第10話 シリュウ暴走

ハーグは目の前の橋の光景を、目を真ん丸にして眺めていた。部下の兵士も一様に同じだ。




皆目を丸くし、口を開け、何か信じられないようなものを見ていた。




お嬢様が連れてきたシリュウという少年の腕前については、疑問を持っていなかった。




サザンガルド家でも有数の武術家のベアトリーチェお嬢様が認めていたことから、ある程度武術の心得がある少年だとは考えていた。




AランクやBランクの魔獣を狩ったという逸話も鵜呑みにはしなかったが、それでも力ある助っ人だと思い、討伐現場まで同行してもらったが……さすがに目の前の光景は想定外だ。






シリュウという少年がこのハーグの背丈よりもある薙刀を片手で、サーベルのように振り回し、ホブゴブリンを両断していくではないか。




何かを叫んだあと、凄まじいスピードで群れに突っ込んだ後は、こちらが心配する間もなくホブゴブリンを蹴散らしていく。




シリュウを連れてきて推薦した当人であるベアトリーチェお嬢様は、その無双振りを見て驚くこともなくむしろ腹を抱えて笑っていらっしゃる。


なんと剛毅なお方よ…




シリュウの戦い振りはあまりに直情的だが、それゆえに隙がない。




一騎当千




まさにその言葉が当てはまる。




その姿はかつて帝国からの大軍を寡兵で押し返したコウロン・ドラゴスピアを彷彿させた。




コウロン・ドラゴスピアはこの国では知らぬ大人はおらぬほどの大人物




昔皇国軍に所属していた私からすれば、雲の上の存在である。




コウロン・ドラゴスピアには確か一人娘がいたとの話を聞いたことがあるが、孫がいたとは聞いたこともない。




「まさか…な…少し昔を懐かしんでしもうたわ…」




あまりの無双振りに、少年をかつての英雄に重ね合わせるとは私も年を取ったものだと感じ入る。




わずか15分程度で、橋の上のホブゴブリンを一掃してしまった少年に感嘆しつつも、我が駐屯所の厄介事を解決してくれた感謝を胸に刻んだ。




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やってしまった。




正気に戻った僕が、感じたのは、その感情。


やらかした。




いかに低ランクと知らされど、初めて相対する魔獣の群れに突っ込んでいくなど言語道断。




じいちゃんに見られていたら拳骨が50発は下る愚かな所業




橋の上で、散乱するホブゴブリンの遺骸に目もくれず、僕は橋の真ん中で自己嫌悪に陥りながら三角座りをしていた。




「お~い、シリュウや!お疲れ様なのじゃ、流石の働きぶりよの~痛快じゃったぞ」


「僕は阿呆です。殴ってください」


「なんでじゃ!?何をそんなに卑屈になっておる?」


「いやだって……うぐぅ」




そんなこと言えるわけがない。




そんな恥ずかしいこと。






ビーチェに抱き着いて騎乗した情けない姿を晒して、これ以上ビーチェに醜態は晒せないと…




……




そんな青少年に一般的(僕はそう思っている)の見栄を張れず、恥ずかしさを紛らわすために、魔獣で鬱憤を晴らしただの……




未熟すぎる自分に嫌気がさしているのだ。




僕が三角座りをしながらいじけているとビーチェが近づいてきて、腰を落として、座っている僕と目線を合わして頭を撫でた。




「格好良かったぞ。お主のおかげで乗り合い馬車が運行再開じゃ。待合のロビーで困っていた人たちは、皆お主のおかげで助かるのじゃ」




そのビーチェの言葉は僕の心の奥に入り込み、撫でられている頭からは言いようのない温かさが伝わってきた。




僕はまた情けなくも「……うん」としか答えることができなかった。




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僕が蹴散らしたホブゴブリンの片づけと橋の清掃はそのまま討伐隊に行ってもらうことになった。




僕も手伝おうと申し出たが、討伐隊の人も「ここまできて俺たちだけ仕事がないなんてごめんだぜ!英雄さんはゆっくりしてくださんなぁ!」と言われ、ご厚意に甘え、ビーチェと二人でハトウの街へ戻った。




帰りの騎乗では、ビーチェに抱き着く強さが少しだけ弱くなった気がした。




ビーチェは「これもこれで良いのぅ…//」と良く分からないことを言っていたが、気にしないことにした。




ハトウの街へ戻ると、ホブゴブリンの返り血で真っ赤になった僕を住民が見て、少し悲鳴騒ぎになったが、ビーチェが橋の魔獣を駆除した英雄だと喧伝したおかげで、悲鳴が一転、歓声に変わった。




歩く先々でお礼を言われつつ、乗り合い馬車の駅に向かい、運行の予定を確認しにいった。




業者の方には、先行して戻った兵士の方から連絡が来ている模様で、それはもう最大級のお礼をご主人から言われた。




「ありがとうございます!!あなた様のおかげで我が商売の信用が揺らぐことはありませんでした!なにとぞお礼を!」




「いやいや大丈夫ですよ、サザンガルドまで2人分お願いしたいのですけど」




「もちろんです!おっしゃる時刻で出発させましょう!あぁ、もちろん料金はいただきません!すぐに手配させますゆえ!」




「……だそうだよ?ビーチェどうする?」




「……ん~いまから乗り合い馬車を出してもサザンガルドには今日中には着かぬじゃろう?途中リーゼで一泊するのであれば、出発しても良いが」




「リーゼって?」




「ハトウとサザンガルドの間にある宿場町のことじゃ。間といっても直線上にはないから、少し寄り道する形にはなるかのう。こう楕円の半円のような旅路になるじゃろうて」




「ん~リーゼには特に用はないからなぁ、ハトウから直接サザンガルドに向かいたいね。なら今日はハトウで1泊していこうか」




「それがよいの、主人明日朝一番での便で2人良いかの?」


「かしこまりました!何なら宿も私のほうで手配しましょう!」




「いやいや流石にそれは申し訳ないですよ!」




「いえいえそんなことはございません!冒険者ギルドに依頼することを考えましたら、お二方の宿代や馬車代など霞のようです」




乗り合い馬車の主人曰く魔獣の発生のようなトラブルが発生した時は、まず領邦軍が対処すべきか考える。




領邦軍が対処すべきと判断すれば、そのまま領邦軍で処理できるが、領邦軍の動きはいかんせん判断や意思決定が組織で行われるため一定時間がかかるのだろう。




主人のような商人には時は命、一刻も早く解決してほしい時に冒険者ギルドを頼るのだそうだ。




今回も冒険者ギルドを頼ろうとしたが、不幸にも対応できる冒険者が居らず途方に暮れていたそうだ。




乗り合い馬車が運行停止となると1日だけでも機会損失が金貨数百枚になるそうで、そんな中無償で魔獣狩りをした僕らはもう神様のように見えるのだった。






「まぁシリュウよ。お主はそれだけの働きをしたと思うぞ?ここは主人に甘えよ」




ビーチェが大人の余裕をもって僕を諭すが、君無一文だよね?何でそんなに余裕があるの?




ビーチェの余裕に少し納得がいかないながらご主人のご厚意に甘えることした。




「してお二人は夫婦でございますか?部屋は1部屋でよろしいでしょうか?」




主人がとんでもないことを言う。僕は即座に回答した。






「いえ違います2部屋お願いします」「うむ!1部屋で良いぞ」




真っ赤になりながら否定する僕






余裕のある態度で回答したビーチェ












主人頼むぞ。間違えるなよ










「なるほど、なるほど。ではこの街一番の部屋を有する宿を手配しましょう。何お二人で泊まられても広さは十分にございます」






なんでだよ。






こうして僕らはハトウの街で一泊してからサザンガルドに向かうことにした。


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