第17話 君のためなら、何だってする
ビーチェがご家族と話すのを、ビーチェの屋敷の客間で紅茶をいただきながら待っていた。
窓の外からは、訓練をしている兵士の方の声が聞こえる。
やはり華族だけあって自前の兵を持っているんだな。
訓練を遠目に見ていたが、じいちゃんの稽古に比べれば、優しく負荷の少なそうだと感じた。
僕はじいちゃんから厳しい稽古を幼少の時から受けていたおかげか、武を生業とする大人の兵士相手でも、十分に戦えそうに感じた。
でも訓練を指揮している大柄の肌が焼けているハルバードを持つあの兵士の人は、できそうだ。
時間があれば、仕合をしてみたいな。
そうこう考えていると、先ほど案内いてくれたメイドのシュリットさんが声をかけてくれた。
「シリュウ様はおいくつなんですか?」
「僕ですか?今月に16になったところです」
「そうなんですか!もう少し下かと思っちゃいました。私と同い年なんですね」
「そうなんですね。シュリットさんはこの屋敷に勤められて長いのですか?」
「そうですね。もう4年になりますかねぇ。12の時にこちらに来ました!私はサザンガルドの近くにある村の出身で、家があまり裕福でないので、住み込みで働かせていただいています」
「12から働いているってすごいですね…」
「いえいえ!学園にも通わせていただいたので、ブラン・サザンガルド家様様です!」
「…ブラン?そのブランって何ですか?」
「ブランは"分家"という意味ですね。本家の方は"フォン"なのでフォン・サザンガルド家です。華族は当主が爵位を頂戴していますが、本家と分家を定めているのです。分家を定めるのは当主の権限の範囲内で、あえて分家を定めない家もありますけどね。」
「へぇ~華族の仕組みってそういう風になっているのですね。血筋を絶やさないような仕組みかなぁ」
「ですね。本家の方で爵位の継承権がある人が全員途絶えてしまうと、分家の当主の方へ、爵位が自動的に移行します」
「自動的に?それは……そうか…戦乱の世の中で、継承権のある人が途絶えるケースが少なくなかったからか…」
「その通りです!シリュウ様は聡いのですね!」
「…そうかな?あはは」
シュリットとの会話はとても楽しい。
また年齢が近い人と話す機会があって、旅はやはりいいものだなと痛感した。
シュリットと楽しく会話をしていると、客間の扉がガチャっと開いた・
「……シリュウや?楽しそうじゃのう?」
出てきたのはビーチェだった。
ワンピースからドレスに着替えている。
ティアラのような髪飾りもついていて、華族のご令嬢らしい装いをしていた。
なぜかジト目でこちらを見てくる。
「ビーチェ!おかえり、話は終わった?」
「終わったが……父様が帰ってきておる。少し話をさせてくりゃれ?」
「わかったよ。それじゃあシュリット、ありがとうね。楽しかったよ」
シュリットにお礼を言う。
「はい!私も楽しかったです!滞在中は私が担当させていただきますのでよろしくお願いいたします!」
シュリットの笑顔で返してくれた。
そんな僕らのやり取りを不満そうに見つめるビーチェ
「妾の権限で、シュリットはシリュウの担当から外す」
あまりにも酷い権力の使い方だ。
「どうしてですか!?何か粗相を…」
シュリットが焦っている。
「なんとなくじゃ」
にべもないビーチェ
「何となくで使用人の配置転換をしないでよ…ほら行こうよ」
僕はビーチェの手を取り、客間を出ていった。
「シ、シリュウ…!//シュリットの前でそんな…」
「……う~ん…なんでだろうね…」
僕はそうとぼける。
でも僕はビーチェの手を取った理由をはっきり自覚していた。
だってビーチェの手が少し震えていたから。
きっとご家族の話で不安になることがあったのだろう。
僕が何か力になればいいんだけど
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ビーチェに連れられて、とある部屋に来た。
どうやらブラン・サザンガルド家の当主であるビーチェの父親の執務室兼書斎らしい。
「ここで父様と話をしてほしい…そして助けてほしいのじゃ」
ビーチェが不安そうに僕に向き直る。
「大丈夫だよ、君のためなら、何だってするさ」
僕は、真っすぐな目でビーチェに答える。
「……ありがとうなのじゃ…じゃあ入るかや」
ビーチェが扉をノックし、どうぞと返事があったので、2人で入る。
入った先には、ビーチェの母親アドリアーナさんと、髪をオールバックにまとめた壮年の男性が立っていた。
「初めまして、シリュウ殿。私はオルランド・ブラン・サザンガルド。このブラン・サザンガルドの当主にして、サザンガルドの地の安寧を守る者だ。娘が大変世話になったようだね、父親としてお礼を言わせてほしい」
「こちらこそ初めまして、シリュウと言います。ビーチェとは旅で出会った友人です。友人を助けることは当然のこと、お礼を言われるほどでもございません」
「……いやはや…魔獣の群れから助けてもらい、ここまで連れてきてくれた。それもどうやらハトウ橋の魔獣も討伐してくれたそうじゃないか。サザンガルドの武を司る者として、ありがたいかぎりだよ」
「サザンガルドの武?」
「このサザンガルドは、サザンガルド家が統治しているが、本家は主に内政を管轄していてね。サザンガルドの領邦軍は分家当主の私が管轄しているのだよ。つまりこの街のとその一帯の治安維持は私の仕事でね。君は私の仕事を1つ無償で片付けてくれたのさ」
そういうことなのか、だからビーチェが武に明るいのか。
ブラン・サザンガルド家は武家なのだ。
当主教育とはいえ軍事教練で賊狩りなどをしていたのは、それが仕事だからなのか。
「まぁ、我が家のことは落ち着いたらいくらでも教えてあげよう。今は時間がない。少し話をさせてくれないか」
オルランドさんが真剣な表情でこちらに向き直る。
「はい、どうぞ」
僕も姿勢を正して、向き直る。
「…君は、エンペラーボアを知っているか?」
……エンペラーボア……僕はその名を知っている。
エクトエンド樹海に偶に出没していた魔獣で、普段遭遇する魔獣の2段階は強い奴だ。
「…知っています。エクトエンド樹海に住み着いている。なかなか厄介な魔獣です」
「あれほどの魔獣をなかなか厄介の程度で表現できるとは…君は大物だな」
オルランドが苦笑いをしている。
「そのエンペラーボアが何か?」
僕はオルランドに問うた。
オルランドさんはアドリアーナさんの方を向き、アイコンタクトを交わした、お互いに頷いた。
「単刀直入に言う。これからすぐエクトエンド樹海に赴き、エンペラーボアを捜索してきてくれないか。できれば1週間以内に」
「わかりました」
「………無論無償ではない…当家ができる最大限の報酬を………ってええ!?即答かい?こちらから依頼しておきながらだが…報酬も聞かずに」
オルランドさんが驚きなが僕に言う。
しかし僕はエンペラーボアの名が出た段階で、話の流れを掴んでいた。
「……エンペラーボアの肝が必要なのでしょう?」
「……!?なぜそれを!?」
「エンペラーボアの肝には、人体の自然治癒力を爆発的に上げる効果があり、あらゆる薬の素材に使われています。ビーチェから道中で、弟さんの体調が良くないと聞きました。先ほどからビーチェの表情が固く、不安でいっぱいです。先ほどのご家族だけで話されたことは、おそらく弟さんの病状が良くない話だと推察しました。そしてその後に出てきたエンペラーボア、弟さんを助けるのにエンペラーボアの肝が必要なのでしょう」
「驚いた…ハーグから報告があり、相当な武の者だと認識していたが、頭も回るのか」
「ベアトの表情を良く見て、何が不安かも見抜いていたのも驚きね……あなたたちほんとに数日だけの仲?」
オルランドさんとアドリアーナさんが驚くような表情で僕を見ている。
「ふふーん、シリュウは凄いのじゃ!」
なぜか自分のように得意げなビーチェ
まあいいけどね
「さて本題だ。君はエクトエンドの出身らしいな。あそこの村の存在は私も知っている。ただ子どもがいたことは初耳で驚いているがな。君に頼みたいのは現地の案内だ。土地勘がある君なら、エンペラーボアを1週間で発見できると思い依頼したい。発見後は当家で人を出して討伐し、素材を持ち帰る手筈だ」
「……1人では難しいかもしれません」
僕は正直にそう答える。
「人手はいくらでも出す。何なら馬も出す。我が家の選りすぐりの兵士を付けよう。何なら魔獣狩りに慣れた冒険者も依頼を出して、同行させよう」
勘違いさせてしまったようだ。1人で難しいのは、討伐の方ではない。
「ああいえ、言葉足らずですみません。討伐だけなら1人で大丈夫です。」
「へ?……」
オルランドさんが呆けたような声を出す。
「エンペラーボアを発見できれば、万全の状態であれば、僕1人でも十分に狩れるでしょう。ただ問題は捜索です。エクトエンドは広く、ただし当代のエンペラーボアは1体。広大な樹海から巨躯とは言え1体の魔獣を探し出すのは困難です。でも発見することができる人物を僕は知っています」
僕の言葉に3人の視線が集中する。
「…それは誰なのじゃ……?」
「……君だよ、ビーチェ。君がエンペラーボアを見つけるんだ」
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