第4話 旅の恥は掻き捨て
長年住んだエクトエンドの村を出立してから早2時間、太陽は一番高い位置まで登り切った頃、僕は樹海の中の沢で休憩を取っていた。
エクトエンドの村からまず最初に向かう街、ハトウへはエクトエンド村から南東に進んでいく。
ハトウは最寄りの街と言えど、少し距離があり、丸2日程かかるため、1日はどこかで野営をしなければならない。
ハトウへはもう何度も行ったことがあるため、どこで野営をすべきかも心得ている。
ぼんやり野営をする地点とそこまでの距離を考えていると、繁みから音がしたので、臨戦態勢に入る。
(こんな樹海の真ん中に人はいない…魔獣か?…この辺なら…イビルベアか…キングボアあたりか?)
槍を音のする方向に半身で構えていると、その魔獣が姿を現した。イビルベアだ。
風貌は熊で、その丈はじいちゃんより少し大きいほど、人の大きさなら大陸最高といった丈である。
色は濃緑で、鋭く長い爪を構えている。
魔獣は魔術を放ってくる。
このイビルベアは風の魔術を使用してくる。
爪を振り、斬撃を飛ばすような風の魔術を使用してくる。
サトリの爺さん曰く「ウィンドカッター」と言う風の攻撃魔術の中で最もポピュラーな魔術だそうだ。
そのためまだイビルベアとの距離は20歩程離れているが、いつ飛んでくるかわからない風の刃を捌くため、槍を半身で構えている。
普通にやればまず負けない相手だが、油断大敵、常駐戦陣で魔獣に臨むことは「前を見るためには目を開けなければいけない」と同じくらい当たり前のことだ。
「グルウウゥゥゥ…」
イビルベアは唸りながらこちらを見ている。
こいつは僕を獲物と判断したな。
「ちょうど良い、じいちゃんから貰った刀を試させてもらおうか」
腰に据えた刀「暁月」を抜刀する。
抜刀の仕方や簡単な構えは出立時にじいちゃんから教わった。
抜刀の時に注意するのは、刀の柄を持つ右手ではなく左手なのだそうだ。
まず鎺(はばき)を左手の親指で柄の方向に押し出す。
※鎺は鍔(つば)と刀身が接するところに嵌める金具
右手を柄に掛け、刀身を物打辺りまで鞘から抜く。
抜いている刀身が切先まで来たら、鞘を水平にして左手で後ろへ引き、右手で一気に刀身を抜く。
シャリン!という音が空気を切り裂き、刀身がイビルベアに向かう。
構えは「天の構え」というもので、刀を頭上に振りかぶった状態で構えている。
この構えは刀において最速で攻撃できるが、首から下に隙ができるため防御には向いていない。
ただ今は目の前のイビルベアを隙を見て、切り伏せたいので、恰好の構えとなる。
「ガゥアウア!!!!」
痺れを切らしたイビルベアがこちらに猛烈に突撃してきた。風の魔術は警戒されて撃つだけ無駄と判断したのだろう。
ただ猪突猛進、僕に向かって突撃してきた。
ただ狩り慣れているイビルベアのスピードは、僕には余裕をもって捌くことができる。
イビルべアが僕に突進を食らわせようと向かってきたところを真横に転身する。
転身したところで、振り上げた刀をイビルベアの首を目掛けて一気に振り下ろす!
ザシュッ!!
するとイビルベアの首がまるで、鋏に裂かれた紙のように千切れた。
「と、とんでもない切れ味じゃないか…!首を斬れるとは思ったけど、あまりにも感触が軽い…」
驚愕の切れ味だった。
大柄な魔獣の首を斬ったわりには、この手に残る感触があまりにも軽かったのだ。
まるで包丁で水を切っているのかと思うくらいだ。
この刀は名刀と呼ばれるほどの武器だ。
ただ刀にイビルベアの血がべっとりついてしまった。
これでは流石に切れ味が落ちる。
沢の近くの戦闘で、すぐに刀身を洗えるから良かったものの、刀身を拭う環境ではないと継戦能力はあまり高くないのだろうか。
普段はこれまでどおり槍を使い、いざという時にこの刀を使うとしよう
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イビルベアで暁月の試し斬りをした後の旅路は順調だった。
時折魔獣に遭遇するも、愛用のジャベリンで屠り、難なく切り抜けていた。
このまま魔獣に遭遇しない泉のところまで行き、今日はそこで野営を行う予定だ。
ハトウの街までのちょうど中間地点にある泉の周辺は魔獣が立ち寄らない安全地帯となっていた。
この大陸には魔獣が跋扈しているが、この泉のように魔獣が立ち寄らない安全地帯のような場所が点在しており、その場所に集落ができ、街になり、国が興ったと言われる。
なぜ安全地帯になっているかまでは、サトリの爺さんが難しい言葉で教えてくれた気がするが、詳しくは覚えていない。
安全ならそれでいいのだ。
その泉まであと1時間程度まで進んだ時、僕は信じられないものを聞いた。
「いやぁーー!!!だれかーー!おらぬかーー!!助けておくれーー!!」
年若い女性と思われる人の悲鳴だった。
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悲鳴のする方へ駆ける。
このような場所になぜ年若い女性が?という疑問が頭の中を占めていたが、それより先に助けに行かないと。
一般人がこの樹海の魔獣に遭遇すると、それはもう死を覚悟するしかない。
それほどまでに危機的状況なのだ。
悲鳴のする方へ駆けること数分、複数の魔獣が大木に群がっていて、上を見上げていた。
魔獣は3匹、いずれもキングボアと呼ばれる火属性の猪の魔獣だ。
丈はイビルベアと同じ高さだが、巨躯の体格で、全体的な大きさはイビルベアより大きい。
そして炎を纏いながら突撃してくる厄介な魔獣だ。
僕も普段なら多対一は避ける相手だ。
しかしキングボアは大木にしきりに突進をして、上の”獲物”を狩りたいようだ。
大木の上には、僕より少し年上だろうか?若い金髪の女性が木に縋り付きながら助けを求めていた。
「ふぇ~ん!なんでこんなことになってるのじゃぁ!家出した娘に対する仕打ちにしては天罰が重かろう!誰か助けてくれなのじゃぁああ!」
(ぇぇ…この地に採集に来た冒険者じゃないんだ…家出でこんな樹海の深くまで?)
色々疑問が尽きなかったが、とりあえずは助けないと。
キングボアとの多対一は普段なら避けるが、この状況ならやるしかない。
僕が逃げれば、あの女性は死んでしまうだろう。
槍を構えてキングボアの群れに向き合った。
(先手必勝…!まずは1匹仕留める!)
僕は持っていたジャベリンをキングボアの1匹に向けて全力で投げた。
ザンッ!
槍は1匹のキングボアの脳天を横から貫き、大木に刺さった。
「なんじゃ!?今のは!?」
女性は混乱しているが、説明は後にさせてもらおう。
あと2匹
「大丈夫!あと2匹も倒すから、落ち着いて!木から降りないで!」
「!?!?助けてくれるのか!?ありがたい!!死んでも木から降りぬよ!」
女性の顔が希望に満ちた。安心してくれたようだ。
僕は暁月を抜刀しながら残りの2匹のキングボアに相対する。
1匹が突然の攻撃でダウンしたことに、ほんの少しだけ困惑の色を浮かべたキングボア達だったが、僕の存在に気付くと、炎を纏い臨戦態勢に入った。
「ぎゃっ!?燃えておる!ただの猪ではないのか!?魔獣!?」
「大丈夫!すぐ斬るから!」
炎を纏ったキングボアが2匹とも僕に突進してきた。
これは重畳。
狩りやすい。
僕もキングボアに目掛けて駆けだした。
そしてぶつかる寸前で、跳躍しキングボアの上を取る。
跳躍し僕の真下にキングボアが来たところに刀を横に払う。
そしてキングボアの背中に深い切り傷を付けた。
血が大量に噴き出しているから、あいつはそのうち動けなくなるだろう
「ボアァァァ…」
もう1匹は仲間をやられた恨みからか、纏う炎がさらに大きく強くなった。
「これはまずいね…その炎の大きさなら刀で斬ると、近すぎて僕も焼けちゃうね…ジャベリンを回収したいけど…」
対応を考えつつ、青眼の構えで、残りのキングボアに相対する。
ジャベリンは大木に刺さっているので、僕からは10歩ほど背後にあるはずだ。
対するキングボアは僕の前の20歩先にいる。
振り向いて槍を回収しに行くと後ろから強襲される。
膠着状態が続いていると…
「ほれ!欲しいのはこれじゃろ!受け取れい!」
「え!?」
なんと先ほど大木の上に縋り付いていた女性が、大木から降りている!
死んでも木から降りないんじゃなかったの?
しかもジャベリンを大木から抜き僕の方へ投げたではないか!
それも穂先がキングボアに向いており、僕の利き腕の右手の上空を通過しそうだ。
これなら掴んでそのまま投げられる!
「ありがとう!これで決めるよ!」
キングボアは僕が振り向いた隙に突進してくるが、後の祭り。
僕は跳躍し、槍を掴んで、そのままキングボアに向かって全力で槍を投げた。
ズドォーーーン!
キングボアが突進してきたため、凄まじい速度と近距離で投擲が決まった。
キングボアの頭が吹き飛び、ジャベリンが地面に突き刺さった。
「ふぅ…何とかなったね…槍を取ってくれてありが「助かったのじゃーー!」
僕が言い終わる前に食い気味でお礼を言われた。
しかも僕に抱き着いている。
……良い匂いがする。
いかんいかん。冷静になるんだ。
女性は僕に抱き着き、涙を流しながらお礼を言っている。
その表情は安心したり、喜んだり、ころころ変わって面白い人だと思った。
あまりにも特殊すぎる出会い方だけど、この女性との出会いは何かの運命で、長い付き合いになるのかなと
何の根拠もないけど僕はそう思った。
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