第9話 橋の魔獣を駆逐せよ!

ハトウの兵士とともに、橋に居着くホブゴブリン約30体を狩りに行くことになった僕らは、討伐の準備を始めた。




僕が準備したいのは得物の調達だ。




「ハーグさん、この町に薙刀が手に入る場所はありますか?」


「薙刀ですかな?それはまた…物珍しいものをご所望で」




「聞いたところホブゴブリンは比較的小柄の魔獣のようで、小柄の魔獣を多数狩るには薙刀が便利なんですよ」




「承知しました。街の武具屋にはあるでしょうから、兵士に取りに行かせましょう。あぁ薙刀のお代は結構です。ご助力願うのですから、我々で持ちます。もちろん討伐した際の報酬も冒険者ギルドの報酬に準じて支給しますぞ」




「よろしくお願いします」




「なんじゃシリュウ、槍と刀以外にも扱える得物があるのかや?」




兵士の人が薙刀を調達してくるまで、駐屯所の入り口で待っていると、ビーチェから問われた。




「長物は大体いけるよ。でも短剣は苦手だなぁ。リーチが欲しくなるんだ。あと気付いていると思うけど魔術はからっきしで、どの属性の魔法も打てないよ」




「魔術は…まぁ火おこしも火打石でやっておったし、おそらくは使えんじゃろうとは思った。でもシリュウのことじゃから魔術も一級品だとか……」




「ないない。魔術はほんとだめで、基礎理論も理解できていないよ。だから対魔術師の実戦は僕の課題かなぁ」




魔術は基本4属性の風・水・火・土があり、それぞれ上位属性の雷・氷・爆・鋼がある。




魔術は才能のあるものしか扱えず、それも血筋に拠るところが大きいため、一般人は基本的には魔術を扱うことは難しい。使えたとしても火で明りを灯したり、ろ過した水を生み出したり、風車を回す程度に送風したり、土嚢を作れるなど、生活魔術レベルだ。




戦闘や職業として活用していくレベルになると、一族全員が魔術の才能があり、他家と婚姻を結ぶ時にも、伴侶として選ばれる基準は魔術の才能が第一で、個人の性格や家柄等は二の次になるそうだ。




ゆえに魔術師の家系は、血を濃くするため、かなり閉鎖的な社会文化になっており、行きつくところまでいく家系だと近親相姦も珍しくないのだとか……魔術と対局に位置する武術の人間である僕には全く理解のできない世界だ。




武術の世界は才ではなく、己が努力が全てである。


また武術は才なき者が才ある者に打ち克つための手段とも言われる。






「まぁシリュウの武術の腕前で魔術も扱えるとなるといよいよ人かどうか疑うところじゃ。仁神の生まれ代わりじゃと教会に報告せねばならない」




ビーチェが冗談交じりに言ってくるが、皇国を建国した偉大な存在である仁神に例えられるのは流石にやりすぎだろう。




「……やめてよ…ほら…兵士の人が薙刀を持ってきてくれた。そろそろ行くよ」




「かっかっか!またシリュウの武を見られるとは愉快愉快!爆ぜ飛ぶゴブリンどもが哀れじゃぞい!」




兵士の方から薙刀を受け取った僕らはハーグ隊長と落ち合う約束をしているハトウの街の南東口まで歩いて行った。




そこにはアーマープレートを着た兵士10人とハーグ隊長がいて、馬が10頭ほど並んでいた。




「お待ちしておりました。こちらも出立の準備が整っております。得物はそちらで問題ありませんかな?」




「はい。刃も綺麗で、柄もしっかりしている。きちんと手入れされている薙刀でした。素晴らしい武器屋がこのハトウにはあるのですね」




「はっはっは。主人は「この街は平和で武器がなかなか売れぬから磨くしかすることがない」と嘆いておりましたがな」




ハーグ隊長が快活に笑う。しかし日頃から商品を万全の状態にしているのはプロ意識が高い武器屋だ。素晴らしい。




兵士もこいつは誰だと訝しげに見ているが、ハーグ隊長と談笑していると警戒の色が薄れているように思える。




簡単に助っ人だと説明してもらったが、どれほどかの助っ人かは兵士からは未知数だろう。


でも否定的な目線はほとんどないからまぁいいかな。




しかし僕の懸念は別のところにあった。


居並ぶ馬たち…つまり…これは…




「ではシリュウ殿。こちらの馬をどうぞ、大人しく賢い奴で、見知らぬ人も問題なく乗せる馬ですぞ」




笑顔で馬を引いてくれるハーグ隊長…その笑顔が眩しい…




ビーチェが「妾の馬は?」と空気を読まず聞いている。




ハーグ隊長は「着いてくるなら私の後ろになりますが良いですかな?」とあしらっている。




ビーチェは不満そうに「……うぐぐ」と唸っている。どうやら前に騎乗したいのかな?




「ビーチェは騎乗ができるの?」と僕は聞いた。




「うむ。華族の嗜みとして幼少から騎乗訓練はあるでのう、戦闘騎乗は程ほどじゃが、通常騎乗は問題ないぞ」




なるほどこれは渡りに船ではないだろうか。




「………ならビーチェの後ろに乗せてもらおうかな…」




僕がそう呟くとビーチェは訝しがる。


「…ん?」




そこでハーグ隊長がはっと気付いたようにおっしゃる。


「シリュウ殿…失礼ながら騎乗の経験は?」




「…………ありません」




いやこれは恥ではない。


言うは一時の恥言わぬは一生の恥なのだ。


武に連なるものでも、馬に乗ったことがないなんて、別におかしくは……




「はっはっはっはっは!!シリュウ…!お主…!馬に乗ったことがないのかや!?」




全力でおかしそうにしている奴がいる。コノヤロウ




「ないよ…田舎の村だし、周りは樹海…馬に乗る機会も利便性もない暮らしをしていたからね」




「いやはや…これは傑作じゃ……あんな巨大な魔獣を屠って平然としていたシリュウが、馬に乗ったことがないと…」




「私としても失礼いたしました。シリュウ殿ほどの猛者であれば、騎乗くらいは軽くこなすものかと…」




ハーグ隊長に謝罪される。僕は首を振りながらハーグ隊長に弁明する。




「いえいえ、ハーグ隊長は悪くありません。そもそも討伐に行く時点で騎乗についてお話しておくべきでした。いらぬ気を遣わせてしまい申し訳ありません」




「シリュウ……!………馬に……乗れぬ……!…そして妾の後ろに…乗る!…しがみつきながら…!」




ビーチェは腹を抱えて地面にのたうち回るように笑っている。




いつまで笑っているんだこの令嬢は……また騎乗後の妄想にも浸っている。




そんなビーチェに冷たい視線を送っていると、何人かの兵士が僕の方に手をポンと置いて優しい顔でうなずいていた。




いや…全然気にしてませんから…








ほんとに!……全然…




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




出発前の一幕を経て僕らは、魔獣が居着いているというハトウ橋へ向かった。




馬でおおよそ1時間程度のようだ。




僕はビーチェと同じ馬に騎乗し、ビーチェを後ろから抱きしめる形で座っている。




「……シリュウよ……笑うたことは謝るゆえ…もう少し…力を緩めてくれんかの…少し気恥ずかしいぞ…」


「嫌だ。落ちる」


「落ちぬて!?」




初めての騎乗であり、そしてまぁまぁのスピードで駆けている。


偶に上下に跳ねたりもして、僕の心は落ち着かない。




僕にできることは目の前の女性の腰にしがみつくことだけだった。




「………まぁこれはこれで良いがの…//」




「何か言った?」




「……何もいっておらぬよ!橋に着いたらお主の出番じゃ!それまでせいぜい妾の抱き心地を楽しんでいるがよいぞ!かっかっか」




ビーチェが調子の良いことを言っているが反論する気力もない。


そのまま橋に着くまで僕は、ビーチェの腰を生命線に到着することを祈るしかなかった。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


討伐隊はハトウの橋に到着した。




橋は石造りのようで、馬車が対面通行できるくらいの幅はあるそこそこ大きな橋だ。




そこにホブゴブリンと見られる魔獣が多数うろついている。




事前の報告では30体と聞いていたが、簡単に数えただけでも50は超えているように見える。




「隊長…いかがしますか…」




偵察のため先行していた兵士がハーグ隊長に問う。




「……30ならやりようはあったが…シリュウ殿の助力があるとはいえ、あそこまでの数となるとこちらの損害も避けられまい…」




「…では…?」




「……一度撤退し、近隣の駐屯地から援軍を貰い、討伐隊を増強してから再度討伐を行う。お嬢様とシリュウ殿にも説明に行かねばな、ここで待機しててくれ」




「はっ!」




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


橋の付近に到着し、僕は青い空を無心で眺めていた。




騎乗ができないことが知られたは良い。




これから乗れるように訓練すればいいのだ。




誰だって最初から乗れるわけではないはずだから。




でも怖さゆえに、女性に1時間も抱き着き続けた事実は、16の男子の心にはあまりにも重すぎる刃であった。




「………なさけない」


「人間得手、不得手もあろうて。妾としてはシリュウが甘えてきて可愛かったぞ?今までは一方的に助けてもらったばかりじゃからの」


「………僕は大丈夫?」


「(何が大丈夫かはさっぱりじゃが)大丈夫じゃ、大丈夫。ほれ見よ、ホブゴブリンの群れじゃぞ」




ビーチェが指を先には橋に屯するホブゴブリンと見られる魔獣の群れがいた。




「30ほどと聞いておったがの…増えたかや?50はいるように思えるが…」




ビーチェが手を目の上に当てながら橋を見ているとハーグ隊長がこちらに来た。




「お嬢様、シリュウ殿、ご足労いただいて申し訳ございませんが、数が報告より大幅に増えております。このままではこちらの討伐隊にも甚大な被害が出そうなので一度撤退し、討伐隊を再編成しようかと」




「まぁ…普通ならその判断で間違いないよのう…報告と現場が違えている状況で戦闘することの危険は兵士として当然の懸念じゃ、シリュウよ?戻るそうじゃが、良いか?」




ビーチェがハーグ隊長の報告内容を聞いて、僕に尋ねる。




「……戻る?戻るってことは戻ってまたここに来る?そして戻る?」




「そうじゃな、妾の腰にあと3回は抱き着けるぞよ?良かったのう?」




「……あと3回も?この思いをする?…死んでしまう…」






僕の心が絶望に染まる。この情けない思いをあと3回もするのか…?










なぜ?誰のせいで?
















決まっている。


















あの橋にいる奴らのせいだ。


















駆逐してやる。














一匹残らず。








「……許さん…」






「ほ?…どうしたかや?シリュウよ…」






「許さーーーーーーーーーーん!!!!!!!!!!!!!!」




「ちょっ!まっ!どこへ行くのかや!?そっちは橋のほうじゃ!?…!?」




ビーチェの制止も聞かず、僕は薙刀を手に、ホブゴブリンの群れに突っ込んだ








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