第7話 婚礼着の準備



 星空羊羹を食べ終わって、お茶を飲み終わった頃、シロとクロが唐突にお天気雨の降りしきる庭に現れた。

 シロとクロは可愛らしい水玉模様の傘をさして、黄色い長靴を履いている。


 今までいなかったのに、急にその場に現れるのは、たぶん二人が人間ではないことと何か関係があるのだろうと思う。

 この家では、これが当たり前なのだろう。だから、驚かないで慣れなくてはいけない。


「薫子様、ソーダ味の羊羹はいかがでしたか?」


「ハチが買ってきてくれました、ハチは甘いものに詳しいのです」


「薫子様、クロはソーダ味も好きですが、栗羊羹も好きです!」


「シロは、ソーダ味も好きですが、水ようかんも好きですね!」


 クロとシロが、はきはきと話かけてきてくれる。

 玉藻様――由良様が、軽く小首を傾げた。


「クロ、シロ、薫子は羊羹を食べるのははじめてだそうだ。だから今度、栗羊羹も水ようかんも食べさせてあげよう」


「はい、由良様!」


「もちろんです、由良様!」


「ところで、何か用があって出てきたのだろう」


「お天気雨には由良様の法力が含まれていますから、あたりにきました」


「お天気雨にあたりつつ、薫子様を呼びにきました。明日の婚礼着をお体にあわせたいのです」


「それから、お洋服もあわせないといけません」


「お洋服もお着物も、場合によっては縫い直すのです」


 頭についている耳をぱたぱたさせながら、二人が言う。

 私は小さく「婚礼着……」と呟いた。


 そういえば、八十神から私は何も荷物を持たされていない。

 私の着物やエプロンは、そんなものは持っていくなとお父様に言われたので、あの家に置いてきてしまった。


「八十神には、何ももってこなくていいと伝えたんだ。花嫁道具も、着物も、何もかもを我が家で用意することになっている。なんといえばいいのか、そういうしきたりなんだ」


「そうなのですね、私、……ありがたいです。あまり素敵な着物は、持っていませんでしたから」


「薫子が気に入ってくれるといいのだが。まさか着替えの場に、ついていくわけにはいかないな。シロ、クロ、任せた」


 由良様はそう言って縁側から立ち上がると、私に手を差し伸べてくれる。

 私は遠慮がちにその手に自分の手を触れさせた。

 軽く握って、立たせてくれる。

 今まで庭にいたはずのシロとクロが、傘も長靴もどこかに消してしまって、最初からそこにいたように部屋の中に並んで立っていた。


 二人は私に近づいてくると、私の両手を両側から握った。


「いきましょう、薫子様!」


「新しいお召し物ですよ、薫子様!」

 

 そう言いながら、私の手をぐいぐい引っ張る。


「では、またあとで。本当はゆっくり休ませたいが、着るものがないと困るだろう。明日には、他の同朋たちも来てしまうからな。すまないな」


「いえ、大丈夫です。ありがたいと思っています」


「それは――君の言葉だ。とても嬉しいよ、薫子」


「……はい、由良様」


 またあとでと、由良様はもう一度言って、私の髪を軽く撫でる。

 シロとクロは「今日も明日もごちそうです」「なんせおめでたいことですからね!」と、愛らしい声で明るく言った。

 私はどこに連れていかれるのだろうと思っていたら、廊下を挟んで正面の部屋だった。

 そこは畳の部屋ではなくて、洋室になっている。

 大きな姿見がおいてあって、木製の床に、床の上には毛足の長い絨毯が敷いてある。

 四方に箪笥が置かれていて、窓からは背の高い木々の姿が見える。

 鏡の前の椅子に、私は座らせてもらった。


「さぁ、薫子様。お着換えの時間です」


「着物は全て新しいのです。薫子様のために、由良様が用意をしたのですよ」


「由良様はオシャレですからね」


「由良様は、オシャレが好きですから」


「そうなのですね」


 確かに、由良様のお召し物は艶やかだったし、耳には大きな赤い宝石が揺れていた。

 金の髪も、美しかった。

 そんな由良様が、顔にやけどを負ってしまうなんて、どれほど苦しかっただろうと思う。


「薫子様、明日はどれを着ましょうか? 白い着物にしましょうか」


「最近、街ではドレスも流行っているようですよ。帝都も徐々に、外つ国の文化が流行り始めていますから」


「でも、やっぱり着物かな」


「正式な席ですからね。ドレスは皆様の集まるお披露目会が終わった後でもいいかもしれません」


 シロとクロが私の隣に立った。

 立ち上がるように促された私は、気付けば着ていた着物を脱がされていて、気付けば婚礼用の赤い襦袢に白い着物を着ていた。


「薫子様は小柄ですから、布が少し余ります。あとで縫い直しておきましょう」


「体のサイズがわかりましたから、もう大丈夫です」


「お着物のきつけは、シロのかかりなのですよ」


「髪を結うのは、クロのかかりです」


 次々と、鏡の中の私の着ている着物が変わっていく。

 脱がされたり、着せられたりしている感じはまったくしないのに。

 私は目を白黒させながら、シロとクロの言葉に、ただひたすらに頷いたりお礼を言ったりしていた。


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