第2話 『くち』


 早口で有名な芸能人の男性と、お会いする機会があったんです。


 かたと言うか。

 詳しくは伏せますけど、お話をなさるお仕事のかたで。

 ご挨拶をさせて頂く時に向かい合いましたら、その方の周りに小さいものがたくさん浮いて見えたんです。

 細い指が2本、揃えられているような。

 変わった飛び方をする蝶のようにも見えました。

 つい、目を向けてしまったら、

「なにか見えますか」

 と、笑顔で聞かれるんです。

 もちろん普段なら気分を害してしまいますから、なにも言わないんですけどね。

 その時は、その手のお仕事でご一緒していましたので。

「一瞬でしたが、周りに小さいものがたくさん飛んでいるように見えました」

 と、私は正直に答えたんです。

「小さいものですか。鳥とか、目玉とか」

 ニコニコと笑いながらおっしゃっていました。

 その時に気付いたんです。

 たくさん浮いて見えたのは、その男性の唇でした。

 ご本人のニッコリとした唇と同じだったんです。

「あっ、いまわかりました。〇さんの唇が、たくさんパクパクしていたんだと思います」

「あぁ、なるほど。男の唇だけ現れても、なんだかわからないよねぇ」

 そこから流れるように、口や目が見えたという怪談を聞かせて下さいました。


 後日、私の仕事仲間にその話をしたら、

「自分は大きな口がひとつ、頭の上に浮いて見えた」

 と、言っていたんです。

 やっぱり、その方のお口に見えたようで。

 まだまだ語り足りないって事なのかなぁ、なんて。

 ふたりで言っていたんです。

 大きいお口は、大勢の前で話したい。小さい唇は少人数相手でも良いから、たくさん話したいっていう気持ちの表れだったとか。

 ご本人の居ないところで、勝手に想像していたんですけどね。



 口紅を塗った女性の唇なら、いかにも唇とわかるのですけど。

 男性の唇だけ見えても、顔や舌べろ、歯なんかと組み合わせでないと『くち』とは気付けないものだなぁって思ったんですよね。

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