第9話 初めての雄叫び

 ゲオルグに接近した僕は、右手のトンファーから出した黒い刃を振り下ろす。

 ゲオルグはそれを見つめたまま微動だにしない。けれども次の瞬間、ゲオルグは笑ったかと思ったら、彼の体が爆ぜた。

 彼を中心に爆炎が上がり、発生した爆風で僕の体は吹き飛ばされてしまう。


 僕の体は空中に浮きスピンしながら、放物線を描き地面に叩きつけられる。

 地面に衝突する瞬間に張っていた盾が地面に当たって、怪我をしなかったのは運が良かった。


 二、三回地面に転がって、僕はすぐさま起き上がる。ゲオルグが立っていた場所を見ると、巨大な火柱がゴウゴウと立っていた。

 傍にいたシアンさんは手のひらをかざして障壁を張り、迫ってくる熱波から身を守ってる。


『おもしれぇ……おもしれぇなあ』


 不意に、炎の中からゲオルグの声が聞こえた。ただ声が少しエコーがかかった様に聞こえ、それが炎の上の方からした。

 嫌な予感がする。そう僕が思った時、炎が消えていき中から銀色の鱗に覆われた、金色の目の全長およそ15メートルの巨大なドラゴンが現れた。


「これが本当の姿…!」

『俺を本気にさせたのはシアンとヘルタに続いてお前が三人目だ、まだまだ楽しもうぜ!』


 そう言いながらゲオルグは勢いよく振り返り、巨大な尻尾を振り抜く。

 僕は右のトンファーを構え黒いオーラの壁を張り、受け止めるがあまりのパワーに体が浮き吹き飛ぶ。

 地面に叩きつけられる瞬間に、[シールド]を地面にぶつけ、そのまま転がり衝撃を殺した。

 すぐに立ち上がり、今度は両方でオーラ弾を連射する。けれど、ゲオルグは僕の連射弾を受けて平然としていた。


『どうやら連射だと俺の体に傷をつけるのは無理みたいだな。くすぐったいぜ』

「ならこれなら!?」


 僕は両腕を伸ばして2つのトンファーを並べて、両の射出口にエネルギーを溜める。最大火力の遠距離砲、[バスター]だ。


 放たれた黒い巨弾はゲオルグに向かって飛んでいく。

 するとゲオルグは、口の前で電流が走る小さなボールを作り出し、それを僕が放った弾にぶつける。

 すると空中で大爆発が起き、障壁のドーム内で凄まじい衝撃波が発生した。


 あまりの衝撃にシアンさんは自身に障壁を張って防ぎ、ゲオルグも翼で体を覆い耐える。障壁外からも観客が悲鳴を上げていた。


 衝撃波が収まり、障壁のドーム内には土が舞い上がってできた煙幕で満たされていた。ゲオルグは翼を払って風を巻き起こし、土煙を払う。


『今のは食らったら流石にやばかったぜ。さぁて次はどんな――ッ!?』


 ゲオルグは純粋に戦いを楽しみ、僕が何をしてくるか、まるで子供のように目を輝かせていた。

 けれど、煙幕が晴れると、そこに僕がいない事に驚いていた。

 その様子を僕は彼のやや後ろの空中から見下ろしていた。


 巨大オーラ弾が防がれるのは織り込み済みで、その衝撃波で土煙が上がった僕はすぐさま隠れて彼の背後を取っていた。


 そして土煙が晴れる前に飛び上がっていた。僕は両腕を合わせて上に伸ばす。そしてその状態で二つの射出口から、僕の背丈もある長さの一本の黒いエネルギーの大剣[スラッシュ]を出し、空中でゲオルグに向けて振り下ろす。


『うおっ!?』


 背後にいた僕に気付いたゲオルグは振り返るが、既に攻撃を繰り出していたのを見ると、反射的に横に飛んだ。

 体は避けたが、彼の左の翼が僕の大きな黒刃により切り落とされてしまう。


 それを見た僕は自分のやった事に躊躇ってしまうが、ゲオルグはすぐにブレスを放つ。

 それは巨大な雪の結晶のようで、ドーム内のあちこちに降り注いだ。


 雪の結晶の一つが地面に着いた瞬間、雪の結晶は次々と巨大な槍のような氷柱つららとなり、地面から空中から伸びて僕に襲いかかってきた。


「こんな芸当まで!? ブレス万能すぎないか!?」


 なんて文句を言いつつ、まだ空中にいた僕は両手の武器から黒刃の二刀流を出していた。

 襲い来る氷柱が近づいてきた瞬間に、僕は黒刃を振り抜き、氷柱を切断する。

 地面に着地するまで何本もの氷柱が襲いかかったけど、全て斬り伏せた。


 そして着地したと同時に地面から何本もの氷柱が襲いかかる。けれども僕は落ち着いてそれらを斬り伏せていく。

 そして最期の氷柱を斬り伏せようと右の黒刃を振り払った。


 けれどその瞬間、目の前の巨大な氷柱が割れ、人間に化けたゲオルグが現れる。

 いや、正確にはその手足はドラゴンのもので、背中にも銀色のドラゴンの翼と尻尾も生えていた。左側の翼は僕が切り落としたからか無くなっていたけど。


 ゲオルグは氷柱を切るのに振り払った僕の右腕をトンファーごと掴んでしまう。

 続いて空いた手で僕のもう片方の腕を掴み取ってしまった。

 そして彼は両手を強く握る。僕の両腕の骨は折れ、更にトンファーもひび割れ破壊されてしまう。


「ぐああアァァァ!?」

「やってくれたな……! だがこれで剣も盾も使えないな! それ以前に骨が折れちまったようだが!」


 そう言うと彼は僕の両腕を掴んだまま、無理やり左右に広げ僕の胸を開かせる。

 そして無防備になった僕に、彼は口に先程の電流が走る黄色に輝くボールを形成していく。


「中々楽しめたぜ。だがこれで終わりだ」

「い、嫌ッ! そんなっダメ!」

「シアン! もう良いでしょ! 止めて!!」


 外野にいるパウリーネが無様な姿の僕を見て、悲鳴を上げる。芽亜里も観てられないと審判シアンさんに戦いを止めるよう強く求めた。




 よく戦った、と思う。


 何の取柄もない僕がメイガスと〈ヤシオリ〉のサポートがあったとはいえ、ドラゴン相手に健闘した。

 十分すごいじゃないかと自分を褒めてやりたい。だからここで負けても悔いは無かった。


 ――戦いが始まる前の僕だったら。


 ここまで戦えたのは出来すぎた、ていう気持ちはある。

 けれど強く恐ろしいドラゴンを相手に戦っているうちに、僕の中で何かが変わった。

 相手のブレスを防ぎ、果敢に攻撃を仕掛ける。伝説級のモンスターと互角に戦っているうちに僕はある思いに駆られていた。


 勝ちたい!!


 今までの僕ならそんなことは露にも思わなかった。僕自身驚いていたけど、この気持ちを否定する気に全くなれなかった。


 僕は賭けに出る。頭の中の〈ヤシオリ〉に僕は命令を出した。




 勝敗はついたも同然だった。

 ゲオルグに両腕を武器ごと掴まれ、腕の骨ごとアタッチメントを破壊されたクロムに打つ手は無かった。

 その虫の息の彼に、ゲオルグはトドメのブレスを吐く為のエネルギーを溜めている。


 審判役のシアンもこれ以上は無益と考えた。側に駆け寄り、ゲオルグを止めようとする。


「ゲオルグ! そこま――!?」


 だがシアンは、いや、ゲオルグも障壁外の観客もクロムの変化に言葉を失う。

 クロムは白い犬の顔の上に、何本もの黒線が張り巡らされていた。そして折られた両腕をゲオルグに掴まれたまま、強引に押し返していく。


「幻獣紋!? パメラ、彼ってもう幻獣紋を使えるの?」

「い、いやそんな筈は…? メイガスと〈ヤシオリ〉で制御されて……!?」


 クロムが幻獣紋を発動した事に驚いたヘルタは、パメラに使用を許可したのか尋ねる。

 パメラは否定し、彼女は手に持っていた手の平大の情報端末に目を向けた。

 クロムのメイガスと体内のナノマシンからデータが送られ、パメラの情報端末でそれを確認する事が出来たからだ。

 だが画面を見たパメラは信じられないものを見た。


「制御率が80%以下!? 『蛇』も一本だけだが使用可能になっているだと!?」

「どういう事⁉ ……まさかクロムくん…無理矢理、制御率を下げたんじゃ……!?」

「バカな!? あいつ自分を壊す気か!?」


 クロムは〈ヤシオリ〉に自分の限界を超えるよう、制御率を下げさせたのだった。

 本来、彼の幻獣紋による被害を出さない為に設定されているナノマシンのAI〈ヤシオリ〉は、当初クロムの無茶な命令に警告を発した。

 だが警告をしただけで、実は制御率は自由にいじれたのだった。その気になれば制御システムを完全にダウンすることも可能だ。


 クロムのメイガスと〈ヤシオリ〉を開発した研究員は、おとなしいクロムがまさか自滅するような無茶をするとは考えていなかった。その為に警告だけで済まし、想定外の命令に対するストッパーを掛けてはいなかったのだった。

 彼のこれまでの経緯を聞いていれば、そんな甘い考えは持たなかっただろうに。


 パメラは端末から〈ヤシオリ〉に急ぎ制御システムの再調整を命令しようとする。

 だがその命令が伝わる事は無かった。


 自分の体を顧みず幻獣紋を発動したクロムは、ゲオルグを強引に押し返す。

 力自慢のゲオルグは自分より細身の少年に、力比べで押される事に驚愕の表情を浮かべる。


 だが勝ちは既に見えてる。ゲオルグは自分の口元にある高電気を帯電、圧縮したボールの形成が完了し、後はそれを目の前のクロムに放てばすべてが終わるハズだった。


 しかしその前にクロムはゲオルグを押し返していた。

 クロムは左足に黒蛇の紋を纏わせ、強大なパワーを溜める。


「…ッいっけええぇぇぇ‼」


 そして生まれて初めてクロムは雄たけびを上げたと同時に、左足を思い切り振り上げ、ゲオルグの横腹にミドルキックを食らわせた。

 蹴りが当たった瞬間、余りの衝撃にゲオルグのあばらが折れ、内臓が激しく揺さぶられる。

 クロムの左足も、行き過ぎた強化と衝撃に耐えられず、靭帯じんたいが裂け、左足の脛骨けいこつ腓骨ひこつが複雑骨折を起こした。


 そして幻獣紋の強大なエネルギーが爆発し、クロムもゲオルグも爆風で吹き飛び、両者はシアンが作り出した障壁のドームの壁に激しく叩きつけられた。

 シアンも爆風に吹き飛ばされるが、自身に障壁を張り、飛行魔法でバランスを取った事により爆風の衝撃に耐え空中で留まった。

 障壁のドームは激しく揺れ、二人がぶつかった壁から亀裂が走る。


 その光景を見ていたドームの外側の観客は、爆音と激しいドームの揺れとの異変に恐れをなし後ずさる。

 パウリーネ達はドーム内で起きた爆発に、障壁があるとはいえ思わず身構えてしまった。


 揺れが収まり、パウリーネ達は恐る恐るドームの中を覗く。

 ドーム内は爆風で舞い上がった土煙で満たされ、中の様子を窺う事が出来なかった。


 パウリーネはクロムの身を案じ、障壁に近づき呼びかけるが応答はない。

 その彼女を近くにいた芽亜里が危険だと、彼女を抑えそこから引き剥がそうとする。

 だがその時、障壁のドームが天井から、ゆっくりと消滅していった。




 ……どうなったんだろう?


 ゲオルグに渾身の蹴りを食らわせ、障壁の壁に打ち付けられた僕は、全身に激痛が走って身動きが取れずに倒れていた。

 特に彼に折られた両腕と、幻獣紋を使った左足はもう使い物にならない。


 ゲオルグに食らわせた蹴りは手応えがあったけど、あれで倒せなかったらもう正直打つ手はなかった。

 もし彼が立っていたら、素直に降参するつもりだった。


 けれども、彼が来る様子がない。煙幕が晴れるのを待っているのだろうか?

 そう思っていたら、突風が吹いてきた。視界を遮っていた土煙が吹き飛ばされ、周りの景色が晴れやかになる。


 すると動けない僕の側に、シアンさんが文字通り飛んできた。

 僕がシアンさんの名を呼ぶと、彼は軽く驚いたけど、すぐさま右手を上げ宣言する。


「ゲオルグが気絶した! 勝者はクロム!」


 シアンさんがそう高らかに言うと、外野から歓声と悲嘆の声が上がった。


「まじかよ! あいつ本当にドラゴンに勝っちまった!」

「嘘だろ!? くそ、まさかの穴馬だったか!」

「俺、今月の小遣い使い果たした……」

「1シルで!? 普段どれだけ無駄遣いしているのよ!」


 そんな兵士たちの悲喜こもごもの言葉は僕の耳には入っていたけど、その内容は僕の意識に入ってこなかった。


「僕が……勝った?」


 シアンさんが言った言葉に、喜びも驚きもなく、ただ僕は呆然とどこか信じられずに言う。

 首を動かし、遠くを見るとゲオルグが倒れて微動だにしていなかった。


「クロム! 大丈夫!?」

「あ、パウリーネ――」

「『パウリーネ』じゃないわよ! こんな無茶をして! バカ! バカバカ!!」


 僕の側に駆け寄ったパウリーネは子どものように泣きじゃくって、何度も僕をバカ呼ばわりする。けれど最後に「無事でよかった」としおらしく僕を心配していた。

 それを見て僕は焦って、つい謝ってしまう。


「ご、ごめんねパウリーネ」

「いいからじっとしてて! 治療するから!」


 再び怒ってそう言うと彼女は、彼女のメイガスの右腕に取り付けた、小型の箱の様なものから、大きい角の様な杭を出す。

 そして彼女はその杭を媒介にして〈ユニコーン〉を使い、僕の治療していく。


 僕の体は柔らかい白い光に包まれ、みるみるうちに怪我が治っていく。

 両腕の骨折や完全にイカれた左足も完治してしまった。


 痛みが収まり、僕は上半身を起こす。するとパウリーネが僕に抱きついてきた。


「もう……! 死んだと思ったじゃない」

「いや、大げさだよ……」

「大げさじゃないでしょ? あんな大怪我したら彼女が心配するの、当たり前でしょうが?」

「クロムは大物だね〜…」


 パウリーネを宥めようとしたら、いつの間にか来ていた芽亜里と茅に呆れられてしまう。

 言われて僕は誤魔化そうと愛想笑いを浮かべる。けれどそこでパメラさんが鬼の形相で僕に近づいてくる。そして、


「誰がこうなるまで戦えと言った! この大馬鹿者が!!」


 そう怒鳴りながら、全体重をかけた拳骨を僕の脳天に突き落した。


 パウリーネに抱きつかれていたこともあり、身動きが取れなかった僕は、モロに衝撃を受け、それが脳天から突き抜け首にまで響いた。

 パウリーネは慌てて僕を離したけど、あまりの痛さに僕は頭を抱えのたうち回ってしまうのだった。


「グオオォォ……!」

「キャア! クロム!?」

「普段お前達に厳しい訓練を課しているのはなんの為だと思う!? 戦場に出たらどんな怪我をするか分からない、最悪死ぬのなんて当たり前なんだぞ!! そのリスクを少しでも減らす為のものだ!! だと言うのにお前と言う奴は……!」

「ハイハイ、パメラそこまで」


 完全に鬼教官モードに入ったパメラさんはものすごい剣幕で、痛みに悶える僕にお構いなく、怒声混じりに説教を始める。

 そこにヘルタさんが割って入り、彼女を宥めた。


「言いたいことは分かるけど彼、死にかけの大怪我をしたのよ? パウリーネが治療してくれたとはいえ、病み上がりにそれはちょっとあんまりじゃない?」

「そうは言うがな、このタイプはまたやらかすぞ? 今のうちにキツく言っておかないとだな」

「まあまあ、それはそうだけど、こうなったのは開発部がナノマシンのリミッター設定が甘かったのも原因だし。開発部には私から、後でと言っておくから」


 パメラさんはまだ怒っていたけど、ヘルタさんが職務怠慢な開発部にお灸を据えるてやると言う。

 パメラさんは僕の顔とヘルタさんを交互に見た後、ため息をついて僕を解放した。


「ありがとうございますヘルタさん」

「あのね、私も怒っているのよ? あなたの〈ヤマタノオロチ〉は、自他共に危険な力なのはあなたが一番分かっている筈よ。なのに高揚してそれを考え無しで使ったのは頂けないわね?」

「す、すみません」


 眉を顰めながら今度はヘルタさんが説教する。今になって冷静になり、僕は皆に申しわけなく思う。

 同時に僕があんな好戦的な一面があったのに驚いた。二度とああならないよう慎もう。


「でもまあ、説教はここまでにするわ。これ以上は酷だし。それに……」

「それに?」

「クロムくんのお陰で臨時収入が入ったしね。ありがとうねクロムくん♪」

「あ、いえ、どうも?」


 そういえばこの人も賭けてたな、僕に。


 両手を頬に当てて、ホクホク顔で僕に礼をいうヘルタさん。

 そんな彼女をパメラさんとパウリーネは何か言いたげに、ジト目で見ていた。芽亜里は苦笑いして目を逸らしている。

 そして茅はいつの間にか立ったまま寝ていた。

 ちなみにマルコは関わりたくないのか、そんな僕たちを遠巻きに見ていた。


 そこにシアンさんが、気を失っているゲオルグを、魔法の力によるものか、彼を浮かせて僕たちの下に運んできた。


「クロム、もう怪我が治ったのか?」

「シアンさん。ゲオルグはまだ目覚めないんですか?」

「ああ、一応回復魔法をかけて応急処置はしたんだが、俺はその手の魔法は不得意でな。」

「そうですか…パウリーネ、彼を治療してくれないか?」

「ええ!?」


 ゲオルグが目覚めない程ダメージを負ったと聞いて、僕はパウリーネに彼の治療を頼んだ。

 彼女は物凄く嫌な顔をしていたけど。


「どうしてあなたを痛めつけた奴の治療をしなきゃいけないの⁉」

「あれは決闘によるものだし、僕は恨んでないよ。それに彼も僕と同じか、下手すると僕より酷いケガをしているんだからお互い様だよ」

「……優し過ぎよクロム。あなたがそれでいいならやるけど」


 そう言って彼女は渋々、ゲオルグを〈ユニコーン〉の光で治療する。彼の体も見る見るうちに治っていき、ケガが完治した。僕が切り落とした翼も元通りになった。

 その様子を見ていたシアンさんは目を丸くしていた。


 そしてゲオルグは呻き声を上げた、と思ったら目を見開きいきなり起き上がる。

 すると彼は辺りを見回し僕たちの姿を見ると、ポカンと口を開けてじっと僕を見つめる。


「……俺は負けたのか?」

「ああ、彼の蹴りでお前は見事に気絶してたぞ」


 ゲオルグの言葉に、シアンさんは淡々と事実を述べる。自分の負けを聞かされたゲオルグは僕を睨みながら、ゆっくりと近づいてくる。

 僕は今になって彼の恨みを買ったんじゃないかと思い、つい一歩下がってしまう。


 そして目の前まで来たゲオルグは僕を見下ろし、そして歯を見せて笑ったかと思ったら、右手で僕の肩をバシバシッと叩いた。


「やるじゃねぇか! そんな小さくて弱そうなのに、この俺を負かすなんてな! 大したもんだぜ!」

「あ、いや、ありがとう」


 彼は笑いながら僕を褒めてくれる。けれど強い力で叩くのだけは勘弁して欲しい。

 彼なりの賞賛の表れなのかも知れないけど、痛くて敵わない。


「シアンといいヘルタといい、異世界ってのは強え奴らがいっぱいいるんだな! 何か変なところに飛ばされたと思ったが、山の中よりずっといいな!」

「そうね、ところでゲオルグ? 約束は覚えているわよね?」


 上機嫌なゲオルグにヘルタさんは呼びかける。


「あ? 約束って?」

「忘れたの? この勝負であなたが負けたら私の言う事を聞くって」

「……あぁ、そういやそんな約束したな」


 ゲオルグは今になって約束の事を思い出したようだった。彼は本当に戦い以外の事は大して興味ないらしい。

 けど薄情でも、卑怯者でも無いようだった。頭を掻きながら困ったようにヘルタさんに要望を聞いた。


「あー……仕方ねぇな、それで? 何すりゃいいんだよ?」

「素直でよろしい。それなんだけど、あなたにシャイニングメテオズに入って欲しいの」

「「「え⁉」」」

「あん? それって確かお前らが作るとか言ってた軍隊のことか?」

「それで合ってるわ」

「「待てヘルタ!」」


 ヘルタさんのまさかの提案に、パメラさんとシアンさんが同時に待ったをかけた。


「こいつがシャイニングメテオズに!? 無理だろっ!!」

「自由過ぎるこいつが規律を守れるか! むしろ目茶苦茶にされかねないぞ!?」

「あ〜……俺もそれは無理だな。約束を破るつもりじゃないが、掟だの決まりだので縛られるのは性に合わねぇ。他じゃダメか?」

「まあまあ」


 二人はおろか、ゲオルグにさえダメ出しを食らうヘルタさん。

 けれどヘルタさんはそんな三人を嗜める。


「OCMMがあなたを放っておく理由がないから協力しといた方がいいわよ? あなたを放置すると何をしでかすか分からないから捕まえるか、最悪討伐されちゃうかもしれないわ」

「それなら――」

「言っとくけど、『思いっきり暴れられる』とか思ったら大間違いだからね? さっきの決闘であなたの強さはOCMMに知れ渡ってしまったから。そんなあなたに正攻法でやってくるとは思えないわよ。例えばこっちは対ドラゴン用の毒を使って、それをあなたの食事にこっそり仕込むとか」


 そんな事を本人の前でサラッとよく言えるなぁ、ヘルタさん。けどゲオルグも戦えないのが嫌ならしく、苦い顔をしていた。


「だからお前らのところに入れって?」

「そういう事、私達の部隊は他と比べると自由で融通が利くほうだから。あなたがよほど馬鹿な事をしなければいいだけ。まあ、その前に私達が止めるけどね」

「『マシな』条件って訳か。けどなぁ」

「それに入ったら訓練でメンバー同士の模擬戦とかもするから、私やシアン、クロムくんと何回も戦えるわよ」

「え、ちょ!?」


 ヘルタさんがとんでもない事を口走り、僕やシアンさんは慌てて止めようとしたが、ゲオルグはすっかりその気になってしまった。


「なる程! そういうことなら乗った! シャイニングメテオズってやつに入るぜ!」

「「「ええーーーー!?」」」

「決まりね」


 そんな訳でゲオルグが僕たちと同じくシャイニングメテオズに入る事になった。

 多分ヘルタさんは最初からこれが狙いだったんだろう。

 けどまさか僕をダシにしてドラゴンを勧誘するとは思ってもいなかった。


 僕は勝利を噛みしめる間もなく、これからもこのドラゴン戦闘バカに付きまとわれるかと思うと、ガックシと肩を落とした。

 それは隣りにいたシアンさんも同じだった。

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