第18話 『海の迅雷』


皇軍少将であり皇軍の参謀であるレアさんに魔術について、詳しく教えてもらった。




その結果、この変人のパオ・マルディーニ少将がとてつもない魔術師だと実感できた。




でも会話の中で、一つ気になることある。




「パオ少将がレアさんのこと姉さんって言ってましたが…」




「そのままの意味ですよ。パオは私の実の弟ですから」




「え!?でも姓が違うのは?」




「もともと私達姉弟…あとパオと私の間にレベッカという妹がいますが、私達はもともと庶民の家の生まれでして、各々が功績を挙げて華族になり、別々の姓を賜ったのです」




「へぇ~…各々が王家十一人衆にまで出世するなんて凄い姉弟ですね」




「恐縮です。でもレベッカと私は普通の人ですよ。レベッカは特に魔術や武術に秀でている子ではありませんし、私も凡人の分類です。パオが特別優秀なのですよ」




いやいや皇軍の頭脳であり、上位属性の氷魔術を操るレアさんが凡人って何の冗談だろうか。




この調子だときっとレベッカさんもとんでもない人なんだろうな。




「…お楽しみのところ申しわけありやせんが、そろそろ魔獣討伐任務の話をさせてもらってもいいですかい?」




僕らが魔術とパオ少将の話に終始していると、ジョルジュ・キエリ大佐が苦笑いしながら提案した。




「ご、ごめんなさい!つい魔術の話が面白く…」




「いやいや、勉強熱心で関心したぜ。俺も話を聞いていたいが、そろそろ魔獣討伐任務についても話をしねぇとな」




ジョルジュ・キエリ大佐が真っ当なことを言う。




「作戦会議なんて、現場に行きつつで間に合うじゃないか!アタシはこの坊やの話も聞きたいさね!」




しかしこのなかで一番偉い人ゾエ大将が邪魔をする。




それでいいのか大将よ。




「いやいや姐さん…もう日も高いですし…」




ジョルジュ・キエリ大佐が弱々しくも反論する。




そんな中、兵士の一人がノックをして作戦会議室に入室した。




兵士はフランシス中将に耳を打ちをする、




その兵士に何らかの指示を出したフランシス中将




その兵士の方は指示を受けて敬礼をしながら作戦会議室を退室した。




「……ゾエさん……シリュウ殿の武器も届いたようだ………そろそろ出航させる…じゃあお望み通りに現場に向かいつつ作戦会議をしよう……」




フランシス中将が、弱弱しい声で言うが、声色にははっきりと作戦会議をする意志が込められていた。




「はいよ、わかったよ。じゃあフランシス!概要を説明してやんな!」




「……了解だ…では皆さん…説明します…まず今回の討伐目標は、『キングバレーナ』…巨大な鯨の形をしたAランク魔獣です……通常は遠洋にしか生息しませんが、数日前に皇都近海において目撃されました……それ以降海軍において、皇都へ近づかないように監視・牽制を行っています……このままでは皇都周辺の船に被害が出ますので、そうならないように討伐することが今回の任務になります……」






キングバレーナ




本で見たことがある。




「……通常の鯨型魔獣『バレーナ』の上位個体ですね」




僕がそう言うと、会議室にいた面々はパオ少将以外は驚いたような顔をする。




パオ少将は、今右手と左手でジャンケンをしている。




無視しよう。




「良く知っていましたね。魔獣に詳しいのですか?」




レア少将が僕に問う。




「いやそう言う訳ではないです。読んでた本に偶々乗っていたので、生態とかは知りませんし」




見た本も、じいちゃんの英雄譚だ。




じいちゃんが海軍と協力して、バレーナの群れとキングバレーナを討伐したという逸話で知っているだけだ。




「まさにそいつだよ。バレーナ自体はDランク魔獣で、まぁ民間人からすれば脅威だが、アタシ達海軍からすればそこまで脅威な魔獣じゃない。経験のため新兵に狩らせるくらいさね。でもキングバレーナは違う。その巨体と繰り出す魔術の質の高さもそうだが、一番はその魔力耐性さね」




「魔力耐性?」




初めて聞く言葉だ。




僕が首をかしげると、レアさんが解説してくれる。




「私達魔術師によって作られた『現象』には『魔力が乗る』のです。この『魔力が乗った現象』に対する耐性、防御力のことを『魔力耐性』と私達は呼称しているのです」




その解説にフランシス中将が重ねて解説する。




「……例えば火属性の魔術によって出された炎と、物理的に発生した炎は違うのです……火属性の魔術によって出された炎には『魔力が乗っている』ので、魔力耐性がある人や魔獣にはその魔術の効果が薄れます……しかし物理的に発生した炎は『魔力が乗っていない』ので魔力耐性があっても効果は変わらない…と言う風に…」




そうだったのか。




初めて知ったな。




「この魔力耐性については、魔術師の分野の知識ですので、武術師のシリュウ君は知らなくても普通ですよ。なぜなら人の魔力耐性は個々人に微々たる差があるくらいで、ほとんど同じなので。しかし魔獣はその種類によって魔力耐性が異なりますので、魔術師には魔獣の魔力耐性の知識が必要不可欠なのです」




レアさんが僕をフォローしながら更に解説する。




「つまり、キングバレーナは魔力耐性が高く、魔術師では討伐しにくいから、武術師である僕に白羽の矢が立ったと?」




僕が面々に向けて言うと、ゾエ大将が笑いながら答える。




「そうさね、もちろんうちのモンにも武術師はいるよ?アタシとかそこのジョルジュとかね、今回はレアも呼んで、武術師が安全に戦えるように、念には念を入れたのさ」




「なるほど…大体理解しました。その魔獣の生態をもっと詳しく聞いても?」




「もちろんです。ではこちらの資料を…」




そう言ってレアさんが一枚の紙を面々に見せながら、生態についての説明を始める。




そして作戦会議は進む。




僕らは夢中になって、戦術を議論する。




それから30分時間ほど経過し、気がつけば出航してもう結構な沖合に出たようだ。




しかしほとんど揺れを感じなかったので、僕は船酔いをしなかった。






「…とまぁ一旦はこんなところでしょうか。休憩にしましょう」




レアさんがそう提案する。




大方の戦術は固まったので、問題ないだろう。




途中から船の配置や魔術を放つ優先順位だとかの話になっていたので、僕は蚊帳の外だった。




僕の役割は、キングバレーナを捕捉し、レアさんがキングバレーナの周りを氷で固めて、足場を作った後だ。




この作戦の肝はキングバレーナをレアさんの魔術で氷で固められるほどに船で包囲し、それを崩されないようにすることだそうだ。




足場を固めた後は、僕やジョルジュ・キエリ大佐、ゾエ大将などの武術師が一気呵成に攻め立てるだけだ。




楽なポジションで良かったと安堵する。




それにしても結構沖合に出ているのにほとんど揺れていないのは、本当に凄いなこの船




作戦会議が始まってから僕は1人だけ丸椅子に座っている。




他の面々が座っているせり上がりのベンチ式の椅子よりかは不安定なはずなんだけど、それでも揺れを感じない。




「それにしても本当に揺れませんね、この船」




僕がそう言うと、皆が一様に驚いた顔をする。




パオ少将以外




パオ少将は相変わらず自由な行動を取っていて、今は作戦会議室の壁際で三点倒立をしていた。




「……シリュウ君、気付いていないのですか?」




レアさんが僕に聞く。




「え?何にですか?」




僕がそう聞くと、ゾエ大将が答える。




「最初に言ったじゃないか!風の魔術で浮かすから船酔いはしないって!」




え?でも今僕浮いてないよ?




椅子に座っているだけ…




「……シリュウ殿……椅子をよく見て…」




フランシス中将がそう言うので、僕は座っている丸椅子が接地している部分を見る。






なんということだ。




椅子と床にほんの少しの空間があり、この椅子が浮いているではないか!




「え!?いつから浮いていたのですか!?」




「むっふっふ……チミがその椅子に座ったときじゃもんね!……大成功…!」




そう言って三点倒立しながら、こちらにVサインを送るのはパオ少将




「……椅子に座った時ってほとんどこの部屋に入って作戦会議を始めた時ですよ?1時間も前ですけど…それからずっと浮かしていたのですか?」




「………当然…!……シスシス中将がチミを船酔いしないようにして欲しいと頼んだからぬん……」




フランシス中将のことをまたよくわからない渾名で言うパオ少将




でもそんなことがどうでもいいくらいに僕は驚いていた。




「そんな長時間……しかも僕に気付かれないほどほんの僅かだけ椅子を浮かす…」




そんなことが可能なのか。




「それがこの『海の迅雷』パオ・マルディーニですよ。膨大な魔力量、繊細な魔力操作、皇国最強の魔術師の名は伊達じゃありませんからね」




レアさんがさも当然のように言う。




「………それにしても気づかなすぎるっしょ!……やっぱりチミは魔力感知力が零だぬ…やっぱり変わってるじゃけんのう……」




パオ少将…語尾が安定しなさすぎる…




個性的な性格をしているが、それを補ってあまりあるほどの魔術師だと思った。




そんなパオ少将の戦闘魔術も見たいと僕はそう思っていた。










すると船室にも届くように鐘が鳴り響く。




カラーン!カラーン!カラーン!




「……!魔獣か!パオ!出番だよ!」




鐘の音を聞いたゾエ大将が鋭い目つきになり、パオ少将に指示を出す。




「ういういうい!パオッち出陣!」




そう返事をして、パオ少将が一目散に作戦会議室を出た。




それに続いて、ゾエ大将、フランシス中将、ジョルジュ大佐に、レアさんも後を追う。




僕も後に続いた。






~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




甲板に出ると、船員の方が慌ただしく、動いていた。




「4時の方角!『フェリノシャーク』が2頭!Bランクの魔獣です!」


「距離は!?」


「おおよそ400M!」


「パオ少将は!?」


「さっき船首に向かっているのを見た!」






船員達が各々で大きな声で情報交換をしあう。




そしてパオ少将の魔術が切れたのか、一気に僕に揺れが襲い掛かって来た。




まずい……




揺れた拍子に、床にしゃがみ込むとゾエ大将が声を掛けてくれた。




「大丈夫かい!」




「すみません…揺れが襲い掛かってきて…」




「なんだい、そんなことかい。ほれっ!」




そう言って、ゾエ大将は手で一定の動作をした。




そして僕の体が少し浮いて、僕は揺れから逃れることができた。




「ありがとうございます。ゾエ大将も風の魔術を使えるのですか?」




「パオ程じゃないけどね、アタシは魔術と武術の両方を使う両術師だよ」




「え!?」




「何をそんなに驚くんだい?」




「いや…初めて会ったものですから…両術師…かなり珍しいものだと聞きますし…」




「海軍ならどっちも必要さね。もちろん武術と魔術の両立はかなり難しい、筋肉と魔蔵の発達は相反するからね。でもそのバランスを見極めれば、不可能ではないのさね。うちの海軍ではその知識と経験が積み重なってるのさ」




なるほど…




これが海軍大将か




皇軍大将ルイジ・ブッフォン将軍と陸軍大将アレス・デルピエロ将軍に並ぶ傑物か




戦闘も相当強そうだ。




「……うちの連中はフェリノシャーク2頭程度で騒ぎすぎさね。訓練がもっと必要だねぇ…!どんな魔獣かは聞いてなかったから、とりあえずパオに行くように指示を出したが、あれくらいは自分たちで狩って欲しいさね。すぐにパオに頼るところはうちの悪い癖だよ」




「そうなのですか?Bランクの魔獣は相当強いのでは?パオ少将に頼るのも納得ですけど…」




「Bランクくらいはパオに頼らずとも狩って欲しいさね。まぁ今回はお前さんにパオの戦闘を見せてやろうかね…ほれっ」




「わわっ!!」




そう言ってゾエ大将は僕の体を船首の方へ動かす。




突然の初めての挙動で焦ったが、次第に風に運ばれる感覚に慣れてきて、体勢を整えることができた。




「はっはっは!筋が良いじゃないか!」




そう言ってゾエ大将も自らを風で運んできて、船首付近でゾエ大将と僕は浮かんでいた。




船首ではパオ少将が立っており、先ほどのおどけた雰囲気とはまるで違って、凛とした表情で魔獣を見つめていた。




船は魔獣の方向へ舵を切っているようで、徐々に船首の先が魔獣のいる方向に合ってくる。




そして、フェリノシャークと呼ばれた魔獣猛スピードでこちらの船に向かってきた。




まだ相当遠いが、はっきり魔獣の姿が確認できるから相当大きい魔獣のようだ。




まだ接敵する時間じゃなさそうだな。




しかしその予想はパオ少将によって裏切られる。




パオ少将は自らの両手を、魔獣に向けていた。




手の形は両手とも同じで、親指は立てて、人差し指は前にだし、後の指は折っている。




「……必殺……ビビッとビーム……!」




バリバリッ!!!!




パオ少将がそう技名を呟くと、パオ少将の2本の手の指先から、雷が魔獣に向けて、海の上を迸った。






各指先から放たれた雷は2本






ほどなくしてその雷が2頭の魔獣に命中し、魔獣が悲鳴を上げる。






「「ブオオオオオン……」」






そして雷に焦がされた魔獣が海にぷかぷかと浮いていた。






「………パオっち大勝利…!」




おどけたように言い、こちらに向かってVサインをしているパオ少将




僕は苦笑いしながら手を振る。




ゾエ大将は「まぁこれくらいはするさね」と言いそこまで驚いていない。




でも僕は凄まじい魔術だと感じた。






あれだけ離れた魔獣に命中させたこともそうだが、わずか一撃であれだけの巨体の魔獣を沈めてしまう威力






皇国最強の魔術師の力を目の当たりにした僕は、この世の広さを痛感していた。




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