【閑話】ビーチェのティーブレイク~荒くれ者を添えて
シリュウをゾエとフランシスと名乗る者達に預けた後、妾は近くにあった手頃なカフェに入って、海を臨むテラス席で紅茶とケーキを嗜んでいた。
妾達に声をかけ、シリュウに目を付けた「ゾエ」と「フランシス」
その2人のファーストネームと皇国でも十隻もない鉄甲船の所有者という事実
妾が2人が海軍大将「ゾエ・ブロッタ」と海軍中将「フランシス・トティ」だと当たりをつけるには十分すぎる判断材料であった。
そして気になるのが、「冒険者が出航直前に失踪したこと」と「代替要員をこの港湾区で大将と中将のご身分の人物がわざわざ草の根活動で探していた」という2つの奇妙な点
まず「冒険者が出航直前に失踪したこと」について
そういう事例は低ランク冒険者の中には珍しくないと聞くが、わざわざ海軍大将と中将が同じ船に乗り込む程の高ランク魔獣の討伐任務のはず
少なく見積もってもCランクは固い依頼だと思う。
しかしAランクの依頼の割には、ゾエとフランシスからは受注前の説明が乏しかったからおそらくはCかBランクだろうと妾は邪推していた。
そんな高ランク依頼を請け負う冒険者が、依頼直前で失踪などと冒険者ギルドの信頼を根底から揺るがす事件である。
そしてそこまで高ランク依頼を請け負う冒険者が直前で怖気つくなど考えられない。
高ランク冒険者程、依頼を請け負う前に慎重に判断するものだ。
つまり冒険者は失踪したのではなく、途中で依頼した海軍側から切り替えられたのではないか
冒険者が失踪したと言ったのは大将のゾエだ。
大将のゾエは、その武勇にて大将の位置に登りつめた強者で、決して腹芸ができるタイプではない。
おそらく手引きしているのは「
自身が火属性の魔術師であるとともに、海軍における謀略等を一手に担っている海軍の頭脳だ。
なぜ途中で冒険者を切り替えるようなことをしたのか?
それはより優秀な人材を見つけたからだろう。
そして奇妙な点の2つ目
「代替要員をこの港湾区で大将と中将のご身分の人物がわざわざ草の根活動で探していた」こと
言い出したのはゾエだそうだが、そんなあまりにも勝算がない無謀な提案をあのフランシスが止めておらず、むしろ手伝っている。
つまりフランシスには勝算があったのだ。
この地区で優秀な人材を見つけることを。
しかし時系列としては、冒険者の失踪が先で、海軍がシリュウと出会ったのが後だ。
おかしい。
海軍は最初からシリュウのような猛者がこの時間にこの地区にいるとわかっていないとできない芸当だが…
逆に言うと、この時間のこの地区にシリュウのような猛者がいる……いやシリュウがいると知って、なおかつ依頼を受諾すると見込んで、依頼した冒険者を差し替えたことになる…
これを計算して成したならば、なんという深謀遠慮
そしてこれを成す前提として、海軍はシリュウ・ドラゴスピアという人間を把握していることとなる。
皇軍を訪れて早2日
偶然にも、陸軍もシリュウを知ることとなったが、海軍もシリュウの情報を掴んでいるのだろう。
そして妾達がこの日この時間、この地区に来るということまでわかっていた。
いや妾達の予定は屋敷の者にしか言ってなかったので、おそらく屋敷から尾行されていたのだろう。
そして偶然にも行先が民間港湾区である11区で海軍の手が届く場所であったため、魔獣の任務に急遽組み込まれただろう。
海軍の船が11区に停泊しているのは、少し奇妙だと感じていた。
なぜなら海軍の船は通常10区の軍港区に停泊するからだ。
明らかに何か特殊な事情で停泊していたのだと思う。
そしてその理由がシリュウ…
妾は自らの思考を整理する。
おそらく海軍…というよりフランシス中将は、どこからかシリュウの存在を知った。
そしてその実力を知るまたは海軍に勧誘するために、どこかで接触する機会をシリュウの尾行をしながら伺っていた。
そして本日、シリュウの行先が海軍が任務のために滞在していた10区と偶然にも近かったため、海軍の任務にシリュウを組み込もうと一計を案じた、
いやはや……事前の準備もそうだが、即座に一計を案じて達成するところが、恐ろしい
これが海軍の参謀 『狐火』フランシス・トティ中将か……
気弱そうに見えて、凄まじい状況判断力だ。
曲がりなりにも、魔法大国で、海戦においては大陸最強のアルジェント王国からサザンガルド以東の海域を防衛しているだけのことはある。
人は見かけに拠らないものだと、妾は噛みしめていた。
「おうおう、嬢ちゃん1人か?暇してんなら相手してくれや」
そんな妾の思案を不躾な声で遮断する愚か者が現れた。
見るからに頭の足りてなさそうな、薄着の海の男たちが3人並んでいた。
「見ての通り忙しいのじゃ。妾に構うでない」
顔も向けずに、可能な限り声色を低くして言う。
不快だ。
サザンガルドでは、住民の皆が妾の顔を知っているため、このように絡まれることはほとんどなかったが、ここはセイトだ。
妾の顔を知らぬ者の方が圧倒的に多いだろう。
「あ~ん?そんなこと言わずに遊ぼうぜ?」
「そうだぜ、そうだぜ?お友達といたら一緒に遊ぼうぜぇ~」
「すぐ近くに俺たちの屯する場所があるんだ!もてなすぜ?」
(下賤じゃのう……)
男たちの軟派な勧誘を無視しつづけていると、店員が男達に注意する。
「……お客様、他のお客様のご迷惑ですので、そのような行為はご遠慮くださいませ」
「あぁん!?何言ってやがる!俺はここのレディと楽しく話してるだけだろうがぁ!」
「そうだそうだ!」
店員に突っかかる男達
店員も見るからに体格がいい男達相手に、少し仰け反っている。
「楽しくないぞ、さっさと消えてくりゃれ」
妾がぶっきらぼうに答えると男達の癇に障ったらしい。
「……おもしれぇ…俺達にそんな口が利けるなんてな…おい!連れてくぞ!このアマ!」
そう言って、3人の中で最も妾に絡んで来た男が妾の腕をつかんだ。
その瞬間
妾の体に言いようのない不快感が襲った。
「………!!??……妾に……触れるでないわ!!!」
妾はそう叫びながら、妾の腕を掴んでいる男の腕を取り、男を全力で背負い投げした。
ビターン!!!
男が床に打ち付けられる音が周囲に響き渡る。
「……おごっ……」
投げられた男は完全に気絶している。
まぁ最後は頭から落ちぬよう気を使ったのだが、それでも大ダメージだっただろう。
「……て、テメェ…何しやがる!」
「許さねぇ…!」
残りの二人も妾に掴みかかろうとする。
しかしあまりにも鈍重で直線的すぎる。
これでは幼児の喧嘩だ。
「………面倒くさいのぅ……ほれっ………よっと!」
妾は向かってた1人目の顔面に拳を、2人目には金的をかました。
「ぶふっ!!??」
「イテっ!!??……おぐぅ……」
地にひれ伏す2人
「これで懲りたじゃろう……店員よ…衛兵を呼んでくれるかや?」
「…はい!直ちに!もちろん衛兵には正当防衛であったと店員一同証言させてもらいます!」
「うむ、助かる。では妾に紅茶のおかわりをくれるかや?」
「もちろんです!あ、お代はサービスさせていただきます!ご迷惑をおかけしました」
「よい、悪いのはこいつらじゃ。しばらく牢からは出られぬからそこで反省するが良い」
妾がそう言うと、男達でまだ意識があるものが言う。
「……牢だと…?この程度の罪では牢には入らねぇぜ……それに手を出したのはそっちだ…」
「ふぅ……察しが悪い男よのう……お主さっきなんと言った?『連れていくぞ』そう申したな?」
「……それがなんだよ…」
「こういうことじゃよ…ほれ」
そう言って妾が見せたのが、紋章入りの懐中時計
「……は!?なんだと…!?」
驚く男達と店員
紋章がどこの家かまではわからないだろうが、紋章を持っているということは華族である証明である。
「……つまりお主らは『華族令嬢を誘拐しようとした誘拐犯』じゃ。腕が切り落とされぬといいのぅ?」
言うまでもなく、誘拐は重罪だ。
しかしそれが華族相手になると量刑は跳ね上がる。
「あ、……いや!そんなつもりは…!」
往生際が悪く、何か言い訳をしようとしている男達
そうこうしていると衛兵が10人程到着した。
意外と早かった。
皇都警備隊は優秀だと妾は思った。
「通報があったのはこちらですか?」
「はい。あの男達があそこの女性に絡んで、連れ去ろうとしました」
店員が衛兵たちにそう説明する。
「こいつらが…到着が遅くなり失礼、レディに怪我はありませんか?」
「ないぞ。早い到着感謝するのじゃ。それと…ほれ…」
そう言って、紋章入りの懐中時計の紋章部分を衛兵に見せる。
「………!?…失礼いたしました。…サザンガルド家の方でしたか…こ奴らには厳罰が下るでしょう。捜査にご協力いただいても?」
「良い。ただ1時間後ぐらいには10区の海軍の駐屯所に行きたいのじゃ」
「かしこまりました。それまでに聴取は終えると約束しましょう。それに駐屯所までお送りいたします」
思いがけず、暇を潰す用事ができた。
聴取のついでに、皇都警備隊の衛兵達に、最近の皇都の事情でも聞こうかとそう思案する妾であった。
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