第17話 魔術講座
なんやかんやあって、海軍大将のゾエさんと海軍中将のフランシスさんに海の魔獣討伐任務への参加を依頼された僕は、最終的には受託し、今ゾエ大将とフランシス中将と共に、停泊している鉄甲船がある埠頭に来ていた。
近くで見ると鉄甲船の迫力が際立っている。
でも僕は鉄甲船そのものより、乗船することに少し慄いていた。
「いきなり連れてきてなんだけど、お前さん得物は?その腰の刀だけかい?」
僕が慄いていると、ゾエ大将が僕の獲物を尋ねてくる
「観光に来たので、最低限の護身用にこの刀だけ持っています。一番は槍です。特にジャベリンですかね、投擲が得意なので。後は海戦で役に立ちそうなのは弓ですかね…」
「ほう!遠距離も行けるのかい!それは助かるねぇ!フランシス!この辺の武器屋から一番の弓とありったけの投槍を調達してこい!」
「……了解です……おい、誰か…」
ゾエ大将が大きな声でフランシス中将に指示をして、フランシス中将が消え入るような声で近くにいた部下に指示をだす。
両極端な2人だな…
「さて、お前さんの武器を待ちつつ、今回の任務について船の上で説明しようさね。じゃあ乗船するよ!」
ゾエ大将が堂々と船に乗り込んでいく。
僕とフランシス中将はそれに付いて行くように乗船した。
いざ乗ってみると、鉄甲船はほとんど揺れていなかった。
まだ錨を下ろして停泊中とはいえ、サザンガルド家の軍船は停泊中でももっと揺れていたのでこれは嬉しい誤算だ。
「鉄甲船は重たくて、速度は出ない分、あまり揺れないんさね。船酔いしやすいお前さんには良い船じゃないかい?」
「それは確かに…」
「気持ち悪くなったらすぐ言いな!すぐに風の魔術で浮かしてやるからさ!」
「ありがとうございます」
「じゃあ作戦会議といこうか!何人か人を待たせてるから急ぐよ!」
そう言って、船内に入るゾエ大将
「…船内に作戦会議室があります……こちらへどうそ……」
そう言うフランシス中将に付いて行った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
作戦会議室には、8人くらいが囲める四角のテーブルがあり、椅子はベンチのような形状をしていて、床からせり上がっている。
入って正面には、大陸地図と海図が掲示されていた。
そしてすでに椅子座って待っている人が3人
1人は、40歳くらいの肌が日に焼けている筋肉隆々男性で、いかにも船乗りという風貌をしている。
腕を組んでいる様は、威厳十分だ。
この人の方がゾエさんより海軍大将っぽい。
もう1人は、僕と同い年くらいだろうか…髪が緑と黄と水色の3色が混ざり合うようなウェーブがかった特徴的な髪をしている。
そして机に横向きに突っ伏して……寝ている……
そして最後の1人は見知った顔で……こんなところで会うなんて…きまずい……
「シリュウ殿!?どうしてここへ!?」
「……お久しぶりです。レア・ピンロ少将…」
なんと皇軍のレア・ピンロ少将だった。
「なんだいあんたら知り合いかい?」
「知り合いも何もシリュウ殿は皇軍にて『抜擢』する予定の人です。なぜここに?」
「そうなのかい!今日依頼していた冒険者が依頼直前に失踪したからこの辺で代わりを見繕ったのさね!そうして見つけたのがこの坊やってわけさ!」
ゾエさんが僕の肩を組みながらドヤ顔でレア・ピンロ少将に答える。
それを聞いて、レア・ピンロ少将がフランシス中将を睨みつける。
「………あなたの仕業ですね…フランシス中将…」
「……とんでもない……諸悪の根源はサンディ中将とだけ、弁明させてもらいます…」
「……はぁ…あの軽薄男が考えそうなことです…海軍も巻き込もうなんて…」
話についていけない。
どうしてそこで陸軍中将サンディ・ネスターロ参謀の名前が出るのか。
どうやらゾエ大将も僕と同じように怪訝な顔をしている。
いや僕はともかく、あなたはわかっておく人じゃないの…?
その辺のことはフランシス中将に一任しているんだろうな。
「まぁ…今回は魔獣討伐でしたね…その話はまだ後でしましょう」
そう諦めたような表情で言うレア・ピンロ少将
「でも海軍の任務にどうしてレア・ピンロ少将が?」
「レアでいいですよ、シリュウ君・。私とあなたの仲です」
急に距離を詰めてくるレア・ピンロ少将
まあレア・ピンロ少将と距離を縮めることは良いことだと思う。
「……親密度を見せつける…か……油断なりませんね…やはり……」
フランシス中将が呟くように言うが、よく理解できなかったので、触れないでおく。
「じゃあレアさん、どうしてこの船に?」
「海軍から協力要請があったのです。皇都近海に危険な魔獣がおり、私の魔術の力が必要だと」
「魔術?レアさんは魔術師だったのですか?」
「ええ、水と氷の魔術を扱いますよ」
なるほど、だから『氷の智将』の異名を持っているのか
「レアはもともと海軍にいたんだよ!優秀な魔術師だったが、皇軍へ移籍したのさ!まぁ皇軍に移籍してからも、こういう風に協力してもらってるがね!」
「皇都に危険が及ぶなら当然のこと。それより作戦会議を始めませんか?」
「そうだね!それとお前さんにも紹介しないとね、そこの大男がジョルジュだよ!」
「ジョルジュ・キエリだ。一応こんな見てくれだが海軍で大佐の地位にあるぞ。よろしく頼む、少年」
「初めまして、シリュウと言います。16歳なので少年はちょっと…」
「はっはっは!今はもう成人の歳だったな!失礼した」
朗らかな雰囲気で自己紹介を交わす。
そして後の1人、特徴的な緑と黄色と水色の髪をした幼い風貌の男性がまだ寝ている…
この状況に誰も突っ込まないのか
そう思っていたら
ゴンッッ!!!
レアさんが、その男性に強烈な拳骨を下した。
ファビオ中将にもお見舞いしたのと同様の威力だ。
「……いい加減起きなさい…パオ…」
拳骨を下された男性がのっそり起きて、言う。
「……みゅっ?……ここは……どこ?……オイラは…神?」
何言ってるんだこの人……
「寝ぼけているのならもう一発必要ですね」
レアさんが無慈悲に言うと、その男性は流石に居住まいをただした。
「……っは…起きたぬん…起きたぬん…ぽろろろん…」
語尾が特徴的で、最後に意味不明な言葉を放つ。
「ほら自己紹介しなさい。シリュウ君の自己紹介はどうせ聞いていたのでしょう?」
「がってん…!ようよう少年、オイラはパオってもんだ。気軽にパオって呼んでくれよな」
「…パオ?呼び捨て…?」
「無視してください。…はぁ…自己紹介くらいまともにしなさい…本当にあんたとファビオは…」
「え~と、ここにいるってことはやっぱりそれなりのお方なのですよね?」
僕が尋ねるとゾエ大将が答えた。
「そうさね。こいつはパオ・マルディーニ少将さ。こう見えて皇国軍最強の魔術師だよ。海戦ではこいつに敵うモンはこの国にはいないよ!」
「……オイラ最強!……おん・ざ・しー!」
ほんとかよ
今まで出会った人の中で一番の変人だ。
そう思っていると、パオ少将が立ち上がって僕をジロジロと見た。
「……むむむ!……おぬし……変わったやつだな…!」
あんたに言われたくないよ。
「いや至って普通の人ですが…」
パオ少将に反論する僕
「それは否定させていただきます」
レアさんから無慈悲な否定が飛んできた。
「オイラが言っているのは、おぬしの魔力でござるよ……!見たこともないなぁ……もふもふ」
パオ少将が奇妙なことを言う。
魔力?
僕にはそんなものはないが…
「ちょっと待ってください、パオはわかるのですか?シリュウ君の魔力が?私にはシリュウ君の魔力はわかりませんでしたが…」
「…わからない…でも……わかる!」
どっちなんだい!
「すみません…僕は魔術や魔力について疎いので少々説明いただいても…?」
僕がそう言うとレアさんが教えてくれる。
「失礼いたしました。所謂魔術師と呼ばれる人間は一定以上の魔力を有しています。そしてこの空間に存在する魔力を使用したり、それを体内の魔力器官、通称『魔蔵』に蓄えたりすることができるのです。魔力を生成・操作・吸収・変換することが、いわゆる『魔術』です」
ふむふむ それはぼんやりサトリの爺さんから教わったな。
興味がないからうろ覚えだったけど
「そしてこの魔力は風・水・火・土の4種類があり、それぞれに一定以上の魔力に至ると初めて発動する上位属性の魔術があります。風は雷、水は氷、火は爆、土は鋼ですね」
「上位属性はそれぞれの魔力ではないのですか?雷の魔力とかはないのです?」
「ありません。例えば水の魔力を100集めて初めて1の氷魔術を打てる…そういうイメージです。あくまでイメージですが」
なるほど
「と言うことは上位属性の魔術を放つ人もしくは魔獣は、魔力の保有量に優れているということですか?」
「その通りです。なので上位属性を扱う魔術師は基本は1系統しか扱えません。氷の魔術師なら水と氷、鋼の魔術師なら土と鋼、なぜならその人が扱えるそして保有できる魔力は1系統が一般的です」
なるほど、だんだんわかってきたぞ
「じゃあ水の魔力しか持ちえない人は、水か氷の魔術しか持ちえないということですか?」
「その通りです、普通は」
普通はね
普通じゃない人がいるんだろうなぁ…
例えばそこの変人とか
「ちなみに魔蔵自体は誰しもがその体内に備わっています。シリュウ君にもあるはずです。問題はその魔蔵に魔力が生成されているか、そしてその魔蔵に体外から魔力を取り込める受容性があるかです。私も一端の魔術師ですから、その人の保有する魔力についてある程度は感知できますが、シリュウ君からは魔力をほとんど感じないので、おそらく魔蔵自体に魔力が生成されていないのかと思ったのですが…パオの見立ては違うようですね」
「……ほむ…この少年……全く魔力を感じない…」
「…いやそれは私も言いましたが…」
レア少将が言うが、パオ少将の言うこととはどうやら意味が異なるようだ。
「…違うよ、姉さん……まったくもって零でござるよ、この少年。これはオイラも初めて出会うパティーンだっね!フシッ!」
「……なるほど……」
フランシス中将は理解に至ったようだ。
「そういうことですか…」
レア少将も同じ考えに至ったようだ。
「どういうことだい?フランシス」
ゾエ大将がフランシス中将に問う。
というか作戦会議は?
「…魔力を持たないというのは厳密に言えば『活用できる』魔力がないことだよ…魔術の発動に最低量が10だとすると魔力の保有量が9までの人は『魔力を持たない人』と判断される。でも魔力と言うものは本来どんな人でも持っているはずなんだ…まったくもって零というのはありえない……そういうことだろ?パオ君」
「いぐざくとりー!その通りっさ…フラフラ中将……!この少年はまったくもって魔力を持っていない。オイラの感知力をもってしてもね…そして気になるのはその魔力が蓋をされているように感じるところぬん…」
「…蓋?」
「オイラもなぜかはわからぬよ?でも少年…チミは魔力を全く持たないのではない…誰かに封印されているのっさ……!」
「え!?」
僕には魔術の才が全くないと思っていたけど…封印されている?
誰に?
あまりの衝撃の事実に、呆けてしまう。
「……シリュウ君、それについてはまた後日調査に協力します。この事実はあまりに個人的なものですから、ここにいる人以外は他言無用でお願いしますね?」
レアさんが周りを見渡しながら言う。
ゾエ大将とジョルジュ大佐は「おお!」と言う感じで頷いてくれた。
パオ・マルディーニ少将は、「ぽわぽわぽわ~」と謎の返事をしている。
あっまた拳骨が……
そしてフランシス中将が不気味な笑みを浮かべている……怖いよ…
僕の魔力が封印されているなんて
またじいちゃんにも心当たりがあるか聞こう。
でも今はパオ少将のことが気になる。
「ちなみにパオ少将は皇国軍最強の魔術だとか?」
話題を無理矢理変えてみた。
「……この子は、風と水の2系統の魔術を操ります」
レアさんがパオ少将の代わりに教えてくれる。
「…えっ!?それってかなり凄いんじゃ…」
「そうですね。複数属性を操るということは、体内に2系統の魔力を保有することになります。しかし魔蔵の保有量にも限界があるので、1系統の魔術師よりかは扱える魔力が限られてしまうのです」
う~む 少し理解が追い付かない。
難しい顔をしているとフラフラ中将……じゃなくてフランシス中将が補足してくれた。
「………例えば100の魔力を保有する人がいて、その人が風の魔力だけを持つと、保有している魔力をすべて風の魔術に使えるから、100の風の魔術を放てるんだ……でも風と水の魔力を持つなら、その2つの体内の魔力の割合で按分されるんだ。例えば風と水の魔力が5:5の割合で持っている人なら、50を風の魔術に、50を水の魔術とね。この按分割合は個人によって異なるようだね」
「なるほど…つまり複数属性を持つ魔術師は、1系統についてはそこまで強力な魔術を打てないと?」
「その人の魔蔵の保有量や受容性、操作性にも依りますが大雑把に言えばそうです」
「じゃあパオ少将は2属性を持っているから皇国軍最強の魔術師だと?」
「複数属性を持つだけならそこまで珍しくありません。複数属性を持ち実戦レベルまで魔術を昇華させることが凄いのです。それにパオは2系統を操りますが、2属性ではありません」
「???」
なんで?
操れるのが2系統なら2属性じゃあ?
「パオが操るのは水と風と……風の上位属性の雷です」
「!?」
レアさんの発言に僕は驚く。
「…でも、雷って上位属性なら一定以上の魔力を保有する必要があるんじゃ…」
僕は更にレアさんに尋ねる。
答えたのはフランシス中将だった。
「……そこがパオ君が皇国軍最強の魔術師と言われる所以だよ……複数属性で保有魔力が按分されてもなお、上位属性を操れるに至るほど大きな風の魔力を持つ……それが『海の迅雷』パオ・マルディーニだ…」
「はい、どうも…『海の迅雷』パオ・マルディーニ見参!!」
パオ少将が変な決めポーズをしているが、突っ込む余裕がないほど僕は驚いていた。
これが皇国軍最強の魔術師
僕はこの人の戦闘を早く見たいと、少年のように心が躍っていた。
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