第4話 『偶然』の裏で

 深夜の森の中で、着陸待機していたガンダルヴァの上空に現れたコウモリのモンスター、ミニュアデスの軍隊をヘルタが能力で飛行して相手にする。

 ヘルタは前のように手からビームを出さず、空中で接敵して格闘戦を繰り広げていた。帝都から離れたとはいえ、異世界人に気取られないようにするためだ。


 ヘルタは強かった。敵と接触したかと思ったら、矢でも刺さらない硬い肌の敵にも関わらず、その顔に拳骨の跡をつけ殴り飛ばし、森の中に叩き堕とした。

 敵もヘルタを警戒して一斉に襲い掛かるが、彼女は踊るように敵の攻撃を最小限にかわし、すれ違いざまに拳や蹴りの打撃を与え、次々と敵を地面に叩き堕としてしまう。


 それを見て、続いて突入しようとした第二弾がたじろぎ空中で止まってしまう。

 それを見たヘルタは敵よりも速く飛んで、近くにいた敵に近づきその腕を掴む。

 掴まれた敵は抵抗しようと、空いた腕の鉤爪で切り裂こうとするが、彼女は自分の体を軸に空中で敵を掴んだまま横回転して振り回す。

 そして回転で勢いをつけ、近くにいた敵に投げつけた。同胞を投げつけられた敵は避けられず、二匹とも明後日の方向へ吹っ飛んでいった。


 その光景を見た人型コウモリは驚愕に目を見開くが、ヘルタはすぐさま新たな敵に接敵し、その腹に矢の如く飛行の加速を乗せた蹴りをお見舞いする。

 又も哀れなモンスターが一匹、今度は森の中にに叩きつつ付けられ気を失った。




「スゴイ………!」


 艦長に言われて僕たちはまだ距離のあるガンダルヴァに乗り込もうと走っていたけど、僕は一人で戦うヘルタさんが気に掛かり、僕は空を見ながら走っていた。

 そして僕はヘルタさんとミニュアデスの群れとの戦いを見て目を見張った。


 討伐隊にいた時、ペガサスやロック鳥といった幻獣紋を持つ兵士が、背中に翼を生やして飛行してミニュアデスと戦っているのを見た事がある。

 けれどあの時は敵は一匹でこっちは三人。それで何とか撃退できた。

 今はそのミニュアデスがざっと見ただけでも三百匹以上はいた。

 普通なら千人の軍で迎え撃つ事態だけど、ヘルタさんは軽々と、飛ぶ鳥を落とす勢いで敵を叩き落としていく。

 飛んでるのはコウモリだけど。


 ところが、群れから離れていた一匹が見下ろし、僕たちに気付いた。そして僕たちに向かい急降下してきた。


「!? パウリーネ、危ない!!」


 敵が降りてきたその先にはパウリーネがいる。

 僕は慌てて彼女に呼びかけるが、敵は細長い手のような両足を開き、パウリーネの体を掴みそのまま上昇する。


「キャアアァァ!?」

「パウリーネ! クソ、まて!」


 僕は飛びかかったけど、一足遅く彼女は連れて行かれる。受け身が取れず思いっきり体を地面に叩きつけてしまい、痛い。

 先を走っていた艦長は悲鳴を聞いてパウリーネが攫われた事に気づき銃を抜くが、既に空高く上っていた。


「クソッ! 待て!」

「待ってください! パウリーネに当たるかもしれない! それに敵に当たっても、あの高さから落下したら彼女も無事では済まない!」


 撃とうとした艦長を僕は呼び止める。痛みを堪えながら僕は立ち上がり上空を見上げた。

 パウリーネはモンスターに捕まえられ、宙吊り状態で悲鳴を上げながらヘルタさんと敵がいる空中まで連れて行かれてしまった。


「ああクソ! ガンダルヴァ聞こえるか、待機させているメイガス隊を――何!?」




 空中でミニュアデスの軍団を相手にしていたヘルタは、素手で次々と敵を叩き落としていた。

 ミニュアデスは決して弱いモンスターではない。だがヘルタの前では三百匹どころか、千匹を相手にしても彼女に敵わないだろう。

 彼女が本気を出せば尚更だった。


 だがこの乱戦の外にいた敵が急降下し、地上にいたパウリーネを攫い、ヘルタの目の前に躍り出た。


 仲間もその意図を察したらしく、一匹がパウリーネの側に寄り、彼女の首にするどい牙を当て、噛みつく素振りをヘルタに見せつけた。

 パウリーネはいつ落下するか分からない恐怖と、首筋に当てられた牙の冷たい感触と生暖かい怪物の息遣いに、顔は青ざめ最早声も出なかった。


「人質を取る悪知恵が働くなんて……迂闊うかつだったわ」


 逃がすはずの仲間を危険に晒してしまった、自分の甘さに怒りを覚える彼女。

 だがすぐに思考を切り替え、目の前のパウリーネをどう助けようか考える。


 …助ける事自体は難しく無いけど、ビームを使ったら帝都に目撃されるし……マッハで近づく? いや、あれやると反動で動けなくなるしなぁ。


 実はヘルタは病み上がりだった。

 彼女は半年前に強大な敵と激戦となり勝利したものの、そのとき彼女は無茶をし大怪我をしてしまった。


 医者からもう兵士として復帰できないと言われた彼女だが、恐るべき回復力と最先端医療により、彼女は先月には退院し軍に復帰していた。


 医者からも驚かれたが、入院生活でだいぶ体力が落ち、彼女自身衰えを感じていた。

 また怪我による後遺症もあり、全盛期は音速超えで一時間も飛行する事が出来たが、今では数秒飛んだだけで体に激痛が走り動けなくなってしまう。

 それでも彼女がOCMM最強クラスの兵士には違いなかったのだが。


 そんな彼女でも現地の異世界人に気取られないように、目の前の人質を助け出すのは骨が折れる。

 最悪バレるのを覚悟で本気で戦おうかとも考え始めたその時、彼女の通信機から連絡が入る。


『何をやってるんだお前は』

(マルコ? あなた寝てなくてだいじょうぶなの?)


 通信してきたのは同僚のマルコだった。彼はパウリーネにちょっかいを出してクロムに手酷く痛めつけられ、医務室で安静にしているはずだった。


『俺の心配はいらん。それよりどうする?』

(もちろん助け出すわよ。ただ馬鹿みたく暴れてこの世界の人達に気取られるのは避けたいわ)

『方法は?』

(…まだ思案中)


 人質を取る知能がある敵を前に、用心して彼女たちの世界の言語を使い、小声で会話するヘルタ。


『……俺が下から狙撃する。敵が小娘を離したら、お前が空中でキャッチしろ。敵を引き付けてくれ』

(大丈夫なの?)

『狙いを外した事は無い』

(心配はあなたの怪我の方なんだけど…まあそうね。それしかなさそうだし、頼んだわよ)

『了解』

(あと小娘じゃなくてパウリーネよ。彼女に会ったら名前で呼んで謝った方がいいわよ?)

『……善処する』


 そこで通信が途切れる。ヘルタは構えていた腕を降ろし、無抵抗のポーズを取る。それを見たミニュアデスの一団が襲い掛かった。

 ヘルタにしがみつき、押し合いし合いとなった敵は、彼女に牙や鉤爪を突きたてる。

 だがヘルタは顔やスーツに魔力を流し、簡素だがバリアを張り攻撃を防いでいた。


 それでもミニュアデス達は執拗に攻撃を仕掛ける。パウリーネを捕らえている個体も、牙を突き立てている個体もその様子を注視していた。

 その時だった、マルコのスナイパーライフルが音もなく火を吹き、ヘルタに牙を突き立てていた敵の額が撃ち抜かれ絶命する。

 パウリーネを宙吊りにしていたモンスターは、仲間が突然落下していくのを見て一瞬たじろぐ。


 彼らの下方にあったガンダルヴァの甲板の上で、銃口にサプレッサーを取り付けたスナイパーライフルを、モンスター達のいる上空に向け構えているマルコの姿があった。

 マルコは次に、パウリーネを捕らえていたモンスターを狙い撃つ。マルコの銃弾はモンスターの頭を貫き、一撃で仕留めた。

 一瞬で骸と化したモンスターの体は力を失い、パウリーネを掴んでいた両足を放す。

 パウリーネは地面に落下していく。それを見たヘルタは、自身に取りついているコウモリ達を振り払うべく、無詠唱で風の魔法を放った。

 

 彼女の放った風は刃と化し、しがみついていたコウモリ達に斬りかかる。

 大した威力では無く、傷を負わせる事は出来なかったが、突然現れたかまいたちは敵にとって十分脅しとなり、ヘルタの拘束を解くには十分だった。

 ヘルタは敵の拘束が緩んだところを強引に振り払い矢のように飛行する。

 あとはパウリーネが地上に叩きつけられる前に受け止めるだけだった。


 だがアクシデントが起きた。パウリーネにまっすぐ向かっていたヘルタに、同胞が離してしまった人質を再び捕らえようとしたモンスターが、不注意でヘルタの進路を妨害してしまう。

 ヘルタは急に目の前に躍り出た敵に対応しきれず、そのまま衝突してしまう。

 ヘルタのタックルをもろに食らった敵はカエルが潰れた様な声を上げ気絶するが、邪魔された彼女は煩わしく敵を掴み振り払う様に投げ捨てる。


 再びパウリーネを追おうとするが、一瞬できた隙を突かれ、またもミニュアデスの一団に捕まり揉みくちゃにされてしまう。

 敵を引きはそうともがくが、パウリーネが地面に激突する時間が迫り、焦るヘルタだった。




 パウリーネを捕まえていた敵が、急に動かなくなり落下するのを見た僕は驚いた。

 そのまま落下していく彼女を、ヘルタさんは助けようとするが敵に衝突したり捕まったりと思うように進めずにいた。

 艦長は通信機越しに、マルコにヘルタさんの援護を呼びかけたが、彼も手間取っているらしい。

 僕は思わず走り出したが、どう見ても間に合いそうに無かった。


 このままじゃパウリーネが地面に激突してしまう。何とかしないと!

 けどどうすればいい? 僕はヘルタさんのように飛べるわけじゃ――


 ふと僕は思いついた。僕が暴走した時、ヘルタさんは自分の掌に光を出して押さえつけていた。

 あれを僕にもできないか? そう思い僕は幻獣紋を発動し、両足に黒い紋様を纏わせた。これで幻獣紋の力を部分的に発揮できるはずだ。


 できた! これで足が速く――


 けれども、僕は読み誤っていた。幻獣紋を纏わせた右足を踏み出した瞬間、途方もないエネルギーが爆発し、僕の体を空高く飛翔させた。


「クロム!?」


 それを見た艦長は驚き僕の名を呼んだが、その声はあっと言う間に遠ざかる。そして僕はそれに応える余裕が無かった。

 蹴り出した右足は幻獣紋のエネルギーに耐えられず、筋繊維が裂けズタボロとなってしまう。

 あまりの激痛に僕は空中に投げ出されたまま呻き声を上げてしまった。


「ぐぅぅ! ……ん!?」


 けれどもパウリーネが気に掛かり、痛みに耐え首を上げてみると、跳躍した僕の体は彼女の近くにまで来ていた。

 けれど飛んでいる角度が違い、彼女を捕まえるのは無理だ。そう考えていると、ヘルタさんから渡されていた通信機にマルコから連絡が入った。


『小僧、聞こえるか? 応答しろ』

「マルコ⁉ …さん! 何ですかこんな時に⁉」

『いいから聞け。お前、自分の胸に手をかざせ。掌をこちらに向けるようにな。そうしたらさっきの要領で掌に幻獣紋を張れ』


 良く分からないけどマルコの言う通りにする。右掌に数本の黒線を張り巡らせ、エネルギーが満ちていく。


『良し、撃つぞ』

「え?」


 そうマルコが言うと引き金を引き、放たれた銃弾は僕の掌に当たる。目に見えない速さで飛んできた銃弾は、黒いエネルギーとぶつかり強烈な衝撃波を生み出した。

 僕の右手は衝撃でひどく傷ついてしまう。けれどその反動で吹き飛んでいた僕の体は空中で軌道が変わり、ちょうどパウリーネに手が届く距離まで近づいた。

 僕は必死に手を伸ばし、落下している彼女の体を抱き寄せる。


「ク、クロム! あなた手が、足が!」

「大丈夫だよ、パウリーネ。僕を治療してくれる? 少しでも落下の衝撃に耐えられるようにしたい」

「え? ……ごめん、さっき攫われた時に抵抗しようとナイフを抜いたんだけど、揺れた時に落としてしまったの!」


 何とか彼女をその手に戻した僕は、壊れた右手を直してもらい、それに幻獣紋を纏わせ地上に落下する直前に叩きつけようと考えていた。

 また痛い思いをするけど、このまま二人とも死ぬよりはましだと思った。

 けれど彼女は治癒に必要なナイフを失くしてしまっていた。


 僕は意を決し、彼女を胸に埋めさせ、彼女の頭を覆うように抱きつく。

 そして落下しながら姿勢を修正し、背中が地面に向くようにして、背中に幻獣紋を張り巡らす。


 予防策を張ったけど、僕は落下の衝撃で死ぬかもしれない。せめてパウリーネだけでも助けたいと思い彼女を強く抱きしめた。


 そして僕の体はとうとう地面に激突――――




 しなかった。


 落下していた僕たちを、突然ヘルタさんが僕の目の前に現れた。

 彼女は僕の腕を掴みながらバランスを取り、僕たちの下に滑り込み仰向けになる。

 そして地面に激突する前に、彼女は空中で静止し僕たちを受け止めたのだった。


「ヘ、ヘルタさん!?」

「二人共、怪我は――!? ったああぁぁぁ!!」


 突然ヘルタさんは絶叫し、空中で止まっていた僕たちは再び落下し地面に不時着する。

 ヘルタさんはそのまま僕たちの下敷きになり、「ぐぇっ!」なんて女性らしかぬ悲鳴を上げてしまった。


「す、すみませんヘルタさん!」

「大丈夫ですか!?」

「だ、大丈夫。体があちこち痛いけど……」


 僕たちは急いでヘルタさんの上からどく。彼女は仰向けの状態で痙攣けいれんし、顔を青くしていた。

 ふと見上げると、ミニュアデス達は蜘蛛の子を散らすように飛んで逃げているのが見えた。


「半分くらい叩きのめしたら、あいつ等恐れをなして逃げていったわ。それであなた達を助けに来れたけど、間に合って良かったわ……」


 息も絶え絶えに僕たちの身を案じる。

 あの数を相手に、殆ど一人で撃退して、その上僕たちを助けてくれた彼女は本当にすごかった。今は見るも無残な姿だったけど。




「うぅ……やむを得なかったとはいえ、あんな無様な姿を晒すなんて……」


 ミニュアデス達が退散した後、僕たちは艦長とマルコ達に担がれ、ガンダルヴァに戻っていた。

 その途中でパウリーネがナイフを借り、幻獣紋〈ユニコーン〉で僕たちの傷を治してくれた。

 元気になったヘルタさんだったけど、先程の醜態を思い出してヘコんでいた。


「そんな事無いですよ。ヘルタさん、本当に凄くてカッコよかったですよ」


 素直にそう思い、僕は言葉をかける。

 そこに、マルコが僕たちの前に現れた。前に彼がパウリーネに手を挙げた事を、僕は忘れていない。多分僕はわかりやすく嫌な顔をしていたと思う。


「マルコさん……何か用ですか?」

「……用があるのはお前じゃ無い。パウリーネ、だったな」

「な、なんですか?」


 突然名前を呼ばれたパウリーネは身を固くする。僕は彼女を庇うように前に出た。


「……人質にするとか酷いことを言った。あと、突き飛ばした事も悪かった。謝る……それだけだ」


 仏頂面でそう言うと、彼はそのまま踵を返して去っていく。彼の言葉を僕は理解するのに時間がかかった。


「も〜、もうちょっと態度をどうにかできないかなぁ」


 ヘルタさんは肩をすくめて半ば呆れて言う。


「ごめんね、あいつも(多分)悪気があったわけじゃないから。許してあげてね」

「あ、いえ。過ぎた事ですから。私はもう気にしていません。ただクロムが痛い目にあったのはどうにかならなかったのかって言いたいけど」

「あ、ああ。大丈夫だよ。彼がいなかったらパウリーネを助けられなかったかもしれないし」


 やり方は問題があったと思うけど、結果的に彼に助けられたのは事実だ。

 彼が僕を撃って軌道修正してくれなかったら、パウリーネを捉えることは出来ず、僕たちは別々に地面に叩きつけられていたかもしれない。


 ヘルタさんが助けに来れたのも、彼が下で敵の数を減らしてくれたのもあった。

 それでヘルタさんは僕の下敷きになってしまって――


 ふとそこでぼくはその時の感触を思い出してしまった。

 ヘルタさんが地面に落下した時に、その胸の膨らみに僕の頭が飛び込んでいたのだった。

 あの時は動転して気にも留めていなかったけど、今となって柔らかく心地よい弾力を思い出し、僕の顔は赤くなる。


「クロムくん、どうしたの? 顔を擦って、って赤いけど大丈夫?」

「まさか顔を打ったの? それなら言ってよ。すぐに治すから」

「い、いや! 何でもないよ! 大丈夫だから!」


 二人に心配された僕は慌てて誤魔化す。二人は不思議そうに僕の顔を見つめていた。




『よし、思わぬアクシデントがあったが、ようやく帰れるぞ。総員発進準備!』


 ガンダルヴァのブリッジに戻った艦長の声が、スピーカーという物から発せられる。

 それと同時に警報が鳴り響き、艦内の人達が慌ただしく持ち場につく。


「さて、クロムくん、パウリーネ。いよいよ私達はOCMMの本部に戻るわ。そしてあなた達はこの世界で初めて異世界に出る獣人になるわね」

「「はい」」

「それで、あなた達は向こうに着いたらどうするの?」

「え? 私達OCMMの兵士になるんじゃ?」

「説明が足りなかったわね。本部に帰ったらOCMMの関連施設に入って働いてもらうけど、それは軍じゃ無くてもいいの。希望すれば研究員や公務の事務員となってもいいの。まあ留学みたいなものね」


 力を借りたいと言っていた当人から、ここに来てまさか他に選択肢があると言われると思ってもいなかった。


「本音を言えば、私は君達と一緒に戦えればいいと思ってるけど、それは強制できないわ。研究部に預ければ、戦場に出ずにあなたの望みを叶える事も可能ではあるわ。どうする?」


 多分、ヘルタさんは偶然とはいえ、僕たちやウナフェニスを巻き込んだ事に引け目を感じているんだろう。

 だからこんな提案をしてきたに違いない。

 確かに僕の目的を果たせるなら、わざわざ危険な場所に行く必要はない。


 けれど僕は上手く使えないけど、戦う事ができる力を持っている。ヘルタさん達だけに戦いを押し付けるのは気が引けた。

 それに、人間や空飛ぶ船を初めて目の当たりにして、僕は異世界に強い関心を持っていた。

 一つの世界だけににじっとしているのは、もったいないという正直な気持ちもあった。


「今更水臭いですよヘルタさん。僕達を勧誘しておいて、来たら自由にしていいなんて。僕は僕にできる事を、全力で力を貸しますよ。そのために来たんですから」

「そういうことです。遠慮することはないですよ。私達、もう仲間でしょ」

「ありがとう二人とも」


 僕たちの決意に、ヘルタさんは目を細めた。


「あ、でもそれならパウリーネは別に軍隊じゃなくても」

「ちょっと、まだ言ってるのクロム! 怒るわよ!?」

「仲が良いわねあなた達」


 パウリーネが戦いに出なくてもいいならと、彼女に提案しようとしたが、即座に却下されてしまった。

 ヘルタさんはそんな僕たちの様子を微笑ましく見ている。


『間もなく次元転移に移る。総員衝撃に備えよ』


 再び艦長の声がスピーカーから響く。

 いよいよ僕たちの新しい旅路が始まろうとしていた。




 ガンダルヴァが異世界ウナフェニスから転移する少し前――――


 深夜に眠るゲザメルト帝国の帝都ベオバハト。それを取り囲む城壁に取り付けられた見張り塔の屋根の上に人影がいた。

 目立たないよう黒い装束を着ていたが、それは紛れもなくこの国の皇帝、ヨハネス二世であった。

 大帝国を収める皇帝が護衛を付けずにこんな場所にいるのは明らかに異様であった。

 だが彼はある知らせを受け、この上でその結果を待っていたのだった。

 そして彼の側に音もなく人影が現れた。それはクロム達と共に魔王討伐隊に参加していた老兵、名前をデュランという狐の獣人だった。


「よお、律儀に待っていたのか。余りに心配で寝付けなかったか小童?」


 皇帝に対して老いぼれた一兵卒がタメ口で冗談をいう。

 間違いなく不敬罪で誅殺されるであろう横柄な態度だが、人のいないこの場所でそんな心配は無用だ。むしろ古くからの友人である二人は素に戻って親しげだ。


「悪かったな。それより向こうは?」

「見てきたが、大丈夫だ。ヘルタとマルコが粗方追い払ったよ。今頃出発しているだろう」

「そうか、まさか魔王城から逃げ出したミニュアデス達がコッチに来るとはな。お前から聞いた時は焦ったよ」

「まあ想定外だったな……想定外といや昼間のあれは何だ?」

「『あれ』とは?」

「謁見の間での事だよ」


 謁見の間でのクロムやヘルタ達に対して、この男はあっさりとOCMMへの暫定参加を承諾した。

 それを見ていたデュランは内心ヒヤヒヤしていた。その八つ当たりからか責めるようにたずねる。


「いくら何でも即答し過ぎだろ。あの場にいた全員が目を丸くしていたぞ。俺も含めてな」

「まあいいじゃないか。OCMMなんて思わないだろう? 。怪しまれる事はないさ」

「お前なぁ……だが本当はパウリーネじゃなくてロベルトを行かせるつもりだったんだろう? いいのか? 愛娘を死地に送る様な真似をして?」

「……あれは私に似て強情だからな。仕方ない」

「以外と冷たいな。薄情な父親を持って皇女殿下もお可哀そうに」

「うるさい、もう帰るぞ」


 そう言ってヨハネスは塔の上から飛び降りた。その体は下にあった林に吸い込まれ、枝を僅かに揺らした後、静かになった。人が飛び降りたとは思えない程に。

 その様子をデュランは肩を竦めて見ていた。


「仕方ないねぇ……無理しちゃって」


 そう言って彼も同じく飛び降り、林の中に飛び込む。やはり静かだ。




 異世界から転移してきた少女に出会い、彼女に誘われクロムは異世界に旅立った。

 『偶然』がきっかけのように思える物語の始まりだが、実は裏で描かれたシナリオに沿ったものだった。

 そうとは知らない彼は、これから巻き込まれる大きな戦いに、そしてその中心となる恐るべき存在と深く関わる事になるとは、つゆにも知らなかった。

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