後編

 それから1か月がたった。千紗子は、頼子の病院を訪れていた。しかし、何度も訪れるも、マスクをつけて病室の前を通りかかるだけだった。次第に病院でも噂されはじめ、これを潮時だと思いその場から離れることにした。いつまでも罪の思いに苛まれていても意味がないように思えたのだ。

「千佐子」

 突然、立ち去ろうとする瞬間に後ろから声をかけられた。頼子は頬に傷を負っていた。美しい顔に傷が走っただけ、未だ美しさは保たれていたが、女はそれを気にするだろう。

「頼子」

 ふりかえり、逃げようとした。

「ごめんなさい!!!」

 その肩をつかまれた。ふりほどこうともがくも、それは強い力ではなかったが、倒れてしまった。周囲の目線を気にして千紗子は頼子をだきおこした。

「逃げないで、話がしたいの」

 今までお世話になってきた親友であり、いつも明るかった彼女が、やけに神妙な面持ちで、憔悴しきった感じだった。もうしわけなくなり、彼女の病室へとむかった。頼子は、もうすぐ退院だという話をしながら案内をしてくれた。


 静かな間が流れたあと、頼子が突然口走った。

「ごめんなさい……」

「え?」

「仁さんのことよ」

「どうして?どうしてあなたが謝るの?」

 その時、看護婦が部屋に入り会話を遮り、またでていくと、閉められた扉の向こうで、彼女たちだけの会話がつづけられるのだった。



 1週間後、千紗子はたまたま用事がありその付近をとおっていた。前の職場から距離があったが、仁さんと酔った飲み屋の近くでもあった。どこかで、わすれられなかったのだ。そこで、飲み屋からでる彼をみた、後ろからでもはっきりとわかった。あれは頼子だ。


 二人を追跡する。やがて二人でホテルに入ると、仁さんだけがでてきた。そこで、千佐子は彼にすりよった。彼はひどく驚いていたが、しかし、言葉をかけることはできなかった。今更自分の本心に気付いたところで遅すぎたのだろう。自分などが、人の好意にすぐに答えなかったのが悪いのだ。そのまま千佐子はたちさった。


 茫然とたちつくしていると、すぐさま彼のもとに駆け寄る女性の影、マスクをした頼子がでてきたのだった。

「誰?」

「さあ?きっと幻覚さ、だって君はここにいるじゃないか」

 そういわれて、笑いながら頼子はマスクを外した。マスクの下には、千紗子そっくりの顔があった。頼子は、あのとき、最後に見舞いにきた千紗子とあったときからある決意を固めていた。整形して、彼女になりきる決意だった。

「なあ」

「ん?」

「君は本当に千紗子さんか?」

 はっとして、頼子は息をのんだ。そして悔しそうに唇をかんだのだった。


 ある朝。仁がいつものように家を出ると、家の前に千紗子がたっていた。

「仁さん……」

 普通なら喜ぶのだろうが、ある理由で彼は驚いた。

「くるな!!くるなあ!!」

「どうして?仁さん、嫌いになったの?」

「近づくな、近づくなあ!!」

 全力で逃げ惑う仁、そして幾度も道路をわたり、ある大通りを渡り切った後で振り返ると赤信号、それと同時に、人がひかれるのが目に入った。千紗子だった。明らかに人間で、血しぶきがまっている。助かるはずはなかった。

「そん……な……」

 彼の頭は疑問でいっぱいになった。そして、ふと点と点がつながった。

「まさか、千紗子に化けた人が死んだ?でも……」

 彼は半狂乱になり頭をかかえた。

「ありえない、どうして物理的にありえない、そんな……」


 彼はなぜ、千紗子をさけたのか、先ほど彼のもとに会社から一報が入ったばかりだったからだ。困惑しながらも、思い出した。

「いなくなっていた千紗子が、屋上から飛び降りたって!!今みつかったばかりで、身元確認中だ」

  自殺したほうの千紗子であろうが、今事故にあった千紗子だろうが、どのみち彼は、二人を同時に失ったのだ。


 やがて、自殺した千紗子は、所持品や鑑定から、数日前から行方をくらませていた頼子だという事がわかった。そして事故にあった千紗子こそが、本当の千紗子だったのだ。


 あの病院での、千佐子と頼子の最後の会話は、二人だけの秘密となった。

「ごめんね、千佐子」

「どうしてあなたが謝るの?」

「会社に入ってからあなたのミスを引き起こしていたのは、あなたが悪いんじゃない、私がずっとあなたの邪魔をしていたの、パソコンのデータをかきかえたり、あなたを転ばせたり、ものを盗んだり」

「……!!」

 確かに、ひどいことだが、それだけで階段から突き落とした自分に謝るだろうか?それを問うと、頼子はつづけた。

「仁さんのこと、好きになっちゃったのよ」

 そう。学生時代から頼子は千佐子の欲しがるものをなんでも手に入れていた。それは、ほとんど千佐子へのあてつけだった。千佐子もなんとなくそのことに気付いていたが、頼子は続ける。

「ごめんなさい……私は本当に、好きになっていたみたい、最初は軽い冗談で自分のダメなところを相談していたけれど、彼の包容力で……」

 ひとしきり泣いた後、強い目をして、頼子は言い放った。

「あなたに負けることはできないわ、どんな事をしても、私は初めて気づいたのよ、私自信のコンプレックスに」






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不気味の容姿 ボウガ @yumieimaru

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