不気味の容姿

グカルチ

前編

“私は大金をおいて姿をくるませます、頼子を突き落としたのは私です”


 千紗子がその手紙をおいて消えた1年前。入社したての千紗子は燃えに燃えていた

。学生時代はそのコンプレックスある容姿から自分の能力を発揮できなかったが、社会人になってすべてを変えようとおもっていたのだ。


 しかし、会社に入ってからすぐに彼女はミスを連発した。自分ではそんなことはないと思っていても、知らず知らずに入力を間違えていたり、ものをなくしたり、情報伝達に手違いをおこしたり。自分が何かの病気と疑ったくらいだった。


 そんなときも、学生時代からn親友の頼子だけが彼女の味方だった。上司からの叱咤から彼女をまもり、落ち込む彼女を励まし失敗のしりぬぐいをしてくれる。頼子自身特段能力が高いわけではないが、容姿端麗で、コミュニケーション能力の高さから、だれもが彼女の魅力にやられていく。


 家に帰ると自分の顔を否応でもみなければならない。化粧だけでは治らない顔立ちのわるさ。長い顎やゆがんだ鼻、小さな目。それがコンプレックスだった。学生時代もそれでいじめられたし、それは中学、高校、大学という節目でも対して変わりはなかった。それでも大学では、いじめはされなかったし、さすがに大人の人間がおおかった、だから今度こそ挽回しようとおもっていた。


 悟という男がいた。千佐子と頼子の同僚であり、容姿端麗。はじめは千紗子も彼に引かれた。誰もがうらやむかれの美貌と、そのさわやかさ、人あたりのよさ。だが彼女は、そのうち自分に足りないものを求めているだけで、そう考えると彼の笑顔は空っぽのようにみえてきた。何より自分が、空っぽの存在に思えてきたのだ。


 世の人が彼女をそう見るように、知りもしない人間の容姿をみて、優れているだのどうだのとつまらない他人の評価や人気にこだわることがむなしく思えた。


 それからより一層仕事に力をいれた。ミスや不運な目にあうものの、それを取り返すほどのいい仕事をした。徐々に会社での評価はあがった。その反面、人気はなかった。一部の上司などには気に入られるが、ただそれだけだ。出世の道が開かれたにせよ、孤独で退屈な社会人人生が続くと思えた。


 ただ、そんな中にも変化がおきた。いつものように飲み会にいく同僚や上司を傍目に、地味で話もつまらない彼女は、その場を避けるようにして、一目をさけて帰ろうとした。その時、背中を優しくたたかれた。

「あ……」

 瞬時にその人がだれかわかった。仁さんだ。彼女の先輩であり、営業マン、非常に優秀な人で、しかし、地味で人気はそれほどなかった。


「飲みに行かないか?」

 と言われ戸惑い、断った。だが何度もしつこく誘われるのだ。あくる日もその次の日も。


 そしてある時、はっきりと言い返した。

「しつこいです!私、みんなとは飲みません」

「あ……すまない」

「?」

「違うんだ、サシでのまないか?」

 あっけにとられていた。というのも、彼の意外な面を見たというのと自分が今まで誤解して強くあたっていたことに気付き、申しわけなくおもったのだ。

「ぜひぜひ」

 そう返してしまったのは、驚いてしまって、謝罪の気持ちから思わず言葉が出てしまったのだろうと思えた。



 居酒屋をはしごし、彼と話すのは楽しかった。彼は普段とは違い、自分の本音を何もかも話してくれた。

「僕は、ドジな子が好きなんだ、弱い子も、君は……それほど強くない、そこがいい」

 濁してくれてはいるが、容姿のこともそう思っているのだろう。今まで、会社に出てからミスが多くなったことはコンプレックスだったが、彼は自分をあいしてくれていたのだ。


 ふと目が覚めるとホテルのベッドの上で、彼の胸に抱かれていた。

「めざめたかい?」

「ええ」

 ふと、夢のような出来事をおもいだす。彼と、こんなに親密になれるとは。そして、思い出す。今まで気づかなかったが、ものを落としたりミスをしたりするたび、彼はさりげなく助けていたような気がする。


「おほん……少しいいにくいのだが」

「??」

「僕たち、付き合わないか?」

「……」

 思わず、涙をながしそうになった。そんなことを言われたのは初めてだった。

顔を覆い、隠す。彼は心配した。しばらく間をおいて彼女は答える。

「ごめんなさい、私自信がなくて……もう少し心の準備が欲しいわ」

「それは、いい返事とうけとっていいのかな?」

 彼が体をこちらにむけた。それに驚いてベッドから飛び出て支度をしはじめる。

「わからないわ、ごめんなさい」


 それだけをいって、ホテルをでた。


 それから、会社で彼を見かけるたびに、気まずい気持ちになった。けれど、彼女の心はうきうきしていた。彼の魅力にどんどんと気づいていく。さりげなくみんなに気を使い、ミスをカバーし、そのことを、おおぴらにする気持ちもない。彼ほどできた人間はいないだろう。少し時間ができたら、自分をみがいて、彼にこたえをだそう。


 彼女は自分を磨くためにエステに通い、微小な整形をし、美容にお金をつかった。貯金が趣味だったが、その3分の1ほどは使ってしまっただろう。そんな時だった。あの悲劇を目撃したのは。


 親友の頼子が、仁とともに街を歩いているのをみたのだ、頼子の腰に手を当てて、やがて繁華街へ……その先は、付ける気持ちもおきなかった。それから頼子の様子に気を付けることになり“ある事実”に気付き、頼子への怒りがたまった千紗子は、やがて彼女を不幸な目にあわせることを決意した。


 学生時代からいつも一緒だったが、今度ばかりは許せなかった。いつも優しかったが、彼女はいつも自分のものを奪っていった。それは確信犯的なものだと気づいたのだ。気づくと彼女は、数日会社を休み、そして、通勤時の頼子の背中にしのびよっていた。そして、彼女の顔をナイフできりつけ、階段から突き落としたのだった。



 


















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