第二話 変態次期当主・闘う
春爛漫の陽だまりの中、雪は叶うことなき結婚式をしていた。相手の顔は屋敷の明かりが暗すぎて、影に隠れている。
相手と
「雪、私と生涯を生きていこう?」
顔を見ると正宗だった。
ヒュルっと床が抜けて、下に地獄の門が構えている。そう、雪にとって正宗との結婚は地獄の門をくぐり抜けるのと同じだ。地獄の門と表記され、こう書かれている、「この門を潜る者は一切の希望を捨てよ」と。
正宗はニンマリとして、地獄の門の向こうにいる、雪は縁に掴まり、堕ちる。雪は悲鳴を挙げて地獄の
女中仲間の寝床に居た。だが、ほぼ、皆働きに出ていていらっしゃる様子はない。
雪は上体を起こして夜着を着て袖を握る。あれは夢だったんだ。
朝は、化粧をして、身支度を済ませる、と。近くに出勤していた、女中仲間の紫乃が声を掛ける。
「白谷さん、幸太郎様から正宗様を起こすようにと言われているわ」
「どうしてわたしに?」
「幸太郎さまが家を開けているからよ」と紫乃が付け加える。「……わ、分かりました」背筋が凍る話だ。だが、仕事なので少々、断りづらい。
襖越しに声を掛ける。
雪はいつも通りで正宗は
「正宗さま、襖を開けても宜しいでしょうか? この度、大変失礼致します」
ここはと、襖を開けて、正宗に声を掛ける。寝息がすぅすぅと聞こえる。起こせばよいだけの話だから軽く、声をかけようとした。耳元で囁いた。
「正宗さま。起こしてしまうことになり、大変申し訳ありません。いまは、
「眠い……寝かせてくれ」
低い美声だ。
ハッと眼がカッと開いた。腕を伸ばされ、布団の中に無理やり押し込まれる。抵抗していたら、雪は尻もちをついた。
「雪殿おおおお!」
正宗は絶叫した。雪も叫び声をあげる。
「お辞めくださいませ! ぎょえええ!」
正宗の腕の中へ、抱き締められた。雪はなにがなんだが解らない。気づくと正宗の胸板におさめられていた。雪はもっと声を荒らげようとしても口を塞がれているから出来ない。
「雪殿、初めてはいつだ?」
頭を横に振る。
「まさか
頭を縦に振る。
「良い匂いがする! 父上は今日は家に居ない。ここには誰も居ない。俺達の恋路を邪魔する者は居ない……雪殿俺のことはどう思う?」
口を塞がれているので喋れない。
「そうか。お主も私のことが好き……私もだ」
返事なんてして無いじゃんと心の中で突っ込んだ。
「雪殿、私を見てくれ!」
松の木の枝に留まった
抱きしめ方を緩くし、拘束を免れた雪は正宗に犯されるのかと思った。
「雪殿……私と……」
正宗はなにか言おうとしていた。雪は何を言うつもりなのか。幸太郎に報告するつもりで胸板の中に居た。離してくれた。
「な、なにを……!?」
雪の眼の前に並べられていたのは花札だった。眠る前に仕込んだのだろうか。
「私としよう?」
「宜しいですが、朝餉は如何なさいますか?」
花札は昔から好きなので少々乗り気だ。
雪は正宗と花札をする。一手取られる。この人、頭が良いわと思った。負ける気がしない。この勝負は正宗の勝ち。
「……私の朝餉はお主だ」
正宗は嬉々としてた。雪は正宗に手をとってもらっても困る。雪は困り果てた様子だ。
「はぁ……。そうで御座いますか」
正宗のあまりの自分中心さ、身勝手さに雪は呆れてしまう。
「私は雪殿と死ぬまで、花札がしたい……」
したいは雪も山々だ。花札なら正宗とできる筈だからだ。
「はぁ……。そうで御座いますか」
雪は正宗に適当に相槌を打つ。
「お主が勝ったら俺の胸板に収まれ、もし、私が勝ったらお主に結婚を申し込む」
勝負は見えてるじゃない。嫌だわこんなの。
「正宗さま、気持ちが昂ぶっているところ、大変申し訳御座いません。仕えし主君にそのようなご無礼なことは致しかねます」
頭を深々と下げ、三つ指を付ける。
「私が良いと言ったんだ良いだろう?」
頭を下げながらなんで引き下がってくれないのだろうと思う。というよりしつこい人だ。
「ですが、しかし……」
雪は頭を深々と下げる。その間、物を考える。この人の辞書には引き下がると言う文字はないのかと思う。
「しかし? ……ああ、お主の家のことか? たしか、名家の生まれだったな。色々とお主は家の事で
信太郎の話が出る。
これだと思う。雪は深々と頭を下げる。
「正宗さま、恐れ入りますがどうかご事情をお汲み取り頂き、お力添えを賜りますようお願い申し上げます」
正座で三つ指を付け、頭を深々と下げる。正宗の端正な顔立ちが窺える。
「ああ、
正宗はそう言う。雪はまだ再び頭を下げる。
「ですので、正宗さま、今後はこのような事はご
この噂を聞けば折れるかもしれない。すると雪は正宗と手を取り合う。
「関係ない! お主の作った飯が俺は食いたいんだ。毎食毎晩お主の声が聞きたい。白谷家には私が全面的に支援してやろう。絶対に経済的にも精神的にも苦労はさせない……」
冗談ではない。このようなお方と? なぜ自分が?
「そ、そうですか……」
雪は狼狽える。
「雪殿。私と花札をしよう。きっと楽しいだろう? お主となら! なぁ!」
正宗は嬉々としている。
「……ま、正宗さま」
女中達が集まってきた。
「私と一緒に食事をしよう?」
雪は丁重に断る。
「わたしは仕える者の身で御座います。正宗さまにそのようなご無礼な事は致しかねます」
頭を再び下げる。
─────数時間後。
女中達が呆れ果てていた。食事も冷えてしまいまった。
「正宗さま……。それほどにされるとお食事が冷えます」
数時間ずっと雪と正宗は花札をしていた。
雪は真顔だ。正宗はずっと笑いながら花札をしていた。
「正宗さま。お時間は宜しいのですが。私事で大変恐縮です。今日は予定がございまして」
雪は丁寧に礼を述べ、正宗は嬉しそうに笑う。
「良いだろう。楽しく帰ってきなさい」
と雪を解放してくれて、正宗は茶の間で食事をとっている。雪は白谷邸へと帰っていった。
白谷邸は和洋折衷な家で、金は有り余るほど、信太郎が良い意味でも悪い意味でも豪邸を建ててくれたからだ。
気づくと母がどこにもいない。いつもなら、居間にいるのだが、今日は屋敷のどこにもいない。雪は嫌な予感が脳裏に過る。
(お母さんが、倒れた?)
男の声がして振り返ると、ザンバラの黒髪に端正な顔立ちをした青年が声をかけてきた。誰だろうか。
「雪さん?」
「……すみませんが、貴方のお名前は?」
太陽が生まれる場所 朝日屋祐 @momohana_seiheki
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