第13話 瀟洒なゴーレム

 ゴーツクの手先であり、弟であるゴーマンと対峙することになった僕。

 2メートルを超える巨体の筋肉質の男ゴーマンは、両手に鋼鉄製の手甲しゅこうを着け、甲側の部分に宝石のような物が嵌め込まれていた。明らかに魔石だろう。

 両手に握り拳を作り、ダッシュで僕に近づいてくる。


 速い!


 巨体から想像できない速さで疾駆して僕に迫ってくる。一気に側まで寄られ、ゴーマンは右拳を繰り出してきた。

 魔石の力だろうか、拳から放電しているのが見えた。


 さすがにガードは無理!


 急ぎ体を右に移動して避けた。けど相手はすかさず左拳を繰り出していた。こっちからは風を巻上げるような音が聞こえ、拳の周りが渦巻いている。


 ヤバそうだとは思ったけど、避けられないので両腕をクロスさせガードした。

 すると僕の腕に当たった拳から、暴風が巻き起こり後方に吹き飛ばされてしまう。

「え!?」なんて間抜けな声を上げながら、投げられた小石の様に吹き飛んでいき、僕は外壁に背中を叩きつけられる。


 背中に強い痛みが走る。けどまた相手が俊敏に駆け寄って来たのを見た僕は、慌ててファイティングポーズを取る。


 僕に近づいた敵は右拳を繰り出し、それをダッキングして躱しつつ相手の後方に回る。

 ゴーマンはすぐ振り返り、雷と風を纏った拳を連打してきた。けれど今度は当たらない。

 ステップを踏み上体を揺らしながら敵の拳を全て躱していく。勢いがあって速いけど、それだけだ。

 動きが雑で、大振りなパンチで軌道が読みやすい。


 パメラさんに近接格闘を徹底的に仕込まれたけど、彼女に全然触れる事も出来なかった。

 むしろ簡単にやられちゃうから、せめて食い下がろうとディフェンスは必死に磨いて、それが活かせていた。

 それでもパメラさん相手だと数分しか持たないけど。


 そんな僕を捕まえられない事に苛立ち始めたのか、動きが更に大振りになる。そしてその一撃を躱し、懐に潜り込んだ。

 そのままボディアッパーをお見舞いする。けど硬い岩を殴ったような感触があり、僕の手に激痛が走った。


「硬いっ⁉ ……あ!」

「貰った!」


 攻撃が通じない戸惑いから隙が出来た僕を、ゴーマンは帯電した右拳のフックで殴りつけた。

 反射的にガードしたけど、受け止めた瞬間に感電した。

 それで体に踏ん張りが効かず、ゴーマンの剛力も相まって又も吹っ飛ばされた。数メートルは吹っ飛んだあと、地面に叩きつけられる。


「ハッハー! 中々粘ったが結局無駄だったな! 勢い余り過ぎて死んだか?」

「おいおい、やり過ぎだ。だがまあ良くやった。よし、そいつを担いでこいゴーマン」

「分かったぜ兄貴……ん⁉」

「……ったた、まだ痺れてる……」


 体を強く打ちつけられた衝撃と電撃に、全身に痛みが走りつつも何とか立ち上がる。そんな僕を見ていたゴーツクゴーマン兄弟は開いた口が塞がらなかった。


「な、何で俺の電撃と拳を喰らってピンピンしてるんだお前は⁉」

「ピンピンしてないよ、普通の人間と比べるとちょっと頑丈なだけだよ」


 OCMMでパウリーネと共に身体能力のテストをした事があるけど、その結果はウナフェニスの獣人は平均的な人間より、全体的に身体能力が上だという仮説が立てられた。


 といっても僕は普段から鍛えていたのもあるし、パウリーネも他の新米女性兵士と比べると、体力を除けば中の上だったというだけだ。

 そもそも男女一人ずつしか調べてないんだから信憑性は無いに等しい。


 ただ、まったく根拠が無いという訳では無い。体質を調べてもらったけど、電気に対する耐性が人間の三倍もあった。

 他にも魔素マナに順応しやすい体質で、魔法による攻撃やデバフにも抵抗があり、一方でバフや回復魔法による恩恵は大きいという。それなのに魔法が一切使えないというから不思議だ。


 それはそれとしてどうしようか?

 さっき吹き飛ばされる直前に気付いたけど、ゴーマンは腰に魔石を埋め込んだベルトをしているのに気づいた。

 恐らくあれで防御力を上げているから、僕のパンチが通用しなかったんだと思う。せめてもうちょっとパワーがあればいいんだけど。


《〈ヤシオリ〉、制御システムをもうちょっとだけ抑えてくれない?》

《その命令を受理することは出来ません。現在、〈マスター〉の体に負荷がかからないまでの制御率を最低限に調整しています。これより下げるには外部リミッターを外す必要があります》


 だよね。

 ゲオルグとの決闘の直後、ヘルタさんとパメラさんに研究棟に連行された。

 そこでこってり絞られた研究員にシステムを再調整され、そこで外部リミッターも取り付けられた。僕が無理しないように取り付けた物だ。

 これを解除するにはヘルタさん、艦長、パメラさんの三人の内一人が解除する必要がある。けど今はその三人がいないから無理だ。

 もっとも、いたとしても多分許可はしないだろう。


 となると何とかして敵の魔石の装備品を剥がすしかないか。

 そう考えながら、僕はボロ小屋と敵から失敬したナイフを取り出し、二刀流で対応することにした。


「俺が硬いからナイフでやろう、てか? 無駄なんだよ。二度と立てないように何発も食らわせてやるぜ!」


 そう言ってゴーマンはまたも突っ込んでくる。自分の腕力と装備に絶対の自信があるから、ワンパターンな事をしてくるんだろう。

 今度はこっちも走り出す。互いに駆け寄り、ゴーマンが拳が届く距離まで近づくと左拳を大きく振り下ろした。


 隙だらけ……いや、違う。相手の意図を読んだ僕は敵の拳の軌道外で立ち止まる。

 その直後、僕の目の前に振り下ろされた拳が地面を強打する。そして暴風が巻き起こり、僕の体を吹き飛ばした。


 それを見たゴーマンは追い打ちを掛けるべく走り出した。でも僕は空中で後ろに一回転してから着地し、瞬時に駆け出す。

 吹っ飛ばされて地面に叩きつけられたところを、一気に方を付けようとしたんだろうけどそうはいかない。


 僕がすぐに仕掛けてきたのに驚いた敵は、慌てて攻撃を繰り出すけどもう動きは見切った。

 十数発のパンチをくりだして来たけど横に下に、後ろに体をずらして全て避けてしまう。当たれば脅威だけどそれだけだった。

 パメラさんやゲオルグと比べると全然怖くない。


 敵はまた暴風で吹きとばそうと左拳を振り上げた。でも今度は大振りすぎる。

 振り下ろされる前に、僕は目の前のベルトの魔石を破壊するため二振りのナイフを突き立てた。


 けれども壊れたのは魔石ではなく僕の持っていたナイフの方だった。

 まさかの結果に驚いたけど、振り下ろされた拳に気付き、すぐに横に跳んで躱した。

 その直後に地面から発生した暴風に吹き飛ばされてしまう。これで三度目だ。

 今度は着地は出来なかった。受け身を取ってダメージは軽減できたけど。


「俺の硬さの秘密を見破っていたか。だが残念だったな。これは俺だけじゃなくて身につけた全てを硬くするんだ。もう打つ手はないなあ?」


 ゴーマンのセリフを聞きながら僕は慌てて立ち上がる。身構えて抵抗の意志は見せたけど、正直どうすればいいか途方に暮れていた。

 すると〈ヤシオリ〉が僕に話しかける。


《報告します〈マスター〉――》


 ――え?

〈ヤシオリ〉から思わぬ事を聞き、僕は呆然とする。


 そんな僕を見た敵は絶望したと思ったのか、ニタニタ笑いながら僕に襲いかかってきた。そして電撃を纏った拳が僕に向ってくる。

 僕はそれを――――素手で受け止めた。

 電撃は効かない。


「はぁ!?」

《先程の付加魔法バフ[電撃無効]が正常に発現しています。更に[パワーアップ]が追加、〈マスター〉の筋力が50%増加しています》

「どうなってるの……」


 突然〈ヤシオリ〉から僕が付加魔法が掛けられたと知らされる。

 そんな都合のいい事あるの? なんて思いながら半信半疑で敵の攻撃を受け止めたところ、本当に電撃が効かなくなっていた。

 更に僕の力が上がり、敵の太い腕から繰り出すパンチを片手で軽々と受け止めてしまった。

 敵は何が起こったか分からず驚愕し、僕も理由が分からず目が点になっていた。


 けど今の僕にとってはありがたい。一歩踏み出して、ボディに右ストレートを打ち込む。

 先程岩のようにビクともしなかった体に、僕の拳がめり込んだ。

 ゴーマンは痛みと驚きから目を見開き、拳が当たった腹部と僕を見つめる。


「ガァッ……!? こ、この野郎、何をした!?」

「僕にも何が何だか……」

「ふざけるな! このガリヒョロ狼男が!!」


 正直に答えただけなんだけどな。ていうかガリヒョロって、そりゃ君に較べたら全然細いだろうけど。


 そんな事を考えていると、今度はゴーマンは左拳を繰り出してきた。

 僕はジャンプして避け、拳が地面に当たり暴風が巻き起こる。その上にいた僕は、暴風に乗り上空に押し上げられる。


 10メートル位は飛んだだろうか、そこまで来ると僕の体は落下し始める。それと同時に僕は体育座りの要領で膝を折り曲げ体を丸め、空中で前転する。

 その様子を見たゴーマンは戸惑い唖然とする。逃げればいいのに。


 僕は空中で回転しながら落下していく。そしてゴーマンの頭上近くまで落ちてきた僕は、右足を伸ばして落下速度と回転の遠心力を乗せた、かかと落としを彼の脳天にお見舞いした。


 敵は脳天に衝撃を喰らい、白目を向き気を失う。そんな彼を尻目に、僕は地面に着地した。

 そしてゴーマンはゆっくりと仰向けに倒れた。


 ちょっと苦戦して体中が痛いけど、何故か掛けられたバフのお陰で助かった。誰がどうやって掛けたのかは謎だけど。

 そんな事を考えていた僕だけど、弟を倒されたゴーツクが僕に怒鳴りつける。


「よくもやってくれたな! 弟が倒されるとは予想外だったが、これ以上調子に乗るなよ!」


 見ると彼は眠っているガリプさんを担ぎながら、ガリプさんの首筋にナイフを当て僕を脅してきた。


 あ、しまった。ゴーマンに気を取られて二人に注意がいってなかった。


「そのまま地面に伏せろ! ちょっとでもおかしな動きをしたらコイツの命は無いと思え! ……何だその顔は!? 露骨に溜め息も吐くな!!」


 いやだって、これで三度目だよ? 色んな世界があるのに、追い詰められた敵が人質を取って脅すって、何このテンプレ? 次元の壁で隔てられても、悪党の思考回路って多元宇宙共通なの?


 お決まりの展開に正直ウンザリして溜め息を吐いてしまった。

 とはいえガリプさんがピンチなのは間違いない。距離があって走って近づこうものなら、逆上したゴーツクが馬鹿な真似をするのは間違いない。


 また都合よく[スピードアップ]のバフとか掛からないかな? まあそんな事が起きるはずがないか。

 そう思っていた僕だけど、屋敷の方から何かがものすごいスピードで、ゴーツクの側に弾丸の様に飛んできた。


 ドッシイイィィーーン‼


 とても重たいものが勢いよく地面に叩きつけられ、轟音を立てる。

 芝生が生えていたにも関わらず地面を抉り、土埃を上げゴーツク達の姿を隠してしまった。


「な、何だ――グヘェ⁉」

「うわっと⁉」


 土埃の中からゴーツクの悲鳴が聞こえたかと思ったら、ゴーツクがこちらに勢いよく飛んできた。思わず僕は避けてしまい、ゴーツクは地面に叩きつけられる。

 彼は顔の左頬が大きく赤く腫れ、泡を吹いて痙攣して気を失っていた。


「クロム様でございますね? お迎えに上がりました」


 突然、土埃が舞い上がった方向から、聞いた事の無い女性の声が僕の名前を呼ぶ。

 振り返ると土の煙幕は晴れていて、そこにはワインレッドのメイド服姿の、褐色肌の赤毛の少女が眠っているガリプさんを抱えている姿が見えた。


「えっと……どちら様?」


 見知らぬメイドを見た僕は、そう問いかける以外言葉が出なかった。




 ゴーツクの屋敷は、いつの間にか公国の特別憲兵隊に取り押さえられていた。 

 僕たちは丸一日眠らされていたらしく、その間に公国の首都に運び込まれていた。けれどもそれを目撃した人物がいたらしく、彼らが押し寄せたらしい。

 屋敷を改めたら人身売買や違法な魔石の取引の証拠が山程出て、ゴーツク達は逮捕された。


 僕は最初、特別憲兵隊がこっちを魔物と勘違いして襲ってくると思い、警戒していた。

 けれど彼らは僕たちに姿を隠せるようローブを手渡し、この国の元首であるウェード公爵の居城に案内してくれると言う。


 話を聞くと、特別憲兵隊はウェード公爵が自ら選出したエリート部隊で、彼らは多元宇宙について承知していた。

 そしてOCMMから僕たちがこの世界に着ている事が知らされ、目撃情報から僕たちがゴーツクの屋敷にいると知ったのだった。

 元々違法な取引の嫌疑が掛かっていた為、近々強制捜査する予定を繰り上げる事になったと言ってた。


 城まで続く大通りを特別憲兵隊と、ゴーツク達を捕らえた馬車、そしてローブで正体を隠した僕と目覚めたガリプさんが通っていく。

 スティンランド石の大地と呼ばれる世界とあってか、建造物や道路に敷かれた石畳は白の石材で作られていた。

 憲兵隊の装備は鋼鉄等の金属ではなく、石を削って磨いた物という、変わった物だった。


 ガリプさんの話だと、この世界は魔石とそれを利用する技術はあるけど、金属類はほとんど産出されてなくて、鍛冶技術があまり発達してないらしい。その為石材を加工する技術が主流となったという。


 そんな講義を受けながら、城門をくぐり城に入ると、ヘルタさんとシアンさんがそこにいた。


「大変だったわね、クロムくん」

「ヘルタさん? 本部にいないと思ったら、こっちにいたんですか」

「ええ、すぐ帰る予定だったけど、シアンから事情を聞いてこっちで待ってたの」

「そうだったんですか…シアンさんもわざわざ迎えに来てもらってすみません」

「気にするな、そもそも原因は俺にある。お前達が消えた後、魔力痕を見つけてこの世界に転移したのは分かったが、まさか俺が図書館に施した魔法術式が巻き込む事になるとは思わなかった。すまなかったなクロム」

「そのセリフだと、どうやら私の推察はおおよそ当たっていたようですね。けど貴方は悪くありませんよ。元はと言えば私が召喚されたのがきっかけでしたし」

「だとしても図書館に施した魔法を改良しなければならない。それにお前にもまたこんな事が無いとは言い切れないからな。対策を講じねばならん」


 そう言ってシアンさんとガリプさんは僕たちから少し離れて、今後の対策を話し合い始めた。


「貴方がヘルタが言っていたクロムね? 大変な目に遭ったわね」


 不意に呼ばれ振り向くと、そこには長身で長い銀髪を纏めた紫色の瞳の涼やかな、豪奢な衣服をきた貴族風の美男子と、その彼に寄り添う女性がいた。

 女性は褐色肌に深い青色の瞳、長く燃えるようなウェーブがかかった、赤い髪をしていた。

 真紅のドレスを身に着け、そして腹部は膨らんでいた。妊婦さんだ。


「初めまして。私はウェード公国を治めるアレクシス・カレリアスだ。そして彼女が我が妻のマリアネラだ」

「貴方がこの国の…! クロム・ブラウモーントと申します。この度は閣下のお力で本当に助かりました。深く御礼申し上げます」


 いきなりこの国のトップにまみえるとは思っていなかった僕は、緊張で背筋を伸ばした後、九十度に腰を曲げてお辞儀をした。

 その様子が可笑おかしかったのか、閣下とその奥さんは押し殺したように笑い出した。


「クックックッ……かしこまらなくていい。シャイニングメテオズはマリアネラとはで、私も彼女達に世話になったからな。今は事情を知っている者達しかいないから、気楽にしてくれ」


 砕けた態度で僕に気遣いは不要と、目の前の国家元首は諭す。

 そう言われ僕は何だか恥ずかしくなって顔を上げた。


「それはどうも……あれ? ヘルタさん達と『旧知の仲』てことは」

「お察しの通り、私もシャイニングメテオズのメンバーだったの」


 公爵夫人のマリアネラさんが僕の疑問に答えた。それにヘルタさんが補足説明していく。


「彼女は半年前まで私達と一緒でね。『ゴーレム技師マスター』ていう職業ジョブでゴーレム作りに長けているんだけど、彼女が生み出したゴーレムは私達にとって大きな助けになっていたの。今回も彼女の力を借りたくて私が来たんだけどね」


 そう言いながらヘルタさんは、マリアネラさんの腹部に視線を向ける。

 流石に妊婦さんに過酷な事をさせる訳にはいかない。ヘルタさんは苦笑して肩を竦めた。


「幸せな二人を引き裂くだけでも気が引けるのに、こうなっちゃったら諦めるしか無いわね」

「ごめんね。あなた達や多元宇宙の事が気にならないと言えば嘘になるけど、公爵夫人として、母親としての責任を全うしたいの」

「分かってるわよ。気を使わせてごめんね」

「ヘルタさんが本部にいなかったのはそういう事だったんですね。ヘルタさん、無駄足になっちゃったけど仕方ありませんよ」

「あら? 彼女はスカウト出来なかったけど、無駄足という訳ではないわよ?」

「え?」


 僕が疑問の声を上げると、ヘルタさんとマリアネラさんは軽く笑う。


「アガット」

「はい、こちらに」


 マリアネラさんが呼びかけると、彼女の側に瀟洒しょうしゃなメイドが現れる。

 それは僕がゴーツクの屋敷で出会ったメイドだった。その容姿はマリアネラさんと瓜二つだ。ただ彼女は髪型を三つ編みにしていたけど。


「紹介するわね。彼女はアガット、私が造った最新のゴーレムで私専属のメイドよ。私の代わりに彼女があなた達と共に行く事になったわ」

「アガットと申します。マスターのご命令で皆様のお手伝いをさせて頂きます。不束者ふつつかものですがよろしくお願いします」


 そう言って主人と瓜二つなメイドはスカートの裾をつまみながら深々とお辞儀をする。

 その様子をマリアネラさんは微笑みながら見ていた。



「アガットは特別な魔石を核にして造ったゴーレムで、かなりの魔力があるわ。格闘やナイフの腕もいいけど、特に付加魔法バフが得意よ」

「はい、僕も彼女のお陰で助かりました」


 ゴーツクの屋敷で、ゴーマンと戦った時にバフを掛けて助けてくれたのが、他でもないアガットだった。

 あの時彼女は特別憲兵隊と共に屋敷に突入して、ほとんど制圧したらしい。

 その時、二階の窓から僕とゴーツク達が裏庭で争っているのが見え、僕を手助けしてくれた。


 そのお陰で魔石付き装備で武装していたゴーマンを倒す事ができた。

 その後ガリプさんが人質に取られた時も、自身にバフを掛けて脚力を強化し、窓から出てその縁を掴みながら壁に足を掛けて、ひとっ跳びしてゴーツクに一気に近づき一撃で伸してしまった。

 そんな彼女が仲間になってくれたら心強い事は間違いなかった。


「そういう訳で、そろそろ帰りましょうか? ガンダルヴァの皆も待っているしね」

「そうね、アガット。準備して頂戴」

「はい、直ちに」


 そう言ってアガットは僕たちから離れていく。突然知らない異世界に飛ばされてどうなることかと思ったけど、ようやく帰れそうだ。


「……クロム、言っておきたい事があるんだけど」

「? 何ですか」


 急にマリアネラさんが痛ましい表情で僕に向き直る。


「あの子、もしかしたらとんでもない暴走をするかもしれないけど、悪意がある訳ではないから多めに見てほしいの。余りに酷かったらその限りじゃないけどね」

「え?」

「…………」


 何やらマリアネラさんが、不穏な忠告とも取れる発言をした。彼女の側にいたヘルタさんは何故か目を泳がせている。


「あの、それってどういう――」

「皆様、準備が整いました。こちらです」

「早ッ!? 三分も経ってないよ?」

「あらかじめ転移の準備はしていましたので、私も必要な荷物は既に纏めていましたから」

「早くて助かるわー。それじゃあ行きましょうか。パメラ達も向こうで待ちくたびれているでしょうからね」

「え、あのヘルタさん?」

「ほら、シアンもガリプも議論はそこまでにして行くわよ!」


 何故か僕たちを急かすヘルタさん。何か誤魔化そうとしているようだった。


 アガットが暴走? 何か欠陥がある様には見えないけど、どういう事だろう?


 この時は何も分からなかったけど、マリアネラさんにちゃんと聞いておけば良かったと、後になって後悔する事になった。

 まあ聞いてたとしてもあの状況じゃどうにもならなかったけど……




「ではマスター、旦那様。行って参ります」

「うん、ゴーレムにこんな事を言うのはおかしいけど、体に気を付けてね」


 そう言ってアガットは両手でケースを持ったまま、深々と自分の主人とその夫にお辞儀する。

 そして振り返り、彼女は僕たちが乗っている魔法陣に入った。


 異世界に転移する為の魔法陣だ。ガンダルヴァの様な大きな乗り物の場合は、巨大な装置を使うけど、今回みたく数人の場合は魔法の方が早くて済むらしい。


 アガットが僕たちの側に寄ると、魔法陣が光りだした。

 僕たちはお世話になったマリアネラさん達に手を振って別れを告げる。


 そして光に包まれたかと思ったら、一瞬で石造りの部屋から、機械類が置かれた見慣れた部屋に変わる。

 そしてそこにはパウリーネとパメラさん達がいた。僕の姿を見たパウリーネは僕に駆け寄って抱きつく。


「クロム、良かった無事で……!」

「パウリーネ。ゴメン、心配かけて……ただいま」


 そう言って彼女を抱き返す。周りから生暖かい視線が注がれているのが分かっていたけど、そんな事を気にしないのだった。

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