太陽が生まれる場所

朝日屋祐

第一話 変態次期当主・白戸正宗

 物見の良さで使用人が集まる中、白谷しらたにゆきは悲しげに瞼を伏せた。


「白谷さーん!」


「すみません。手が離せない用事がありまして。ここにて失礼致します」


 夢野ゆめの城の家臣、白谷家は有名な家系であった。美男美女を産み、能力のある人物を輩出する白谷家。白谷家は永劫えいごう回帰かいきの名家として繁栄はんえいした。


 先代の宗久むなひさが婿養子として、信太郎のぶたろうを入れる。信太郎と美雪みゆきは結婚した。美雪は子宝に恵まれず、やっと産まれたのは雪だった。


 雪はすくすくと成長した。

 祖父母も雪の誕生を自分のことのように喜んだ。


 信太郎が怪しげな闇商売に手を染めるまでは。瞬く間に信太郎の噂が街中に広がり、雪は小さい頃から、白い目で見られるようになる。


 信太郎は悪徳高利貸しをしていた。悪銭を抱え、料亭で扇子で舞妓の頬を引っ叩いて、女を取っ替え引っ替えする。信太郎は婿養子に入ってからというもの、悪行三昧を重ねる。雪は信太郎の噂のせいで、孤独な幼少期を過ごした。


 雪の祖母、村々子むらむらこは信太郎の悪行を見兼ねて、帝都に雪と美雪だけを引っ越そうとした。だが、あの悪名高き信太郎も一緒にやって来たのだ。


 そして信太郎はお縄になる。


 やっと平穏なじきが来たのかと雪はほっと胸を撫で下ろした。すると近所の子供がからかって石を投げてきたり、雪が結婚する年齢になると、信太郎の噂のせいで縁談が次々に破談になる。


 雪の父、信太郎は刑期が終わったあと、なにを思ったのか男と失踪する。帝都に逃げ延びた信太郎は美雪を捨てた。


 そして白谷家が傾く、信太郎の噂が街中に広がり、雪は仕事をするのにも苦労している。


 雪のことを理解してくれる人もいない。家族以外の人から雪と呼ばれたこともない。誰も雪自身のことを見てくれた人は居ない。


 そのなかで白戸しらと家の現当主は街中の噂を鵜呑みにしない。優しい当主で有名だ。幸太郎こうたろうは有名な大名だ。


 雪はその白戸家に仕え、約五ヶ月が過ぎようとしている。


(ふぅ……洗濯物が良く乾くわねぇ)


 春風にそよぐ、卯月うづきの美空を仰ぐ、陽だまりの中で、雪は洗濯物を干していた。


 女性の使用人が去っていく、なんでも今日は顔の良い坊っちゃんが帰ってくるそうで、屋敷の女性陣は賑わっている。


「今日はが帰ってくるらしいわよー」

「見たわ〜! まあ、いい男だったわ!」


(……わたしには結婚は縁がない話しだから)


「お前」

 男性の低音の声が聞こえる。

 雪は振り返る、と笠を被った幸太郎がいた。


 体格も幸太郎より、体格は二周りくらい小さい。幸太郎は御痩せになられて、背も五尺ごしゃく六寸ろくすんくらいだったが、いまの幸太郎は六尺ろくしゃくだ。影の中に赫灼かくしゃくの瞳が光る。赤みがかった髪を頭を上で一つに束ねる、幸太郎は黄土おうど色の羽織に、柳煤竹やなぎすすたけ色の長着に、下は空五倍子うつぶし色の袴を着用し、幸太郎がいた。


「旦那さま? なにかご用事が御座いますか?」

 雪は鴉の濡羽色に、前髪を作り、片方に寄せ、編み込んだ毛先を下ろしていた。薄紅梅うすこうばい色の着物を着ていた。仕事のために呉服ごふく屋に勤める、叔母が特別に仕立ててくれた着物だ。


「お前、名は何という?」

「白谷です」


「そうではない。お前、美人だな……」

(え? び、美人?)

 そういえば幸太郎は随分瘠せられた、そして、風体もとても格好良い。


「名は?」


 雪とは中々、言いづらい。

 だが、勇気を振り絞って言う。


「雪と申します」

「良い名前だ……ゆき殿どの!」


「ちょ、ちょっと! ぎゃあああ! おやめくださいませ!」

 雪は絶叫した。


「ぬおおお! 俺はお主と寝たいんじゃああああ!」


 雪の身体を肩に担ぎ上げ、お尻をペチペチと叩く。


正宗まさむね! このおおたわけ者があああ!」


 雪は思う。この男性に貞操ていそうが奪われる。幸太郎の叫び声がして、彼は拳骨を食らい、幸太郎に地面に身体を叩きつけられる。雪は尻もちをついただけで済んだ。彼の笠が外れ、幸太郎と思しき人は目を回して、伸びた。雪は思う。これはだわ。


「白谷さん、息子が大変失礼しました」


 正宗は起き上がってきて、今度は叫ぶ。

 雪は屋敷の中を全力疾走した。正宗は運動神経がずば抜けてよく、走っても追いついて来る。


「雪殿! お主と出会えた春は忘れぬであるぞ! 俺と一緒に風呂に入ろう!」

 正宗は叫ぶ。

 正宗は雪に付き纏ってきた。現当主の幸太郎も怒り心頭のご様子だ。


「正宗! いい加減にしなさい!」

 幸太郎も扇子で頬を引っ叩いた。だが、びくりともせず、正宗はお気に入りを見つけたようだ。正宗は言う。


「父上も心得ているだろう? 好いた女と風呂に入るのは至高のひとときだと!」

 幸太郎は「つかえてくれている、雪になんということを! お前のせいで雪は仕事をやめてしまうかもしれないぞ」と半分脅し文句を幸太郎は言う。


 女中仲間の紫乃しのが嬉しそうに声をかけて来る。冗談ではない。みさおが奪われるところだったのだから。


「あの旦那さまと交際してるのかしら?」

 そうではない。


「ま、まさか!」

 雪は否定する。


「照れなくて良いのよ〜」

 と紫乃は言う。紫乃は嬉しそうに結ばれてよかったわね、と声を掛ける。そうじゃない、違う。違う。違う。違うのだ。正宗は一方的に好意を寄せて来ただけだ。自分は正宗とは違うのだ。何もかもが。


「こ、交際はしていません〜!」

 交際すらした事もない。ひと目しか会ったことのない相手に好意など寄せられる訳が無い。彼とは結ばれることはない。ましてや信太郎の噂が立っているからだ。


「あらそうだったの?」

 紫乃は否定も肯定もしない。

 寧ろ良かったじゃないと言い始める。


紫乃しの殿! 俺と雪殿とはもう交際をはじめ、あんな事やこんな事をしているぞ! もちろん、雪殿の全てを俺は知っている!」

 正宗は話を盛りまくっている。あんな事もこんな事もしていない。彼と雪は身分が違うからだ。


「あらまあ!」

 紫乃は正宗の言葉に驚いて口に手を当てる。

 紫乃も味方にはなってくれない、正宗の味方になっている。雪は髪を触られると、キュッと固く口を結んだ。


「お主は俺は出会うべくして出会ったのだ!」


 正宗は手の甲に口付けを落とす、このようななまめかしい次期当主と? 甚だ、冗談ではない。


「雪殿ー! 俺はお主と結婚するまでは絶対に身を固めん! 俺はお主と結婚したいのじゃぁああ!」


 適当においてあったくしを贈られる。

 求婚されているのは確かだ。周りの人も幸太郎以外から拍手喝采を浴びている。幸太郎は忍びをつかわしたらしく、屋根裏を伝って、スンスンと正宗の方に進む。正宗の後ろの方に忍びがしゅんと降りてきた。


「そなたの髪は綺麗だ。その濡羽色を俺の色に乱す……ぬぐ!」

 幸太郎の扇子で正宗の頬は思いっきり引っ叩かれ、正宗は気絶した。忍びに身体を抱きかかえられ、寝室まで運ばれた。

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