第12話 乗り合い馬車と交差点

烈歴 98年 4の月13日


 僕らはサザンガルドへ向かうため、駅のロビーで乗り合い馬車の出発を待っていた。




時刻は早朝、夜明けから1時間程経過しているが、街は行き交う人で活気に溢れていた。


このハトウの街も田舎の街の例に漏れず、街灯がそこまで設置されていないので、街の活動時間は、自然に早めになるのだろう。




「はぁ~これでサザンガルドに帰れるのぅ…まぁ家出した手前、実家には帰りにくいのじゃが…」 


あくびをしながら、独り言ちているビーチェ。


今日は冒険者風の格好ではなく、紺色のワンピースを着ていて、いいところのお嬢様のような風貌をしている。


よく見たら靴もブーツではなく、革のローファーだ。


いつ、どこで手に入れたのか…




「昨日とは違う格好だね、いつ買いに行ったの?ずっと僕といてそんな暇なかったと思うけど」


「あ~宿の主人に言うて取り寄せてもろうた。今日は乗り合い馬車での旅じゃから、そこまで動きやすい格好でなくて良いからの。お代はもちろん払うつもりじゃぞ」


「まだ払ってないよね…」


「手持ちがないでの、ツケさせてもろうた。父様に」


「また怒られる理由増やしてるだけでは…?」


「かっかっか!父様は娘の服代にケチつける程、器が狭量でないから大丈夫じゃ」


ビーチェが高らかに笑う。


まぁこれは親子の問題だから僕がどうこう言うこともないか。




「ハトウからサザンガルドへの乗り合い馬車での行程は知ってるかや?」


ビーチェが僕に尋ねてくる。


「いや、知らないよ。ハトウの街から遠くに行くのは初めてだからね。1日あれば着くのは知ってる」


「そうかや。まずハトウから大街道に向かう。ここの大街道は商都カイサと軍都サザンガルドを結ぶ「海山道(かいさんどう)じゃな。このハトウの街道と大街道が接続する交差点があっての、そこで一旦大きめ休息をとるはずじゃ、昼過ぎくらいじゃから5時間程度かのう」


「その交差点には街があるの?宿場町のような?」


「ふむ…それも知らぬか…ならばそれは言うまい。行ってからの楽しみにしておこう。まぁその「交差点」で休息したのちは、海山道でサザンガルドへ向かう。街道が整備されておるから、ハトウの街道の倍ほどの速さで進むじゃろう。昼過ぎから休憩を含めても、夕方にはサザンガルドに着く」


「そんなに?確かに土ではない素材で整備されているとは聞いたけど…」


「まぁこれも見てからの楽しみじゃろうて。ほれ出発のようじゃぞ」


ビーチェがそう言うと、馬車の御者と思われる人がロビーに声をかけている。


「それでは本日の運行を開始します。本日最初の便は、サザンガルド行、紺馬車になります。お手持ちの札で1番から5番の方は1番乗り場の方へお越しください」




僕は手に持つさっき受付の人から貰った札を見る。


札には1番と書かれていた。


どうやら本当に1番乗りに主人はしてくれたようだ。




「ほぅ…紺馬車とはの…主人には感謝せねばな」


ビーチェが感嘆したかのように言う。


「紺馬車って?」


「乗り合い馬車にも"格"があっての、紺・青・赤・茶の4種がある。主に座席の広さや座り心地等の馬車の質が変わり、御者も格が高い馬車の方が経験の長い者が就くことが多い。紺は最高格の乗り合い馬車じゃよ。主人はお主に礼を尽くしたいのじゃろうて」


「ん~…それじゃあ…お高いんじゃ?」


「まぁ一般的に良く乗られるのが赤馬車じゃが、紺馬車はその4倍の値段はするのう」


「4倍!?」


「ハトウからサザンガルドまでは赤馬車でおおよほ金貨6枚じゃから…紺馬車で金貨24枚?2人分で48枚か…かっかっか!よほどご主人はお主のことを気に入ったようじゃのう」


今からでも一部払ってこようかな……


申し訳なさすぎて逆に乗り心地悪そうだ




ビーチェは気にせず紺馬車と呼ばれる乗り合い馬車に乗る。


流石お嬢様で勝手知ったるように乗っていく。




紺馬車は、馬が2頭で曳くようだ。


僕らが座る場所はどうやら個室になっているようだ。




個室は全部で向かい合うようにソファのような座席がある。


窓も両側についていて景色が楽しめるようになっている。


個室は全部で5つあり、縦に5列並ぶような配置だ。


僕らは最前列の個室に乗り込んだ。




「すごいね……飾りも豪華だし、自分が華族か皇族かになったように思えるよ」


「……皇族のぅ」


ビーチェが少し訝しがる。


「どうしたの?」


「いや何でもないぞ。じゃが本物の華族や皇族は自前の馬車があるでの、乗り合い馬車には乗らぬよ」




本当の富豪はレベルが違った。乗ることがあるではなく、所有するのか。




「………う~ん、こういう経験の差を感じると、ビーチェが遠い存在のように思えちゃうね」


僕は何気なくつぶやいた。


「…むっ……それは嫌じゃのう…」


どうやらビーチェの機嫌を損ねてしまったようだ。


「ごめんごめん、僕はビーチェがどんな家柄でも、勝手に友人だと思っているよ」


「……友人か……今はそれでよいかの…。してシリュウ…女子の友人は他におるのかや?」


「いないよ、いない。幼少の頃は覚えてないけど、思い出す限りビーチェが初めて」


「かっかっかっか!!そうか、そうかや!ならば良いぞ!」


良く分からないツボに入ったようで、ビーチェがご機嫌になったところで、乗り合い馬車は出発した。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


乗り合い馬車は順調に進んだ。


ハトウの街からどんどん離れていく景色は、何でもない風景なんだろうけど僕にとっては新鮮で、ずっと窓を眺めていた。




ビーチェは最初は僕の対面に座っていたが、僕がずっと景色を見ているものだから、「退屈じゃ!」と言って僕の隣に座ってきた。


そのまましばらくすると、僕の左肩を枕に夢の世界へ旅立っていった。




そのまま乗り合い馬車が進むと、進む先に、活気のある風景が目に入ってきた。


どうやら幕がかなりの数設置されていて、泊まっている馬車も相当数ある。




馬車がその風景まで近づいていると、その全貌が見えてきた。


ハトウの街道と、大街道と見られる道の接続点を中心に、多数の幕や馬車、人が集まり、一つの"町"を形成している。




これがビーチェの言っていた「交差点」か!




そしてその町の人々は、僕たちの馬車を見つけると、次々に歓声を上げ、人によっては手を振ってくれていた。




まるで英雄の凱旋だ。


そんな歓声でビーチェが目を覚ました。




「ふわぁ~着いたかのぅ、交差点に。相変わらず馬車の中まで響いてかなわんのう…」


「この歓声は?」


「あ~英雄のように迎えているようじゃが、その実、上客が来たのを喜んでいる商人じゃろ。この馬車は紺馬車じゃからのう…茶馬車なんぞは、見向きもされぬよ」




なるほど、紺馬車に乗っているのは、ほとんどの確率で手持ちの多い富裕層だ。




ここは街道と街道が交わり、その地点に商機を嗅ぎ付けた商人が集まる場所なのか。




「まぁシリュウもだいたいわかったじゃろうが、ここは乗り合い馬車の中継地点で、様々な商人や店が集まる交差点、通称「サービスエリア」じゃ。大街道の付近には何箇所かあるぞい。ここではある程度物が揃うし、食も豊富じゃぞ。中には宿や浴場を経営する商人もおるほどじゃ」




「すごいね、ほとんど町じゃないか」


「まぁのう、今場所唯一の建物は、交差点付近に立っている領邦軍の駐屯所くらいじゃろうて」




ビーチェがそう言うと、確かに交差点と呼ばれる付近に3階建ての木屋が立っていた。周りが、幕や馬車だらけなので、3階建ての割に、突出して大きく見える。




「一旦ここで休憩じゃな、妾はお腹が空いたぞ!シリュウ!何かうまいものでも食べに行こうぞ!」




さっきまで寝ていた人とは思えない程のテンションでビーチェは僕に提案する。




苦笑しながらも僕は「仕方ないなぁ」と答え、ビーチェの手を引かれサービスエリアの町に飛び込んでいった。

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