第3話 『見えない地蔵』


 僕が子どものころに住んでいた、田舎町での話です。



 道路際にお地蔵さんが6体、並んでいる場所がありました。

 膝丈の台座の上に、大人と同じような背丈のお地蔵さんたちが立っていて。

 大きくても風化のせいか、風景に溶け込んでいました。あまり存在感は強くないんです。

 どういうお地蔵さんなのかわかりませんが、子どもの頃から当り前にある風景だったので。特に、どうとも思っていなかったんです。

 近所のお年寄りたちが赤い涎掛よだれかけを縫ったり、お供え物をしたり。

 うちの祖母も、そんなひとりで。

 6人なのか6家なのか。お年寄りたちがお地蔵さん1体ずつを担当しているようでした。

 うちの祖母は、右端のお地蔵さんの担当です。

 もし祖母が怪我や病気でもしたら、家族の誰かが代わる事になるのかなーなんて思っていたんです。


 あれは、小学校6年生の夏でした。

 クラスメートたちが怪談を始めたんです。

「この前、見たんだけどさ……」

 そう言って、ひとりの女子生徒が、ケータイで撮った写真を見せていました。

 本当は、学校でケータイを使っちゃいけなかったんですけど。

 先生が居ないのをキョロキョロ確認して、ひそひそ話をするのも子どもながらに楽しかったんですよね。

 そのケータイ写真に写っていたのは、道路際のお地蔵さんでした。

 右端のお地蔵さんの足元で、僕の祖母が手を合わせているらしい後ろ姿も写っています。

「あの5体地蔵。6体目にお供えしてる人も、やっぱり居たんだよ」

 と、女子生徒が声を潜めて言いました。

『6体じゃないの?』

 なんて、口を出さなくて良かったです。

「お地蔵さん、1体1体のお世話する係が決まってるんでしょ?」

「台座しかない場所も、係の人が居たんだねぇ」

「なんで台座しかないの?」

「盗まれたんじゃん?」

「ヤンキーが壊して、修理中とかだと思ってた」

 クラスメートたちが、口々に言っているんです。

 どうやら右端のお地蔵さんが、みんなには台座しか見えていないようなのです。

 一緒に写っているのが、自分の祖母だとは言えませんでした。

「このお婆さん、他のお地蔵さんのついでって訳じゃなさそうだったんだよね。ちゃんと6体としてお世話しないと、たたりがあったりするんじゃないのかなぁ」

「えー、怖い」

「祟るなら、盗むとか壊すとかした人にしてほしいよね」

「たしかにー」

 身近な根も葉もない噂話に、興味をもつ年頃ですよね。

 その時の僕は、それどころじゃなかったんですけど。


 帰ってから、すぐ祖母に聞きました。

 その時に僕は、人に見えないものが見えてるって教えられたんです。

 小学校6年生ですよ。それまで、よく気付かなかったものだと思いました。

 僕の場合、幽霊が見えるっていうのとは少し違います。

 違和感のある存在は見えないんです。

 例えば、血まみれの幽霊とか、異形の妖怪は見た事がありません。

 そこに居て自然な存在だけが見えるんです。

 大人になって都会で働くようになってから、亡くなった事に気付かず毎日出勤している幽霊は何度も見かけました。

 それが自然というのも悲しい気がしますけど。

 僕に出来る事もないので、スルーするようにしています。



 居る居ないだの、見える見えないだのと騒ぐべきではない。

 そこに存在するお地蔵様の前で、見えない者たちが居ない居ないなどと騒ぎ立てては失礼になる。

 だから、そっとしておくのが一番だ。


 ――祖母が、そう教えてくれました。



 神仏が相手ならもちろんですけど。

 亡くなった人が相手だったとしても、失礼になる事はしたくないなって思っているんです。

 祖母が亡くなって、そちら側に行ってしまってから、そんな風に思うようになりました。


 みんなに見えていないお地蔵さんがどういう存在なのかは、わからないままなんですけどね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る