第20話 ビーチェさん 怒りのカツアゲ
キングバレーナを無事に討伐して、僕達を乗せた鉄甲船は皇都へ帰港していた。
討伐後は海軍の船員達に、次々に褒められてくすぐったい気持ちになったが、やっぱり人に褒められるのは嬉しいもので、僕は上機嫌だった。
船に戻った後は、個室を用意され、そこで休憩していた。
キングバレーナの返り血を浴びて、全身が汚れていたので、個室に付いていたシャワー室で血を洗い落として、用意されていた船員服に着替えた。
船員服は海軍の人達が来ていた者と同じもので、知らない人が見れば僕は立派な海軍の兵士であった。
シャワーを浴びて着替えて甲板に出ると、もう皇都の姿は見えており、じきに停泊しそうだった。
船は鐘を鳴らしながら皇都へ進み、皆との方へ眼を向けると、大勢の人がこちらを見て、大きな手を振っていた。
その中には、僕が良く知っている金髪のとても美しい女性もいて、人込みの最前列でこちらの船を見つめていた。
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船は皇都の埠頭で停泊した。
停泊した場所は、出航した場所とは違う場所で、露天や漁師などはほとんどおらず代わりに、多くの軍船が立ち並ぶ場所であった。
言うなれば軍港サザンポートの上位互換のような場所だ。
鉄甲船から下船すると、ビーチェが一目散に僕の方へ向かってきて、勢いのまま抱きついてきた。
「……シリュウ…!」
「…ビーチェ…!っと!…遅くなってごめんね」
僕は駆けてきたビーチェを受け止めて、その体を抱きしめた。
「……1時間で戻ると聞いて、もう2時間も経っておる……シリュウの身に何かがあったと思って気が気でなかったのじゃ……でも無事で何よりじゃ、妾がそれが一番嬉しい…」
「…ありがとう。心配かけてごめんね。どうやら討伐対象が想定の場所にいなかったみたいで、現場への到着が遅れてしまったんだ。魔獣はAランクの魔獣だったけど、ちゃんと狩れたから安心して。これでまたビーチェと遊ぶ軍資金が増えたよ」
「…Aランク……!?…そうかや、さすがシリュウじゃ。船酔いは大丈夫じゃったかの?」
そう言えば、帰りは風の魔術で浮いていなかったけど、船酔いはしなかった。
「風の魔術で浮かしてもらったり、あと鉄甲船が思ったほど揺れなかったんだ。思ったより大丈夫だったよ」
「それはよかったの。伯父様に言うて、サザンガルドの軍船も鉄甲船にしてもらおうかや」
とんでもないことを言うビーチェ
船の素人の僕でもあの船は希少だということはわかる。
そう言って抱き合っていると、ゾエ大将とフランシス中将、パオ少将、レアさんが僕らに近づいてきた。
「……ひゅーひゅー!…お熱いねぇ…!ラブラブカップルじゃん……!」
そう僕らを囃し立ているパオ少将
すかさずレアさんからパオ少将へ拳骨が下る。
「…若人の恋愛を揶揄うのは下賤ですよ…すみません…シリュウ君」
「いえ…レアさんもパオ少将にそこまでしなくても…」
そのやり取りを聞いて、瞳の光を消すビーチェ
「……シリュウ君…?…レア…さん?…妾がいないうちに随分と親密になったもんじゃなぁ…シリュウよ…?」
おっと、いけないぞ?
またビーチェの瞳から光が消えている。
ビーチェさんが大変に嫉妬していらっしゃる。
そんな可愛いビーチェも見ていたいが、話がややこしくなるのでレアさんにアイコンタクトでフォローをお願いする。
「……ベアトリーチェ嬢、シリュウ君は我が皇軍に入るのです。いわば部下同然…上司と部下として親密であろうとするのは自然ですよ?」
「上司と部下?」
ビーチェが聞き返す。
「はい、そうです。船ではシリュウ君は「早くベアトリーチェ嬢の元へ帰りたい」と、ずっと言っていまして…若い時の恋愛は盲目は言いますが…そこまでシリュウ君に想われるなんて、私も夫がいますが少し羨ましく思いました…」
レアさんがありもしないエピソードを捏造した。
僕そんなに船でビーチェ、ビーチェって言ってたっけ…
レアさんの発言に、どうやら気が良くしたビーチェは見るからにご機嫌になった。
「…そうかやそうかや!そんなに妾が恋しかったのかや?」
むふーん!と大きな胸を張るビーチェ
でも実際恋しかったので、否定もせず、レアさんに乗っかるとする。
「もちろんだよ。いつだって一緒にいたでしょ。もうビーチェと一緒じゃない時間の方が珍しいから、少しだけでもやっぱり寂しいよ」
僕がそう答えると更にご機嫌になるビーチェ
「そうかやそうかや!シリュウは仕方ないのう!」
良かった。
ビーチェの瞳に光が帰って来た。
レアさんの方を向くと、「これで良いですね?」という笑顔をしていた。
さすが『氷の智将』
その深謀遠慮に恐れ入る。
「嬢ちゃん!旦那を貸してもらってありがとうね!」
ゾエ大将が大きな声でビーチェに言う。
それに対してビーチェは鋭い視線を向けながら言う。
「いえいえ…ゾエ・ブロッタ海軍大将及びフランシス・トティ中将からの頼みでしたので…我が夫が皇都の海を守る一助になったならばこれに代わる喜びはありんせん…」
「……へぇ…知ってたのかい?」
ニヤリと笑いながら言うゾエ大将
「ええ…あと依頼報酬に際しましては、冒険者ギルドから迷惑料の上乗せは不要でございます…それでは二重取りになってしまいますので…」
ビーチェがそう言うと、ゾエ大将は頭に疑問符を浮かべているが、目を見開いて驚いているのはフランシス・トティ中将だった。
「………なるほど……逸材の伴侶もまた逸材だね……」
「妾は夫に比べるほどの人物ではありませぬ…夫の雄姿に惚れ込んだどこにでもいる乙女でございますゆえ…」
そう言って、カーテシーをしながらフランシス・トティ中将に向き合うビーチェ
その表情は笑っているが、僕には分かる。
怒っている。
あのビーチェが珍しくも、静かにその怒りを明確にフランシス・トティ中将に向けていた。
フランシス・トティ中将もその怒りの感情を感じ取り、まずいといった表情をしていて、ゾエ大将は怪訝な表情をした。
「……アンタ…この嬢ちゃんに何やらかしたのさね……」
「……まぁ…色々とね……この分じゃ報酬の上乗せ程度じゃ許してくれなさそうだね…」
「ええ、我が夫シリュウはサザンガルドの縁者でもありますゆえ…まさかこちらから尋ねてはいなかったとはいえまさかAランク魔獣の討伐に駆り出されるとは思いもよらず…海軍の将校ともあろう方がそのような説明を怠るとは夢にも思いませんので……」
ビーチェが皮肉を交えながら言う。
いつにもましてとげとげしい。
あまりのビーチェの剣呑さに、ゾエ大将も苦い表情で弁明する。
「……あ~そいつはアタシも悪かったよ……でもシリュウ1人に狩らせるつもりはなかったさね!」
「…妾はゾエ・ブロッタ将軍には思うことはありんせん…」
おっと?
存外にフランシスこの野郎と言っている。
何でこんなに怒っているのだろう。
「……ってことはやっぱりアンタか…まずいねぇ…サザンガルド家まで出されると流石にこっちも弱いよ…」
ゾエ大将が困ったように言う。
海軍大将でも流石に五大都市を管轄する大華族サザンガルド家と事を構えるのは、遠慮したいようだ。
お怒りのビーチェさん
困るゾエ大将
何かビーチェを宥める材料を探しているフランシス中将
そしてこの諍いを見て、ニヤついているのはレアさん
海軍とビーチェが揉めれば、僕が海軍に入りづらくなって、皇軍に入る確率が上がると思っているんだろなぁ…
そしていつの間にかいなくなっているパオ少将…
皇国軍最強の魔術師……流石の危機管理能力だ……
膠着状態だったが、口火を切ったのはレアさんであった。
「そう言えば…サザンガルド領邦軍は海の戦力も補強したいようでしたね?」
レアさんがそう言う。
するとビーチェは、レアさんの発言の意図を汲み取ったようで、その発言に乗った。
「そうなのです。やはり我がサザンガルド家が管轄するサザンポートは、皇国東海の玄関口…王国の侵攻に怯え続けている状況でありんす…」
「…そうでしたね…しかし領邦軍が海の戦力、船員はともかく船を確保するのは大変でしょう…特に鉄甲船のような最新鋭の船などは…ね…」
レアさんが意地悪そうな笑みを浮かべて言う。
それに同調するビーチェ
「そうなのです…特に我が夫シリュウは船に弱く、揺れに強い船は今最も我がサザンガルド家が欲している船なのですが…」
………何とこの二人…これに乗じて鉄甲船を寄こせと強請っている……
その発言を聞いたゾエ大将は乾いた笑いをしている。
フランシス中将に至っては頭を抱えて、顔色は真っ青だ。
まさかサザンガルド一族の令嬢が、皇軍の頭脳と組んで強請ってくるなんて夢にも思わなかっただろう。
フランシス中将は完全にビーチェを見くびった報いを受けていた。
「もちろんサザンガルド家は盗賊などではありませぬから、相応の代金はご用意させていただきますので…」
ビーチェがそう言いなおす。
良かった…寄越せじゃなくて、売ってくれか……そうだよね…さすがにね?
それを聞いて、ゾエ大将とフランシス中将が内緒話をしはじめた。
「……フランシス……売れる鉄甲船なんてあるかい?…」
「…できないこともない……それに代金次第かな……今年の予算が少し苦しかったから…新兵の採用数を絞ることも考えていたんだ……あとサザンガルド領邦軍とのつながりができるのも…悪くはない…あそこのトップ、オルランド・ブラン・サザンガルドは良識的な人物と聞く。いざという時にサザンポートをより活用させてもらえるように協定を結ぶこともできるかもしれない…」
「……なるほどねい…そこはアンタに任せるよ…」
「…わかったよ…」
内緒話が終わって、フランシス中将がビーチェに頭を下げる。
「失礼いたしました…ベアトリーチェ嬢…今回の件のお詫びとして、鉄甲船の売却について、交渉の席に着くことをお約束します…今はそれで許してもらえませんか……」
「……ふぅむ…わかりました…では交渉の使者をサザンガルド・セイト政務所まで送ってくだされ。こちらも後の交渉は当主のシルベリオ・フォン・サザンガルドに一任しますゆえ」
「……わかりました…本日にでも使者を送ります。それでは…」
「またね!坊や!」
そう言ってフランシス中将とゾエ大将が去っていった。
ここに残されたのは僕とビーチェとレアさん
「……レア・ピンロ少将…先ほどはありがとうございました」
ビーチェがレアさんにお礼を言う。
「いえいえ、あれくらいは大したことではありません。あとベアトリーチェ嬢も私のことはレアでいいですよ」
「ありがとうございます、レアさん。では妾のこともベアトリーチェとお呼びください」
「はい、ベアトリーチェ。それにしても気づいていたのですか?」
レアさんがビーチェに問う。
「はい。最初に出会った点から奇妙な点がありましたので」
「気づいたって何に?」
僕がビーチェに聞く
「…フランシス中将は、最初から今日の魔獣討伐にシリュウを連れて行くことを企んで居ったのじゃよ」
「え!?なんで!?それに偶然じゃなかったの?」
「…偶然の部分もあるじゃろうが、妾達が11区に来た時点で、魔獣討伐任務に組み込まれたことは間違いないのう」
「…じゃあビーチェが怒っていたのは…」
「うむ、1つはシリュウとのデートを潰されてしまったこと、もう1つはAランク魔獣の討伐なぞ危険な任務に説明もなく無責任に組み込んだことじゃの。前者はともかく後者はシリュウの身に何かがあっては遅いのじゃよ」
「…なるほど、じゃあ最初にビーチェがこの依頼を受けたほうがいいと言ったのは?」
「……それは妾の不注意でもある…まさか海軍中将ともあろうお方が、在野の人間をAランク魔獣の討伐なぞに巻き込むとは思わなんだ……Bランクくらいじゃと勝手に邪推した…それに帰還時間が大幅に伸びていたのでの…危ない任務だと後から気づいたのじゃ……すまぬ…」
少し落ち込んだ様子になるビーチェ
「いやいや…!ビーチェはその時点で僕がその依頼を受けたほうが、僕のためになると思ったのでしょ?ビーチェが謝ることなんてないよ」
「そうです。悪いのはあの狐野郎です。ベアトリーチェは悪くありませんよ」
「そう言ってくれると助かるのじゃ…」
安堵の表情を浮かべるビーチェ
「シリュウ君…あんな性悪野郎が仕切っている海軍なんてやめておきましょう。皇軍の参謀は私ですし、あのような人の気持ちを蔑ろにした謀なんてしませんよ?」
ここぞとばかりに皇軍に勧誘するレアさん
「そうじゃのう…妻としては…心配になるのう…」
それに流されそうなビーチェ
「……う~ん、でも海軍での経験も楽しかったのですよ。特にパオ少将との連携した戦闘は今までになく楽しかったです」
パオ少将の魔術で、立体機動したあの戦闘は確かに楽しかった。
「…そうなのかや?シリュウがそう言うなら妾は海軍でも…」
少し尻つぼみに言うビーチェ
「大丈夫だよ。ビーチェの意に沿わずに入隊することなんて絶対にないから」
「…いいのかや?それで?」
「もちろんだよ。どこに入るかはもちろん僕の人生の岐路かもしれないけど、それ以上に伴侶を悲しませることなんて絶対にしたくないからね。入隊先は僕とビーチェが良いと思う軍に入るよ」
「ありがとうなのじゃ…シリュウ…妾も皇国軍のことたくさん調べてシリュウに教えるのじゃ…!」
そう言って、手を握り合って、笑い合う僕ら。
「……将を射んとする者はまず馬を射よ…ですか…なるほど…ベアトリーチェ嬢はある意味シリュウ君より重要人物ですね…」
レアさんが何か呟いたが、2人の世界に入っている僕らの耳には届かなかった。
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