第5話 妾はビーチェ!

「ほんとに助かったのじゃぁ…ありがとうなのじゃぁ…」




ハトウの街へ向かっている際に、キングボアの群れに襲われている女性を助けた。




すごい勢いで抱き着かれて、女性は今も半泣き状態でお礼を言っている。




「ま、まぁ…無事で良かったよ…周りに魔獣の気配もないし、ひとまず安心して?」




「うむ!これくらいでへこたれてはいかんの!」




切り替え早い。




さっきまでの狼狽ぶりはどこ行った。




「名を名乗らねばな。妾はベア…………ビーチェじゃ!」




一瞬言いかけた名前を訂正した。訳アリなのだろうか。




サトリの爺さんが言っていたことを思い出す




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「シリュウよ、人に名乗るときは名だけで良い。皆が皆、姓を持っている訳ではないからな。まぁ華族や上級役人、商人なんぞは間違いなく持っているだろうが、姓を名乗らないのは家名を隠したいからだ。姓を持つことは一種の社会的ステータスだからな、ふつうは隠すこともない。ただシリュウの姓「ドラゴスピア」の重みはこの国では半端ではない。最初から「ドラゴスピア」を名乗るとお前は「シリュウ」ではなく「コウロン」の孫という扱いが先行するだろう。それではお前の成長にならん。ここぞの時、信頼できる者にだけ姓を名乗るといい。冒険者ギルドでの登録も姓は必須ではないからな」




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ビーチェは家出したとさっき叫んでいたから華族のご令嬢なのだろう。




何か家の事情で家が嫌になり、ここまで逃げてきたのか。




それにしても行動力半端なくない?




ここはエクトエンド樹海だよ?




「お主は何と申す?名を教えてくりゃれ!」




僕がビーチェの事情を推理していると、声をかけられた。その表情は明るい。




あんな目にあってもうこんなに立ち直っているのだから芯は強い女性なのかもしれない。




「僕はシリュウ。今月に16になったばかりで、今日から故郷を出立して旅をしているんだ。今は軍都サザンガルドへ向かう途中で、まずはハトウの街を目指しているところさ」




「16?その年齢にしてはあまりにも卓越した武なのじゃ!槍の投擲なんて凄まじかったの!お主のような豪傑も妾の家にはおらぬかったよ!はっはっは!」




ビーチェは僕の武を見て豪快に笑う。

僕の戦闘を見てここまでご機嫌なのは武に詳しいのかな?




さっきも僕が槍の回収をしたいことを見抜いて、なおかつ見事に槍をパスしてくれたから只者ではなさそうだ。




「家?見たところ華族のお嬢様のように見えるけど、武にも詳しいの?」




僕がそう問いかけると、ビーチェはまずいといった表情になる。




「うぐっ…まぁ少々のう?…にしてもシリュウは年下なんじゃな」




露骨に話を逸らしてきた。やはり家のことはあまり聞かない方がいいのだろう。




「ビーチェは僕より少し年上かな?大人っぽいとは思ったけど」




「女性に年齢を聞くものでないぞ!少年!」




年齢の話をし始めたの、あなたですよね。

理不尽な叱責を受けてしまった。




ビーチェの恰好は一見したところで華族のお嬢様には見えない。




髪はブロンドで、長さは肩にかかるくらい。サイドに髪が編み込まれている。




全体的に空色の服装で、上は軽装具とマント、下はショートパンツとブーツだ。




ハトウの街に行ったときに見かけた女性冒険者は大体このような恰好をしていたから、冒険者としての一般的な装いなのだろう。




「それにしてもなぜこんなところに?」




「……まぁ…お主の想像通り…父と喧嘩してのう…それで家を飛び出したのじゃ。ハトウの街まで来れたは良いものの、乗り合い馬車代で手持ちが切れてしもうたのじゃ…とりあえず野営をするしかないと思い、追手に見つからないように、ハトウの街から森に入り、野営場所を探していたのじゃ…そうしたら次々に手に負えん魔獣に出くわしての……朝から一心不乱に逃げ回って…ついぞは先ほどの猪に遭遇し…木に登って避難していたのじゃ…そこにお主が現れた」




大方想像通りの境遇だった。


ただこんなところまで迷い込んできたのは驚きでしかないが。




「それにしてもよく樹海に入ろうと思ったね?怖くなかったの?」




僕が疑問を投げかけるとビーチェは快活に答えた。




「妾は武に覚えがあるでの!実戦の経験も少なくないぞ。じゃから多少の野営くらいはできそうと思って森に入ったのじゃが、こんな強い魔獣がいる樹海までとは思わず……すん…」




意気消沈してしまった。僕は何にも悪いことはしてないのに悪いことをした気持ちになってしまう。




「まぁまぁ、助かって良かったじゃないか。これからどうする?僕はサザンガルドを目指して、まずはハトウまで行くけど」




「……怖い思いをして頭が冷えた…一度サザンガルドの実家に戻ろうと思うのじゃ。一緒について行っても良いかの?まさかこんな樹海でか弱き乙女を置き去りに……!」




さっき武に覚えがあるって言いませんでした?




でも断る理由もないので了承する。




「しないよ。とりあえずハトウまで行こうか。今からじゃハトウまでは今日中には到着しないから、野営できるポイントまで歩こう。それでいい?」




「なんと野営地点まで把握しているのか!頼りになるのぅ、シリュウは!」




ビーチェから素直な賞賛の言葉を貰う。その言葉は僕の心にとても響いた。




誰かを助け、お礼を言ってもらい、頼りにされる。




エクトエンドの村では助けられてばかりいた僕には、新鮮な感情だった。




それも同年代の美しい女性にそのように褒められると、恋愛経験が皆無で抵抗力が全くない僕にはあまりにも眩しい笑顔だった。




「そ、そう?なんでも任せてよ!何ならサザンガルドまで連れて行ってあげるよ!手持ちにも余裕があるんだ。泉のところで野営して、ハトウで1泊して、サザンガルドまでの乗り合い馬車に乗ろう!うまくいけば明後日にはサザンガルドに着くよ!」




僕は意気揚々に旅程の提案をビーチェにする。




誰かと旅するなんてじいちゃんとサトリの爺さん以外初めてだからとても楽しみだ。




僕が食い気味に旅程を提案したので、ビーチェが少し困惑気味の顔をしていた。




「自分で言っておいてなんじゃが、なんでシリュウが乗り気なんじゃ…完全に妾がお荷物であろうに…まぁこれも妾の美貌がなせる業じゃな!妾のような美しい娘と2人旅なんて一生の思い出にするが良いぞ!かっかっか!」




ビーチェが高笑いしながら調子の良いことを言う。




でも実際その通りだ。




僕にはビーチェとの旅はかけがえのない思い出になるだろう。




「そうだね。僕は今日のこと一生忘れないと思うよ」




「……じゃから真っすぐに返すでない…照れるではないか…」




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ビーチェと出会い、僕たちは夕方には野営をする予定の泉付近まで来た。




ここは魔獣と接敵しない安全地帯だ。ハトウの街までの中間地点でよく利用する。




「はぁー!ここが野営地点の泉かのぅ!美しい泉じゃ!ここだけ樹海の中で開けておるから、空も広く感じるのじゃ!ここに別荘でも建てたいのう!」




ビーチェが泉を見渡しながら感嘆している。




僕も安全地帯ということを除いてもこの泉の景色はとても気に入っている。




「僕もこの景色がとても好きなんだ。ビーチェも気に入ってくれて嬉しいよ」




僕が気に入っている景色を褒められて、僕は自分のことのように嬉しかった。




「今日はあそこに泊まるよ。もう夕方だから野営の準備しないとね」




僕が指さしたのは泉の対岸に立つ掘っ立て小屋だ。




1部屋しかないが大人2人なら優に寝るスペースはある。




「小屋があるのかや?こんな場所に?」




「僕の村はハトウの街まで良く行くんだ。ただ1日ではいけないから中間地点にあって安全地帯のこの泉に、村で大工仕事をしている人が建てたらしい」




「ハトウから丸2日とは…シリュウは随分田舎の村に住んで居ったのじゃなぁ…」




「そうだね、周りは樹海に囲まれて、ありとあらゆる自然はそこにあったかな」




「ならサザンガルドを見れば腰を抜かすのではないか、街の規模がすごいからの!煉瓦作りの建物が街を埋めつくし、市場には人が溢れ、夜になっても明かりは消えぬ!皇国5大都市の1つで、皇国軍最大規模の基地が設置されておる。また皇国の武術家の聖地としても知られており、5年に1度の武闘会は皇国中から腕自慢が集まるぞぃ!まさに武の街じゃ、シリュウも腕試しに行くのかや?」




ビーチェがサザンガルドについて教えてくれた。




サトリの爺さんからもどんな街かは教えてもらったけど、やっぱ住んでいる人に聞くとその情報の厚さが多い。




サザンガルドのことを楽し気に語るビーチェからは街を想う気持ちが溢れ出ていた。




「僕は友人に会いに行くんだ。あと僕は身の振り方を探して旅を始めたんだ。サザンガルドの街で自分が何になるのか、軍に仕官するのか、華族の領邦軍に仕官するのか、冒険者になるのか決めようと思って」




「そうじゃったのか…シリュウはその武があれば、何にでもなれよう…そうシリュウはな…」




僕の旅の目的を聞いて、ビーチェは少し落ち込んだように見えた。




彼女の抱えるものは何かわからないが、親しくなったらまた教えてくれるだろう。






ほんの少しの気まずさを、僕らの間に残しながら、僕らは今日泊まる予定の小屋へ進んだ。








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