第3話 新たな旅立ち

 僕は自分を変える為に、多元宇宙の秩序を守るヘルタさんの部隊に志願しようとした。

 ところが無闇に異世界へ渡ることは禁止されているらしく、出鼻を挫かれてしまう。

 けれどもヘルタさんは何やら策があるらしかった。


「……ウナフェニスをOCMMに参加させる、だと?」


 空飛ぶ戦艦ガンダルヴァの艦長クリスさんがヘルタさんの話を聞いて難しい顔をする。


「正確にはパウリーネの国のゲザメルト帝国を参加させるのよ」

「いや、無理だろ。どっちにしろ一緒だろうが。上が認めると思えねぇ」

「あの……その『OCMM』って何ですか? さっきから何回も出ているけど、僕達にはさっぱりで」

「ああ、そうだったわね。まずそこから説明しないと」


 ふと僕はずっと気になっていた単語について質問する。

 それを聞いたヘルタさんは説明していなかった事に今になって気付いたらしかった。


 彼女の説明によるとOCMMとはOrganization for Comprehensively Management the Multiverse

 の頭文字を取った略称で、意味は「多元宇宙総合管理機構」、様々な異世界が参加して多元宇宙を管理する連合組織だと言う。

 この組織は参加した異世界から議員となる代表が派遣され、彼らの話し合いから多元宇宙の管理方法を決めるらしい。

 その方法の一つに軍を派遣する事があり、OCMMは常設の軍事力を持っている。ヘルタさん達はそこに所属する兵士という訳だった。


「それに僕達の世界が参加すれば、問題なく異世界に行けるということですか?」

「だとしたら厳しいな、俺達の世界は帝国だけじゃなくいくつもの国がある。魔王の出現で一時的に同盟関係にあるが、奴が倒れた今、またいがみ合うのは目に見えている。統一どころか世界は分裂状態になるぞ」


 ロベルトさんの言う通りだった。世界規模の参加ならそんな状態では無理な話だ。


「それなら大丈夫よ。便宜上は世界って言ったけど、正式にはその世界への影響力が強いである事が条件なの」

「存在?」

「ええ、他の国々を抑えるほどの大規模な国家とか、世界を股にかける慈善団体とか、何なら巨大企業や民族でもOKよ。ついでに言うと、一つの異世界から複数の勢力がOCMMに参加する事もあるわ」

「…ずいぶん大雑把だな」


 以外と緩い条件に僕たちは唖然としてしまう。


「聞いた話じゃ、あなた達の帝国はこの世界で一番大きいのよね?」

「ええ、この世界に三つある大陸の内、一つとおよそ半分を領有しています」

「この世界の約半分を支配してるのかよ……」

「なら条件は実質的に大丈夫って事になりますか?」

「そんな甘くは無い。さっき条件は大雑把って言われたがそれは建前では、だ。実際は調査が入って、それが通っても審査をパスしなきゃならない。それでその後のOCMMの議会で採決されてようやく参加を認められるんだ」


 帝国が参加条件をクリアしていると知り、僕は希望を持ったが艦長に一蹴される。OCMMが僕たちの世界を精査し、参加資格を持たせるか否かを決める。

 つまり実際に帝国がOCMMに入れるかは向こうの裁量次第という事だった。


「大体、参加は本来OCMMから打診されるものだぞ。相手側から求めて参加するケースは聞いたことがない」


 艦長は頭を掻きながらボヤく。


「それに今から参加の手続きをするとしても、最短で2年はかかるというぞ? そんなにかかったらさすがに事件は解決してるか、もしくは俺たちが滅んでいるかだぞ?」


 最悪の未来を想定している艦長に、僕たちはそんなあっさり口に出さないで欲しいと言いたかった。

 けれどヘルタさんの次の言葉でそんな考えは吹き飛んだのだった。


「審査云々は大丈夫でしょ。それに時間も三日もかからないと思うわ」

「何でだよ⁉」

「正式参加じゃなくて特例暫定参加ならだけどね」

「…そういうことか。けどそれじゃあ帝国側が飲むとは思えないぞ?」

「特例暫定参加?」


 ヘルタさんの話を聞いて何やら納得いった艦長だったが、別の疑問が出たらしい。

 僕は違う意味でまた疑問が湧いたけど。


 彼女の説明では、実はもう一つ参加できる条件がある。それはOCMM関係者が不測の事態で異世界と接触した場合、その世界を暫定的にOCMMに参加させる事ができるというものだ。

 これはその場に一定以上の階級の官僚や軍官がいれば、本部の許可なくその場で参加が認められるらしい。軍官だと少佐以上の階級が当てはまる。


「本当ですか?」

「ええ、今回の場合クリスが中佐だから彼に認定権があるわ」

「だが正式参加と違って、特例の場合は色々不利となるぞ?」


 思わぬ抜け道があると聞いて、また希望を抱く僕。でも艦長によるとその場合、帝国側は色々デメリットがあるらしい。


 内容としては正式参加が決まるまでは、OCMMや多元宇宙の情報公開を一部に制限することの徹底、OCMM関係者の受け入れ態勢の整備、貿易や流通等の人や物の行き来の監視体制の強化。

 他にも物資等の提供要求を拒否は出来ないし、重要施設に監察官が入って色々調べられたりする。

 また暫定参加中は戦争は禁止だ。攻められた場合の自衛は別だけど。


「ちょ、ちょっと待て。それではまるで属国扱いではないか?」

「だから難しいって言ってるんだ。世界最大の帝国が、どこの馬の骨ともしれない奴らに、仲間に入れてやるから言う事を聞けなんていきなり言われて納得しないだろ」

「確かに……」

「けれどメリットもあるわ。通常の手続きより早く正式に参加できるし、実績が認められれば他の参加している異世界からも信用されるわ」

「そうなればこの世界もOCMMが公に干渉できるから、帝国にとっては心強い同盟相手ができる、というわけですか」

「場合によっては異世界から技術や人員もいくらか融通してもらえる事もあるしね」


 そう考えると、暫定参加も決して悪くない。むしろ将来のメリットの方が大きいと言える。

 けれどもそれを決めるのは皇帝陛下であり、あの方が拒否なされるなら終わりだ。


「ちなみに、暫定参加の交渉が失敗したら、僕たちはどうなりますか?」

「そうなったら記憶を消してもらうな。ついでに交渉相手の皇帝さんも同席した者も全員だ。それが出来る装置があるからな」


 艦長がきっぱりと言う。ちなみに僕たちがヘルタさんの勧誘を断っても同じ措置をするつもりだったらしい。


「……わかりましたわ。私がお父様にそうした方がいいと助言してみます」

「本気ですか!? 姫!」

「決定するのはお父様だけど、メリットが大きいのは確かよ。それに……」


 パウリーネは僕を見ながら何かを言いかける。なんだろうと彼女を見ていたけど、彼女は僕から目を逸らし話を続ける。


「…とにかく、その方向でどうするか方針を決めましょう」

「そうね、じゃあまずはあなた達を近くまで送って……」


 陛下を説得する方針で話が進められる。ロベルトさんは頭を抱え、艦長は「メンドくせー」と愚痴をこぼしていたが。




 他の人達に見つからないよう、ガンダルヴァは雲の遥か上を飛んで帝都近くまで飛行した。

 そして森の中にガンダルヴァが着陸できる開けた場所を見つけ、そこに着陸する。


 ガンダルヴァから降りた僕たちは交渉役のヘルタさんと艦長と共に徒歩で帝都に戻った。

 途中で艦長が「森の中だけでもいいから、バイクに乗ってくりゃよかった」とか何とか言ってた。ヘルタさんは駄目だって言ってたけど。


 帝都に戻った僕たちは、ヘルタさんと艦長にフードを被ってもらって、人間である事を隠しながら街中に入る。

 あまりに早い討伐隊の帰還に、帝都全体が驚いた。そんな彼等に見送られ僕たちは城に入る。


 城の謁見の間に通された僕たちは皇帝陛下ヨハネス二世に拝謁する。ライオンの獣人である陛下はパウリーネの帰りを喜ばれたけど、同時に早すぎる到着に疑問を持たれた。

 そのタイミングでパウリーネは重要な話があると、人払いをさせる。


 そして討伐隊と陛下、そして大臣が残った謁見の間でヘルタさん達が正体を表す。

 当然陛下も大臣も驚いたが、ヘルタさんとパウリーネ、艦長は事情を説明し、OCMMへの特例暫定参加を求めた。

 もちろんメリットとデメリットの両方をちゃんと説明した上で。


「分かった。条件を全て受け入れよう。OCMMに参加させて頂く」


 いやっ、即決!?

 僕たちが陛下を説得する方法を考えていた時間はなんだったの?


「へ、陛下! 恐れながらこのような重要な事は臣下一同とよく話し合われた方が宜しいかと!!」


 流石の大臣もこれは予想外だったらしい。慌てて陛下を諌める。


「秘密を守れと言っている彼らがそれを認めないだろう? そんな事をすれば我々に対して何をするかわからんぞ」


 確かにもし下手なことをしたら、ヘルタさんがここにいる全員を倒して、艦長が持っている記憶消去装置でムリヤリ記憶を消すことになっている。

 それはやめてくれと頼んだけど、艦長は首を縦に振らなかった。


 討伐隊に編入されてた兵士達が武装している状態で一緒にいて、陛下の命令でいつでも襲いかかる事ができる。

 にも関わらず平然としているヘルタさんと艦長を見て、二人に下手なことはしないほうがいい、と陛下は判断なされたようだった。


「話の全てを信じた訳では無いが、討伐隊が全員無事に帰った来た。しかも我らが予想してたより半分の日数でだ。ご丁寧に魔王の首も持って来ているしな。嘘ではなかろう」


 そう、ここに来る前に魔王を倒した証拠は持っていった方がいいという話になったが、ロベルトさんが「なら魔王の首を持っていこう」となった。

 ヘルタさんも賛成して、彼女がどっかに行ったと思ったら、片手に髪の毛を掴んでぶら下げた魔王の生首を持って戻ってきた。

 確かな証拠にはなるけど、キレイな金髪美人が生首をぶら下げる野蛮な光景に若干引いた。


 そんな訳で今、煌びやかな謁見の間の中央に魔王の生首がある。正直すごくシュールな光景だった。


「つまり我々に拒否権は無いと暗に警告しているのだろう。ならば勝ち目の無い我々は言う事を聞く他あるまい」


 いや、脅すつもりで魔王の首を持ってきたわけじゃ無いんですが。陛下ってもしかして天然?


 なんて間違っても口に出せない失礼な事を僕は思っていた。

 パウリーネ達も「それでいいの?」と言いたげに陛下の顔を覗く。

 ヘルタさんと艦長もこの展開は想定外らしく、互いに顔を見合わせていた。


 けれどそれで大臣は渋々と陛下に頭を下げる。

 詳しい参加条件が聞きたいと、陛下は艦長とヘルタさんを残して、僕たちは謁見の間から出たのだった。




 これで僕はOCMMに入れる事になったけど、一つ気がかりがあった。

 それは暫定参加した場合、異世界に行けるのは二人までだった。

 一人は立候補した僕、そしてもう一人は何とパウリーネだった。


 ガンダルヴァでも行くってゴネてたけど、本気だとは思わなかった。

 流石に皇女様を行かせるのはまずいってみんなが言ったけど、こうなったパウリーネを止められない事を知っていたらしく、陛下もロベルトさんも諦めていた。

 お二人にパウリーネをよろしくと言われた僕は、冷や汗が出た。パウリーネは嬉しそうだったけど。


 その日の夜、僕とパウリーネはヘルタさん達と共に密かに城を出てガンダルヴァに向かう事になった。

 急だったけど、ゲザメルト帝国がOCMMに暫定参加した事をすぐ報告した方がいいらしい。

 既成事実は早く作るに越したことはないと艦長は言っていた。


 見送りはひっそりとしていて、陛下と大臣、ロベルトさん、そして討伐隊のみんなが来ていた。

 陛下はパウリーネを抱き寄せ、別れを惜しまれていた。

 ロベルトさんはやっぱり口うるさく、向こうでも堂々としてろとか説教する。

 討伐隊で一緒だったみんなも僕を励ましてくれた。


 やがてヘルタさんに促され、僕たちは城の裏門から出る。

 人に知られないよう、陛下達も僕たちも手を振るだけで声は出さず、静かに別れを告げた。

 僕たちは歩き出し、帝都を出て暗い森の中に入る。ローブで姿を隠し危険な夜の森に入っていく僕たちは、傍から見たら怪しいに違いない。


 森をしばらく分け入り、ひと気が無いと判断した僕たちはフードを外した。

 ヘルタさんは「こういうの好きじゃない」と言ってローブを脱ぐ。その下には僕たちと出会った時と同じ、白いボディスーツだった。

 やっぱり目のやり場に困って目を背けてしまう。


 僕達は森の奥に隠してあるガンダルヴァに向かって進んでいった。

 途中で獣やはぐれモンスターに出くわすが、ヘルタさんが素手で軽くあしらってしまう。

 そうこうしている内に僕達は森の開けた場所に出て、ガンダルヴァの姿を確認する。

 こんな所に置いてたら襲われそうだったけど、艦長によれば魔物除けの効果がある、聞こえない音や無臭の匂いといった物を出しているらしい。

 彼らはこういったモンスターのいる世界によく行くので、こういう物は常に用意しているらしい。

 そんな話をしながら僕達はガンダルヴァに近づく。けれどそこで予想外の出来事が起きた。

 ガンダルヴァから艦長の通信機に連絡が入った。


「俺だ。どうした?」

『艦長! 今どこですか!?』

「ちょうどガンダルヴァのある広場に来たところだ」

『急いで船に戻ってください! 多数の生命反応を確認! 魔力反応はありませんが、! 八時の方角上空からこちらに向かっています!』

「何だと!?」


 その報告が入ったと同時に、無数の影が空から現れた。

 それは人ほどの大きなコウモリだった。けれど胴体は人間とほぼ変わらず、短く黒い体毛で覆われている。

 ミニュアデスと呼ばれるコウモリのモンスターだった。


「な、なんでモンスターが!? 魔物除けで近づいて来ないんじゃ!」

「もしかして、この世界のモンスターはかも……」


 まさかの魔物除けが通じなかった事に、僕もヘルタさんも困惑していた。


「艦長からガンダルヴァへ! 総員第一種戦闘配備! 対空砲、全門ひら――」

「待って! 離れたとはいえここは帝都からそう遠く無いわ! ガンダルヴァの武装で攻撃したら音や光でコッチに気づかれる! 配備しているメイガス隊を出すのも駄目!」


 艦長がガンダルヴァに攻撃命令を下そうとしたが、それで帝都の人たちに見つかるとヘルタさんが制止する。


「じゃあどうするんだ!? 俺達がガンダルヴァに着く前に奴らは俺達を狙ってくるぞ!」


 艦長は攻撃しないのは愚策だと、ヘルタさんに詰め寄る。

 するとヘルタさんはまだ上空で様子を伺っている敵を見上げる。


「私が相手をするわ」


 そう言うとヘルタさんの体が地面から離れ浮遊し、空中で静止する。そのまま僕たちを見下ろし言葉を続ける。


「やつらの相手をしている間に皆はガンダルヴァに乗って。いつでも離陸できるように準備をしてね」


 そう言って翼も無いのに矢のように飛行し、彼女は飛んでいった。

 魔王城でも翼のない鎧を着た兵士が空を飛んでいたのを見たことがあったけど、彼は背中に推進器と呼ばれる装置を付けて飛んでいたらしい。

 けれどもヘルタさんはそんな物を身に着けてる様子は無かった。

 それを見ていた僕は呆然としていた。


「な、何で空を飛んでいるですかヘルタさんは?」

「あれはあいつの能力によるものだ。ああいった能力を持つ者は多くないが、ウチには何人かいるぞ」


 パウリーネも驚いたらしく、つい疑問が口に出てしまう。それを艦長が簡潔に説明した。

 他にもあんな事ができる人がいるの? 世界、いや多元宇宙は広いなあ……


「そんな事より早く行くぞ! ヘルタならあんなヤツら敵じゃないが、こんなところでボーッとしてたら邪魔になるからな」

「「は、はいっ!」」


 艦長に促され僕たちはガンダルヴァに乗り込もうと走り出した。

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