第13話 初夜
深く重なる唇から、私の唇の狭間をぬるりとしたものが撫でる。
薄く唇を開くと、舌が口腔内に入ってきて、私はあまりのことに由良様の着物を掴んだ。
口付けとは、唇を合わせるだけのものだと思っていた。
けれどこれは、違う。
私の口の中にあるなにか大切なものを探すみたいに、由良様の舌が口腔を探る。
「ん……」
自分のものとは思えない甘えた吐息が、小さく漏れた。
それがたまらなく恥ずかしくて、私は眉を寄せる。
どうしていいのかわからずに、逃げるように引っ込めていた舌を、促すように誘うように絡め取られる。
ざり、と擦り合う粘膜の感触に、唾液が混じり合う感覚に、体が切なく震えた。
こんなことは、知らなくて。
恥ずかしくて逃げ出したくなってしまう。
けれど同時に、求めていただいているのが嬉しい。
由良様のものになれると思うと、泣き出したくなってしまいそうになる。
私には神癒の力があった。
それが嬉しい。力があったことが嬉しいのではなくて、由良様の役に立てたことが嬉しい。
由良様の傷を癒すことができて、よかった。
「ん、ん……っ」
舐られる度はしたない水音が響き、雨音と混じる。
唇が離れると、舌を銀糸が繋いだ。
こんなこと、夫婦になれば皆するのだろうか。
それとも、由良様が特別なのだろうか。
ぼんやりしながら、そんなことを考える。
由良様の着物を握っていた手からは力が抜けて、ぱたりと布団の上に落ちた。
「薫子、今のは、嫌ではなかったか」
「嫌じゃ、ないです……由良様、今の、は」
「口吸いとは、このようにするのだと。寝所での教育の本にあってな。私たちは、次世に力を継ぐのも仕事だから、そのあたりの勉強も……いや、やめよう」
由良様は照れたように視線を逸らして、それから私の頬を優しく撫でた。
「余計な話だ。薫子、今のは、私はとても好ましく思う。君の唇は甘く、舌は小さく、可愛らしい。もっと、したいな」
「……はい……っ」
再び唇が重なり、私はシュルッと帯の解かれる音を目を閉じながら聞いていた。
誰かとの距離が、こんなに近いことがあるのかと、私は驚きながらその夜を過ごした。
長い指が私に触れるたび、乱れた呼吸を落ち着かせるまで気遣い声をかけてくれるたび、私の心は戸惑いと、同時に幸福に満たされた。
「薫子、これは、嫌では? 痛くはないか、つらくは、ないだろうか」
「あまり、聞かないでください……恥ずかしい、です」
と、私は最後には、ねをあげてしまった。
気遣いは嬉しかったけれど、だんだん返事をすることが大変になってしまったからだ。
少しずつ激しさを増す音と、声と、体に触れる長い髪と、揺れる尻尾と、赤みを増したような由良様の瞳と。
それが私の世界の全てになった。
由良様だから、恥ずかしい姿も見せられる。
由良様だから、なにをされても、怖くないと思える。
それぐらい、心も体も全てをさらけ出した一夜の間に、一生分の愛の言葉を聞いた気がした。
全てが終わったあと、由良様はしばらく私を抱きしめてじっとしていた。
「薫子、大丈夫だっただろうか」
息も絶え絶えな私に、由良様が尋ねる。
私の隣に体を横たえて、私を引き寄せてくれる。
体にまとわりつく着物が熱い。しっとりと湿った体に、開かれたままの縁側から抜ける夜風が心地よかった。
今は、何時なのだろう。
雨上がりの夜空には、丸い月が見える。
「ひどく、してしまった気がする。最初から、余裕などなかったが、途中から君が愛しくて、……感情のまま、抱いてしまった」
「……大丈夫です。私、幸せでした」
力の入らない指先で、由良様の腕をたどる。
着物を脱いだ剥き出しの腕は、私の腕よりずっと太くて硬い。
「あぁ。私も。ありがとう、君が私を癒してくれた」
「傷があっても、由良様は素敵でした」
「私は、私の顔を気に入っていたが、君がそう言ってくれるのなら、美醜などはどうでもよくなる」
「どちらも、素敵です」
由良様は私をさらに抱き寄せて、髪に顔を埋めた。
「愛しているよ、薫子。私の薫子。……おやすみ、いい夢を」
「はい、由良様……私も、あなたが好きです」
私は目を閉じる。
こんなに幸せな眠りにつくのは、うまれてはじめてだった。
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