第6話 泉、星空、夢

泉の小屋に辿り着いた僕らは、荷物を小屋に下ろし、早々に夕食の準備と火おこしを始めた。




夕食は道中に野鳥を3羽ほど狩っていたので、これを捌いて焼いて食べる。




ハトウへの道までで最も多く口にする食事だった。




幸いビーチェも狩ってきたものをすぐ食すことに抵抗がなかったため、夕飯の献立に苦労することはなかった。




あとは泉の周辺を少し探り、食べれそうな野草を採集して、小屋に据え置きの鍋で煮込んでスープを作った。




夕飯ができるころには日が沈む直前で、泉を夕日が赤く照らしていた。




そんな泉を臨みながら僕らは、夕食にありついた。




「はむはむっ、このっ、鳥の丸焼きっ、というっ、やつはうまいのう!っはむはむ」




「まだまだたくさんあるからゆっくり食べなよ…」




野鳥の丸焼きの豪快にがっつくビーチェ。




どこかのお嬢様と思ったけど見当違いか?




口調や立ち振る舞いにはどこか高貴さを滲ませるのだが、こういう部分でお嬢様らしくないところが出てるのは本当に不思議な人だと感じた。




「かっかっか!このように料理もできるなどシリュウは多才よのう!妾の家の料理人として召し抱えてもよいぞ!」




「どうせなら兵士とかで雇ってよ、料理は武ほど自信はないよ」




「もちろん兵士としてもじゃ!平時は料理人!戦時は兵士!これで解決じゃ」




「人遣い荒くない!?」




そんな軽口を飛ばしながら食べる夕食は格別においしかった。




そういえばこんな夜更けに同年代の人と食事をするのは、トレスリーで過ごした時以降は、初めてかもしれない。




ただの野草のスープが僕の体にいつも以上に染みわたったのはきっとそうなんだ。




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夕食を食べ終わり、片づけをしていると、ビーチェから「泉で水浴びがしたい!」と言われた。




……まぁ女性が汗を流したいのはその通りなので、気恥ずかしさを抱えつつ、「僕は小屋で待ってるから終わったら声かけてね」と返した。




僕が俯き、恥ずかしそうにそう返したのでビーチェが「一緒に入るかの?」とからかってきた。




「入らないよ!僕も大人の男だよ!?」と焦りながら答えると、ビーチェは「かっか!初いやつよのぅ!」と言いながら泉の方へ歩いて行った。




こういうやり取りに関しては、僕の経験値がなさすぎるためビーチェに一方的にやれっぱなしだ。




仕方ないと思う。




ほとんど村から出たこともなく、恋人がいる経験もなければ、初恋というやつも来たのかどうかわからないのだ。




たまに寄ったハトウの街で見目麗しい女性に対して好意を持つこともなくはなかったが、それが恋なのかどうかわからない。




かつてハトウの街の商家の息子で、今はサザンガルドに奉公している僕の唯一の友人ユージとそんな話をしたことがあるけど、ユージ曰く「この人のためならなんだってする!と思えればそれは恋なのさ!」と高らかに教えてもらったっけ。






僕にもいつかそういう人ができるのだろうか。




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ビーチェの水浴びが終わり、しっかりと衣服を着た状態で小屋に声をかけてきた。




最初のからかいがあったからもしや服をロクに着ずに声をかけるかも?と思ったが杞憂だった。




意識しすぎて恥ずかしい。




僕も衣類を脱ぎ捨て、泉に入っていく。




この時期は少し水温があるけど、それでもヒヤリとしている泉は、道中の戦闘や旅路で熱くなった僕の体を冷やすのに最適だ。




徐々に泉の中央まで行き、水が腰に高さにまで来たところで…




「ほうほう…やはり良い筋肉をしておるの…こればかりは16とは思えん筋肉の付きかたじゃの…」




「わあああ!!??何覗いてるの!?エッチ!」




慌てて首まで浸かる僕。やっぱこの人魔獣より油断ならない。




「エッ!?なんじゃ!ただただ戦士としての体に興味があるだけじゃ!下心なぞないぞ!ほんとじゃぞ!」




全く説得力のない弁明をするビーチェ。




汚い 流石令嬢 汚い。




「昼の戦闘でシリュウがみせた膂力と瞬発力には舌を巻いたのじゃ。どのような体つきかは気になるのも道理じゃろうて…」




「にしても水浴びを覗くなんて…」




「言ったら見せてくれたかや?お主の裸が見たいのじゃ!って」




「……………みせません」




「なら妾の作戦は結果的には成功じゃな」




納得いかない。






「お主の体を見ればわかる。お主の武は天賦の才ではなく、培われた実力なのじゃな。武の才があったかどうかまではわからぬが、お主が並大抵ではない鍛錬を積んできたことはわかった。あの場面で助けてくれたのがお主で本当に良かった。お主の体を見て、妾は自身の幸運を噛みしめているところよ」




「幸運?興奮じゃなくて?」




「じゃから下心でないというに!?信用ないのかや!?」




一体全体どこに信用を置けるのだろうか。




「とりあえず、もう出るからそろそろ小屋に戻ってよ」




「…………体を拭う手伝いは?」




「いらない!」




最後まで下心が見え見えのビーチェだった。




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泉から上がり、衣類を着た。ビーチェは小屋できちんと待っていたようだ。




小屋には藁の御座が2つある。




これを敷いて寝床としていた。




流石に狭い小屋に男女が寝るということはまずいと、経験値の少ない僕でもわかる。




なので御座をもって僕は外で寝ると言うと、ビーチェが「妾も!」と付いてきた。




いやいや小屋を使いなよと返すも、「このような景色で寝るという幸せを独り占めする気じゃな?」とわけのわからないことを言ってきたので、もう好きにすればと言った。




なのでいま僕らは小屋近くの地面に御座を2つ並べて、仰向けに寝ながら満点の星空を眺めていた。




今日は色々あった。




エクトエンド村を旅立ち




暁月を授かり






ビーチェに出会い






今こうして2人で星空を眺めてる。








村暮らしだった僕には刺激的すぎる1日だ。






でもまだハトウへの道すがらもっと刺激的な日々が待ってるだろう。




そしてサザンガルドに行き身の振り方を考える。




軍に士官して、戦争に参画するのか




冒険者になって人々の助けになるのか




領邦軍に士官して、その地に根を下すのか




戦乱を終わらせるには戦争に参画するのがわかりやすいが、本当にそれで良いのかとも思う。




じいちゃんやサトリの爺さんが言っていたように僕はまだこの世を知らなすぎる。




まずは皇国全部を旅してもいいのかもしれない。




そんなことをぼんやり考えているとビーチェが寂しそうに口を開いた。




「シリュウは…サザンガルドで滞在するのかや?…」




「滞在はすると思う。でも根を下ろすほどではないと思う。また次の街を目指すんじゃないかな。まぁサザンガルドで友人に会ってから考えるよ」




「そう……ならその時はお別れかのう…妾はサザンガルドから離れられぬからの…」




「それは家の事情?」




「そうじゃ。妾の家はまぁまぁ大きい華族での、妾が長女で弟が1人おる。弟はまだ12じゃが当主になる教育を6つから叩き込まれておる。妾には縁談の話が山のように来ておっての。いずれどこかの華族に嫁がねばならぬやもしれん。嫁がぬとも家のために婿を取り、家の発展に寄与せねばな。それが華族の生き方じゃ。華やかに見えて庶民から憧れられるが、その実囚人のように自由がないのじゃ」




最後は自嘲気味に話していた。




そうか、昼間のほんの数瞬の気まずさはこれなのか。




身の振り方が決まってないことが僕の目下の悩みだったが、それはビーチェにとっては羨ましい贅沢な悩みだったのだ。




僕はこれから何にでもなれる。




でもビーチェはそうではない。




ここまでの道中、天真爛漫に振る舞い、何も縛りがないように生きてきたかに見えたビーチェは僕には想像もできないほど重く大きな鎖で縛られていたのだ。






「縁談は不思議と16からはぱったりと止んでのう、代わりに当主教育が妾にもされることとなった。何でも弟が9つから少し体調を崩しての、命に関わるほどではないが、妾にも保険として教育を受けるようになったのじゃ。」




ということはビーチェは19なのか、僕より3つも年上だった。見えない。その美しさもあるが、少女のような天真爛漫さがそう思わせた。




「当主教育は花嫁修業の比にならないほど忙しくてのぅ、烈国史に地理、政治学、経済学、法学、華族についての常識…妾は勉強は苦手じゃ!まぁたまにある軍事教練は楽しみの一つだのぅ。実戦訓練で賊狩りにも行ったが楽しかった。かっかっか」




賊狩が楽しいて、令嬢の言う言葉じゃない。




もし生まれが華族でなければ、ビーチェは武将として歴史に名を残す存在だったのかもしれない。




「そんななか、いつも通り「勉強は嫌じゃ!」と駄々を捏ねての」




「駄々を捏ねるのがいつも通りなのか…自分で言ってて恥ずかしくない?」




ビーチェに「話の腰を折るでない!」と叱られたので、僕はまた聴く姿勢に戻る。




「そうしたら、父様に「我儘を言うんじゃない!華族の子女としての自覚を持て!」と怒鳴られてのう、ただでさえこの生き方に辟易してたのに、そう怒鳴られては妾もぷっつんと糸が切れたのじゃ。そうして持ってる金貨を握りしめてハトウ行きの乗り合い馬車に乗り込んだのじゃ」




ここまでの経緯を語るビーチェ、簡単に言うがサザンガルドからエクトエンド樹海のこの地点まで来るには相当の苦労があっただろう。




それも何気ないように語るビーチェは大物だ。




「弟さんはビーチェにどう思ってるの?」




側から聞いてれば面倒くさい当主を押し付けようとしてる姉にしか聞こえない。




「弟はまぁ妾に似てできた子での!「姉様に迷惑かけないように僕がしっかりしないと!」意気込んで当主教育に勤しんでおる!かっかっか」




なんと。この姉からそんなできた弟ができるのか。半信半疑である。




「……まぁ妾も家族のことが嫌いではない。迷惑をかけて困らせたいわけでもないのじゃ…一度死の危機に瀕して今生きていることの有り難みがよーくわかったのじゃ。帰ったら少し父様と話してみるかや」




「それがいいよ、生きてないと話せないもんね。家族と」




「……!シリュウ、お主…いや、聞くまいて…」




ビーチェが何かまずいことを言ったような顔をした。




気にしなくてもいいのに




「今日はシリュウと出会えて良い日じゃ…」




ビーチェが今日一日のことを雑に締めくくり、目を閉じた。




「僕の方こそ、旅に出て最初に出会ったのがビーチェで良かった。さっきも言ったけど今日のこと僕は一生忘れない」




「かっか!妾はお主の"初めての女"かのう?」 




初めて会った女性ってこと?当たり前じゃないか




「そうだね」




「なっっ!////」




ビーチェが赤く赤面する。何で。




「お主はまっこと…面白いのう…」




そう評したビーチェは、静かに寝入った。




僕はビーチェが寝入ったのを見て、ビーチェを小屋の中に抱っこして運んだ。




「おやすみ、ビーチェ」




そう僕が言うと眠っているビーチェが微笑んでいるような気がした。

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