第14話 『蒼の剣聖』

ブッフォン大将の先導で、僕たちは皇軍の訓練場へと移動した。




この訓練場は屋内施設だが、中に入ると、木の床になっている休憩所と、土になっている広場に分かれている。




休憩所では、上半身半裸で汗だくの兵士が何人かいて、広場の方では甲冑を纏った兵士10人ほどが木剣と盾で打ち合っていた。




僕らが訓練場に現れると、休憩で座り込んでいた兵士も、今まさに打ち合っていた兵士も直立不動になり敬礼のポーズを取っていた。






……まぁいきなり皇軍大将、中将、少将が現れるとそうなるよね。






「よい。皆の者、楽にするが良い。今からファビオが仕合をするから少し場所を借りるぞ?」




「「「「はっ!!」」」」




ブッフォン大将がそう声を掛けると、手早く片づけを始め、何人かは道具で訓練場の土を整備し始めた。




その片づけは非常に手際が良く5分もしないうちに、訓練場は整理整頓された空間となった。




兵士達は甲冑を脱いで、休憩スペースにて正座して並んでいる。






「………こっちだ…来い…」




ナバロ中将が僕に視線を向けて、訓練場の中央へ歩き始めた。




僕もそれについて行き、訓練場の中央で、5歩程離れた位置で向かい合う。




「……貴様の獲物は何だ?」




「一番は槍です。長物は大体扱えて、弓も少々ですかね。剣も使えないことはないですが…」




「…中々に多才だな。……おい…こいつに槍を持たせろ…」




ナバロ中将が正座している兵士達に指示をする。




ナバロ中将のそこまで大きくない声もしっかりと聞いていた兵士の一人が、訓練用の槍を走って持ってきて僕に渡してくれた。




「どうぞ」




「ありがとうございます」




ナバロ中将はどうやら自分ですでに訓練用の剣を持っているようで、右手に携えていた。






「……では戦るか…」




早々に構えるナバロ中将




「待ちなさい!審判やルール決めをしておりませんよ!」




ピンロ少将が大きな声で休憩所から言う。




「……何を言う…これはこいつの腕前を知るためのものだろう?縛りなど無用…そして勝ち負けの基準も……打ち合えば自然と勝ち負けなど着く……」




「まぁまぁ、ここはファビオに任せようではないか…あやつもご無体なことはせんて…」




ブッフォン大将がピンロ少将を宥めている。




「…少し茶々が入ったが、戦るぞ……全力で来い…」




盾なしの片手剣




半身で構えるその姿は、まさに剣豪




じいちゃんを除けば僕が今までで相対する者の中で最強の人だろう。






手加減などできるはずもない。




僕は訓練用の槍を半身で構えて、彼の挙動に全身全霊で集中した。






~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




訓練場にいた1番隊隊長 フィリッポ大佐が休憩所にてブッフォン大将に問う。




訓練場では今まさにファビオとシリュウの仕合が始まろうというところだ。




「いきなりファビオ中将の仕合が始まるようですが、どうなされたのです?レア少将までいらっしゃいますし、そちらのご令嬢もどなたでしょうか?」




「いきなりすまぬな。ファビオと仕合うあの者は、シリュウ・ドラゴスピア殿で、皇軍に『抜擢』で入隊させようと思っている者だ。こちらの令嬢はシリュウ殿の婚約者の方だ」




「ベアトリーチェ・ブラン・サザンガルドです。初めまして」




「…なんと!こちらがあの剣闘姫ですかな!噂には聞いておりましたが、このようにお美しい女性とは、いやはや天は二物を与えるものですな」




フィリッポ大佐が大仰にベアトリーチェを褒めそやす。




「……お見知りおきくださり光栄でございます」




ベアトリーチェは頭を下げながら礼をする。




「そしてあの者はドラゴスピア…ですと?その…あの?」




「そうだ。あのドラゴスピアだ。シリュウ殿はコウロン殿の孫だ」




「…なるほど…ようやく話が掴めましたぞ。そのシリュウ殿の実力を見るためにファビオ中将と仕合をするのですな」




「うむ。その通りだ」




「しかし何もいきなり皇軍最強のファビオ中将と仕合わせなくても良いのではないでしょうか?いくらドラゴスピアの名を持つものと言えども、我が1番隊の若い衆に任せれば良いのでは?」




いくら皇国の英雄の孫と言えども、自分たち皇軍1番隊をすっ飛ばして皇軍最強のファビオとシリュウを仕合わせることに、フィリッポは疑問を抱いていた。




皇軍1番隊は皇国軍の精鋭である皇軍の中でも更に選りすぐりの精鋭達




精鋭中の精鋭で、皇国軍最強部隊と言っても過言ではなかった。




「…私もレアもそのつもりだったのだがな…」




「…自分と仕合うと言い始めたのは、ファビオ自身ですから」




レアの発言に驚くフィリッポ大佐




「…なんと!?…ではファビオ中将はあの者の実力を認めていると?」




「…ええ。何て言って自分で仕合うようにしたか聞きたいですか?」




レアが意地悪そうな顔を浮かべながらフィリッポ大佐に問う。




「………後学のために聞いておきましょうか…」




あまり良い答えではないと思いつつも、フィリッポ大佐は聞かずにはいられなかった。




「『あの者と仕合って相手になる者は1番隊にはいない』……だそうです」




想像以上に手厳しい言葉が出てきたため、フィリッポ大佐は頭を抱えて下を向いてしまった。




「………訓練の量を今の倍に増やしましょうぞ…」




フィリッポ大佐の呟きに、正座をしながら鎮座していた兵士たちは、表情を変えずとも冷や汗を滝のように流していた。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




槍を半身で構えて、ナバロ中将に向き合う。




開始の合図を待っていると、中々始まらないなと思ったので、ナバロ中将に話しかけた。




「…ナバロ中将、よろしくお願いします」




「…ファビオでいい、俺は元は庶民、姓などあってないようなものだ…」




「気が合いますね、僕も心は庶民ですから」




「……っふ…ドラゴスピアが庶民か…面白い冗談だ」




そうファビオ中将とやり取りをしていると、ブッフォン大将が大きな声で言う。




「二人とも!準備は良いか!今の位置より10歩下がり、私が上に放り投げたこの石が地面に着いた時が開始の合図だ!」




ブッフォン大将の指示通り、10歩下がる僕とファビオ中将




「行くぞ!それ!」




ブッフォン大将が拳大の石を上に放り投げた。








コーン!




石が地面に着く音が、訓練場に響き渡る。






先手必勝




一気に行かせてもらう。




音がしたと同時に僕は地面を蹴り上げ、一直線にファビオ中将の銅を目掛けて突いた。




ファビオ中将は驚きつつも、剣で槍を滑らせながら僕の槍を綺麗に捌いた。




(なんだ今の感触は!?まるで水を突いたかのように力を逃がされた!)




捌くと同時に、ファビオ中将の中段払いが来たので、槍の柄で受ける。




それもまたファビオ中将は驚いていた。




受けた拍子に、僕は地面を蹴り上げ、一度距離を取り、再度半身の構えを取る。




1合目は完全にいなされてしまった。




もう一度攻撃の間合いを図っていると、ファビオ中将の様子がおかしい。




下を向きながら震えている。




「………くっくっくっく………はっはははははは!!!」




そして大きな声で笑い始めた。




しかし眼光は鋭いままだ。




怖いよこの人




「想像以上だ…シリュウ・ドラゴスピアよ!我が剣技でも完全に捌ききれない突きに、瞬時に見せた防御反応…!…俺はお前を強者だとは思っていたが、心の底では見くびっていたらしい…その詫びとして俺の本気を見せてやろう…おい!剣をもう一本寄越せ!」




ファビオ中将がそう言うと、休憩所の観戦者たちに騒めきが起こった。




そのうちの一人が訓練用の剣をもう一本持ってきた。




そしてもう一本を左手に携え、左手は上段に、右手は下段に構えた。




「…俺の剣技の神髄はこの二刀だ。さぁお前の力を更に見せてみろ…!」






さて…どうしたものか




二刀流の相手との戦闘経験は少ない。




野盗を討伐した時に、二刀の者を斬ったことはあるが、あれはただ2本の剣を振り回していただけだった。




本物の二刀流との戦いは初めてだな。




慎重に所作を観察していると、少しわかってきた。




左手の剣は、右手の剣よりな。




どうやら左は防御の剣だ。






なら攻めるべきは相手の右半身




そして右の剣






僕はファビオ中将の右半身を目掛けて半円の楕円の軌道を描きながら接近した。






「…ほう…やはり勘がいいな…しかしあまりに直線的だな…!」




ファビオ中将が感心したように言い、そして見切ったようだ。




そもそも格上の相手、そして僕より対人戦闘において圧倒的経験を持つであろうファビオ中将相手に、僕の手の内が明かされまいが、駆け引きでは絶対に勝てない。




ならば勝機は、分かっていても防げない攻撃を放つことだ。




僕はファビオ中将に半円の楕円軌道を描きつつ、右半身を狙うように、ファビオ中将の右側に回り込む。




そして体を時計周りに、数回転させて、遠心力を高める。




「………何!?」




「二の型……旋風槍!!!!」






遠心力を高めて、ファビオ中将の胴目掛けて、体の回転そのままに槍を横なぎに払う。




放った後は隙ができるが、僕が持っている技の中で殊更重い一撃を放つ技だ。






そして僕の渾身の一撃がファビオ中将を襲った。






ガキィイイイイイン!!!




すさまじい剣戟が訓練場に響く。


















しかし僕の槍はファビオ中将の2本の剣に完全に止められてしまった。




そして、その打ち合いの末、僕の槍とファビオ中将の剣1本が折れてしまった。




そしてファビオ中将の右手の剣は折れていない。








ということは…














「僕の負けですね。ありがとうございました」




そう言って僕は頭を下げて、礼を行う。




得物が完全に折れた僕の敗北は明らかだ。




剣2本で止めたように見えたけど、わずかに左剣だけ前に出ていて、左剣だけで防御し、槍の勢いを殺された。




その勢いを殺されたところに、右剣で止められ、そして槍を折られた。




防御したように見えて完全に武器折りのカウンターを決められてしまった。




これが皇軍最強の剣士か。




剣の技量がとてつもない練度だ。




完敗である。




しかし勝った当のファビオ中将は信じられないものを見る目で折れた剣を見ていた。




「……貴様…いやシリュウと言ったな、この勝負お前の勝ちだ」




何でだよ。 




嫌味かな?




こっちも久々の完敗で悔しいからそういう冗談はやめてほしいのだけども




「…いや僕の完敗じゃないですか。渾身の一撃を受け止められた挙句に得物まで折られてしまったのですよ」




「ぬかせ、ここが戦場ならどうだ?お前はすぐさまそこら中に落ちているであろう槍を拾い継戦できるではないか」




「その前に、ファビオ中将の剣で斬り捨てられますよ」




「おれの手が無事ならな。……見ろ」




そう言ってファビオ中将が折れた剣を持っていた左手を開く。




その手は少し赤く腫れていた。




見ていたのは折れた剣ではなく、自身の手だったのか。




「……お前の一撃を甘く見て、片方の剣だけで受け止めた結果がこれだ。そして右手も同様に傷ついている。戦場なら撤退も視野だ。武器は新たに調達すればいいが、体はそうはいかぬ……」




「でもその程度なら剣は振れるでしょう?勝敗は変わりませんよ」




「…お前は武器を失い、俺は体を傷つけられた。武人としては後者の方が恥ずべき事よ…」




「いや得物を失った方がどうしようもないでしょうに…」




僕とファビオ中将がそう言い合いをしていると、ブッフォン大将とピンロ少将とビーチェそして、1番隊隊長だというフィリッポ大佐がこちらに寄って来た。




「まぁそこまでにしておけ。通常の仕合なら得物を失えば失格事由だ。ここの仕合はファビオの勝ちとさせてもらうが良いかな?シリュウ殿」




ブッフォン大将がそう言う。




「ええ、僕は完全に負けたと思っていますので。こんなに強い人がいるなんて皇国は広いんだなと感動しました」




「いやいや感動しているのは私達の方です…ファビオとここまでの勝負ができるなんて……すさまじい逸材です。今日にでも皇軍に入隊しませんか?手続きは全部私がやりますので」




ものすごい勢いで勧誘してくるレア・ピンロ少将




そして顔が近い…




こんなに近くに美人の顔があると少し照れてしまう…




そうしていると僕とレア・ピンロ少将の間にビーチェがずいっと割り込んで来た。




「レア・ピンロ少将、少し距離が近うございますよ?妾の婚約者は、妾以外の女性に近づかれるのを嫌いますので」




ビーチェがレア・ピンロ少将にやんわりと言う。




でも瞳の光が消えているよ。




そしてビーチェ以外の女性に近づかれるのが嫌だったのか僕




初耳だ。




「シリュウ…大丈夫かや。怪我はないかや…?」




そう言い僕の手を取るビーチェ




「大丈夫だよ。ありがとうビーチェ」




僕らが手を握り合っていると、レア・ピンロ少将が仕切り直して言う。




「………失礼いたしました。では抜擢の件ですが…」




「私は推薦した張本人だ。もちろん賛成だよ」




「私も賛成です。これほどの逸材を他所の軍に渡す訳がありません。ファビオ?」




「……賛成どころか、シリュウは今すぐ俺の部隊に入れろ…俺が更に鍛えてやる…」




おおう……なんかすごい気に入られたようだ。




でもこの人に鍛えてもらえるなら更に高みを目指せそうだ。




「あなたの部隊ってどこのですか。1番隊、2番隊、3番隊とありますが」




レア・ピンロ少将がファビオ中将に問う。




「零番隊だ」




「……!?……あなたは…ここは皇軍関係者だけではないのですよ!?」




「…そこのシリュウは皇軍に入るのだろう?そしてそこにいるのは妻だ。秘密を漏らすはずもない」




……ここで入隊は謁見まで保留にするつもりでしたなんていったらレア・ピンロ少将が怒髪天を衝くだろうな。




レア・ピンロ少将がファビオ中将に凄い勢いで怒っている。




そんな中ビーチェが近づいてきて声を掛けてくれる。




「……どうやら秘密部隊にシリュウを入れたいようじゃのう…」




ビーチェが耳打ちしながら言う。




「…零番隊ってなんだろうね。それに何番隊って?」




「私からお答えしましょう。1番隊隊長のフィリッポです」




「どうも初めまして、シリュウ・ドラゴスピアです」




「見事な武の披露、感服しました。そして我が皇軍ですが1番隊から10番隊までございます。それぞれに序列があるわけではありません。1番隊は戦闘集団、10番隊は後方支援部隊、4番隊は情報部など、役割によって分けられているのですよ。1番隊から3番隊まではファビオ中将が、4番隊から8番隊まではレア少将が、9番隊と10番隊はブッフォン大将が管轄しております」




「へ~そうなんですね。僕は戦闘しか能がないので4番隊とか10番隊には入れなさそうです」




「はっはっは!正直なお方だ!その武であればどの部隊でもやっていけるでしょう。あくまで役割分担をしているだけであって、どの部隊も戦闘はしなければなりませんからな」




確かに




軍組織であっても戦闘はしない人員はもちろんいるだろうが、戦闘はしない部隊などあまり考えられない。




零番隊云々は聞かなかったことにして、そろそろ回答をしないといけない。




その前に…




「ビーチェは僕が皇軍に入ることはどう思う?」




「良いと思うのじゃ。本来なら陸軍や海軍に仕官してからでしか入れぬが、一足飛びに入れるならそれに越したことはない組織じゃよ。皇国軍の精鋭で、皇王様に近く、皇国軍の中でも主導的立場じゃ。皇軍での出世は皇国軍での影響力を増すのに最適じゃろうて。それに基本はセイトで暮らすことになるじゃろうから、定住地があれば、シリュウとも一緒におる時間も多かろうて」




なるほど




最後のは特に魅力的だね




皇国中をあっちこっち行って、ビーチェを寂しがらせるのは良くないからね。




なら良さそうかな。




「あの~入隊の件なのですが…」




「おお!入隊してくれるか?」




ブッフォン大将がそう期待を込めた目で言う。




「前向きに検討と言うことで…」




僕がそう言うとレア・ピンロ少将が食い気味に言う




「なぜです!?好待遇はお約束しますよ!年齢が低いからって差別などいたしません!」




「いや違うのです。実は5月10日に皇王様に謁見する機会がありまして、その場まではどの軍にも仕官しないつもりだったのです」




「…なるほど。結婚の承諾ですかな?」




ブッフォン大将がそう言う。




「……何だそれは?」




ファビオ中将が不可思議そうに聞く。




「華族同士の結婚は皇王様の許可制なのですよ。私もあなたも庶民同士で結婚したからその必要性はありませんでしたからね」




レア・ピンロ少将が説明する。




「……つくづく華族とは面倒なものだな…」




ファビオ中将が愚痴のように言い放つ。




「それに関しては同意です」




レア・ピンロ少将も同調する。




「確かにドラゴスピアの後継者ですからな。皇王様もその身の振りようは気になさるでしょう。私からも皇王様に話はしておきますので、どうか皇軍に入ることを既定路線で考えてはくださらぬか?」




ブッフォン大将からお願いされる。




あと入るのは、海軍と陸軍か






海軍は無理だ。




一年のほとんどをあの地獄のような海の上で過ごすらしい。




化け物集団だ。




やっていける気がしない。




あとは陸軍ではあるが、実は陸軍の知り合いがいないから判断材料がないんだよな。




でもビーチェが良いって言うし、ここまで皇軍の幹部たちに勧誘されれば入らないわけにもいかないかな。






そう思って、返事をしようとしたら、訓練所の扉がバーンっ!と大きな音を立てて開いた。










「おうおうおう!何か楽しそうじゃねぇかよ!ルイジ!俺も混ぜろや!!」










大きな声でガハハと豪快に笑いながら凄い大柄の男性が入って来た。






まだなんか続きそうだな……

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