立てるのが聞こえ、僕は振り向く。みんなも無重力で体が浮いていたけど、慌てているのはゲオルグ一人で他のみんなは平然と、メイガスに取り付けたブースターを操り、付かず離れずの距離を保っている。
アガットも僕と同じく無重力を経験するのは初めてのハズなのに、澄ました顔でブースターを操り、ゆっくりとガンダルヴァの甲板に着地した。
『本当に無重力は始めてなの〜…? アガットすごいね〜……』
『やれやれ、クロムやパウリーネと違って指導のし甲斐がなさそうだなこれは』
アガットの鮮やかな宇宙遊泳に茅は眠たげながらも感心している。パメラさんも冗談交じりに彼女を褒めていた。
『じゃあ始めましょうか。クロムとアガットはパメラに噴射装置の操作方法を学んで貰うわ。まあ、アガットはすぐに終わりそうだけどね。パウリーネは私と茅が、ゲオルグはシアンとマルコが付いて教えるって事でいい?』
ヘルタさんが、そう言うとみんな頷く。シアンさんとゲオルグは半ば諦め気味で、マルコは何も言わずゲオルグの傍に寄った。
パメラさんは僕とアガットに命綱を取り付け、自分の体に括り付けた。
『良し、それじゃあ行くぞ。ゆっくり出るから私と同じスピードで付いてきてくれ』
「イエッサー」
「かしこまりました」
こうして僕の初の無重力下のメイガス操作訓練が始まった。
ヘルタさんは無理に戦いに出ることは無いと言ったけど、それに甘えるわけにはいかないと思っている。
何とかついていこうと気を引き締めていた。
――二時間後、最初は勝手が違う無重力状態に戸惑ったけど、パメラさんの指導と、もうほとんど慣れていたアガットのサポートもあり、結構自由に動ける様になっていた。
そんな時、ヘルタさんがパウリーネ達を連れて来て、スピード飛行の訓練を兼ねて僕とアガットが何かを賭けて競争することを持ちかけた。
レースはいいけど賭けはやらなくて良いと言ったけど、ヘルタさんはお構いなしだ。
僕を含めみんなが呆れたけど、ヘルタさんが勝った方に、今度の休暇にクロスポートの人気遊園地のチケットをペアでプレゼントするという。
新兵兵舎にいた時、パウリーネがその遊園地のパンフレットを見つけて、行ってみたいって言っていた。
僕は彼女を誘おうと下心に火がつき、つい誘惑に負けてしまった。
「分かりました! やりましょう!」
『クロム!?』
急に手の平を返した僕を目の当たりにしたパメラさんがドン引きする。
『クロム? もしかして遊園地に行きたかったの? 意外ね』
「え? ……あ……うん! そうなんだ! 異世界の娯楽を体験してみたいと思ってね! アハハハ……」
パウリーネの疑問に僕は冷静になってしまい、笑って誤魔化そうとした。けどヘルタさんとパメラさんは察したらしく、二人共ニヤついて僕を見ていた。
けれど結果は残念だった。スタートダッシュで先頭に躍り出たけど、アガットはスタートでほんの数回噴射して角度を微調整だけで後は全速力で真っ直ぐ向かっていた。
僕も全速力で方角を微調整していたけど、それがいけなかった。
前進と角度調整を同時に操作したことで、ほんの僅かだけど放物線の様なルートを飛ぶことになり、真っ直ぐ進むアガットに追いつかれてしまう。
更にアガットは折り返し直前でブースターを止め反転し、向きを変えたと同時にブースターを噴射してブレーキ掛ける。
けどそれは完全に止めるのではなく、ややスピードを抑えて衝突を避ける為だった。
彼女は折り返しに着地したと同時に深く屈んで、勢いよくジャンプする。そしてそのまま真っ直ぐゴールまで向かっていった。
僕も同時に折り返しに着いたけど、着地を考えておらず、慌てて逆噴射を掛けるも、小惑星に張り付くように衝突してしまった。
大して痛くはなかったけど、立ち上がるのに時間をロスしてしまい、アガットに抜かれてしまった。
慌てて追いすがったけど、ここまで来て彼女がミスをする事は無く、そのままゴールに彼女が卒なく着地した。その十秒くらいして、僕もゴールしたのだった。
『アガットの勝ち! クロムくんも惜しかったね』
『あ〜、残念だったわねクロム』
『まあ初めてにしては上出来だ。誇っていい』
三人とも敗者の僕を励ましてくれたけど、操縦ミスとパウリーネを遊園地に誘う計画が無くなったことで、僕は落ち込んでいた。
そこにアガットが僕の側に寄って話かけてきた。
「素晴らしい速さでございましたクロム様」
「はは……ありがとう、でもチケットは残念だったなぁ」
アガットも僕を励ましてくれたけど、彼女に追い打ちを掛けられたみたいでちょっとふてくされて、つい愚痴ってしまった。
「それなのですが、遊園地のチケットはお譲りいたします」
「え?」
「私は遊園地といったものには興味がございませんので、元々賭けをしているつもりはありませんでしたし」
「いいの? あ、いや、でも」
思わぬ申し出に僕は喜びかけたけど、勝者から賞品を譲ってもらうなんて、面目が立たないと思う。いや、立つような面目が無いとは思うんだけど。
「そのまま受け取るのが気が引けると仰るのなら、交換条件というのはどうでしょうか?」
「交換? どんな」
「それは――」
一瞬、アガットの瞳が妖しく輝いたように見えた。僕は背筋が冷えたけど、気のせいだったのか澄ました顔だった。
「――貸しというのはどうでしょう。私が何か困った事があったらお力添えをして頂くという事でよろしいでしょうか?」
「あ、ああ。それでいいなら」
『じゃあチケットはクロムくんに渡すって事で』
というわけで僕は遊園地のペアチケットを貰えた。何か後が怖いような気がするんだけど。
『ところで〜〜……ゲオルグの方はどうなったの〜〜……?』
不意に、さっきまでずっと寝ていた茅が起きてゲオルグの様子を訊く。寝ながら話を聞いていたのだろうか?
それは置いといて僕たちはゲオルグがいる方向に振り向く。遠目から見てもバタバタして思わしくないのが見て取れた。
「だから何度も言っているだろうが!? 思いっきり噴射すればいいものじゃないと! お前はゼロか百しか物事に当たれないのか!」
『うるせぇ!! 大体よく分からない物で飛ぼうってのが変なんだよ!』
『……ハァー……』
「マルコ! 何を他人事みたいに溜め息を吐いているんだ!? お前も先輩ならしっかり後輩に教えろ!」
ゲオルグの宇宙遊泳の指導をしていたシアンだったが、元々本能で動く彼に理論が通じなかった。
それは彼も百も承知だったが、あまりに捗らない訓練に苛立ちが募っていく。それを傍目に見ていたアンニュイなスナイパーは、やるだけ無駄だと既に投げやりだった。
そんな無為なやり取りを二時間も続けていた男達だった。
「いい加減にしろ!! 脳筋だとは思っていたがここまで覚えが悪いとは! これなら猿の方がまだマシだと言うものだぞ!!」
ブチッ!
余りに捗らない訓練に、普段は冷静なシアンがつい暴言を吐いてしまう。その売り言葉に、彼以上に苛立ちを募らせていたゲオルグが切れた。
ゲオルグは息を吸い、超高温の炎のブレスを吐き出し、宇宙服のヘルメットの前面ガラスを破壊してしまう。
「は!? お前何をしているんだ!?」
「ウルセエェェェェーーーーーー!!」
そう言いながらゲオルグは両手を、割れたガラスから手を入れヘルメットを掴み、力任せに被っていたヘルメットを真ん中から引き裂いて外してしまった。
「空気が無いって事は水の中と同じって事だろうが!? ならちょっと息をガマンすればイイだけだろ!! 俺は一時間は息を止められるから問題ねえ!!」
「そう言う問題じゃ無いバカ!!」
ヘルメットに続き、宇宙服を掴み引き裂きながら脱いでいくゲオルグ。これには我関せずだったマルコも開いた口が塞がらなかった。
「大丈夫だっつってんだろうが! そもそも俺が宇宙だか何だか知らないがこんな所で……!?」
威勢よく吠えるゲオルグだったが、突如様子がおかしくなっていく。
怒気で真っ赤に染まった顔が見る見る内に青ざめていき、彼は体内で小さく、しかし連続で膨れ上がっていくような、言いようのない不快感と不調に襲われた。
「な、何……だ? 体が泡立ってるようで……?」
「宇宙空間だと気圧が無いから血液が沸騰するんだ! すぐに破裂する訳では無いが危険な状態だぞ!!」
「あ、あと何か寒くなってきた………」
「宇宙はマイナス270度なんだぞ! 熱伝導する空気が無いからすぐに凍りはしないが、体から出る水蒸気とかで熱を奪われるぞ!!」
「あ……これ……マジヤバい……」
「ゲオルグ!? おい、しっかりしろ!!」
『ちょ、ちょっと! 何しているのよゲオルグは!?』
シアン達がドタバタしている間に、ゲオルグの様子を見にヘルタ達が近づいていたが、その途端にゲオルグが宇宙服を破り脱ぐのを目の当たりにした一同は混乱してしまった。
『ガンダルヴァ! こちら茅! 聞こえますか!? ゲオルグが危険な状態なの! 至急こちらに来てください!!』
『パ、パウリーネ! 〈ユニコーン〉で応急処置出来ない!?』
『わ、分からないけどやってみる!!』
『早くガンダルヴァに運ぶぞ!! アガット手伝え!』
「か、かしこまりました!」
『……』
ガンダルヴァに運び込まれたゲオルグはストレッチャーに乗せられ、医務室に運び込まれれていった。酸素欠乏症やその他の損傷を負い、予断は許されない状態だけど、ゲオルグは何とか生きていた。人並み外れた頑丈さが、彼の命を取りとめたのだろう。
「ハァ〜〜……全く。ゲオルグも人騒がせねぇ……」
「本当……なんでこう、馬鹿なんだろう彼は……」
やる事をやったからか、さっきまで覚醒状態だった茅は再び眠たげな状態に戻ってしまう。
あまり人の悪口を言いたくないけど、今回に限っては彼に対しての文句は止まらなかった。
けれど、マルコの放った一言でその場にいた全員の時が止まった。
「……なあ、今思ったんだが、シアンの結界を使えばアイツはここまで重傷を負う事は無かったんじゃないか?」
……………
「「「なんでもっと早く気付かなかったーーーっ⁉」」」
メンバー全員が、マルコに対し突っ込んでしまった。彼は悪くない。
けど本当になんで思いつかなかったんだろう?
慌てていたとはいえ、僕たちはもっとも有効的な人命救助の手法を見逃していた。
マルコにツッコんだ後、僕たちは後悔する。特にシアンさんは頭を両手で抱え唸り声を上げ、大いに後悔したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます