第8話 ビーチェの本名、シリュウの実力

ビーチェに連れられてやってきたハトウの軍の駐屯地を見る。




3階建ての砦のような石作りの建物で、いかにも軍の駐屯地という風貌をしている。


入口には兵士が1人警備のために立っていた。




「シリュウは駐屯地には2種類あるのは知っておるかや?」


「え?そうなの?」


「そうじゃ、皇王直属の皇国軍の駐屯地と各地方の華族の領邦軍の駐屯地じゃ」


「そうなんだ。その2つの軍があるのは知っていたけど、駐屯地まで分かれているなんて知らなかったよ」


「かっかっか!まぁ役割が違うでのう。皇国軍は他国との戦争や皇族の護衛が主な仕事で、領邦軍は各領地の治安維持が主な仕事じゃ。ハトウの街は軍事戦略的にはさほど重要視されておらぬから皇国軍は駐屯せんのよ。この駐屯地は領邦軍のものじゃ、つまり…」


「つまり?」


「こういうことじゃ」




そう言うと、駐屯地の入口を堂々と通ろうとするビーチェ


流石に警備の兵士も気づいて、ビーチェを止める。




「何か御用か、ここは領邦軍の駐屯地である」


「そうじゃ、妾の顔がわからぬかや?」


「…顔…?……!?まさか…あなた様は!?」


「名乗った方が良いのかや?」


「…いえ…失礼いたしました。ここの責任者のハーグ隊長へ取り次ぎますか?」


「頼む」


「畏まりました!」




まさかの顔パスである。本当に令嬢なんだね。


「ほれ、シリュウも来るがよい」




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


駐屯地の兵士に案内され、僕らは駐屯地の応接室みたいな部屋に通された。




そこには、立派な黒髭を生やした壮年のアーマープレートを着た男性が立っていた。




「ベアトリーチェお嬢様、お久しぶりでございます。ハーグでございます。そちらの少年はお初にお目にかかる。このハトウ駐屯地の責任者をしているハーグと申す。どうぞそこのソファーにお掛けくだされ」




成人したとはいえ、かなり年下の僕に対して丁寧な挨拶をしてくれた。




「シリュウと言います。よろしくお願いいたします。」




ビーチェはベアトリーチェが本名なのか。ビーチェと関係がうまく説明できないため、ここは名前だけ名乗ろう。関係性の説明はビーチェに任せた。




「ハーグか、久しいのう。サザンガルドからハトウに赴任してもう2年ほどかや?」


「それくらいになります。今回お嬢様の顔を見れて安堵の気持ちでいっぱいですぞ…」


「…ん?まさか実家から?」


「サザンガルド衛星都市一帯に捜索命令が出ておりましたので…」




あ~入口の兵士の人が顔を見てびっくりしたのはそういうことなのか。




ただ偉いさんのお嬢様が来たではなくて、捜索中のお嬢様が来たからなのか。




目下指名手配中の犯人がのこのこ出頭したようなもの、そりゃびっくりよ。




「まったく、人遣いが荒い家よのう」




あなたが家出したせいですよ?もっと悪びれて?




「とにかく無事で良かった。実家にはご連絡差し上げても?」


「問題ない。今実家に帰る途中じゃからの」


「それは重畳。旦那様と奥方様も安心なされるでしょう」


「母様はともかく父様は知らないのじゃ……」


「そう言われなさるな。我々からすると娘を溺愛しているただの親ですぞ」


「……あれがぁ?ほんとかやぁ?厳しいことばっか押し付けるのじゃぞ!」


「親の心子知らずとはよく言ったものです。それもベアトリーチェお嬢様のためとのこと」


「……妾は知らぬ」




ビーチェはバツが悪そうにそっぽを向いてしまった。ハーグ隊長のいうことに心当たりがあって反論しづらかったのだろう。


「ところで…そちらの少年…シリュウ殿について聞いても?」


「うむ、シリュウは妾がエクトエンド樹海で遭難していた時に、魔獣から助けてもらったのじゃ!そこからシリュウに同行してハトウまで連れてきてもろた!」


「エ、エクトエンド樹海に!?お嬢様…また無茶しなさる…」


「…………テヘ★」


また?


あれだけのことをやらかして初犯じゃない…だと…!?




「シリュウ殿、お嬢様を助けていただきありがとうございました。あなたはサザンガルド家の恩人です」




「いえいえ…危ないところを助けるのは人としての道理…当然のことです……ん?サザンガルド家?」


ビーチェの姓がサザンガルド…つまり…




「あっ!バラすでない!」


「おや?身元を明かしていなかったのですかな?」


「……シリュウとは、家柄とか関係なく付き合いをしていきたかったのじゃ……隠せるだけ隠そうと」


「今更気にしないよ、華族ってことは聞いていたし、ほら僕って田舎ものだから華族の序列とかわからないしさ」


「……まぁシリュウが今さら家柄にすり寄ってくる男など思ってはおらぬよ。ここできちんと名乗ろうかの」




そう言うとビーチェは僕の前に立ち、羽織っていたマントをスカートに見立てカーテシーをしながら名乗った。




「妾は、ベアトリーチェ・ブラン・サザンガルド。サザンガルドを治める一族に連なる者。どうぞお見知りおきを」


その姿は気品に満ち溢れてて、どこからどう見ても華族のお嬢様だった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~






「妾達がここに来たのは、乗り合い馬車が運行停止になっている件じゃ。これではサザンガルドまで帰れぬからのう」




ビーチェが切り出す。それに対してハーグ隊長が渋そうな顔で答えた。




「運行停止になったのは今日のことです。昨晩にサザンガルドまでにあるハトウ橋に魔獣の群れが居着いているのを巡回の兵士が発見しました。魔獣はゴブリンの風貌をしていたようですが、日の明るくなった朝に確認するとより上位種のホブゴブリンだと確認されました。数はおよそ30で、現在ハトウの兵士で討伐隊を編成しております。冒険者ギルドにも乗り合い馬車の業者から討伐依頼出しているようですが、Dランクのホブゴブリン30体となると最低でもCランク、できればBランクの冒険者に受注してほしいそうですが、現在ハトウに滞在している冒険者の最高ランクはDで、冒険者ギルドとしては受注できないそうです」




「なるほどのぅ…ホブゴブリンが30体か…ハトウの兵士で行けるのかや?」


「正直五分かと…現在ハトウに滞在しているの兵士は50人で、ハトウに残す兵士や討伐に出せる実力のある兵士を考えて討伐隊は10名が限界です」




「ハトウは比較的平和だから、腕っぷしが良いやつはなかなか派遣されぬからのう…」




「お恥ずかしながら私も派遣された身です…」




ビーチェの物言いにハーグ隊長が苦笑する。




「良い良い、お主の実力は知っておるホブゴブリンなら一対一ならまず負けぬじゃろう。ただ30体か…」




ビーチェが難しい顔をしている。ホブゴブリンとはそこまでの強い魔獣なのだろうか。




「ねぇ、ビーチェ。僕はエクトエンド樹海の魔獣しか知らないんだけど、ホブゴブリンてどれくらい強いの?」




「魔獣には強さで冒険者ギルドによって、ランク付けされていての。一番上がSで、一番下がFの7段階に分類されておる。ホブゴブリンはDじゃの、そこそこの強さで、新兵ならまず負ける。中堅の兵士なら一対一で勝てる、ベテラン兵士なら多対一をこなせるほどじゃなかろうか?」




「そうか…僕で狩れそうなら狩ってくるだけどなぁ…」




「………シリュウ殿はエクトエンド樹海の魔獣しか知らないと?」




「えぇ、まぁ。エクトエンド村の出身なので…」


「村!?エクトエンド樹海に村があったのですか…」




「あ~そうじゃ、あの”フェロシウスラビット”?はどのランクなのじゃ?ハーグよ」




「フェロシウスラビットはBランクですよ。存在が確認されたら、皇国軍が動くレベルの危険性があります」




「今朝シリュウが狩っていたやつよの」




「……は?」




「シリュウよ、あの魔獣がBランクらしいぞ。Dランクのホブゴブリン30体ぐらい蹴散らせるんじゃないかの?」




「逆に聞きたいよ…ホブゴブリンがどんな魔獣かも知らないから。何とも言えないよ…僕で狩れるの?」




「どうじゃ?ハーグよ。Bランクの魔獣を軽く捻るほどの猛者は多数のホブゴブリンを蹴散らせるかの?」




「………Bランクの魔獣を軽く捻る?シリュウ殿はそれほどの猛者なのですかな?」


「妾が助けてもろうた時は、燃える猪を3匹ほど屠っておったの」




「キングボア!?Aランクの魔獣ですぞ!?それも3匹…!?……いやはや…お嬢様に驚かされることは慣れておりましたが…これは過去一番の驚きですな…見たところまだ成人したかどうかの年齢…それでそれほどの猛者とは……」




何だか知らないが猛烈に評価されてこそばゆい。僕はそんなに強いのかな。




じいちゃんに稽古で負けてばかりいたから自分が猛者なんて露ほども思わなかった。




「かっかっか!シリュウは凄いのよ!」


なぜか自分のことのように誇らしげに笑うビーチェ。




「僕で良ければ力になりますよ」


僕がそうハーグ隊長に申し出ると


「助かります!すぐにでも立ちましょう!」と


満面の笑みで握手された。両手で。少し痛い。




「妾も参るぞ!わが領地に仇なす不埒な魔獣を駆逐してやるのじゃ!」




意気揚々に宣言するビーチェ。






でも駆逐するの僕ですよね?




そんな突っ込みは心の奥にしまい、僕は楽しそうなビーチェの顔を眺めていた。




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