第8話 新しい牙
僕は今、広大な野外訓練場にいた。そこの開けた所で僕と、人の姿に化けたドラゴンのゲオルグの決闘が始まろうとしていた。
そんな僕たちの戦いを見物しにOCMMの兵士達が寄り集まっていた。
「さあさあ、賭けた賭けた! 我らがエース〝スパーキングスター〟ことヘルタ大尉が推薦する期待のホープ、クロム三等兵と謎の最強ドラゴン、ゲオルグのタイマンだ! これを見逃す手はないぞ!」
「あの犬の小僧に3シルだ!」
「馬鹿かお前は? ドラゴンが安パイに決まってるだろ。ドラゴンに10シルだ」
「俺もドラゴンだ! 100コパで!」
「それ1シルでしょ! 紙幣ないの!?」
いつの間にか僕とゲオルグのどちらが勝つかで賭けをしている兵士達。
これから命懸けの戦いが始まるこちらにとっては見世物にされる様でたまったものじゃなかった。
僕の傍にいたにパウリーネ達も怪訝な目で盛り上がってる兵士たちを見ていた。
「ねぇ、パメラ〜? 止めなくていいの〜…? こういうの嫌いでしょ〜…」
「…規律を乱す様ならその限りじゃないが、まあちょっとした息抜きだ。それに…」
規律にうるさいパメラさんだけど、話が通じない訳じゃない。
普段は厳しい軍務に忙殺される彼らに思うところがあるのだろう。今回は大目に見るようだ。
ただそれだけじゃなくて……
「私はクロムくんね! 100シルで」
「さすが〝スパーキングスター〟だ! 肝が据わってる! 他も早くしないと締め切っちまうぞ!」
「……監督責任者があのザマだからな」
「……あ〜……」
「ヘルタさん……」
この騒動で間違いが起きないようヘルタさんが僕たちの決闘を監視する事になったけど、その当人は我先にと賭けに参加している。
あの人、自由過ぎません?
「ところでクロムってさ、強いの? 前にオーガを取り押さえていたけど、その後ボコボコにされてたから。大丈夫?」
「知らん」
一昨日の僕の醜態を見ていた芽亜里は遠慮ない言葉で疑問をぶつける。
彼女なりに心配してるとは思うけど、言い方を考えてほしい。そんな彼女の質問をマルコは興味なさげに一蹴した。
「クロム…やっぱり今からでも断った方がいいんじゃない? こんな事する理由がないじゃない」
「うん…でも、ヘルタさんは僕を信頼したから僕を指名したんだと思う。勝てるかは分からないけど頑張ってみるよ」
パウリーネは決闘を辞退したほうがいいと勧めるが、僕はそれをやんわりと断った。
ヘルタさんは突拍子もない事をたまにするけど、彼女なりの計算があってやっている節がある。
今回も多分何か考えているのだろう。
ただ、次からは事前連絡だけは絶対にして欲しい。切実にお願いします。
「待たせたな、こっちの準備は整った」
僕たちは声の方に振り向くと、そこにはシアンさんと、ウズウズと落ち着きのないゲオルグの姿があった。
「
「よくそんな条件をそのドラゴンは飲んだな?」
シアンさんの言うには、制限魔法は術者が相手に条件を押し付けて、それを強制させる魔法だ。
掛かった相手は条件を破ろうとしても、その瞬間に動きが止まってしまう。
この魔法は術を掛ける相手に敗北感や劣等感を植え付けるなど、精神的に追い詰めた状態じゃないと掛からない。
そしてもう一つ相手に掛ける方法があり、それは相手が条件に同意する事だ。
ただ後者は大抵の場合、相手に不都合な条件なのでそれが成立するケースはほとんどないという。
「こいつは戦闘バカで殺し合いがしたいわけじゃない。条件を飲めば邪魔が入らず思う存分戦えると言ったら素直に掛かったぞ」
「……本当にバカね」
シアンさんの説明をきいた芽亜里が呆れてゲオルグを見る。ゲオルグは目をギラつかせ今にも襲い掛かりそうだった。制限魔法でみんながいる内は襲ってこないだろうけど。
「さて、それじゃあパメラたちは離れてくれ。
「分かった~…」
「クロム! 無茶だけはしないでね!」
「災難だけど、頑張ってね」
「骨は拾ってやるからな」
「……」
パウリーネ達がそれぞれ僕に応援やら、慰めやらの言葉を掛けながら僕の傍を離れ、観客たちの方へ向かう。
シアンさんがみんなが離れたのを確認すると、手をかざして魔法陣を出す。そして僕とゲオルグ、シアンさんを中心に黄色い透明なドーム状の結界が張られる。
見た感じ、大体半径100メートルくらいの大きさかなと思う。
「ルールを説明するぞ、と言っても難しくない。条件は4つ。一つ、気絶したら負け。二つ、降参の意思を示したらその者の負け。三つ、俺がこれ以上の戦闘続行は不能、もしくは生命の危機に直面すると判断したらその場で止めて勝者を判定する。四つ、結界が破壊されたり、何らかの不具合が出た場合、そこで決闘は中止する」
要するに何らかのアクシデントが無い限り決闘は止まらない。武器を持とうが急所を狙おうが命に関わらなければ何でもありという事だった。
降参したら終わりと聞いて、一瞬すぐに白旗を上げようかと考えてしまったが、すぐにその考えを振り払った。
いくらなんでもそれはみんなに対して失礼だと思う。
「さて準備はいいな?」
シアンさんがそう言うと、ゲオルグは獰猛な笑みを浮かべながら、軽く脇を開き両方の掌をこちらに向け軽く上げる。
どこからでも来い――そう挑発しているみたいだった。
対する僕は腰に取り付けた二本のトンファーに手を掛け、いつでも取り出せるようにする。
「はじめ!」
シアンさんは両手を交差させ、開始の合図を出した。
ゲオルグはずっと同じポーズで待ち構えている。怖いけど、こっちから仕掛ける事にしよう。
まずは腰に取り付けている武器を――あれ?
グイグイっと腰のホルスターに取り付けたトンファーを引っ張るけど、外せない。
僕はもう一度取り出そうとするけど、やっぱり外れない。焦って何度も試したが、駄目だった。
そんな僕を見たシアンさんとゲオルグは訝しんで僕を見ていた。
「おいクロム、何をしている⁉ セーフティーを解除しないとアタッチメントは使えないぞ⁉」
パメラさんに言われ、僕は手順を踏んでいなかった事に気付いた。
いつも使うナイフを鞘から抜くのと同じ感覚で、アタッチメントを使おうとしていた。
「なんだぁ? 来ないのか? それならこっちから行くぞ!」
「ちょ、ちょっと待って!」
そう言って仕切り直そうとしたけど、ゲオルグはお構いなしに攻撃してきた。思いっきり息を吸い込んだと思ったら、炎のブレスを吐いてきた。
シアンさんはブレスを吐く前に後退し、射線から外れる。
迫りくる炎に僕は咄嗟に横に避けるが、バランスを崩して尻餅をついてしまった。
炎は僕のいた場所を通り抜け、地面が黒こげとなり、所々で火がくすぶっている。
ゲオルグはもう一度炎を吐いてきて、僕は慌てて体を捩り、四つん這いになってから、立ち上がりつつ走り出した。
走り出した瞬間、背後に炎が迫る感覚を覚える。あのままいたら黒焦げになっていた。
あのシアンさん? 殺意のある攻撃はできないんじゃ?
そう目で訴えかけるけど、そんな僕をみたシアンさんは首を横に振る。
つまり殺意は無くても全力は出せる、と言っているらしい。どういう事なの?
それからもゲオルグは何度も炎を吐き、僕は走りながら攻撃を避け、逃げ続けていた。
そんな僕の無様な姿を見て、シアンさんは眉を顰め、障壁外の観客からブーイングを浴びせられる。
「おい、逃げてばっかりいないで戦え!」
「やる気が無いなら降参しろ!」
「あーくそ! やっぱりドラゴンの方に賭けるんだった!」
逃げながら横目で観客を見ると、彼らに交じってパウリーネ達の姿が見えた。
パウリーネは僕の姿を見て苦しそうな表情をしている。芽亜里も似たようなもので、茅はもう寝ていた。マルコは何を考えているのかわからない無表情だった。
ただヘルタさんとパメラさんは、困ったような顔をしていたけど、僕を見限った訳では無かった。
「クロムくん、落ち着いて!」
「クロム! まずはセーフティーを解除しろ!」
二人に言われて少し落ち着き、僕はとにかくやる事をやろうとした。逃げ回りながら頭の中で僕の体内に注入されたナノマシンに呼びかける。
《や、〈ヤシオリ〉! 聞こえるかい!》
《聞こえています〈マスター〉。ご命令を》
頭の中でナノマシンに搭載されたAIのコードネームを呼びかけると、機械的な音声が頭の中で響いた。
《メイガスを戦闘モードに移行してくれ! 早く!》
《了解……〈マスター〉の身体状態を
〈ヤシオリ〉がセーフティーを解除すると、腰のホルスターがガシャンという音を立てる。
僕はすぐさまトンファーを手に取り、ホルスターから取り外す。
僕専用のメイガスの
トンファーは全体が白塗りだけど一回り太く、僕の腕くらいある。
そして中央部に青い水晶玉の様な物が埋め込まれていた。
走りながら武器を改めて見ていたけど、僕の前方の地面に突然、稲妻が走り地面が爆ぜる。
それを見た僕は足を止め、稲妻が走って来た方角を見る。するとゲオルグが軽く息を吸う姿が見え、次の瞬間、口をすぼめてブレスを吐き出す。
それは先程の巨大な炎じゃなく、鋭く疾駆する稲妻だった。僕は慌てて後方に跳び、稲妻を躱した。けれど、ゲオルグは連続で稲妻のブレスを吐き続ける。
僕はバックステップで何とか躱し続けていたけど、気づいたら僕は障壁に追い詰められていた。
相手を見ると、彼は息を思い切り吸っていた。今度は巨大な炎が放たれるらしい。
僕は慌てて〈ヤシオリ〉に呼びかけた。
《や、〈ヤシオリ〉! 幻獣紋を使いたい! どうすればいい⁉》
《幻獣紋〈ヤマタノオロチ〉はメイガス及びナノマシンによる制御システムにより抑制しています。現在、制御率は99.98%を維持、使用するにはシステムを調整して制御率を下げる必要があります》
《具体的には⁉》
《システムの調整はこちらが行います。〈マスター〉は命令するだけで大丈夫です》
《じゃあ僕が自力でコントロールできるようにしてくれ!》
《了解、現時点で〈マスター〉がコントロールできる制御率の最下限までシステムを調整……調整完了、制御率を95.60%まで引き下げました。この状態での『蛇』の使用可能本数は0、限定的な身体能力強化とアタッチメントのエネルギー充填が可能となりました》
頭の中では長い会話が流れていたけど、実際は秒も経っていない。
けれども制御システムの調整に気を取られていた僕は、眼の前に巨大な炎が僕を飲み込もうとしているのに今気付いた。
「ヤバ! シ――いや、[ウォール]!!」
迫りくる炎に僕は両腕を顔の前に上げ、トンファーを前面に出すように構える。
そして僕はアタッチメントの機能を口に出して使用する。念ずるだけで発動するけどつい叫んでしまった。
僕の発動した幻獣紋のエネルギーが、胸の白い筐体を黒く染め、そこから黒いエネルギーが配線を伝い、手の平の丸い投射器を黒く染めた。そしてその手から握っている両手のトンファーに黒いエネルギーが流れていき、棒の中央部にはめ込まれた青い水晶体を黒く染め上げていく。
そしてそこから半透明の黒いオーラが発生し、僕の眼の前に壁を形成する。
白い一対の
放たれた炎のブレスを防ぎ切り、僕は安堵のため息を漏らす。けど障壁外の観衆達やシアンさん、そして自慢のブレスを防がれたゲオルグは驚愕の表情を浮かべていた。
《〈ヤシオリ〉、[ウォール]は解除。
《了解》
今度は頭の中で〈ヤシオリ〉に命令して、戦闘モードを変える。
先程の黒い壁は消え、 右手のトンファーの短棒の部分の先端が開き、穴を覗かせる。
今、僕の視界には青色の二重の同心円の照準が表れ、棒の先端を動かすと、それに合わせて照準も動いていく。
そして視界の中の照準をゲオルグに合わせると、青色から黄色に変化する。狙いが定まった証だ。
僕がそのまま念じると、右手に充填した黒いオーラが弾丸となり、真っすぐゲオルグに向かって放たれた。
「うおっ!?」
ゲオルグは放たれた弾丸に驚き、横に飛んで躱すが、弾丸が彼の後方の障壁に当たる。
弾丸は爆発し、爆風を放ちながら僕たちを覆っている障壁が揺れた。
「な!? 俺の張った障壁が一瞬揺らいだだと!?」
障壁に影響があった事にシアンさんは驚きを隠せない。
そしてゲオルグもその様子を見て目を見開いたが、すぐに僕に向き直り、獰猛な笑顔を向ける。
「おもしれぇ! 弱い犬コロだと思ったが、とんだ狼じゃねえか! コイツは楽しめそうだ!」
そう言うとゲオルグは軽く息を吸い、連続で息を吐く。だが先程と違い、吐いたブレスは見えない。
けれど、風を切るような音が聞こえ、それがだんだん大きくなって近づいていく。
嫌な予感がして、僕は思い切りジャンプする。すると僕のすぐ後ろにあった障壁が、刃物が堅いものに切りつけた様な不快な音を立てた。
僕はそれがゲオルグが放った風のブレス、かまいたちであると察した。
さっきの雷のブレスと良い、彼は多種多様なブレスを使い分ける事が出来るらしい。
ゲオルグがもう一度ブレスを放とうとしているのが見えた僕は、
左のトンファーを軸に、長方形の黒い半透明の盾が貼られる。半身にすれば上半身を覆えるくらいの大きさであり、さっきの[ウォール]に比べると防御力は落ちるけど、機動性を確保できるといったメリットがある。
それにさっきのブレスの威力を見ても、これでも十分防げると踏んでいた。
空中に身を投げ出してた僕にゲオルグが、かまいたちのブレスを吐く。
僕はゲオルグに向け左半身を前にして、膝を曲げ空中で屈むようなポーズを取る。
その体制になったことにより、僕の体はシールドに隠れ、ゲオルグのかまいたちを完全に防げた。
かまいたちを凌いだ僕は左手にシールドを展開したまま、着地する。
そして盾を前にして僕はゲオルグに向かって走り出す。ゲオルグは迎撃しようと雷のブレスを連続で吐くが、これもシールドで弾いた。
僕はお返しとばかりにオーラの弾丸を放つ。さっきと比べると小さいけど、その分エネルギー消費が少なくて済み、連射が出来る[ラピッドファイア]だ。
放たれた三発の弾丸がゲオルグに向かう。それをゲオルグは上半身を振り回し、最小限の動きで全て躱してしまった。
相手の動体視力と身体能力の高さに驚いたけど、避けた隙に近づく事が出来た。
僕は〈ヤシオリ〉に命令して右手の武器をガンモードからソードモードに変化させる。
弾丸を放っていた先端から、今度は黒い光を凝集した刃が現れた。
ゲオルグはすぐに体制を立て直したけど、目の前まで距離を詰められたのに気づき、今度はブレスではなく右ストレートを放つ。
ゲオルグの拳を僕はシールドで受け止めた。
重いっ…!
シールド越しに伝わる衝撃が体の芯まで響く。受けた左腕が盾で守られているにも関わらず持っていかれそうだった。
衝撃で体が吹き飛ばされそうだったけど、両足を踏ん張り何とか持ちこたえる。
幻獣紋で身体強化をしていたからできた事だった。じゃなきゃ僕の体はバラバラになっていたかもしれない。
僕は敵の拳を受けた体勢のまま右腕を上げ、そのまま振りかぶる様に黒き刃を振り下ろした。
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