第12話 一応盗賊ですけど

 異世界スティンランドに転移してしまった僕だったけど、この世界を知っているガリプさんが一緒だった事は心強かった。

 彼の知識から、この世界でOCMMに暫定参加しているウェード公国の位置を知る事が出来た。


「この街はヴィンデン王国の国境に近いクックラという町ですね。ここから東に行けばウェード公国との国境を隔てる関所まで行けます。ただ、私達の姿を見て魔物と勘違いして襲われる可能性がありますから、人目につかないよう山間を通って行った方がいいと思います。」


 ウェード公国は僕たちが転移された街からさほど遠く無く、その国との国境を隔てる関所まで山越えする事となった。


 道中で廃れた山小屋があり、そこで一晩明かす事にした。

 その間にちょっと申し訳無く思ったけど、小屋から錆びたナイフやロープなど、いくらか使わせて貰う事にした。特に魔石がはめ込まれたスキットルが有ったのは幸運だった。


 ガリプさんの話だと、これは入れた水を浄化する効果があるらしい。ちょっとくらい汚染された水でも、これに入れれば飲水になる。


 今の僕たちにとってはありがたいけど、よくこんな貴重な物がこんなボロ小屋あったなぁ。

 他と比べるとやけに新しいし、誰かが忘れたのかな?


 そんな事を考えながらナイフを念入りに研いで、何とか切れ味を取り戻して使えるようにしておく。

 そうした準備を整え僕たちは眠りについた。

 寝ている時に外から足跡が聞こえた気がしたけど、すぐ聞こえなくなったから、やっぱり気のせいだったんだろう。すぐに僕は寝なおした。




 その翌日早朝、僕たちは小屋を出て山越えを再開する。

 あまり体力がないガリプさんに無理をさせないため、何度も休憩を挟みつつ進んでいった僕たちは、夕方には国境を隔てる関所を目にする事が出来た。

 ただ、ガリプさんはかなり疲労が溜まっていた。


「や、やっと……ハァッ、ハァッ、着きました、ね……ハァー、ハァ、さて、ハァッ、ここからどうし……ハァハァー、どうしましょうか」

「あの、無理しないで下さいガリプさん。ちょっとそこの林で休みましょう」


 以前、敵から奪った魔石を嵌めた杖で体を支えながら、息も絶え絶えの知識の悪魔に気を使い、僕は彼を担いで林の中に入って身を隠した。

 林の中にちょうど腰掛けられる石があり、ガリプさんを座らせる。スキットルから水を飲んだ彼は一息ついて僕に話しかける。


「フゥ、さて、ここまで来ましたが、ウェード公国はOCMMに暫定参加をしてから関所をはじめとする国境を厳しく監視しているはずですから、どうやって入国するか考えないと」

「僕たちがOCMMの関係者で異世界から来たことを説明するのはダメなんですか?」

「それは良案とは言い難いですね。あなたも知っていると思いますが、暫定参加中は異世界に関する情報開示を厳しく制限しています。ですから兵士などの末端はその事を知らないのが普通です。そもそも私達を見たら、魔物と思われて襲ってきますよ」

「それじゃあどうすれば?」

「時間は掛かりますが、また山越えですね」


 苦笑しながらガリプさんは言う。確かにそれが一番安全とは思うけど、この世界に転移されて既に丸一日経っている。

 本当なら今日にもガンダルヴァに乗っていたハズだったのに。パウリーネやヘルタさん達も心配しているだろうし、これ以上時間を掛けたくは無かった。


 そんな事を考えていると、突然僕たちの周囲に赤紫色のもやが発生した。そして僕たちは激しい眠気に襲われる。

 目の前にいたガリプさんは疲れもあってすぐに意識を失い倒れてしまう。

 僕は眠気に抗おうとしたけど、それも無駄に終わり僕の意識は沈んだ。




「………厶く…、……クロムくん!」


 ガリプさんの声が聞こえた僕は目覚める。気が付くと僕は檻の中に閉じ込められていた。ガリプさんも一緒だ。


「ガリプさん!? 何があったんですか! ここは一体どこなんです!?」

「私も今、目覚めたばかりで……何が何だか」

「よう、寝坊助ねぼすけども。寝覚めはすっきりしてるか?」


 そこで牢の外から声が掛けられる。見るとハゲ頭の日焼けした、ガタイのいい男がニヤつきながら僕たちを見ていた。


「誰だ!」

「俺はただのここに雇われている労働者だよ」

「あなたが私たちをここに? ここは一体何処なのですか? 何故こんなところに閉じ込められなければいけないのですか?」

「結構落ち着いてるな? まあいいや、教えてやる。ここは魔石を取り扱う、ある商会の地下牢だ。お前らは仲間がここにぶち込んだんだよ。何でも備品を盗まれた報いだとか言ってな」

「盗みだって?」


 身に覚えが無い。そもそもここに来るまで犯罪集団を別にすれば誰に会っても無いし。


「何かの間違いでは? 私達はそんな人道にもとるような事をした覚えはありません」

「話の又聞きで詳しいことは知らんが、ボロ小屋で水筒を盗まれたとか言ってたぞ」

「ボロ小屋? 水筒? ……あ」


 そう言えば僕たちが一晩明かした廃小屋でスキットルを拝借した。あの小屋にあった物にしては新しくてほとんど汚れて無かったと思ったけど。


「何でもクックラっていう町で品物を受取りに行ったんだが、そこの取引先が小屋にいたんだが、奴らが逃げ出して、全員捕まったんだとよ」


 え、待って。それって僕たちを召喚した奴らの事? てことは取引をしていたコイツらも犯罪集団と同類ってことじゃ。


「それで仕方なく帰ろうとしたんだが、そこで例の水筒を借宿にしていたボロ小屋に忘れた事に気付いたらしくてな。取りに戻ったんだが、そこで魔物が中に入って行くのを見たから、慌ててそこから離れて去るのを待ってたんだと」


 もしかして僕とガリプさん? 見られていたのか。魔物と勘違いして警戒してたらしい。


「でも待てど暮らせど出てこなくて、とうとう夜になっちまってな。一度中の様子を覗こうとしたら、気取られてそのまま逃げ出して帰って来たんだよ」

「ああ、あの時の物音はそれだったのか」

「けど他の仲間がお前らを見つけて、睡眠の魔石を埋め込んだ杖で眠らせてここに運んだんだ。それでお前らの荷物を漁ってたら、例の盗人の魔物だと分かってな」

「それで今に至ると……世間は狭いですね」


 犯罪集団に続き、その取引相手の商会に拉致されるとは、皮肉な繋がりだ。


「今、俺達の雇い主は商談中だが、それが終わればお前らはどうなるか分からんぞ。その場で殺されて素材として解体されるか、もしくは生きたまま魔石の材料になるかだ。まあ、運が悪かったと思って諦めるんだな。そうしてくれた方が手間が省けるからな」


 そう言うとハゲ男は椅子にドカッと座り、僕たちを見張る。

 冗談じゃない、何とかしてここから逃げ出さないと。僕は牢屋の中を見渡し何かないかを探す。

 鉄格子に石造りの壁に、寝床の代わりかござが敷かれ、あと異臭を放つ壺くらいしか無い。壺の中身については想像しないでおこう。


 他には壁の天井際に、鉄格子がはめ込まれた窓がある。そこから陽の光が差し込んでいた。

 僕は壁をジャンプしてその窓の縁に手をかけ、腕を曲げて窓を覗き込む。

 目の前には草がボウボウに生い茂っていただけだった。どうやら窓は地面と接しているらしい。

 窓から外と繋がっているのは分かったけど、狭すぎて鉄格子を外せたとしても、通り抜けは無理だった。


「窓からは無理……となると正面から出るしかないか」

「けどどうやって出るんですか? 小説や映画みたく見張り番を誘き出して開けさせるとか?」

「いや、ちょっと待って下さい」


 そう言って窓から手を離し床に着地した僕は、靴を脱ぎ靴底を弄る。


 しめた! あいつらには気づかなかったようだ。


 手触りで確認した僕は、靴底の一部を剥がし、中から太い針金を取り出した。もう片方にもあったそれを取り出す。


「何ですかそれは?」

「シーッ!」


 ガリプさんが針金を見て僕にくけど、見張りに気づかれるのを恐れて僕は人差し指を鼻の前で立て、ガリプさんに静かにするよう訴える。

 そして僕は牢の外にいる見張りの様子を窺った。


「グオー………スピー………」


 あ、寝てた。話が終わってから20秒くらいしか経ってないのに寝るの早すぎじゃない? おかげで助かったけど。

 僕は手招きしてガリプさんを扉の近くに招く。


「これは〈鍵開け〉用に使う針金です。何かあった時の為にヘルタさんがこれを仕込める靴を僕にプレゼントしてくれたんですよ」

「それで牢の扉の鍵を開けると? 可能なのですか?」

「僕、故郷では盗賊ギルドの職員で、開かなくなったドアや金庫の解錠を依頼される事があったんですよ。ダンジョン探索でも鍵の掛かった部屋を開けたりするし、結構得意なんです」


 そう言って扉を手探り鍵穴の位置を確認する。位置を確認した僕は針金を折り曲げ、L字形にした後、先端を鍵穴に差し込み、手探りで中の構造を確認する。


「どうですか?」

「……これなら開けられそうです。ただ、鍵穴が向こう側にあるのは初めてなので、ちょっと手こずりそうですが」


 そう言って僕は針金を動かす。音を立てないように慎重に。


「ガリプさんは見張りをお願いします。そこの寝ているのが起きそうだったり、誰か来そうなら知らせてください」

「分かりました」


 そう言ってガリプさんは僕から少し離れ、昼寝中の見張りと、廊下の奥にある石畳の階段を監視してくれる。


 カチャ……カチャ……


 焦るな。ゆっくり、確実にやればいいんだ。何百回もやったことがある作業だ。

 これに関しては時間が掛かった事はあったけど失敗した事は無い。いつもの調子でやればいい。

 そう自分に言い聞かせ、静かにため息を一つ吐いて集中する。


 …………よし、あともう少しだ。ここを動かして――――


(クロムくん! 階段から気配が、誰かが降りてきます!)

「!!」


 ガリプさんが小声で僕を呼んだ。僕は鍵穴から急ぎ針金を外し、扉から離れ壁際に寄る。針金は僕の背中に隠しておいた。ガリプさんも僕の側に付く。

 すぐに階段から複数人の足音がして、誰かが降りてくる。

 現れたのは小太りの背の低い身なりのいい男と、柄の悪い男達だった。


 小太りは椅子に座って居眠りしている見張りを見ると、舌打ちをして足で見張りの座っている椅子を蹴る。

 ハゲ頭の見張りは驚きで目覚め、そのまま立ち上がる。


「仕事中に居眠りとは、お前はいつからそんな事が出来る程偉くなったんだ?」

「ご、ゴーツク様! い、いえ! これはその、仕事の効率を上げるための仮眠でして!」

「クソみたいな言い訳はいい!」

いてえ!」


 サボった部下は言い訳するも、ゴーツクと呼ばれた小太りの男に足を蹴られる。


「とにかく地下牢の扉を開けろ。悪魔みたいのは材料に、狼男はここでバラして素材にする」

「わ、分かりました」


 まずい…! 雇い主に言われ、見張りの男は牢屋の扉を開けようとする。そして男は懐から鍵を――


「……ん? あ、あれ?」


 懐に手を入れた男は何やら慌てる。ゴーツクはその様子に訝しんだ。


「おい、何をやっているんだ? 早く鍵を開けろ」

「そ、それがその……忘れたみたいでして……」

「ハァ!? どこにだ! というか何故ここに無いんだ!!」

「そ、その……コイツらずっと寝てたんで、ちょっと気分転換にここを抜けて倉庫で酒を飲んでまして、多分そこで……あだぁ!?」


 サボり魔の部下に憤慨し、ゴーツクは彼の足を思いっきり踏んづけた。ハゲ頭は踏まれた足を上げて、両手で押さえてピョンピョン飛び跳ねている。


「この大馬鹿野郎!! 今すぐ鍵を探してこい!!」

「へ、ヘイ! ただちにーー!!」


 そう言ってハゲ頭は走って地下から出ていく。


「お前とお前と、お前! あのバカの後を追って鍵を探してこい! それが終ったらあいつを捕まえて引きずってこい! アイツを魔石の材料にしてやる!!」

「「「り、了解しました」」」

「それとお前はここに残って見張れ! アイツみたくヘマするなよ!」

「分かりました…」


 ゴーツクは顔を赤くしながら、側にいた男三人にハゲ頭に付いてって鍵を探せと命令する。そしてここに一人を残して、彼らは地下を後にした。


「あーあ……アイツ終わったな」

「あ、あの! さっき私を材料にするっていうのは!?」


 見張りに残った柄の悪い男が呆れて独り言を言う。その彼にガリプさんが鉄格子越しに詰め寄る。必死なガリプさんに男は引き気味だ。


「な、なんだ。聞いてのとおりだ。鍵が見つかったら、あの男と一緒にお前は石にされちまうんだよ」

「そ、そんな! お願いです、助けてください! あなたの仲間の物は悪意があって盗んだ訳じゃないんです! 謝りますから!」

「それはもう関係ねえよ。うちのボスは一度言ったことは引っ込めねぇ。諦めるんだな」

「い、嫌だ! 私は死にたくない! まだ読んでない本が沢山あるんだ! お願いです、出してください! 何でもしますから!」

「だあぁぁぁ! うるせぇ! ここから出るのは無理だっつうの!」


 ギイィィィッ


「――へ? ガッ!? グヘァ!」


 相手がガリプさんに気を取られている間に、僕は開けておいた地下牢の扉を開け、見張りに一気に駆け寄り、腹に一発お見舞いする。

 痛みで腹を押さえ埋まった男に、僕は両手を組んで振り上げ、後頭部めがけて振り下ろす。頭に食らった衝撃で男は気を失った。


 ゴーツクが地下に降りる前に、僕は地下牢の鍵を解錠する事に成功していた。すぐにやって来て、扉を開けられそうになったのは焦ったけど。

 ハゲ頭がとんだポカをしていたおかげで助かった。


「お見事ですクロムくん」

「ガリプさんも名演でしたよ」


 囮になってくれたガリプさんは悠々と地下牢から出てくる。僕は見張りの服を手探り、ナイフを見つけたので失敬する。


「それじゃあ外に出ましょうか」

「いや、その前に私達の持ち物を回収しないと。あの中に身分証とか通信機とかありますから」

「あ、そうか」


 どれもこの世界には無い物で、彼らには文字が読めないし使えないけど、それでも異世界に関する物をそのまま奴らの手に渡したままにしておけなかった。ナイフを握りしめ、僕たちは地上へ続く階段を上った。




 地上に出た僕たちは、ゴーツク達に没収された荷物を回収する為に探索していた。

 階段の上は屋敷だったらしく、結構広い。あちこちに赤絨毯が敷かれ、天井は金ピカのシャンデリア、廊下や部屋には高そうな壺や金細工のオブジェ、ゴーツクの胸像といった悪趣味な装飾品が置かれていた。


「典型的な成金趣味といったところですね」

「僕、一応盗賊ですけど、この屋敷から何か盗もうとか思わないなぁ。まあ泥棒した事は無いんですけどね」


 ボロ小屋での事はノーカンで、とガリプさんに付け足しておく。ガリプさんは苦笑いしていたけど。

 そんな冗談を言える程、僕たちは余裕があった。最初は見張りを警戒していたけど、思ったより緩い、というか警備に身が入ってない様子だった。


 あちこちで警備が巡回していたけど、ただ歩いてとりあえず仕事してますといったポーズを取り、中には家主が見ていないのをいい事に、部屋で駄弁だべっている者もいた。

 どうも安月給でこき使われて仕事に身が入らないようだ。サボって部屋でお喋りしていた警備の二人がそう愚痴ってた。


 そんな訳で、適当に警備の人を背後から襲い、ナイフで脅して僕たちの荷物がある場所を聞き出す。

 あっさり吐いた彼を、乱暴だけど気絶させ適当な部屋に押し込め隠して、荷物を保管している金庫部屋に入る。

 いくつか金庫があったけど、あまり出来は良くない物ばかりだった。聞き耳を立てながらダイヤルを回せば、おおよその見当がつき、三つ目の金庫を開けたらすぐに僕たちの荷物を見つけた。


「手際がいいですね。さすがギルド所属の盗賊といったところでしょうか」

「僕の専門は金庫破りじゃなくてダンジョン探索と斥候なんですけどね」


 なんて軽口を叩きつつ、僕たちは今度こそ外に出ようとした。




 裏口に着いて僕らは、扉をそっと開けて外の様子を窺う。

 見張りはいなくて、所々キレイに刈り込まれた灌木かんぼくがある。奥には四メートル程の高さの壁があり、その上には無数の針葉樹のこずえが覗かせていた。


「あの壁を越えれば追手を振り払う事が出来そうですね」

「ただ、扉の類は見当たりませんね……よし、ガリプさん、肩を貸してくれませんか?」

「肩?」

「壁際に寄ったら、杖をついて踏ん張って下さい。そのまま僕がガリプさんの肩を踏み台にして、壁をよじ登ったらロープを降ろしますから、それを体に巻きつけて下さい。僕が引っ張り上げますから」

「そういうのって体重が軽いのが上になるのが普通では?」

「そうなんですけど、ガリプさん、僕を踏み台にしてあそこまで届きます? 僕を引っ張り上げられますか?」

「……無理ですね」


 自分の非力さにちょっと嫌気が差したのか、ガリプさんは暗い声で答えた。


 人気が無いのを確認し、僕たちは外壁に寄る。ガリプさんは僕に言われた通りに杖を立て、しっかりと両腕と足腰に力を入れて杖を支えにして足を踏ん張る。

 僕はガリプさんの横に回り、彼の腕に手を乗せていつでも登れる体勢になる。


「それじゃあガリプさん、ちょっと重いですけど倒れないよう気を付けて下さいね」

「はい、分かり――!? クロムくん、離れて!!」

「え? うわ!?」


 ガリプさんが何かに気づき、杖を手放して僕を突き飛ばした。

 ガリプさんの体が赤紫色の靄に包まれ、彼は意識を手放してしまった。


「ガリプさん!?」

「アイツら、見張りもマトモにできないのか?」


 急いで起き上がり、ガリプさんに呼びかける。けど、そこについさっき聞いたことがある声が聞こえた。

 ゴーツクだ。側には二メートル位の大男と、赤紫色の魔石を嵌め込んだ杖を手にした男が立っていた。


「どうやって地下牢から出たのかは知らんが、自由にできるのもここまでだ。アイツも眠らせてしまえ!」

「ハッ!」


 男は杖の先を僕に向けた。僕は咄嗟に走り出して、睡魔の靄を避ける。

 まさか避けられるとは思っていなかったらしく、男は杖の先の角度を調整して再び靄を発生させるが、ステップを踏んでこれも躱す。

 更に数発仕掛けてくるけど、動き回りながら僕は全てを躱した。

 ただの雇われで、戦闘に関して素人同然なのだろう。睡魔の靄は僕に杖の先を合わせた瞬間に放ってくるので、注意していれば当たる事はなかった。

 男は全く靄が当たらない事に焦り始め、それを見ていたゴーツクががなり立てる。


「何をしている!? こんな獣一匹捕まえられんのか!? この無能が!」


 罵倒された男は、距離が離れているから当たらないと思ったのだろうか、靄を放ちながら僕に近づいてくる。


 それは間違いじゃ無いけど、お仲間がついて行ってないのにそれは危ないよ?


 一人だけ前に出て行って、後の二人は微動だにしていない。10メートル位、仲間と離れた男を見た僕は方向転換し、杖の男に駆け寄る。

 男は慌てて杖を向けるが、サイドステップで左右に位置を変えながら近づく僕に狙いが定まらず、接近を許した。

 手刀で男の手を打ち、杖を落としたところを一本背負い投げで男を投げ落とした。男はカエルが潰れたような声を上げて気を失った。


「どいつもこいつも……! ゴーマン! この狼男を捕まえろ!」

「任せな、兄貴」


 ゴーマンと呼ばれた二メートルもの身長がある大男が一歩前に出る。

 ここの主の弟らしいけど、兄弟でこんなに似てないものなの? なんて呑気な事を考えつつ、僕は両腕を上げてファイティングポーズを取って身構えた。

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