第21話 君は僕の特別


「おやすみ、ビーチェ」




目を閉じて、眠りにつこうとしたところで、手を握られる感触がした。




ビーチェが僕の手を握り、横向きになり、こちらを見ている。




僕の胸が高鳴った。




「ビーチェ……//」




しかしその顔は少し不安そうで、でも強がっているような表情だった。




「……シリュウや……明日…エンペラーボアに会えるかのう?」


「……多分明日中には見つかって、戦闘になると思う」


「………そうかや……少し怖くなっての…手を離さないでくりゃれ…」




そりゃそうか。




ビーチェはキングボアの群れに囲まれて、命の危機に瀕したのだ。




時を置かずして、また同じような目に遭う。




しかも最悪の場合に、命を落としてしまう危険だってあるのだ。




「……ごめんね。また怖い思いをさせてしまって」




僕はただ謝ることしかできない。


そんな言葉しか出てこない自分の情けなさを呪った。




「……シリュウが謝ることなどなかろうて。お主に出会わなければ、妾も生きていたかわかりゃんせん。それにカルロを助ける希望まで見出してくれて。逆に妾はシリュウに返せるものがなくて、困っておるよ」


「そうかな……僕はビーチェにたくさん貰っているからそんな風に思わなくていいよ」




「………ん?何をじゃ?何かをあげたような覚えもないのじゃが…」




「たくさんの"思い"だよ。ビーチェと出会って、誰かと旅をする楽しさを知った。誰かを助ける喜びを知った。誰かが褒めてくれる嬉しさを知った。誰かのために何かをしたい覚悟を知った」


「………シリュウ」




「君と出会って本当に良かった。僕の世界はエクトエンドから出た時から本当に広がっているんだ。ただ知らない土地に来ただけじゃない。知らない世界、知らない人、知らない思い、驚くことばかりだし、楽しいばかりさ」




僕は正直な胸の内を語る。




そして僕の心の奥底も




「……ビーチェ。僕は君のためなら何だってする。何だってできる。まだ出会ったばかりで…この気持ちはまだ説明がつかない。でもこれだけは、はっきりしているんだ。君は…僕の特別なんだと思う」




「………!!//」




「ねぇ…そっちに行っていい?」




「………妾がそっちに行きたい…/」




「いいよ…じゃあおいで…」




そう言って僕は手を広げる。




ビーチェが僕の方へ近づき、僕の胸へ飛び込んできた。




僕はビーチェの体を、ゆっくりと抱きしめた。




「……妾も…シリュウが特別じゃ…一番じゃ……初めて会った時、もうダメかと思っておった。妾はここで死ぬのかと…でも助けくれた。颯爽と3体もの魔獣を狩るシリュウは……その……まるで絵本に出てくる白馬の王子様のようじゃった……もう19にもなろうに、少女のように…胸が痛かったのじゃ」




「そうかな、王子様なんて柄じゃないんだけどね」




「…そんなことないぞ。困っている人を助けることに躊躇がなく、常に人を気遣い、それでいてどこか抜けている…そんなシリュウだから…妾は…」




そう言って僕らは、お互いを抱きしめた。




そしてビーチェが僕らにある"壁"について語る。




「…でも妾は華族じゃ…自由な恋が許されるのかや…シリュウの想いに応えることはできる。でもその先共に堂々と隣を歩く保証はできぬのじゃ…父様と母様を説得できたとしても、妾の結婚になると本家当主の承諾が必要じゃ。当主のシルベリオ伯父様はとても厳格な人でのう…庶民と華族の婚姻など…」




「お嬢様だからね、でもそれは僕に任せて」




「……?どうするのじゃ?」




「簡単さ、僕がサザンガルド家にとって有益な人物であればビーチェとの仲が認めてもらえるでしょ?


ならち・ょ・っ・と・し・た・策・はあるよ」




「そうかや…それはシリュウに任せるとしよう」




「でも………結婚か…ごめん。こういうこと初めてで…まずは恋人とかからと思ってたんだけど、華族は一気に結婚まで行くのかな?」




「ふぇっっ!!?//い、いやぁ……妾も初めてで分からぬが…いきなり結婚は重い女かや?…」




「いやいや……!僕としてもそのつもりは全然あるよ!……でも出会って1週間も経ってないのにと思っちゃって…」




「ふふふ……華族での結婚は、政略結婚も多い。その場合、結婚する時に初めて出会うのじゃ、それに比べれば妾達は、マシじゃよ」




「確かにそうだね……まぁこれもまず明日エンペラーボアを狩って、カルロ君が治ってから、考えようか…」




「そうじゃな……シリュウよ…頼んだぞよ…」




「もちろん、僕のすべてを持って討伐するよ」




「ありがとうなのじゃ…じゃあ今日はこのまま…恋人のシリュウの胸の中で眠るとしよう…」




「うん、恋人を抱いていると幸せな気持ちになってすぐに眠れそうだね」




そういうと照れくさそうにビーチェは顔を逸らした。




「……おやすみシリュウ」




「……おやすみビーチェ」






そうして、僕らはお互いの存在を確かめ合うようにして、抱き合い眠りについた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る