第11話 異世界スティンランド

 ガンダルヴァ専用の図書館にいた僕は突然、司書のガリプさんと共に転移されてしまう。


 気がつくと、やけに広い石造りの薄暗い部屋に僕たちはいた。床にいくつもの蝋燭が僕たちを取り囲むように置かれていたけど、全て火が消えていた。

 さっきまで火が着いていたのか、芯の部分が黒焦げで、まだ僅かに煙が上っていた。


 よく見ると蝋燭は床に描かれた魔法陣を取り囲むよう、輪のように配置されていた。

 そしてその魔法陣の中には円が五つほど描かれて、それらを結ぶように線が五芒星の形で描かれてあり、円の中に何かが置かれていた。僕はそれを手にとってみる。


「宝石……いや、ただの石?」


 それは石だった。多角形にカットされたそれは、最初は宝石だと思ったけど、透明感も輝きもなく黒ずんでいた。

 ただの石ころにしか見えないそれが、何故魔法陣に配置されているんだろう?


 シアンさんから聞いたけど、魔法陣は描かれる記号や図形の組み合わせが多く、精緻であるほど魔法の発動を早くしたり、使用する魔法に付加や強化を施す等の効果が現れる。

 ただ、魔法陣に触媒となる魔力のある物を配置しておけば、図形の描写は単純でもそれなりの効果が現れるらしい。


 僕の足元にあるのは後者のものらしいけど、その触媒と思われる石が、そんな魔力がある物には見えなかった。


 そんな事を考えていると、周りが騒がしくなる。暗がりに目を凝らすと、フードを被ったローブの人たちが僕たちを取り囲み、何やら騒いでいた。

 ざっと四十人くらいはいて、何人かは倒れて仲間に起こされていた。


 ローブの集団は戸惑っているようだけど、聞いたことがない言語で喋っている。

 すると、それを聞いた僕の頭の中の〈ヤシオリ〉とガリプさんが話しだした。


《聴覚から脳に伝わる言語を解析……完了。言語は認知世界No.147『スティンランド』で使われる共通言語であると確認。自動翻訳機能を起動します》

「スティンランドの言葉…? それにこの魔法陣と石は?」


 〈ヤシオリ〉とガリプさんがスティンランドという言葉を出し、僕は嫌な予感がした。

 しかし〈ヤシオリ〉はそんな僕の気掛かりを無視するように、僕の脳をローブの集団の言葉を理解できるよう調する。


 ローブ集団の言葉はさっきと同じに聞こえるけど、僕はその言葉がすべて分かるようになる。


「どういう事だ!? なぜ悪魔が二体も召喚されている!?」

「おい、しっかりしろ! 寝てる場合か!」

「さっきの衝撃は何だったんだ!?」

「早く直せ! 急ぐんだ!」


 彼らは混乱している様だった。どうも彼らにとっても想定外の事らしい。

 僕は彼らが何者なのか問いかける。


「キミ達はナニ者ダ! ココで何をシテいるんだ!」


〈ヤシオリ〉の自動翻訳機能で僕は彼らの言葉で話しかけていたが、ナノマシンの調整不足か、それとも僕が慣れてないからか分からないけど、カタコトでたどたどしい喋り方になってしまった。


「ええい! とにかく『材料』を捕まえろ! 取り押さえるんだ!」


 けれども相手は聞く耳を持たず襲いかかってきた。何やら『材料』とか言ってたけど、僕たちの事?

 事情は分からないけど、捕まったらタダじゃ済まなそうだ。僕は〈ヤシオリ〉に幻獣紋の制御調整を任せる。


 ゲオルグとの決闘の後、研究棟の人たちに制御システムを再調整してもらって、前の様な無茶は出来なかった。それでもやるしかない。


《調整完了、制御率は95.84%、メイガス未着用状態での『蛇』及び『紋』の使用は不可。身体能力を99.85%前後の状態で常時開放可能》


 要するに幻獣紋は使えないけど、火事場の馬鹿力をずっと使えるって事ね。十分!


 僕はダッシュで手近な二人の敵に近づき、両腕を広げて二人の間に入り、ダブルラリアットをかます。

 勢いをつけて左右の敵の首に打撃を与えそのまま振り抜く。両隣にいた敵は首に受けた衝撃で気を失い、そのまま仰向けに勢いよく倒れてしまう。


 そしてそのまま僕は止まらず、目の前にいた長身の男に助走をつけた頭突きを食らわせる。

 頭突きは男の顎にクリティカルヒットし、脳を揺さぶられた男はそのまま倒れてしまった。

 その光景を見た周りは静まり返り、開いた口が塞がらなかった。


 うん、つい勢いでやっちゃったけど、160ちょっとしかない小柄な僕が、パワー系の技で一気に三人も叩きのめしちゃったらそりゃあ引くよね。


 もうちょっと戦い方を考えた方がいいかなぁ? 

なんて考えていると、後ろからこっそり近づく気配がした。

 息遣いとか動いた布ずれの音、足音が微かに聞こえてバレバレですよ?


「くたばれ!!」


 そして終いには襲い掛かる前に叫んだら、不意打ちの意味が完全になくなっているんですが。


 そんな事を思いながら僕は敵に背を向けながら、後ろ蹴りを相手の腹に思いっきり食らわせた。

 木片を振り下ろそうとした敵はその場にうずくまりながらゆっくり倒れ、悶絶する。


 その光景を見た周りはすっかり戦意を喪失したらしく、僕が視線を向けると、敵は怯んで一歩か二歩下がった。


 さすがに戦意を失くした相手に追い打ちをかけるのは非道かな?


 そんな事を考えていた僕は甘かった。突然、体が鉛のように重くなり、力が抜けるような感覚を覚え困惑する。


《身体能力が60%まで低下。何者かに弱体化魔法デバフを掛けられています》


 デバフだって? けれど周りを見たけど、だれも魔法を使った素振りが無い。

 無詠唱? いや、それなら最初から使えばいいわけだし。


「ようやく発動したか! 取り押さえろ!」


 僕がデバフに掛かった事を確認した敵は、一斉に襲い掛かる。

 まずい、一人二人なら何とかなるだろうけど、この数は洒落にならない。

 そう思いながら取り囲まれるのだけは避けようと逃げ回る。けれど、足も重くなっていつもより遅くなっている。その内敵の一人が追いつき両手を広げ襲い掛かって来た。


「捕まえた!」

「うわ⁉」


 後ろから抱き着こうとした敵を、僕はしゃがんで躱し、足払いを掛ける。バランスを崩した敵は倒れ、後ろに続いていた敵も三人が巻き込まれ転倒する。


 その隙にまた逃げ出す僕だけど、前に先回りしていたのが一人いた。目の前の敵は棒切れのような物をもって襲い掛かって来た。


 ただ動きはぎこちない。僕の同期の新兵の方がよっぽどいい動きをする。

 僕は武器の軌道を読んで、躱しざまに相手の下腹に膝蹴りをしてカウンターを食らわせた。

 膝蹴りを食らった相手は崩れ落ち、床に倒れる。

 何とか持ちこたえているけど、このままでは捕まるのは時間の問題だった。




 ……て思っていたけど、そんな事は無かった。


 十分くらい走り続けたら、敵がバテて倒れてしまった。中には僕を捕まえようとして返り討ちにあった者もいた。

 体力がそんなに無かったらしい。

 軽く息切れしたけど、問題なかった。デバフがかかって体は重かったけど。 


 そこで不意に奥から鍵が開く音がして、扉から誰か入ってくる。


「お前ら、『材料』は確保したか? ……て、何だこのザマは!?」


 扉から入って来たのは又もフードを被ったローブの男だった。ただ他と違い青い宝石をはめ込んだ杖を持っている。

 その男は入るなり、仲間が不様に床に倒れているのを目の当たりにして仰天する。


 そして僕を目にして、この惨状の原因が僕にあると察したようだった。


「お前か? 犬の顔をした悪魔とは珍しい。 この部屋に悪魔の力を抑える仕掛けを施してある筈だが、それを以ってしてこの有り様とは」


 男が聞いてもないのに説明してくれた。

 ああ、つまり僕たちが飛ばされる前から魔法が掛かっていたのか。

 ただその時トラブルがあって一時止まったようだけど。そう言えばコイツら「直せ」とか言ってたな。


「チッ! 解凍が面倒なのだが、仕方ない!」


 そう言うと、男は青い宝石がはめ込まれた杖を僕に向ける。すると杖の先から青い風のようなものが現れ、僕に向かって飛んできた。


 氷結魔法! しかも無詠唱の!?


 前にシアンさんが模擬戦で放っていたのを見たことがあるけど、それと同じだった。

 基礎的な魔法らしいけど、アレに当たったらマズイ!

 飛んできた冷気にビックリしつつ、横に飛んで何とか躱す。


 けれど避けた先には倒れていた敵がいて、冷気に当たった彼は氷漬けになってしまった。


「ヒイィィ!!」


 側にいた仲間はそれを見て恐れをなし、疲れ果てた体を無理矢理動かして逃げようとする。


「何ヤッテるんだ! 仲間が巻キ添エをクッテるだろ!」

「仲間? アイツらは金で雇っただけだ。それより自分の心配をしたらどうだ!」


 そう言うとまた杖を僕の方に向けようとする。敵とはいえ、犠牲が出るのは嫌だから慌てて人が少ない方に駆け出した。

 そっちの方にバテていた敵は向かってくる僕を見て逃げ出す。それで僕の周囲には人がいなくなった。

 後は避ければいい、なんて余りにも甘い考えはすぐに後悔することになる。


 敵が放った冷気を躱したけど、その後僕は壁際に追い込まれてしまった。

 放った冷気を僕は横に飛んで躱したけど、冷気は放出されたまま僕に迫ってくる。

 そのまま壁に沿って走って逃げたけど、壁の隅にぶち当たった。そこで曲がり、また走り出したけど、そこで僕はある事に気付いた。


「ガリプさん!? 何をしているんですか!」


 僕の走る先に、ガリプさんがいた。彼は壁の石をどかして、壁の中を何やらまさぐっていた。


 こんな時に何をしているんだこの人は!? 非戦闘員だとしても邪魔はしないで欲しい!


 ガリプさんの奇行に、僕は腹立たしいものを覚える。けどそれは僕の早とちりだった。

 僕の鉛のように重たく感じた体が、急に軽くなったようだった。

 

《〈弱体化魔法デバフ〉が解除されました。身体能力が正常に戻ります》

「クロムくんすみません! 今ようやくこの部屋の仕掛けを解除する事が出来ました!」


 どうやら壁の裏側にデバフの仕掛けがあったらしい。よく見たらガリプさんのスーツとズボンがボロボロだった。

 彼は僕が敵に追われてる間に、部屋のデバフに苦しめながらも、這いずって部屋の仕掛けの元に辿り着き、解除するのに必死だったんだ。


 僕は自分の事ばかりで彼の事を全く気にかけていなかった。けど彼は僕の力になろうと、必死に体を張っていた。

 それなのに彼を邪魔だと想ってしまった。

 僕は馬鹿だ。


「仲間がいたのか! だがもう終わりだ!」


 だが敵は杖先から冷気を発し、氷漬けにしようと僕たちに仕向ける。

 このままじゃ僕もガリプさんが危ない。かといってデバフが解けたとはいえ、今から敵に向かっても遠すぎる。


 どうすれば?


 ふと、ガリプさんの傍にあった、壁から抜き取った石材を見て、僕は賭けに出る。

 全速力で走り、床に置いてた長方体の石材を掴み取った。それを思いっきり振り上げ、敵に目掛けて力一杯ぶん投げた。


 投げ出された石材は敵目掛けて飛んでいき、彼の持っていた青い宝石がはめ込まれた杖に当たった。

 そして杖は冷気を放ちながら、杖の先が持ち主に向く。至近距離で冷気をマトモに食らった敵は、驚愕の表情のまま、氷漬けとなった。




 部屋は僕たち以外は、氷漬けとなった親玉と部下の一人だけだった。

 後は全員逃げてしまったらしい。ご丁寧に気絶した仲間を運んで。


 僕たちは急ぎ外に出た。僕たちがいた建物は街の郊外にあった小屋だったらしく、近くに森がある。

 僕たちは近くにあった森に隠れた。


 その後すぐに人が駆けつけてきた。どうやらいきなり大勢が小屋から出てきて、異変を感じとったらしい。

 僕たちはこっそりその場を離れた。




「それにしても、アイツら一体何者だったんでしょうか?」


 森に分け入り、人気が無い場所まで来た僕たちは一息つく。ふとさっきの事を思い起こし独り言を呟いたが、それに息を切らしたガリプさんが答えた。


「推測ですが、ここは異世界スティンランドの町で、彼らは魔石を密造する犯罪集団といったところでしょう」

「スティンランド? 魔石?」


 小屋の地下でも〈ヤシオリ〉とガリプさんがスティンランドという言葉を出していた。

 そして予想通り異世界に来てしまったらしい。


「スティンランドはOCMMで147番目にその存在を確認された『認知世界』の一つです。この世界はOCMMの存在が公にされておらず、原則接触禁止となっています」

「やっぱり……じゃあ僕たち転移現象に巻き込まれたんですね」

「いえ、原因は恐らく私とシアンにあります」

「え?」


 ヘルタさんやゲオルグが巻き込まれたという転移現象に僕たちも巻き込まれたと思ったけど、ガリプさんは違うと言う。


「この世界に来た時、床に魔法陣が描かれていたでしょう? あれは悪魔召喚の為のものです。それで私が召喚されたんでしょう」

「待ってください、それならどうして僕も巻き込まれたんです? 僕は悪魔じゃないんですよ」

「それはあなたがシアンの魔法を通して、私の図書館に来たことが一つ、そして私のすぐ側にいたからでしょう」

「??? どういうことですか?」

「私がシャイニングメテオズに入った時、シアンがあの図書館を利用できるように魔法を仕掛け、ガンダルヴァのクルーにいつでも利用できる環境にしました。図書館に入ると、入館者にちょっとしたタグの様な魔法が刻まれるのですが、これは図書館から出た時に、入館者が入った時と同じ場所に戻れるようにする仕掛けなのです」

「タグですか? 入った時には気付かなかったですけど」

「よほど魔力に敏感な者か、熟練の魔導師でないと気づかない微弱な魔法ですから。ですがそのタグが悪魔召喚の魔力と共鳴して誤作動を起こしたものと思われます」

「つまりガリプさんが召喚された時に、近くにいた僕に掛かっていた魔法タグがバグを起こしたから巻き込まれたと?」


 なんてこった、完全に不慮の事故だったのか。シアンさんが聞いたら頭を抱えそうな話だなぁ。


「ただ、それが召喚者側にも影響が出たのでしょう。私達が召喚された瞬間に、魔法陣から衝撃波でも発生して、魔法陣の触媒に使っていた魔石も効力を失ったと思います」


 そういえば魔法陣に石が置いてあったけど、あれが魔石だったのか。周りの人たちも何人か気を失っていたから、多分吹き飛ばされたからだろう。

 ガリプさんの言う事は間違いなさそうだ。


「なる程。でもどうして彼らはガリプさんを召喚したんでしょう?」

「恐らくですが、私を魔石の材料にしようとしていたんだと思います」

「え?」

「説明しますと、この世界スティンランドは魔法がありますが、この世界の人達は魔力を殆ど持たず、自力で魔法を使うことはできません。そこで魔石を利用して魔法を使うのです」

「僕を襲った男が使っていた氷結魔法も、その杖に魔石がはめ込まれていたからなんですね」

「はい。しかし魔石は消耗品であり、その数は有限です。近年はその採掘量が激減していると聞きます。そこで彼らはある方法で魔石を生み出す事に成功しました」

「……ああ、『材料』ってそういう事ですか」

「そう、『生贄』です。生命力を魔力に変換して石に込める事で、それを魔石に変えるのです。特に魔力を持つ悪魔はコスパのいい材料と見なされています」


 ガリプさんは淡々と語るけど、とんでもない話だ。いくら魔石が欲しいからって、そんな事までするのが信じられない。


「もっとも、この世界の多くの国々はそれを禁忌としましたがね。それでもリスクを取っても、魔石を作り出す人達が出るのは無理からぬ事なのでしょう。そういった犯罪集団がこの世界中に出るようになったと聞きます」

「他人事みたいに言ってますけど、実際に巻き込まれてよく冷静になれますね?」

「冷静になろうとしているだけですよ。特に今回は偶然とはいえクロムくんが一緒だったから、こうして無事でいられて少し余裕ができましたからね」


 確かに、もしあんなところにガリプさん一人が召喚されてたらと思うとゾッとする。僕にとってはとばっちりだったけど。


「けどこれからどうします? シアンさんが異変に気づいているとは思いますけど、迎えに来てくれますかね?」

「それは難しいですね。OCMMが参加していない異世界に介入する事は禁止されてますし。ですが何とかなると思いますよ」

「何とかって?」

「この世界にはOCMMに暫定参加している国があるんですよ。そこに行けば仲間と連絡が取れるはずです」

「本当ですか!」


 突然異世界に飛ばされた僕たちが帰れるかどうか不安だったけど、ガリプさんの話を聞いてひとまず安心した。


「ですがそこがどこにあるのかまず調べる必要があります。取り敢えず近くに小高い山があるので、そこに登ってこの町を見てみましょう。町の特徴から、私の覚えているこの世界の地図と照らし合わせる事が出来るかもしれません」

「分かりました。早速行きましょうか」


 そう言って僕たちは帰る目処を立てる為に動き出したのだった。

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