第19話 魔獣の専門家 デフォナ・ナレッジ
烈歴 98年 4の月14日
翌朝、エンペラーボアの肝を調達するための会議が、ブラン・サザンガルド家の大広間で行われた。
参加しているのは、当主のオルランドさん、奥様のアドリアーナさん、ビーチェと僕
昨日夕食の時に挨拶をした屋敷をまとめている家令のハーロックさんという執事の方
昨日相対した騎士団長のフランコさん
そして眼鏡をかけて、興味津々にこちらを凝視している白衣を着ている知らない女性……
何でこっちをそんなに見ているの…
知らない女性からの視線に耐えていると、オルランドさんが会議の開始を宣言した。
「それでは、エンペラーボア討伐作戦の会議を行う。まずはこちらの女性を紹介しよう。こちらの方の魔獣の治療専門家のデフォナ・ナレッジ嬢だ」
「初めまして!デフォナ・ナレッジと申します!しかしブラン・サザンガルド卿、魔獣の治療専門家ではありませんよ!私は魔獣の専門家なのです!魔獣が好きすぎるあまり、近づきすぎてしまい、傷や毒を数多く受けたから治療方法に詳しいだけなのです!」
おおぅ……すごい熱量を持った人だな。
そして治療方法に詳しくなる過程がいささか大丈夫であろうか。
もうこの人の人となりがわかった。
魔獣が好きすぎるあまり無茶な研究をしているのだろう。
彼女の自己紹介で、会議の参加者の顔が少し引きつっている。
「……こう見えて彼女はタキシラの大学で若くして准教授の座についており、研究者としては一流の方なのだ。実際こうしてカルロを救う策を授けてくれたのも彼女だ。また調合や投薬まで見てくれるらしい」
「はいはい~!お任せあれ!「テドロド」の毒は中央大陸ではかなりポピュラーな毒ですからねぇ~こ・の・大・陸・で・の・素・材・の・入・手・難・易・度・さ・え・除・け・ば・、そこまで怖い毒じゃありませんよ~」
「この大陸?ほかの大陸では解毒薬の素材の入手はそこまで難しくないのかや?」
ビーチェがデフォナさんに質問した。
確かに今のは気になる言い方だ。
まるで他の大陸では、簡単に治る毒かのように。
「はい!「テドロド」の解毒方法は簡単で、毒を排出させてしまうのです!体内での分解はほ・と・ん・ど・無理ですからね~。でも中央大陸に自生する「トキシ」という植物に含まれる成分が、「テドロド」の毒成分とくっつくという効果があります!つまり「トキシ」を体内に吸収しやすくし、排出を促すのが「テドロド」の解毒方法ですね~」
「じゃあその「トキシ」を手に入れれば、簡単に解毒できるじゃないの?エンペラーボアを狩る必要があるの?」
アドリアーナさんがさらに質問する。
「残念ながら「トキシ」はここ烈国大陸では自生しないようなんですよ~。さらに採取して1週間経つと、「トキシ」の成分がなくなることが確認されています。中央大陸から烈国大陸までは船で1月以上かかってしまうので、ここ烈国大陸では「トキシ」での解毒方法が不可能なのです」
「じゃあカルロ君を中央大陸に連れて行くのは?」
僕がまたデフォナさんに聞く。
しかし答えたのはオルランドさんだ。
「カルロの体は、長い航海には耐えられないだろう…この地で治療するしかないのだ」
そこまで弱っているのか、詳しい状況は聞いていないが、1週間でエンペラーボアの肝を手に入れなければならないのだから予断を許さないのだろう。
カルロ君の容体も踏まえて、デフォナさんが補足する。
「カルロさんの容体は、「テドロド」の毒の末期症状です。この毒は1回入り込むと長い期間をかけて体を蝕んでしまいます。質が悪いことに毒が入り込んでからは、風邪のような症状が出て、そこからゆっくりと体が動かなくなるんですよね。この自然な体の衰弱具合と判明するまでに長い期間を要することが、暗殺用の毒として、人気を博したのですよ~。毒を混入されたとされる期間の範囲が長いほど、犯人の特定がかなり難しいですからね~」
「なるほど……つまり、今この大陸でカルロ君を助ける方法は、エンペラーボアの肝の効果で、自然治癒力を高め、カルロ君自身の免疫で毒に打ち克ってもらうんだね」
「むむ…シリュウ殿とおっしゃいましたね!鋭い!その通りです!体内での分解がほぼ不可能なのは、通常の人の免疫力では、テドロドの毒に太刀打ちできないからなのです!しかしテドロドの毒を克服した例が我が大学の研究資料に8例あり、いずれもエンペラーボアの肝で調合した活力剤を投薬した例でした!うち3例は12歳未満の子供でしたので、子供でもこの方法は採用できます!カルロ君もこの活力剤で復活するでしょう!活力剤のレシピは我が大学から拝借しております!」
過去の症例まで調べてきて、なおかつそれを解決する薬のレシピまで用意しているのか。
この女性見かけに拠らず、かなり有能な研究者のようだ。
「つまり、エンペラーボアの肝をデフォナ嬢まで届けることができれば、カルロは助かる」
オルランドさんがそう総括する。
目的は決まった。次は手段だ。
「ではどうやってエンペラーボアを捜索・討伐して、その肝とやらをこのサザンガルドまで送り届けるか、ですかな」
フランコさんが切り出す。
この討伐から配達までの一連の流れは騎士団の仕事に拠るところが大きい。
「捜索の作戦は、シリュウ殿が提案してくれた。ビーチェを囮にエンペラーボアをおびき寄せるらしい」
「え!?エンペラーボアっておびき寄せることが可能なんですか!?詳しく!詳しく!」
ビーチェを囮にする部分じゃなくて、おびき寄せる部分にデフォナさんがすごい食いついた。
近い…近いです…
「……あまり気のいい話ではないですが、エンペラーボアはかなりの偏食で、なおかつ獲物にかなり執着するんです。今回は部下のキングボアに執拗にビーチェを追わせたことから、ビーチェに執着していると思われます。またなぜビーチェかと言いますと……エンペラーボアはどうやら人肉が大好物なんですよね……それも若い女性の……」
僕の言葉に大広間は静まり返る。
しかし空気を読まない人が約1名
「それで!?それで!?なぜ若い女性の肉が好物だと知ったのですか!?」
「2年程前ですが、エクトエンド樹海にてエンペラーボアを討伐し、巣を捜索した際に、人骨と思われるものを多く発見しました。大きさや形状から見て、若い女性のものが多く見受けられたのです。エクトエンド樹海にはほとんど人が立ち入らないはずなので、おそらく樹海を出て、近隣からキングボアに調達させたものと見ています。このことから若い女性の肉が好きで、わざわざ樹海を出てまで捜索させていることから獲物に対するすさまじい執着性を見て取ったのです」
「……素晴らしい!シリュウ殿、うちの大学に来ませんか!?私と共に魔獣の向こう側ヘ飛び立ちましょう!」
「……飛び立ちません」
僕がデフォナさんにエンペラーボアの特性について話していると家令のハーロックさんが顎に手を当てて考え込んでいた。
「失礼、シリュウ殿に聞いてもよろしいか」
「あ、はい。どうぞ」
ハーロックさんが僕に質問する。
「シリュウ殿はエクトエンド樹海にかなりお詳しいようです。あそこは皇家所有の地で、原則は立ち入り不可の禁忌のエリアのはず…それがなぜ…」
「あ~……実は僕も気になっていたんですが、エクトエンド樹海って皇家の地なんですか?」
「…え?!ご存じないのですか…!?」
ご存じありません。初耳です。
じいちゃんもサトリの爺さんもそんなこと言ってなかった気がする。
エクトエンドはじいちゃんとサトリの爺さんが開拓した村と村人から教えてもらった。
何でだろう。
皇家の土地に勝手に村を作っていいのかな。あの二人。
僕が困り顔をしているとオルランドさんが解説してくれた。
「……実はエクトエンド樹海の真ん中に、山村が1つあるのだ。これは公にはない情報でね。皇家と政庁の上層部、一部の華族しか知らないのだ。シリュウ殿はその山村の出身らしい」
「そうです。エクトエンド村に住んでいました。というかエクトエンド村ってそんなに秘匿されていたのですか…別に村人も隠している気がない気がしていたんですが」
「隠したいのは村人側ではないだろう。おそらく皇家と政庁の方だろう。これからはあまりエクトエンド村の出身と名乗らない方がいいと思うよ」
政庁とは皇国の内政と司る機関のことで、国の主要機関は政庁・皇国軍の2本柱で構成されている。
隠したい事情か……サトリの爺さんはともかく、じいちゃんはこの国の英雄だからかな。
何かしがらみがあったのだろう。
また帰った時にでも聞こうかな。
「……そうですか、それならあの強さも納得ですかな」
フランコさんが頷いている。
「エクトエンド樹海に詳しいのも当然ですね、失礼いたしました」
ハーロックさんが僕に頭を下げている。いやいや全然大丈夫です。
あとは討伐した後の肝の持ち帰りだ。
「エンペラーボアを討伐した後なのですが、解体作業はどうしましょうか。僕は魔獣の専門家ではないので、必要な肝を傷つけず解体できるかどうかは自信がありません。できたら解体の専門家に同行してほしいのですが」
僕がそう提案すると、オルランドさんが苦笑していた。
「討伐のことは一切触れられていないがね…」
「あ~……そこは信じてくださいと。必ず討伐します」
僕が根拠を示さず、約束する。
確かに不安になるよね。
でも援護射撃が飛んできた。
「シリュウなら大丈夫じゃ。妾が見ただけでも、キングボア3体に、フェロシウスラビット、ホブゴブリン50体の群れと何でも狩っていた。シリュウはどんな魔獣にも負けやせん」
ビーチェが力強く言ってくれる。
「旦那様…相対した私も同意見です。シリュウ殿に狩れない魔獣は想像つきません」
フランコさんも同意してくれた。
1回も打ち合っていないけど、こんなに信頼されると逆に怖い。
「わかった。討伐はシリュウ殿に一任しよう。そもそもそれが作戦の前提だしね」
「解体は私が現地で行います!エンペラーボアの体内の構造は過去の資料からバッチリインプットしています!問題なく摘出できるでしょう!」
「ならデフォナ嬢に依頼しよう。また報酬は追って相談させてもらう。必ず相場以上に色をつけることを約束するよ」
オルランドさんがデフォナさんにそう提案すると、まさかの回答が返ってきた。
「報酬は肝以外のエンペラーボアの素材すべてをいただきたいです!研究したい……革…爪…牙…魔力袋…げへへ…げへへへへ」
デフォナさんがあっちの世界へ飛び出ししまった。
オルランドさんが下を向きながら、手を合わせて考え込んでいる。
「………フランコ……エンペラーボアの体すべてをサザンガルドまで運搬できるか?」
「………大きさに拠りますな…シリュウ殿、エンペラーボアの大きさはどうでしょうか」
「エンペラーボアはかなりの巨体をしています。そうですね…この大広間に半分くらいの空間は、エンペラーボアで埋まるでしょう」
「……この大広間は20人は優に囲める広さなのだが、相当大きいな…運搬には人手がいるか」
「討伐できた場所に拠ります。ビーチェと出会ったところ付近にいるのであれば、ほぼ平地なので、荷車を運べるでしょう」
「了解だ。ならハトウに運搬用の人員を用意しておいて、討伐後に現場に派遣するとしよう。ハーロックとフランコで人員の編成と出立の準備を行え。ビーチェも出立の準備を手伝いなさい。シリュウ殿、必要なものがあれば何でも言いつけてくれ、セイトの使者が返ってくるまでに必ず用意させる」
「ありがとうございます。必要なものは現地までの足と食料くらいですね」
「問題ない。こちらで討伐隊と運搬隊を編成し、馬と物資もこちらで用意するようにしよう。では各々抜かりなく。これにて解散!」
エンペラーボア討伐作戦の会議が終わった。
1人魔獣の向こう側に行った人を置き去りにして。
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