第18話 妾の役割、理の住人


「妾が…エンペラーボアを見つける…?」


ビーチェが目を真ん丸にしながら僕に問うた。




僕はその疑問を解消させるために話す。




エンペラーボアの習性を




「そうだよ。ビーチェと出会った時のことを思い出したんだ。あの時はキングボアに囲まれてたよね、それも3匹の」


「…そ、そうじゃ…樹海に入ってしもうての、迷い込んでしばらく経った後に1匹の猪に出くわして、命からがら逃げだしたのじゃ。ただ逃げた先にもう1匹…もう1回逃げてもう1匹…木に登り、伝いながらなんとか逃げていたのじゃ」


「そうなんだよ。そこがまず気になる点だ。キングボアは群れないんだ。その名の通り"王"だからね。基本は子分のワイルドボアやイビルボアに狩りをさせて、獲物を献上させるはずなんだ。でもあの時はキングボアが自ら狩りをしていた、それも3匹も」




僕はそう推理する。




思えばあの状況は普通じゃなかった。




ビーチェとの出会いの印象が強くて、戦闘のことは印象が薄かったのだ。






「……つまりキングボアの上の存在がいると?」


オルランドさんが確認するように言う。




「ほぼ間違いないと思います。それも近くに。以前もエンペラーボアに出くわした時は、その前に複数のキングボアと遭遇しましたから」




「……ベアトがキングボアに囲まれていたのはわかるけど、それでなぜベアトが見つけることができるの?」


アドリアーナさんが僕に聞く。当然の疑問だ。




「…どちらかといえば見つけてもらう方ですね。ビーチェはキングボア3体に追われていました。通常の獲物であればキングボアは見向きもしません。しかしビーチェに対しては異常な執着を見せた。なぜならビーチェはエンペラーボアへと献上すべき最上の獲物だと彼らは判断したからです。でも逃してしまった。僕が前にエンペラーボアと遭遇した時は、キングボアは10頭はいました。それに照らし合わせるとキングボアの群れはまだいるはず。おそらく残ったキングボアがビーチェの匂いなどの痕跡をもとに、ビーチェを探しているのと思います」




「………つまり、ベアトを囮に使うということか…?」


オルランドさんが鋭い視線で僕を見る。


しかし僕はその視線を正面から見据えて答える。




「平たく言えばその通りです」




「しかし…娘を囮に使うなど…」




「1週間で捜索するなら、ビーチェの存在は必要不可欠でしょう。もちろん僕も命を懸けて守ります。兵士から親衛隊を付けてもいいと思います。僕もその方がエンペラーボアとの戦闘に集中できる」




「妾を…囮に…使う…?…シリュウ…よ…お主…」




ビーチェがプルプルと震えている。




流石に傷ついたかな…でもエンペラーボアをすぐに見つけるにはこれしか…






「……シリュウ…!お主は本当に最高じゃな!!…囮…?どんとこいなのじゃ!」




………なぜだかめちゃくちゃ乗り気だった。まぁビーチェらしいけども。




「ベアト…!魔獣に囲まれて恐ろしい思いをしたのだろう?…無理をするんじゃない」


オルランドさんが心配で声をかける。




しかしビーチェは真剣な表情でオルランドさんに覚悟を伝える。




「父様、妾にもカルロのためにできることがあったのじゃ。シリュウがその機会を妾にくれたのじゃ。こんなに嬉しいことはないぞよ。妾は行く。カルロのために。そしてシリュウが守ってくれる。何も心配はいらぬ」


ビーチェの真摯な思いにたじろぐオルランドさん




アドリアーナさんも続く


「あなた、この子ももう19です。あと1年もすれば旧成人なのですよ。確かにまれにとんでもないことをしでかしますが、この子が自身でやると決めたことを途中で投げ出すほど無責任な子だとも思わないでしょう?」




「…うむぅ…」


オルランドさんが呻く。




オルランドさんの懸念も最もだ。


しかし他に手はないと思うので、何とか飲み込んで欲しい。




「……いやはや…取り乱して申し訳ない…カルロの命を助けられるなら多少のリスクは必要か…」


そして自身を納得させるように息を吐く。




「……ただ1つシリュウ殿、君の実力を見せてほしい。君の武がすごいとは聞いてはいるがやはり自分の目で見ないと安心できなくてね。君がエンペラーボアを狩ることができることがこの作戦の前提だ。確かめさせてほしい。当家の兵士と仕合をしてくれないか」




オルランドさんが僕にそう提案する。




僕としても自分の実力を証明できれば、それに越したことはない。








~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


中庭に移動した僕ら、そこには訓練をしている兵士が30人ほどいた。


「当家には領邦軍と当家所属の騎士団の2つがあってね。ここにいるのは騎士団の騎士だ。これで全員ではないけどね。我が家を守護してくれる騎士で、対人戦闘においてはかなりの水準だよ」




なるほど。




ここにいるのはブラン・サザンガルド家の騎士団で、親衛隊のような人か。


華族を守護する職業なのだから、魔獣狩りなどより護衛の能力が高いのだろう。




「敬礼!!」


当主とその家族が現れたので、訓練をしていた兵士が全員こちらを向き直り、敬礼している。




「良い。皆の者ご苦労だ。少し訓練のお邪魔をするが、良いか?」




「はっどのような御用でしょうか」


オルランドさんに近づき、敬礼しながら指示を仰いでいるのは、僕が客間から見ていた時にハルバードを担いでいた男性だ。




「娘が客人を連れてきてね。その客人の実力を知りたいんだ。誰かと軽く仕合をさせてほしい」


「……お嬢様のご客人ですかな?……失礼ですが、その少年が?」


「少し怪しむのもわかるが、こう見えて相当な使い手らしい。ハーグもその腕を認めているよ」


「ハーグがですか。それならそれなりに腕は立つようですが…」




男性がこちらに向き直る。




挨拶をしておこう。




「初めまして。シリュウと言います。得物は槍が一番得意ですが、長物なら大体扱えます。剣と弓も多少扱えます」




男性へ武人としての自己紹介をする。






「ご丁寧にありがとうございます。私はブラン・サザンガルド家騎士団の団長をしております。フランコと申します。シリュウ殿はどのような相手との仕合を望みますか」


「もちろん、この中で一番強い人です」


「……はっは!これはなかなか愉快な少年ですな、旦那様」




笑われている。




子どもが背伸びをしているように思われているのだろう。




「しかし、ビーチェの話では3体のBランク魔獣を狩り、ハーグの報告では50体のホブゴブリン群れを単独で討伐しているのだ。それが本当ならフランコ、お前が相手をしてやってほしい」


「………な!?…わかりました…実力など相対すれば容易にわかるもの……このフランコがお相手いたす」




そういうと仕合の準備を始めたフランコさん




僕も訓練用の槍を借りたいな。




「訓練用の槍を貸してもらえますか?」と兵士の方へ言おうとしたら




「シリュウ!持ってきたぞ!これがいいんではないかや?」




ビーチェが槍を持ってきてくれた。




なるほど、僕の愛用しているジャベリンとほぼ同じ長さの木槍だ。


訓練用に穂先は丸めているけど。




「……うん、いいね流石ビーチェだよ、僕のことよくわかっているね」


「そうかや?//うふふ、あははは」


2人で笑い合っていると、周りからは生暖かい視線が飛んで生きている。




「……旦那様…あの方は…お嬢様の婚約者かなにかですかな?…お嬢様があのように乙女の顔をされるとは…初めてみましたぞ」


「……フランコ……言うな…そして願わくば勝て…大人げないが」


「あらあら、あの二人にはいつも桃色の空気が漂っているわねぇ…若いわぁ…」




準備も終わったので、フランコさんと得物をもって向き合う。




10歩程離れた位置に、お互いに構えを取る。




フランコさんは、訓練用の木剣と木盾を得物にしている。




さっきはハルバードをを持っていたけど、こちらが普段の獲物なのか。




「審判は当主の私がする。勝敗は有効打1つを先に決めたほうが勝ちもしくはどちらかが降参をした時だ。あくまで実力を知る仕合なので、ほどほどに頼むぞ」




「シリュウ殿…部下の前ゆえ、手加減はできても容赦はできぬ。恨まれなさるなよ」


「僕の方こそ、部下の前で負けちゃう姿を晒してしまっても恨みっこなしですよ?」


「……面白い……旦那様…合図を」


「うむ、では開始!」




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フランコさんとの仕合は、開始の合図後すぐに終わってしまった。




開始の合図の後に、戦闘態勢に入り、相手の出方を伺っていたところで、審判のオルランドさんから止めの合図が入った。




曰く立ち会った姿勢で、僕の実力がわかってこれ以上の仕合は不毛だとのこと。




立ち合いだけで、実力がわかるとはオルランドさんも武人なのかな。






エンペラーボアを狩る余力も残す必要もあるだろうとのことで、仕合は打ち合いもせず終わってしまった。




僕としては消化不良なんだけども、確かにエンペラーボアのために余力は残しておくべきだと思ったので、素直に引き下がることにした。




今日はもう日が暮れそうなので、このまま湯浴みと夕食を食べることになるそうだ




エクトエンド樹海へはセイトへ送った使者が帰還してからの出発になる。




超早馬で、使者を引き継ぎながら、走らせているようで明後日には帰ってくるとのこと。




ハトウから着いたばかりで疲れていたので、僕は豪華な浴場で湯浴みをさせてもらい、これまた豪勢な食事をビーチェとオルランドさん、アドリアーナさんといただいた後、早々にあてがわれた寝室に行き、眠りに着いた。




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「止め!」


つい反射的に私は叫んでいた。


なぜならこのまま続けると、この少年が当家自慢の騎士団長をねじ伏せる未来が見えてしまったからだ。




その未来はどうやらその騎士団長にも見えたようで、らしくもなく冷や汗を掻いているようだった。




私もサザンガルドの武を司る者として、武術の心得がある。




幼少の頃より、剣術を磨き、戦場を駆け、魔獣を屠ってきた。




若いころはサザンガルド闘技場の武闘会にも出場し、入賞したこともある。




その辺の少し腕に覚えがある若者には到底負けるつもりはない。




そしてそこの騎士団長のフランコも同じように思っていたはずだ。




だがどうだ。




仕合開始の合図ともに、少年から発せられた覇気は獰猛な魔獣のような圧があり、佇まいは達人のそれで隙がなかった。




このままではフランコが一方的に負けると思い、それっぽい理由で仕合を中断したが、フランコの誇りを傷つけたか心配だ。




冷や汗を搔いているフランコに声を掛ける。




「フランコ…すまなかった……中断などと無様な真似をさせてしまった…」


「…いや…旦那様…感謝いたします。あの御仁、あの若さで理の住人かと思いましたぞ」




理(ことわり)の住人




武術家の中で、武術の理に至った達人を評する言葉だ。




武に関する褒章を皇王から戴く際に、この言葉を贈られると、武術の力を褒める最上の言葉として刻まれる。




この国で理の住人と皇王に評されたのは、存命中の者では10人にも満たない。




それほどの猛者、逸材 




フランコは相対して、そのような存在と見紛う気を感じたのだ。




「……あの少年なら、どんな魔獣も狩れましょうぞ。ご安心なされよ。」


「…そうだな。あの少年と出会えた縁を幸運に思うよ」


「ですな。にしてもお嬢様は良い御仁を連れてこられた。ブラン・サザンガルド家も安泰ですな」




それはまだ気が早いと、私は苦笑いしかできなかった。


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