第10話 ガリプの図書館
OCMM軍に入ってから二週間が過ぎた。僕とパウリーネは今、パメラさんと共にOCMM軍本部に来ていた。
僕たちの新兵訓練が終わり、ヘルタさん達の部隊に編入するためだ。僕たちの荷物を一先ず預けて、パメラさんに本部の案内をされていた。
……けど流石に異例の最短一ヶ月の新兵訓練期間を、半分以上も繰り上げて僕たちを編入するのはどうかと思う。
パメラさんが言うには「先日のゲオルグとの決闘で、クロムの能力的に正規兵扱いしても問題ないと上層部が判断した」かららしい。
それでいいの? なんて思ったけど、実際は今すぐにでも即戦力がほしいからだった。
件の転移現象が頻繁に起き、僕が来てから更に十件も確認された。ちなみにゲオルグが転移された事件も含まれていた。
これに危機感を覚えたOCMMが、シャイニングメテオズの再編を急いだ。
パウリーネも〈ユニコーン〉による回復能力が優れているとして、僕と同じシャイニングメテオズに同時に編入された。
「まあどうせ、ヘルタが上層部に掛け合って、パウリーネを無理やりねじ込んだんだろ」
パメラさんがやや呆れ気味にそう呟いた。
ヘルタさんがパウリーネに直談判されていたのを前に見たことがあった。
それが功を奏したのかは知らないけど、パウリーネは僕と一緒になれて嬉しそうだった。
……本当に彼女はなんで僕に惚れ込んでいるんだろう?
最近になってパウリーネが僕に対して本気なんじゃないかと思い始めた。
最初は義務的なものだったと思っていたんだけど、僕が無茶するたびに彼女が心配してくれたり、治療も僕を優先的にしてくれるし、僕が
ちょっと僕を
けれど、僕には彼女に好かれる心当たりが全く無かった。彼女と初めて会ったのは皇帝陛下が僕を城に召喚した時だった。
その時から彼女は討伐隊に志願したと聞いている。ということはその時既に僕に気があったってことだけど、そこが分からなかった。
一目惚れだとすると、一体僕になんの魅力があるんだろう? 先祖返りでお世辞にも美形とは言い難いし、その時はオドオドしてばっかりして頼りなかったし。
考えれば考えるほど理由が思い当たらない。寧ろ自分の駄目な部分ばかり思い起こされてどんどん自己嫌悪に陥っていった。
「ねえクロム! 聞いてるの⁉」
「うわ⁉ パウリーネ、な、何?」
「何じゃないわよ。芽亜里と茅がネットライブ用の衣装が届いたから見せてくれるって。私、見に行っていい?」
「あ、ああ、そうなの? 分かった行っておいで」
彼女は僕の了承を得ると、鼻歌を歌いながら近くで待っていた芽亜里と合流し、離れていく。
愛想笑いをしながら彼女を見送っていた僕に、パメラさんが訝しげに僕に聞いた。
「考え事をしていたようだが、何か心配事でもあるのか?」
「あ、いや大した事じゃ――」
「オー! ここにいたのかクロム!」
「げっ!? ゲオルグ!」
パメラさんに心配ないと言おうとした途端、最近軍に入ったゲオルグが僕を見つける。
見つかった僕は思わず嫌そうな声を出してしまった。
そんな僕の様子を気にも留めてないのか、僕に近づき馴れ馴れしく肩を組む。
「ようやく来たな! お前が来るのを待ってたんだ! 早速一戦やろうぜ!」
「い、いやあの、僕ついたばっかりで色々準備とかあるし」
着いたそうそうゲオルグに絡まれた僕は、何とか逃げられないかと言い訳をし始める。
パメラさんもこれには黙ってられなかったらしく、助け舟を出してくれた。
「そうだぞゲオルグ。嘱託の補充要員のお前と違って、彼にはやらなきやいけない事があるんだ。あんまり無理強いするもんじゃないぞ」
「そう固いこと言うなよ? ただでさえオバサンなのにそうやって眉間にシワ寄せてると更に老けるぞ?」
「ちょっ、ゲオルグ!?」
ピシッ! という何かがひび割れた様な音がパメラさんから聞こえた気がした。
パメラさんの方に目を向けると、僕が今まで見たこともない穏やかな笑顔を貼り付け、その背中に燃え盛る炎が舞い上がっているのが見えた気がした。
「……私はヘルタの二つ上でオバサンと呼ばれる歳じゃないぞ?」
「そうなのか? ……あ、そうか。いっつも難しい顔をしているから顔がシワよってそう見えちまったんだ。気楽にいかないと老けちまうぜ?」
多分、多分だけどゲオルグに悪気はない。
けど彼はストレート過ぎて出た言葉が悪口になってしまうんだろう。
けれどパメラさんも乙女だ。普段は厳しい鬼教官だけど、パウリーネやヘルタさんと同じ美容に気を使う女性だ。
それを彼女の目の前で女性に対する禁句を堂々と言ったゲオルグはあまりに無知で、罪深かった。
「……そうか、アドバイスをありがとうゲオルグ。ところでクロムは今、忙しいから代わりに私が相手をしよう」
「お前が? そういやお前もシャイニングメテオズの一員だっけか。強いのか?」
「クロムには及ばないかもしれないが、それなりには楽しめると思うぞ?」
嘘だ。
前にパメラさんが対大型モンスターに遭遇した場合の対策マニュアルと称して、キメラと呼ばれる獅子の頭に山羊の角や蝙蝠の翼といった、いくつもの動物を掛け合わせた様なモンスターが訓練場に檻に入れられたまま運ばれてきた事がある。
その時、檻が錆びていたのが原因で壊れ、キメラが外に出てしまった。
僕を含めみんながパニックになり、中には裸足で逃げだす者もいた。
けれどもキメラがパメラさんに襲いかかると、パメラさんは冷静に攻撃を避けながら、僕に消化器を寄越すよう命令した。
言われた通りにして、彼女に投げて渡したけど、それを受け取ったパメラさんは安全ピンを抜き、消化剤をキメラの顔に吹きかけた。
キメラが怯んだ隙にその背に乗ったパメラさんはナイフを抜き、急所を一突きして倒してしまった。
鮮やかな手際に僕もその場にいたみんなも開いた口が塞がらなかった。
それだけでも凄いのに、後から聞いた話で彼女は本気で無かった事を知り、愕然としたっけ。
「ふーん? そこまで言うなら相手をしてもらうか。俺をガッカリさせるなよ?」
「最大限努力しよう。そういう事だからクロム。ちょっと外すぞ。時間がかかると思うから、何か分からない事があったら、ホールにシアンがいるはずだから彼に聞いてくれ」
「イ、イエッサー!!」
振り返り、笑顔で僕を見るパメラさん。けれどもその目は笑ってなかった。
僕は反射的に背筋を伸ばし敬礼をする。パメラさんとゲオルグはそのまま訓練場に向かって行ったけど、その背中を見て僕はゲオルグに手を合わせずにはいられなかった。
「……という訳でして」
「ご愁傷さまだな、ゲオルグの奴」
パメラさんと別れた後、僕はシアンさんのいるホールにいた。
事情をシアンさんに説明して、彼は憐れむように呟く。その後、呼んでいた本に栞を挟んで閉じ、僕に顔を向ける。
「それで? 俺に何か聞きたいことでもあるのか?」
「あ、いえ。シアンさんに報告しておこうと来ただけです。シアンさんがゲオルグの保護者になったって聞いたから」
「……不本意だか、まあそうなってしまったな」
ヘルタさんとシアンさんがゲオルグのお目付け役となった。
まあゲオルグが暴れたりしないか気をつけるだけなんだけど、他のメンバーもそれとなく彼に気をつけているし。
「それでお前は準備とかはいいのか?」
「それはゲオルグから逃げようとした言い訳で……今日はもう何もする事がありませんよ」
実際、僕もパウリーネも新兵兵舎で荷造りした時点でほとんど準備は終わっていた。
荷物は遠征中のガンダルヴァが戻ってきた時に運ぶもので、ここでやる事はもう無かった。
それでパメラさんに本部の案内をしてもらったんだけど、それも終わっていたし、パウリーネも芽亜里達について行っちゃたから、正直手持ち無沙汰だ。
するとシアンさんは少し考える素振りを見せ、何か思いついたようだ。
「なら図書館でもいくか? 暇つぶしに本を読むのもいいだろう」
「図書館ですか? でももう夕方じゃないですか。それに僕たち明日にはガンダルヴァに乗って出発する予定ですよ?」
「心配いらん。その図書館はガンダルヴァ専用だからな。時間も融通が利くだろう。まあせっかくだし来てくれ」
そう言ってシアンさんは僕を案内しようとする。
けど妙な事を言ってたな。ガンダルヴァがいないのにガンダルヴァの図書館に行く?
そもそもガンダルヴァに図書館なんて無かったと思うんだけどな?
そんな疑問が頭に浮かび上がったけど、シアンさんに誘われるまま僕は付いて行くのだった。
シアンさんに案内されるまま、僕は本部の隣りにある寮の、シアンさんが間借りしている部屋の前にいた。
「あの、シアンさん? 図書館に行くんですよね? 忘れ物ですか?」
「いや、ここから行くんだ」
そう言うとシアンさんは鍵を開け、僕を招き入れる。
不思議に思いつつ部屋に入ると、机とベッドがあり、その他は特に何も無い質素な部屋だった。
というより部屋に備え付けられている備品しかない状態だった。
「シアンさん荷物は?」
「既に整理して『収納魔法』で亜空間の中にしまっておいた。ガンダルヴァが来たらそのまま行って亜空間から荷物を取り出すだけだ」
「へぇ、魔法って便利なんですね」
僕たちウナフェニスの獣人は魔力が無くて魔法が使えないからちょっと羨ましい。
シアンさんはクロスポートを始め、発達した文明なら魔力なしに収納できる魔道具なんかもあるから大した事ないって言ってたけど。
それはそうとここからどうやって図書館に行くんだろう?
そう思っているとシアンさんは懐から、何やら魔法陣の描かれた紙を取り出す。
そしてそれが浮いたかと思うと光って広がり、紙は扉へと変化してしまった。
「これが入口だ。さっきの魔法陣さえあればどこでもいいんだが、あまり関係者以外に見られたくないのでな、さあ行こうか」
「は、はい」
呆然としていた僕はシアンさんに声をかけられ、おずおずとシアンさんが開けた扉をくぐった。
扉の先には円形の巨大ホールになっており、左右の壁には階段が一つづつ設置され、二階の円形の廊下と繋がり吹き抜けとなっていた。
ホール一階の広場には読書用に
そして一階と二階の奥には図書館として必然にあるべき、本を収める
その図書館の天井を、真鍮製の細工を凝らしたいくつものシャンデリアが、
「おや? シアンじゃないですか。一日に二回も来るなんて珍しいですね……そちらの方は?」
ふと、入口の側にあった受付と思われるカウンターから男性の声が聞こえた。
振り向くと、フォーマルな茶色のスーツを着た、浅黒い肌に逆立てた金色の髪、赤い瞳の切れ目に耳の先が尖った、少し怖い感じの男性がいた。
「やあ、ガリプ。度々すまんな。こいつはクロムといって、シャイニングメテオズに新しく入ったメンバーだ」
「ああ、あなたが噂の。シアン達からあなたの話を聞いてますよ」
そう言うと軽く会釈をする。目つきは怖いけど笑顔は柔らかく、態度は紳士的で好感が持てる人だった。
「クロム、紹介しよう。彼はガリプ。この図書館を管理する悪魔で、シャイニングメテオズのメンバーだ」
「悪魔…?」
「ええ、と言っても殆ど力を持たず、姿が違うくらいで人間と変わらない下級悪魔です。それにメンバーと言っても多少知識があるだけで、クリス艦長やヘルタ達の相談に乗っているだけですよ」
悪魔がいるってパメラさんから聞いたことがある。色んなタイプがいるけど、彼らは人類に対して敵対的、もしくは詐欺まがいなことをして被害をもたらすって言っていた。
一方で人間に友好的な者達もいるらしい。その人達は特に気に入った人間に対しては積極的に協力するらしい。
まさか異世界に来てこんなに早く会うことになるとは思わなかったけど。
「それでそこの彼の紹介をしにこちらへ?」
「それもあるが、こいつが暇を持て余してると言うのでな。暇つぶしにここで本を借りたらいいと思って連れてきたんだ」
「そういう事でしたか。ようこそ私の図書館へ。開館時間は8時から午後5時半までとなっていますが、ガンダルヴァのクルーならその限りではありませんよ。何か本をお探しだったり、聞きたい事があったらどうぞ遠慮なく」
「あ、ありがとうございます。それじゃあ早速いいですか?」
「ええ、何なりと」
「俺はそこにいるから、終わったら声を掛けてくれ」
そう言うとシアンさんは近くのソファーに腰掛け、さっき読んでいた本の続きを読み始めた。
僕はガリプさんに借りたい本の概要を伝え、彼に図書館内を案内してもらった。
「……うん、これがいいと思います」
「ありがとうごさいます」
ガリプさんに魔法関連の書籍を見繕ってもらい、書架から一冊を抜き取り僕に手渡す。
「ところで何故魔法の理論書を? シアンから君は魔法が使えないと伺ったのですが」
「あ、ちょっと勉強してみたいと思いまして。パメラさんが魔法を使える、使えないは別にして理論を知っておけば役に立つことがあるって言われたのもありますが」
「なる程、他に何かお探しになりますか?」
「……ええと、本ではないんですけど……相談したい事があるんですけど、いいですか?」
「構いませんよ。何でしょう?」
少し躊躇ったけど、色々知ってそうなガリプさんに相談しようと思い、彼に頼み込む。
ガリプさんは快く相談に乗ってくれた。
「実は今、気になっている人がいるんですけど、その人僕に好意を寄せていると最近気づいたんです。でもその理由が分からなくて」
僕は簡潔にパウリーネとのこれまでの経緯を話した。そして彼女が何故僕を好いているのか分からないから、知識豊富なガリプさんに彼女がどうしてそうなったのか訊いてみた。
「彼女から直接聞いた事はないんですか?」
「それが…聞いたら怒られそうで言えてません」
「ふむ……君と彼女が最初に会ったのは本当にお城で、なんですか?」
「え? どういうことです?」
「一目惚れは個人の感性とか直感によるものですから、それが君の基準と一致するとは限りません。ですがもし一目惚れでないなら、あなたは以前に彼女に会っていて、そこであなたに好意を持つきっかけがあったとしか考えられないのですが」
「それこそ考えられませんよ。僕は田舎では異性に話しかけられる事も、話しかける事すら皆無だったんですから」
言って少し自分が悲しくなってきた。
「まあ私も恋愛経験がそんなにあるわけじゃないので、適切なアドバイスはできません。ただ、これは私見ですがあなたはもう少し彼女と向き合うべきだと思いますよ」
「え?」
「話を聞くと、あなたは自分の劣等感に気を取られて、彼女に対して気持ちを確認したり、自分の気持ちを素直に伝えてないように思えます。なら面と向かって聞いた方が答えを知る一番の近道だと思いますよ」
……言ってる事はそうなんだろうけど、それができないからこうして人に相談しているんじゃないか。
僕の胸の中にモヤモヤしたものが出てくる。
「『それができない』というのは分かります。けれど恋愛とは結局当人同士の問題であり、人が口を挟むもんじゃありませんよ。もちろん周りが手助けをする事はありますが、二人が結ばれるかは『勇気』が必要だと思います。それがなければ関係は長く続いたとしても、どこかで破綻するかもしれませんよ?」
「……結構厳しい事を言いますね?」
「気に障ったのなら謝ります。私はこういう言い方しかできませんので」
態度は柔らかいけど、その言葉は鋭く僕の胸を突き刺した。この時の僕は子供のようにむくれていたんだと思う。
けれど実はガリプさんの言葉は、単に僕に言っただけでなく、自分自身に対してでもあった。
その事に僕が気づくのはずっと後の事だった。
「もういいです、分かりました」
「そうですか。それでは戻りましょうか」
投げやりに話を切る僕に、ガリプさんは苦笑する。
正直自分が大人気ないとは思ったけど、これ以上ガリプさんとは話したくないと思った。
ガリプさんは入口ホールに戻ろうと、僕の横を通り抜けようとする。
けれど、彼とすれ違う瞬間、ガリプさんの体が放電したのを見た。
「ん? ガリプさん、何ですその電気?」
「は? 何の事――これは!?」
僕に言われてガリプさんは自分の変化に気付いた。彼は何かを察したらしく、慌てて僕に訴えかけようとする。
「クロムくん! 急いでシアンに――!? クロムくん!? あなたは!?」
けれど、ガリプさんは僕を見て驚愕する。言われて僕にも体から電気のようなものが走っていた。
そして気がつくと景色が変わっていた。
あの時は放電はしなかったけど、この感覚には覚えがある。シアンさんが僕たちを飛ばした時に使った転移魔法によく似ていた。
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