第22話 猪を狩る龍
烈歴 98年 4月 17日
ビーチェと想いを確かめ合った夜は更け、夜明けの太陽が泉に映えていた。
夜明けとともに目覚めると、ビーチェが僕の腕を枕にすやすやと寝ていたので、ビーチェの頭から腕をそっと引き抜き、小屋を出た。
小屋から出ると女性騎士のリナさんが、剣を振っていた。
「リナさん、おはようございます」
「………おはようございます」
ほぼ無表情で挨拶された。
あまり好かれていないのかな
でもそうでないようだ。
「………シリュウ殿、……その…ベアトリーチェお嬢様は素敵な方です。騎士の私たちにも分け隔てなく接してこられ、住民の方にも好かれています。短い髪を好み、華族のお嬢様らしくないと華族の方から揶揄されることもありますが、女性としてもとても魅力的な方です。どうぞよろしくお願いいたします」
今までほとんど話してこなかったリナさんがすごい饒舌に話していた。
「………もしかして昨夜の僕たちの会話聞こえていました…?」
「………失礼ながら小屋の近くで仮眠を取ろうとしたため……会話が少し聞こえていました。でもすべてではないと思います」
「どのぐらいですか?」
「………「おいで」のあたりからです」
一番恥ずかしいところだった。
顔が熱くなる。
なるほど、これが恋ってやつなのか。
「……私も父がブラン・サザンガルド家の騎士だったため、幼少の頃からベアトリーチェお嬢様を見てきました。天真爛漫で、何者も寄せ付けない無敵の少女のようなお嬢様が、年下の少年にタジタジとは……ごちそうさまでした…シリュウ殿はエンペラーボアを狩ろうという猛者です。お嬢様の伴侶には相応しいでしょう。これからもよろしくお願いします」
「ご、ごちそうさま?……まぁよろしくお願いします」
リナさんは寡黙そうな方だと思ったが、ビーチェのことになると饒舌になる。
小さい頃から一緒にいて、年も近いので姉妹のように過ごしたのだろうか。
「……つきましては、お嬢様は海がお好きです。婚前旅行はぜひカイサ近くの海辺のリゾートがおすすめですよ。またおすすめのスポットはそのリゾート近くにある2つ並んだ海辺の岩で夫婦岩と呼ばれるものがありまして…………」
リナさんの怒涛の婚前旅行講座が始まった。
その講座はビーチェが起きてきて、恥ずかしそうに止めるまで続いたのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
朝食もそこそこに、仮眠から起きたフランコ団長と挨拶を交わし、僕らは樹海のビーチェと出会った場所へと出発した。
ここからは魔獣の強さが格段に上がるので、常に警戒態勢を取りながら進んだため、途中の道中よりも少し時間がかかった。
おおよそ1時間程度進んだところで、ビーチェと出会った大木付近まで到着した。
「お~ここじゃここじゃ。懐かしいのう、ほれシリュウが投げた槍の後がまだ木に残っておるぞ…」
「……この大木の穴がですかな?……槍?冗談でしょう、大砲をぶっ放したとしか思えない穴です…」
ビーチェは懐かしがり、フランコ団長は僕が穿った穴に驚愕している。
あの時は無我夢中だったからなぁ。
つい力が入ってしまったよ。
「ではここを起点に捜索しましょうか」
僕がそう言うとビーチェが訝しがっている。
「シリュウよ……あの時倒したキングボア3体の遺骸がどこにもないぞ……?妾達が立ち去る時は確かにあったのに…」
「多分この近辺の魔獣に食べられたんじゃないかな。この辺の魔獣は共食いなんて日常茶飯事だからね」
「………死んでいるとは言えあの巨躯を平らげる魔獣がいるとは…やはり凄いところじゃのう…」
ビーチェが頭をポリポリしながら、嘆息している。
僕は付近にキングボアとエンペラーボアの痕跡がないか調べる。
フランコ団長とリナさんには、ビーチェの傍にいてもらい、魔獣に襲われないよう警戒してもらっている。
10分程調べたところで、痕跡を見つけた。
キングボアの糞だ。それもかなり新しい。
「キングボアの痕跡を見つけたよ。どうやらかなり近い時間にここにいたようだ」
「なるほど…ではここで待ち伏せをしますかな?」
フランコ団長が問う。
確かにここに戻ってくる可能性が高い。
キングボアを狩った後でも別のキングボアがここに来ているということは、キングボア達はビーチェの匂いを頼りに、捜索しているのだろう。
ならば
「ビーチェ、お願いがあるんだ」
「なんじゃ?妾にできる事なら何でも言ってくりゃれ」
「服を脱いでほしい」
「……ぎゃっっ!!//」
しまった。言葉足らずだった。
「シリュウ殿……さすがにそれは大人として止めさせていただきたい……旦那様に知られれば私は叱責だけでは済まないでしょう…」
フランコ団長が苦笑している。
「………照れているお嬢様、いい。いい。もっと、もっとネタを…」
無表情で頬を染め、ふんふんと興奮しているリナさん
僕は慌てて弁解する。
「違うんですよ!キングボア達はおそらくビーチェの匂いを頼りに来ているので、ビーチェが来ている服を地面に置いておいて、僕らは木の上から見張りをするんです!おびき寄せると先制攻撃が容易になるので!」
「……な、なるほど…そう言うことでしたか」
「……まぁ今は恥ずかしいからのぅ…とりあえずマントでいいかや?」
「十分だよ。それじゃ僕はマント設置する位置を考えていますので、3人は木の上に登っておいてください。ビーチェも登れる?」
騎士の2人なら大木と言えど、木登りぐらい大丈夫だと思うが、ビーチェはどうだろう。
「問題ないぞ!むしろこの木の上で出会ったではないかや!見ておれ!っほっほっやっと!」
ビーチェは剣を抜き、大木に刺して、そこを支点に1回転クルっと回り、その反動でさらに上へ跳躍した。
跳躍した際に、剣を大木から抜き、また剣を大木に刺す。そしてもう1回跳躍して、大木の上に着いた。
見事な身のこなしだ。
木の上から「どうじゃ~!」とビーチェの誇らしげな声が届く。
まるで猫のような身軽さだ。
とても綺麗で見惚れてしまう動きだった。
騎士二人は、短剣を使い、地道に登って行った。
まぁ二人はアーマープレートだから、一気に跳躍はできないよね。
僕はビーチェのマントを置き、3人とは別の木の上で、機会を伺った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
マントを設置してから30分後 ついにお目当ての奴が現れた。
赤黒いキングボア5頭を従えるように、現れた深紫の巨躯
牙は狩ってきた魔獣の血で赤黒く変色し、悪魔の従僕と言われても納得しそうな恐ろしい獣
皇帝猪エンペラーボア
僕はこいつを狩ってビーチェとの約束を守るんだ。
しかし、5頭もキングボアを同時に引き連れている。
挟み撃ちされてしまえば、流石にどうにもならない。
そして、悠長に狩っていれば、エンペラーボアに逃げられてしまう可能性もある。
僕が木の上で考えていると、ビーチェとフランコ団長、リナさんがこちらを見ていた。
3人とも青い顔をして、流石に想定外の危機だと思っているようだ。
さすがにキングボア5体も連れているなんて、想定外だろうからね。
僕は3人に対し、「待て」という意味で手を前に出した。
しかしこちらは先制攻撃が可能だ
エンペラーボアを真ん中に囲むように5体が陣取っている。
相手は計6体
ならば行動は1つ
僕は愛用のジャベリンを構え、全力で投擲した。
狙いは
皇帝猪!!お前だ!!!
ザシュッ!!!
「バオオオオオンオオオン!!!!」
エンペラーボアは叫ぶ。
投擲した槍がエンペラーボアの胴体に刺さった。
脳天を狙ったが、瞬時のところで体を入れ替えられ、ダメージの少ない胴体に刺さるにようにされた。
先日のキングボアは貫けたが、やはりエンペラーボアの皮膚は固い。
だがこれで決められるとは思っていない。
槍を投げたと同時に、僕は木の上から飛び降り、周りのキングボアに目もくれず、エンペラーボアに駆けだしていた。
気づいた2体のキングボアがこちらに突進をするが、体を転身させる歩法を使い、躱す。
あいつらがまた戻ってくる前に仕留めるないと。
残り3体のキングボアが、エンペラーボアの前の固めるように、構えている。
僕は群れに向けて駆けた。
比較的ダメージが少ない胴体とは言え、槍が刺さっているエンペラーボアは血を流し、少し荒い息をしていた。
狩れる。
本能的にそう感じたが、直後エンペラーボアからひりついた空気を感じた。
これは……!
「皆!耳と目をふさいで!!!!」
僕はありったけの声で叫ぶ。
僕も右へ横っ飛びをして、耳を塞ぎ、目をつむる回避行動を取った。
数舜後
ドオオオン!!!!!!!!
エンペラーボアを中心に、巨大な爆発が巻き起こった。
周りは炎に包まれ、爆風が吹き荒れる。
これが皇帝猪が皇帝たらしめている力
爆属性の魔術
爆属性は火属性の上位魔術で、皇国でも使い手がかなり希少とされている魔術だ。
その魔術は戦闘においては計り知れない価値があり、爆属性の魔術師ということだけで、一生職には困らず、栄光の階段を歩くことを約束された魔術だ。
以前エンペラーボアと戦闘したことがあるため、すんでのところで回避できたが、初見なら完全に爆発に巻き込まれていた。
と言っても無傷ではないけども
体の左半身は爆発の影響を受け、左手は焼け焦げている。
この戦闘では使い物にならないだろう。
ビーチェ達の方は、距離がかなりあるけど、大丈夫だろうか。
爆風が収まり、爆発後の状況が露わになる。
お供のキングボアは5体とも、爆発に巻き込まれ、くたばっていた。
躱した2体もエンペラーボアの元へ戻ろうとしたところで爆発に巻き込まれたようだ。
生きているかどうかはわからないが、5体ともこの戦闘にはもう復帰できないだろう。
ビーチェ達は爆風の影響で、木の上から落ちたようだが、「大丈夫ですぞー!」とフランコ団長の声が聞こえたので安心する。
当のエンペラーボアは、僕が爆発を受けてまだ立っていられるのが信じられないのか、少し後ずさりをしていた。
エンペラーボアの強靭な皮膚は自身の爆魔術から身を守るためのものようで、エンペラーボアは爆発のダメージはなさそうだ。
左手は使えない
槍が持てないが、今の僕にはこいつがある。
腰から「暁月」をなんとか抜刀し、エンペラーボアに向き合う。
「っっっいてっ!」
左手で鯉口を切ったため、少し痛みが走る。
でも刀は振れる。
さぁ狩ろうか。
しかし、厄介だったお供を自分で片づけてくれるとは、なんとも間抜けの皇帝だ。
「じゃあね、皇帝。来世は仲間を大事にしなよ」
僕はエンペラーボアに駆けだした。
エンペラーボアが再度爆魔術の体制を取ろうとしたが、時すでに遅し
エンペラーボアの目の前で跳躍し、頭上から首を切るように水平に払った。
ザンッ!!!
エンペラーボアの頭上に傷が真一文字入る。
エンペラーボアが怯んだ隙に、地面に着地した僕は頭を目掛けて、刀を突いた。
ザシュッ!
「ブ、ブオオオン……」
ドオオン
最後の突きが致命傷になり、エンペラーボアは力なく地面に音を立てて倒れ伏した。
僕は左半身にひりついた痛みを感じながらも、勝利の報告の意味を込めて刀を天に掲げた。
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