第5話 初めてのデート

 OCMM登録世界、No1 ブレイベル 

 首都クロスポート、OCMM軍第一基地、新兵兵舎



 OCMMの軍に入った僕とパウリーネは、他の新米兵士と共に訓練に明け暮れていた。

 朝、起床のサイレンが鳴ると共に、ベッドから飛び起き、急ぎ着替えて兵舎外の広場に10分以内に向かわねばならない。


 教官のパメラさんが広場で待ち構え、遅刻したものなら罵声を浴びされ、腕立て10回のペナルティを食らう。

 遅刻しなくても、簡素だが服装チェックを受け、ボタンの掛け違いやベルトの緩み等が見つかれば同じくペナルティを食らう。


 誰かがペナルティを受けてる最中、僕を含む兵士全員は直立不動だ。

 そしてそれが終わると点呼を取り、走り込みをする。グラウンドを十周は走り、それから朝食だ。


 その後も行進や匍匐前進、障害走、射撃、格闘戦の組手、銃火器類の分解や組立といった実技訓練を受ける。

 他にも語学や兵器類、ネットワーク系、異世界の習慣を含む一般常識等の知識を詰め込む座学もある。

 これらを昼食を挟んで、夕食の時間まで行う。


 異世界に来て一週間経つけど、これが僕たちの一日のルーティンとなっていた。


 元々走り込みを習慣にしていた僕は体力があり、火器類の取り扱いも手先が器用な僕はすぐに習得し、訓練事態はついていけた。

 ただ座学に関しては学ぶ事が多く、と言うか知らない言葉がたくさんあって、まずそこから詰め込まなければ無かった。



 パウリーネの方は座学では優秀だった。

 異世界の知識は僕と同じで皆無だった彼女だけど、座学中や後に積極的に質問したり、本を読んだりして、真綿が水を吸うように知識を身に着けていった。

 同じスタートラインから出発したのに、かなり差がついてしまってちょっとショックだった。


 一方で体力を使う訓練では、良くも悪くもお姫様らしくなかった。城で剣技を学んでいた彼女の腕前は、騎士団でも一目置かれるほどであった。討伐隊にいた時もその剣技を前に散っていったモンスターは少なくない。

 また、山越えなんかしたこともないはずなのに、泣き言一つ言わず僕たちについて来る気丈さがあった。


 けれども、いやだからだろうか。

 朝から叩き起こされきつい訓練を受け、疲れで食欲が無いのに無理やりご飯を詰め込み、そしてまたきつい訓練を受ける。

 男性でも逃げ出したくなる程の辛い訓練だ。それを受けている彼女はギリギリで初日は訓練終了と共に倒れたのだった。

 それでも食い下がり、彼女は毎日新兵と同じ訓練を受け続けた。

 体力は未だに他の新兵に劣るけど、今では何とか訓練についてくる事はできていた。

 最初は侮っていた教官のパメラさんもこれには驚き、パウリーネを見直していた。




 夕食を終えた僕たちは自由時間を迎え、男性寮と女性寮の間にある共有スペースで落ち合う。

 そこで僕とパウリーネはいつものように座学の復習をしていた。と言ってもパウリーネは僕の分からないところを教えるために来ているようなもので、実際は僕一人の勉強会だったけど。


 ただこの日は勉強会はそこそこにして、明日の予定の確認をしていた。

 明日はここに来て初めての休暇で、彼女と一緒にクロスポートの街を練り歩く予定だった。

 外出許可はちゃんと取ったか、明日は何処に行こうかとか色々話し合う。

 周りの(特に男性のやっかむような)視線が突き刺さっているような気がするけど、多分気のせいだ。


「お前達ここにいたのか」


 ふと僕たちにモスグリーンのツリ目の、紫色のショートボブの女性が呼びかけてきた。僕たち新兵を指導する教官のパメラさんだ。


「パメラさん? 僕たちに何か用ですか」

「用と言うほどでもないが、お前達明日は外出するのだろう?」

「はい、クロスポートの街を見に行こうと思って」

「なら午後にここに行ってみないか?」


 そう言うと、パメラさんは僕たちにチケットを手渡してきた。


「なんですかこれ?」

「これは『マジックタイム』というアイドルグループのライブチケットなんだが、明日がそのライブの日なんだ。」

「「あいどる? らいぶ?」」

「まあ簡単に言うとアイドルは歌って踊ったりして人を楽しませるプロフェッショナルだ。ライブはそれをお披露目する事だな」


 座学でも聞いたことがない単語が出て、僕もパウリーネも間抜けな声で聞き返してしまう。

 それをざっくりとだがパメラさんは答えてくれた。踊り子や吟遊詩人みたいなものかな?


「パメラさんは行かないんですか?」

「明日は当直で外に出れなくてな。それに二枚あるが一緒に行く相手もいないし」


 やや自嘲気味に理由を語る鬼教官。けれど何か含みがあるような笑顔にも見えた。

 そんな僕の顔を見て、怪しんでいると思ったのかパメラさんは言葉を続ける。


「行ったほうがいいぞ? こういうのは望んでもそうそう行けないしな。まあ強制はしないが」

「はあ、まあそんなに予定を詰め込んでいるわけじゃありませんし」

「行って見ましょうか。滅多に行けないなら、ちょっと興味があるわ」


 そんな流れで、明日の午後の予定は決定したのだった。

 



 翌日、いつもより少し早起きした僕は警報が鳴る前に準備を整え、基地の正門に向かった。

 正門に着くとちょうど朝の警報が鳴り響き、基地が慌ただしくなる。その十分後にパウリーネが慌てて来た。

 余程慌てていたらしく寝癖がまだ残っていたのが可愛らしいと思ってしまった。

 僕に指摘されて、彼女は顔を赤らめながらバッグから手鏡とクシを取り出し、寝癖をすぐに直す。


 パウリーネはいつもの様に警報で飛び起き、そのまま戦闘服に着替えようとしたけど、同僚に指摘されるまで休暇であることを忘れていたらしい。慌てて私服に着替え直し、バッグを持って駆け足で来たのだった。


 こっちに来てヘルタさんから服をプレゼントされたけど、異世界の服は機能性もいいけどデザインも多くて、服を選んでくれたヘルタさんは僕たちを着せ替え人形にして一時間は放してくれなかった。

 僕は紺のジーンズに灰色のパーカー、彼女は白のブラウスにベージュのロングスカートと、清楚な印象の服を身に着けていた。

 そんなちょっとしたおめかしをした僕たちは、異世界で初めて来た街に繰り出そうとしていた。




 基地を出て程なくした場所にあった喫茶店で朝食を済ませた後、駅で切符を買おうとする。

 現金はこちらに来た時にヘルタさんが貸してくれたものだ。初給料が出てから三ヶ月くらいかけて分割して返してくれればいいと言ってた。

 僕はすぐに返すつもりだけど。

 

 昨日パメラさんに電車の乗り方を教えてもらったが、切符の買い方がよく分からず、近くの人に聞きながら何とか買えた。

 その人にお上りさんと思われたのか、去り際に笑われ恥ずかしい思いをしてしまった。


 目的の駅に到着した僕たちは、電車を降りた。そしてホームからクロスポートの街並を見渡す。

 巨大で広大な白亜のOCMM議事堂がまず目を引き、その周りを関係庁舎の建物やビルという巨大な建造物が競うように乱立している。


 それだけではなくモールといった広大な施設や、色取り取りの造形と色彩の住宅、端正な工場が所狭しと並び、それらを長大に張り巡らされた道路が街を結んでいる。

 所々に建造物の間に柔らかな緑で彩られた公園があるのも、街並に溶け込み景観を広げている。


 ガンダルヴァで初めてこの街に来た時、上空からその景観を見た僕たちは圧倒されてしまった。

 あの時より視点は低いけど、それでもこの街の広大さと文明の高さに僕たちは心奪われそうだった。


「何度見ても大きな街だね」

「私達の世界も、いつかはこうなるのかしら」


 僕たちの世界の帝都以上の、巨大な都市を目の当たりにした事による羨望なのか、パウリーネは遠い目で街の景観を見ながら独り言を言う。


「きっとなるよ。パウリーネは頭がいいから」


 独り言を返されると思っていなかったパウリーネは僕の顔を見てキョトンとするが、すぐに微笑みを向ける。


「私、じゃなくて『私達』じゃないの?」


 今度は僕の方がキョトンとしてしまった。




 午前中に街を適当にぶらついて、昼食を採った僕たちは再び電車に乗り、次の目的地であるライブアリーナの近くの駅で降りた。

 少し距離はあるけど、まだライブまで時間があるし、街をじっくり見たいので歩いて行く事にした。


 パウリーネは高層ビルや巨大電子掲示板を見上げたり、煌びやかな街並を見回していた。

 故郷じゃ凛々しく振舞う皇女さまがはしゃいでキョロキョロして、上京したての女子みたいでなんかこっちが気恥ずかしくなってしまう。


 そういう僕も同じようにしていたから人の事は言えないけど、僕が気にしたのは街並ではなく、周りの人たちだった。

 街にはヘルタさん達と同じ多くの人間がいて、その人たちに交じって人間に似た種族や、中には明らかに見た目が違う者もいた。


 スーツを着て携帯端末で話しながら歩く、キャリアウーマン風の耳が長いエルフの女性。

 人間より背が小さいけどがっちりした体躯の、もじゃもじゃ髭を生やしたパンクな服装のドワーフの男性。

 同い年くらいの人間の少女とお喋りする、角が生え耳が尖った魔族の少女。

 変な飛び方をして接触事故を起こしそうになった人型竜種の男性を、説教している箱型機械の警備ドロイド。

 他にもいろんな種族や機械たちが街を行き交っている。


 ここクロスポートはOCMMの本部であり、様々な異世界が交流する巨大都市だ。異世界同士を隔てる次元の壁を越えて、様々な異世界の人間や異種族がこの街にやって来る。


 それだからなのか、先祖返りの獣人である僕を見ても、一瞬物珍しさからか視線を向けられる事はあっても、ほとんどが僕のことを気にしていなかった。

 あまり他人に関心のないクロスポートの人々に不安はあったけど、不快感は無かった。


 僕の故郷の片田舎の町では、僕を見て奇異の目を向ける人がほとんどだった。

 中には嫌なものを見るよう顔をしかめる老人もいて、僕に対して汚らわしいものを追い払うような素振りをする人もいた。


 子供時代は同年代の子にみんなと違う姿を理由にいじめられることも珍しく無かった。

 両親がいないのはその醜い姿を嫌ったから捨てられたんだ、なんて言われもした。


 盗賊ギルドで働く様になってギルド長から僕が赤ん坊の時に両親が病死したのを聞いたから、いじめっ子達の言うことは間違いだとは知った。

 けれど醜いと言われた事がショックで、外に出る時はローブを来て顔をフードで隠すようになった。

 そんな僕は今、先祖返りという異端であるにも関わらず、まるで当たり前の様に思われている事は違う意味でショックだった。


「クロム、どうしたのボーッとしたりして」

「あ、うん。僕のことをまるで普通の様にスルーしているのが新鮮だと思って」

「何言ってるのよ。もしかして昔の事を思い出したの? あれはあなたの故郷が異常なだけなのよ。前にも言ったでしょ」

「うん、それは分かってるんだけど、頭で理解するのと心で分かるのは違うから」


 パウリーネが少し呆れた様な、怒った様な顔をして言う。

 けれども僕はそんな事は大して気にしていなかった。異世界に来て僕の価値観は少しずつだけど、変わりつつあった。


「気にしなくていいよ。それよりライブの時間も押しているから行こうか」

「え、ええ。そうね」


 少し上機嫌になった僕は、思わずパウリーネの手を握る。僕の方から彼女の手を握るのは初めてだった。

 僕は気付いて無かったけど、彼女は戸惑いながら顔を赤らめていた。僕は彼女を引っ張りながらライブ会場に向かっていた。

 僕たちがライブ会場の前に着いてから、僕は無意識にいつもならしないような事を、彼女の手を自分から握った事を改めて思い出し、白い毛に覆われた顔を真っ赤に染めていた。




 白色の丸屋根を被った硝子張りの外壁の、アリーナという大きな建造物にたどり着いた僕たちは、中に入ろうとする。

 凄い人だかりで圧倒されたけど、パウリーネに促されて進んでいく。


「ここ……りも……が」


 ふと、立ち止まってアリーナを見上げている男がいた。その男の側を通り過ぎようとした時、何やらブツブツと呟いている。

 その顔を覗いて見ると、男は帽子を目深に被って顔は良く見えない。ただその眼光は妖しく鋭かった。

 その目はモンスターと同じように見えた。


「どうしたのクロム?」

「あ、いや。なんか変な――あれ?」


 パウリーネに呼びかけられ視線を男から背けた。その一瞬で傍にいたに男は姿を消していた。

 パウリーネに急かされ、僕たちはドームに入っていくが、何やら不穏な気配がした。

 



 返された半券に記された番号の席を見つけた僕たちはその席に座った。

 周りを見ると、僕たちの様な普通を格好をした人達もいたけど、鉢巻をしてボタンのない上着を紐で留めた、プラスチック製の短い棒を両手に持った集団も見られた。

 そんな異様な格好の、熱気を秘めていた怪しい集団に、取り囲まれていた僕たちは縮こまっていた。


「おやおや、獣人とは珍しいですな。しかも片方はマーニャちゃんにまさるとも劣らないキュートな方で、猫耳と尻尾がいいアクセントになって中々の逸材ではないですか」

「な、何ですかあなたは」


 突然隣から怪しい集団の一人の、眼鏡を掛けたやや太めの男性に声をかけられる。

 パウリーネを舐め回すよう見る男に彼女は怯え、僕は彼女を庇うように手を伸ばして男の前に身を乗り出した。


「おっと失礼、見たところこの様な所に慣れてないようでしたので。お二人はライブコンサートは初めてですかな?」

「え、ええ。職場の上司にチケットをもらったんですけど、正直アイドルとかよく分からなくて」

「なる程、それならば私が色々教えて差し上げましょう」


 右も左も分からない僕たちに、太り気味の眼鏡の男に何か教えてもらうことになった。

 悪い人じゃない、のかな?


「そもそも『マジックタイム』は四人組の地下アイドルとしてデビューしたのですが当初は鳴かず飛ばずで一部のコアなファンに支持されるに過ぎない弱小アイドルでした。しかし二年前のアイドル大乱闘というソロからグループ、男女を問わず名のあるアイドル達が一同に集まるイベントが行われたのですがその第一陣がまさかのドタキャンしたのをたまたまバイトでイベントスタッフとしてその場にいたアンネちゃんが飛び入りで参加した事で――――」


 とんでもない早口で息継ぎをしてないかと思えるくらい、マジックタイムの経歴を語りだす男性。

 そして彼女達のメンバーについても事細かく喋りだし、一人一人の『推しポイント』やらを熱烈にアピールしだす。

 いい人か悪い人かはともかく変な人だというのは良く分かった。


「――以上が現二十六名の女性アイドルグループ、マジックタイムの全てですぞ」

「「アッハイ」」


 10分は喋り続けていた男性の話がようやく終わった。鼻息荒くやりきった感を出してご満悦の様子だった。


「ああ、そうだ。これをお渡ししておきますぞ」


 そう行って紙袋の中からプラスチック製の棒を赤、青、一本ずつ出して僕たちに渡してきた。


「ペンライトですぞ。ライブではこれを光らせて歌に合わせたり、応援したりする時に振って場を盛り上げる必需品ですぞ。持ってないようなのでどうぞ」

「あ、ありがとうございます」

「わざわざどうも……」


 予備用なのか、頼んでもないのにペンライトを貸してくれる。

 良く分からないけど周りに合わせてこれを振ればいいのかな? なんて考えているとアナウンスが流れ、会場が暗くなった。


 どうやらいよいよ始まるらしい。

 天井からスポットライトが点灯し、アリーナの端から煌びやかな衣装に身を包んだ女性が次々と現れる。それと同時に会場中から一気に歓声が上がったのだった。

 アイドルグループ、マジックタイムのライブはステージ上の少女たちと、万を超える聴衆の熱気はスタートから爆発した。


 少女達は軽快にして統一された動きでステージ上を動き回り、優れたパフォーマンスを見せたかと思えば、突然それぞれが個性的なダンスを披露する。

 一見バラバラに見えるダンスがステージ上のメンバー全員と噛み合い、一体感を醸し出していた。

 ダンスのリズムに合わせて発せられる歌声は軽やかで、マイクを通して全員が鈴か、あるいは笛の様に通る歌声を広大なステージ全体に響かせている。

 彼女達の演出に合わせる様に、ステージや天井を照らすライトの光と、何十本ものレーザー光が会場内を縦横無尽に走り回り、強い光であるにも関わらず、むしろ彼女たちの輝きを引き立てるバックダンサーとして演出している。


 軽やかな明るい一曲目を歌い終えると、少女の内二人を残して他のメンバーはスポットライト外の暗闇に紛れステージ外に離れていく。

 数秒の静寂の後、先程の音楽と違う鋭く重厚感がある曲が流れた。

 そしてステージに残った少女達は曲に負けない、激しい高めの音程の歌を腹の底から発して歌い出す。


 力強い勇気を震わす内容の歌詞を大音量でそらんじながら、激しい動きのダンスを繰り出す。いや、ダンスというよりまるで舞闘だった。

 ステージ上をステップを繰り出しながら烈しく腕振りをして、助走をつけて跳躍して空中で回転したりと、曲芸まがいの技を披露する。

 まるで大軍や巨大な敵を前に大立ち回りを演じる戦士二人の奮戦を表すような激しいダンスと歌詞と歌声に観衆は沸く。


 二人が歌い終わり背中合わせにポーズを取ると、ステージが霧で満たされ二人の姿が隠れる。

 霧が晴れると、さっきまでいた二人と、ステージから退場した他のメンバーがいつの間にか着替えて整列していた。

 そして先の曲とは対照的の静かな優し気なメロディーが流れ、ゆったりとした動きで祈るような切実な歌声で歌唱しだした。


 そんな感じで歌とダンスと光、その他の演出を駆使した変幻自在のショーを、ステージ上の彼女達は披露した。

 観客たちはペンライトを振ったり歓声を上げたりしてステージ上の少女たちに呼応して、会場の一体感を強めていく。

 そんな圧巻のショーに、会場のいる全員は開幕から強烈だった熱気をいやまし盛り上がっていくのだった――僕一人を除いて。


「お前達‼ 二曲目のペンライトを振るリズムが若干ズレてたぞ! あの曲はサビが終わったらテンポが僅かに上がるんだ! 次はバラードだからって気を抜くんじゃないぞ!!」

「「「ハイ!!」」」


 隣りにいたメガネの男性はどうやらリーダーだったらしい。同じ格好をした集団のペンライトの振りを指示していたけど、僅かなミスがあったとして叱咤する。

 さっきまでの不気味な(失礼)態度と喋り方とは打って変わって、まるで訓練中のパメラさんみたいな鬼教官に豹変した。

 そしてそれに怯える事なく、むしろ奮い立つ鉢巻集団。基地の新兵仲間も見習ったほうがいいんじゃないかと、気合いの入れ方が違った。


「キャー!! カヤちゃーーん! メアリちゃーーん! 最っ高ーー!!」


 そして反対側の隣ではパウリーネが赤青のペンライトの二刀流をブンブン振り回し、二曲目を歌った二人組の少女に黄色い声援を送っていた。


 いや確かにカッコ良かったと思うよ? けどね、順応が早すぎませんか皇女殿下?


 婚約者(予定)の僕の持っていた青のペンライトを強奪して、エールを送る彼女に複雑な感情が湧いてしまう。




 それからもステージ上の少女達は様々な歌と演出で会場を盛り上げていった。

 確かに素晴らしいショーだとは思う。けれど盛り上がるほど、僕の席の周りの人たち(隣の彼女含む)はヒートアップしていって、引いてしまう。

 そのせいで純粋にライブを楽しめず、僕は席で縮こまってしまうのだった。


 最後の曲が終わり、ステージにマジックタイムのメンバー全員が揃い、挨拶をする。

 まだ熱気が冷めやらない会場だったけど、その空気をステージ上の彼女達が一変させてしまう。

 グループメンバーのメアリとカヤが無期限のアイドル活動休業を発表したからだった。

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