第22話 龍を喰らう鯨を屠る龍


禍々しい紫と黒が入り混じったような巨体




口を開ければ、軍船を嚙み砕いてしまいそうなほど鋭い牙が見える。




額にはゴツゴツとした鉱石のような物が至る所に生えている。




これが海の覇者 皇帝鯨 『インペリオバレーナ』








すでに僕たちを乗せた鉄甲船はインペリオバレーナの姿がはっきりと捉えられる距離にまで近づいていた。




僕たちの鉄甲船以外にも数十隻もの船が皇都を背に、インペリオバレーナに相対していた。




陣形は僕達が乗る鉄甲船を先頭に魚鱗の陣を組んでいた。






インペリオバレーナは、先ほどまでは一目散に皇都の軍港を目指していたが、海軍の艦隊を目視すると一転して、こちらを伺うように遊泳していた。




「……闇雲に突っ込んでこない…賢いですね」




レアさんがインペリオバレーナをそう評する。




「……インペリオバレーナ……滅多に姿を現さない皇帝鯨……キングバレーナもあんな近海にいたこともおかしいと思ったが…まさかその上の存在がいたとはね…」




フランシス中将が呟く。




「……でも撃退するしかないよ。願わくば討伐したいところさね。皇都民の安寧のためにもね…アタシらが全員皇都にいたことは幸いさね」




ゾエ大将が眼光鋭く言う。




「……『円卓会議』の時期で良かった…!…それにシリュウっちがいることが一番の幸運さね!」




パオっちが鼻息荒く言う。




「……まぁつくづくこういう事態に縁があるみたいですよ…僕は…」




つい先月にもSランク魔獣であるエンペラーボアを狩ったことを思い出しながら言う。




「お前さんも物語の英雄みたいさね…じゃあその英雄譚に新たな頁を刻んでもらおうさね!…行くよ!」




ゾエ大将の号令で、各々が配置に着く。




僕はパオ少将と共に船首から飛び立ち、パオ少将の風の魔術で飛び上がりながら、インペリオバレーナに接近した。




「……2番船から8番船は左翼に!…9番船から15番船は右翼に周り込むよう合図しろ!」




フランシス中将が部下にそう指示すると、艦橋にいる旗を持っている船員が、周囲の船へ向けて旗を一定の動きで振った。




あれで船と船の間で連絡を取り合うのか。




その指示通りに艦隊は動き、魚鱗の陣で相対する形から、キングバレーナと戦ったように鶴翼の陣に移り替わった。




「海流を変えるんだ!インペリオバレーナに向けて流れるようにね!」




ゾエ大将がそう号令を出すと、各船から魔術師が水の魔術を一斉に放つ。




そして各々のを起点に海流ができ、そしてそれが大きな流れとなり、インペリオバレーナに向かう。




するとインペリオバレーナはその流れに逆らうように接近してきた。




「バオオオオオオオン!!!!!!!!!!!!!」




凄まじい咆哮を上げながらこちらに近づいてくる。




しかし、海軍が作り出した海流でそこまでインペリオバレーナに速度は出ていなかった。




「これなら狙えそうだ…」




僕は背負っていた弓に矢を構え引く。




僕は今、海上に浮いている状態だが、パオっちは見事に僕の体を固定してくれている。




弓を扱うには十分すぎるほど安定している。




そしてキングバレーナの時と同じように僕は目を狙い矢を放った。




パシュッ!




矢は一直線にインペリオバレーナに向かう。




しかし




ビュンビュン!!




僕の放った矢はインペリオバレーナが放った風の魔術によって、防がれてしまう。




「この程度なら簡単に防がれてしまうか…」




「…狙いは良かった…!槍は投げるかい?」




パオっちが僕にそう提案するが、槍は今3本背負っている状態だ。




あと僕が持っている武器は、弓と刀の暁月だけだ。




槍の1本は最後まで得物にしたいから、投げられるのは2本まで




牽制に投げるにはあまりにもったいなかった。




「…いや今はまだ投げない…もっとインペリオバレーナに近づけてくれる?何ならぶつけるくらいでいいよ」




「……普段なら絶対しないがシリュウっちを信じるっしょ……!行け!シリュウ星ー!!」




パオっちがそう叫び、僕をインペリオバレーナへ向けて猛烈な速度で飛ばした。




そして僕は槍を前に突き刺すように構えた。




それを見て、インペリオバレーナが、炎の壁を作り防御態勢に入る。




「………まずい……!」




パオっちが一瞬躊躇する。




僕を慮ったのだろう。




でも僕は叫ぶ。




「構うな!!貫け!!」




「……ええい…ままよ!…せめてもの…気休めだ…!」




そう言ってパオっちが僕をインペリオバレーナに向けて再加速させ、そして同時に僕の周りに水が発生させ、僕はずぶ濡れになる。




ありがたい




これで炎の壁による火傷を抑えられる。






炎の壁が迫るが、僕は構わず槍を前に突き出す。




「うおおおおおお!!!!」




ボオオオ!!!




そして僕は炎の壁に飛び込む。




熱い!




焼ける!




でも今は構わず貫く!




炎の壁を突破すると、インペリオバレーナがすぐそこにいた。




そして流石パオっち




僕が抜けた先の正面にはインペリオバレーナの左目があった。




飛ばす位置が最高だ。








「隙だらけだ……!!!」




まさか突破すると思っていなかったのだろう。




呆けているインペリオバレーナの左目を槍で思い切り突き刺す。




ザシュッ!!






「ブオオオオオオオオオオオオオオオオンン!!!!!!!!」




「うわあっ!っと」




相当痛かったのだろう。




インペリオバレーナは凄い勢いで天を仰ぎ、僕はその反動で上空へと飛ばされた。




「…シリュウっち!」




パオっちが僕に声を掛ける。




あんなに離れていたのに、僕の位置から着かず離れずにいる。




本当に凄いな。




「大丈夫!このまま落として!キングバレーナにお見舞いしたやつをする!」




「……がってん…!」




そして僕は2本目の槍を下向きに両手で構える。




1本目の槍はインペリオバレーナの左目に突き刺したままだ。




そしてキングバレーナにとどめを刺した技を放つ。




「…いくぞ……三の型……落雷槍!!!」




僕は全体重を乗せて、インペリオバレーナの脳天目掛けて槍を突き刺した!






ガキィィィイイイン!!




ボキッ…!!




「痛っ!!」




しかしあまりのインペリオバレーナの額の固さに、槍は折れてしまい、更に衝撃が僕の両手に伝わってしまい、両手が痺れる。




インペリオバレーナの上に着地した僕をすかさずパオっちが浮かせて、間合いを取ってくれる。




「…シリュウっち…!大丈夫かい…!」




「助かったよ…パオっち…でもあの巨体であの固さか…この後1本の槍で仕留めるのは難しそうだ…」




「……なんと…手詰まりかい…?」




「いや僕にはこの暁月がある。こいつの切れ味なら有効打になると思うけど…」




パオっちと作戦会議をしていると、インペリオバレーナから雷魔術が飛んできた。




それを察知してパオっちが僕を飛ばして、躱してくれる。




「……油断も隙もないってか…ありがとう…パオっち…」




「…オイラ達は一心同体、運命共同体だ…!それと戦闘中に礼はいらない…終わってからしこたまもらうんだい!」




確かに




戦闘中に悠長にそんなことは言ってられないな。




誰かと共闘することなんてじいちゃん以来久しぶりだったから、なまっているな。




また修業しないと






インペリオバレーナに向き合う僕ら




僕の得物は後は槍1本と刀『暁月』のみ




弓は効かないと判断して、海に捨てた。




暁月で止めを刺したいが、その前にこの槍でインペリオバレーナの体力を削っておきたい。




「パオっち…アイツの腹をこっちに向けさせることできる?」




「お安い御用だ…!でもあまり長くはできないと思うよ?」




「2秒もあれば十分さ」




「それくらいなら任せんしゃい…!……噴水祭り…!」




そうパオっち言って、水魔術を放つ。




インペリオバレーナの真下に巨大な水柱を発生させた。




魔力耐性があるインペリオバレーナには直接のダメージはなさそうだが、インペリオバレーナの巨体が起き上がり、こちらに腹を向ける形になった。




目論見通り、キングバレーナと同じで、腹は柔らかそうだ。




そう思った僕は、インペリオバレーナの腹に向けて最後の槍を、体を数回転し、遠心力をつけて、全力で投げる!




「………四の型………投龍…!!!」




ザシュッ!!




「ブオオオオオオオオオオオオオオオオンン!!!!!」




インペリオバレーナが悲鳴を上げる。




キングバレーナのように貫けはしなかったが、槍は見事に腹に刺さり、そして大きな傷穴をつけることに成功した。




これでインペリオバレーナが大量の血を流すことになる。




動きの精度が幾分落ちるだろう。




「……すっごい投擲……辛うじて槍が見えたのん……」




「……うまくいって良かった、これ有効打でしょ」




「…うむ、この調子でいけば…」




そういうパオっちの言葉を遮るように、インペリオバレーナが雷魔術を放つ。




先ほどのような、直線的な雷じゃない!




周囲一帯に広がる放電だ!




これは避けられない!




バリバリバリッ!!




「……ぐあああ!!……ぐはっ……」






僕はインペリオバレーナの雷魔術をまともに食らってしまった。






「……!?シリュウっち!」




立つ体勢を維持できなくなり、パオっちの風の魔術に預けるようにして僕は浮かぶ。




見たところ雷魔術を食らったのは僕だけで、パオっちは無事のようだ。




良かった。




「…ごめんよ!オイラの雷魔術の相殺が間に合わなかった…!」




申し訳なさそうな顔で言うパオっち




そもそも避けれなかった僕が悪いから、そんな顔しないで欲しい。




「大丈夫…戦闘中の謝罪はいらないよ。後でたくさん貰うから…!」




さっきパオっちから言われたことをそのまま返す。




「……!?そうだね…!あとでいっぱい謝るろん…!」




パオっちは笑顔になり、また士気を上げた。




しかし…このままではジリ貧だ。




今はインペリオバレーナは雷魔術を放った反動と、僕たちが与えた傷で、動けずにいるが、じきに動き始めるだろう。




傷を負わせたとはいえ、このままインペリオバレーナに魔術を放たれ続ければ、いずれは僕らに命中する。






僕だけならいいが、パオっちがやられると完全に終わりだ。




僕とパオっちは海上に取り残され、インペリオバレーナに食べられて終わりだろう……




ん?………?






「………パオっち…また僕を飛ばせる魔力はあるかい?」




「………うんむ!…あるよ…!」




「なら僕を飛ばしてくれないか…あのに…」




「……ぎょっ!!??流石にそれは自殺行為っしょ…!」




「…でもあの鯨の外皮にダメージを与える手段が実質もうないんだ」




「…なんと…!…でもその刀は?」




「……わからない…ただこの暁月で外皮を削ろうとして、暁月が折れたら本当に終わりだ。槍を突いた感覚では、外皮が斬れる前にこの刀が折れるかもしれない…」




「……なら外ではなく…内を斬ろうと…?」




「……どんな生物でも内側から斬られればひとたまりもないだろ?」




「………でも失敗したらそれこそ命が……!」




パオっちが今までで一番焦った顔で言う。




皇国最強の魔術師でもこんな顔になるんだな。




でも今の僕は無敵なんだ。




「大丈夫だよ。僕は必ず帰る。だってそう約束したもんね」




「…シリュウっち…」




「ここでこいつを倒さないと、ビーチェがこいつに食われてしまうかもしれない…そう考えるだけで、全身の血が沸騰しそうな程、怒りが満ちてくるよ…絶対にそうはさせるものか…!」




僕がそう言うと、パオっちも覚悟が決まったように言う。




「………わかった…でもオイラも行くよ…」




「…え!?パオっちまで来る必要はないよ!」




「そんなことない!食われた後どうやって脱出するんだ!シリュウっちだけが体内に取り残される!」




「…それは…」




「…いこうぜ…相棒!…僕らは最強っしょ…!」






パオっちが拳を握りしめて僕に差し出す。










相棒…そんなこと初めて言われたな。










言いようもない高揚感が僕の腹の底から湧き上がっていた。




「…ああ!いこう!相棒!」




僕はパオっちの拳を自身の拳で打ちつけて、インペリオバレーナに向かい合う。




僕らが作戦会議をしていた時、周りの船から牽制するかのように魔術が放たれていて、インペリオバレーナの気を引いていてくれたようだ。




レアさんの氷の魔術もあった。






そして見たところインペリオバレーナも相当疲弊しているようだ。




大きく体を揺らして呼吸している。




「これが最終合だな…行こう!」




「あいさ…!……びゅーん!」




パオっちが風の魔術を発動し、僕らは一気にインペリオバレーナに接近する。




「ブオオオオオオオオオオオオオオオオンン!!!!!」




威嚇するように大きな口を開けて、咆哮するが、そいつは悪手だな!




「行くぞ…!まずは舌を斬る!」




「あいあいさ!」




インペリオバレーナが口を開けた隙に、僕らは口内に飛び込んだ!




そして、真下に非常に大きな舌が見える。




「パオっち!」




「あいさ!」




お互いに掛け声だけで、意思疎通をする。




僕の意図を汲み取ったパオっちが僕を舌に向けて急降下させる。




僕は舌を目掛けて刀を横なぎに払った。




「………三の型…落雷剣!!!」




ズバッッ!!!!




「ブオオオオオオオオオオオオオオオオンン!!!!!」




舌に真一文字の大きな傷ができた!




そして血が大量に噴き出す。




インペリオバレーナもたまらず天を仰いだ。




そうすると、パオっち魔術で少し浮き上がった僕の真下に巨大な口蓋垂が現れた。




「パオっち!あれ!」




「がってん!」




そしてもう一回急降下をする。




今度は僕は体を回転させながら急降下した。




そして口蓋垂を射程に捉え、技を放つ。




「………二の型……旋風剣!!!」






ズバンッ!!!!




急降下しながら、回転で威力を高めて一気に口蓋垂を横なぎに斬った。




口蓋垂は一刀両断され、また血が噴き出す。






「パオっち!一旦外に!」




「あいさ!」




外に出ると、インペリオバレーナは完全に仰け反っていて、柔らかそうな腹が無防備に晒されていた。






これは千載一遇の好機だ!




「パオっち!」




「ういうい!」




完全に意思疎通が取れた僕らは、掛け声だけで合わせる。






狙うは腹!






捌いてやるよ!






鯨さんよぉ!!




パオっちの魔術で一旦浮き上がり、そしてまた急降下する。




僕は刀を上段で構え、腹を目掛けて一気に振り下ろす!




「………これで終わりだ……三の型…落雷剣!!!!!」






ザザザザザザザザザシュッ!!!!!




「ブオオオオオオオオオオオオオオオオンン!!」




ザパーン!!




僕は降下に合わせて腹を斬り、そのままインペリオバレーナのお腹を一刀両断した。




そして最後は海面に着水した。




着水してすぐ、周りの海水が、僕を避けるように動き、そしてまた浮き上がった。




パオっちが水と風の魔術を使って拾ってくれたみたいだ。




「パオっち!」




僕は拾ってくれたパオっちの方に向く。




そしてパオっちは一点を見つめていた。




「……シリュウっち…見てみなよ…」




パオっちに言われてインペリオバレーナの方を向く。




そこには一刀両断された腹を天に向け、動かなくなったインペリオバレーナが姿があった。




やった……勝った………




そう言って安堵していると、パオっちの方に体が引き寄せれ、ぎゅっと抱きしめられた。




「……シリュウっち…!チミは最高だぜ…!」


「…パオっちも最高だったよ…!」




僕らはインペリオバレーナを眼下に、互いに抱き合って、勝利を喜んだ。


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レッコクシ~戦乱が続く烈国大陸に平和をもたらすべく立身出世する少年の物語 座月 @zakky923

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