3-4



*****



 いくらそれまで平然としていたとしても、いざその日となればカリンはさびしがるのではないかと心配していた。

 だが、エリアスがレナとカリンの元をはなれ、騎士となるために隊舎へす当日もカリンはおどろくほどにあっさりとべつあいさつを兄とわす。


「ときどきは帰ってきてくれるんでしょう?」

「ああ、そうだよ。帰れない時は手紙を書くから……前も言ったけれど、僕がいない間はレナをよろしくね」

「はいおにいさま!」


 やっぱりよろしくされるのは私なんだと思いはしたが、レナは幼い兄妹のしばしの別れを静かに見守った。


「さて……じゃあ次はカリンの夢を叶えるために行動しなきゃね!」


 レナはアネッテはくしゃくじんや他の貴族、そして自分の工房の職人達にも話を聞き、この人は、という評判の家庭教師をカリンのためにやとうことにした。

 かつては伯爵家でれい作法を教えていたその女性は、カリンの覚えの良さに驚いた。

 一年の間カリンの家庭教師を務めた結果、これは学校へ通わせてはどうかとすすめられる。


「才能もあるようですし、何よりも学びを得ようとする熱意が素晴らしいです。是非とも高等教育の受けられる場所で、彼女の可能性を広げる機会を!」


 これには二つ返事でレナは応えた。

 大喜びでカリンの進学先となる候補を探す。家庭教師と話し合い、最終的にカリンに決定権をあたえれば、選ばれたのは名門と名高い学校であった。

 カリンはちゅうからの編入となるが、見事に試験をとっした。しかも好成績を修めてだ。

 学費も名門校だけあって、庶民が通うような場所とは文字通りけたが違う。だがすでに、その分の学費はカリンのおかげでゆうまかなえるだけはあった。


「ある意味カリンが自分で稼いだも同じですからね。だからねなく、全力で学校生活を楽しんできてください」


 学費がかかる分、授業の質は保証されている。カリンの学力は編入試験でろうされたの

で心配する必要もない。

 ゆいいつの気がかりといえば、学校内での人間関係である。

 かくしてはいないが、だからといって公表しているわけでもない。だからこそ、レナとエリアスについては相当に好き勝手なおくそくで話が飛び交っている。

 レナがだん相手にしているのは成人であるので、ある程度わきまえてもくれているが、こと子ども同士となればそうもいかないだろう。


「早い話が、カリンが学校でいじめられたりしないか心配なんだけど!」


 ごろごうたんなヘルガも、どこか暢気のんきにしているルカもこればかりはレナと同じく気になって仕方がなかった。

 だが、そんな大人達の心配などゆうとなる。

 家庭教師をつけて一年。その間もレナにヘルガとルカ、新たに家庭教師も加わってカリンは自己肯定感をすくすくと育てた。当然、その自信に見合っただけの実力も伴ってだ。

 なので、この頃のカリンは可愛らしさの中にも美しさと気高さ、そして教養と知識を身につけた立派なしゅくじょとなっていた。


「わたしを一番に愛してくださるお姉様が、わたしに似合うようにと作ってくれたドレスなの。だから、それを着たわたしが可愛くないわけがないわ」


 学校で開かれるパーティーなどでレナの新作ドレスを着るたびに、カリンはこうごう

る。言葉だけならごうがんそんもいいところだが、それをなっとくさせるだけのカリンの容姿。

 あっとうてきな自信による発言は反感の芽すら潰すが、それでも、どうしても潰しきれない負の感情を向けられることはある。

 この時ばかりはレナとエリアスの結婚があだとなり、カリンをおとしめる発言へとつなげられるが、カリンはそうするとさらなる強い言葉と態度で相手を圧倒した。


「そうやって他人を貶めなければ保てないくらい、自己がとぼしいの?」


 うるわしい少女から、心底疑問であると問われた時の相手の心情たるや。


「お兄様が身売り? それはあなたがそういう風に見たいからそう見えているだけでしょう? いいわ、百歩ゆずって例えそうだとして、それがどうしてお兄様とお姉様を悪く言って良いことになるの?」

 カリンは基本的には争いを好まない。だが、こと自分にとって大切な存在――レナと兄を傷つけようとする者にはいっさいようしゃをしなかった。


「お兄様は自分をせいにしてまでわたしを助けようとしてくれたのだし、お姉様はそんなお兄様とわたしを救ってくれた、そういう話よ? そしてわたしはそれだけの愛情を受けているの。大切にされているの。それがうらやましいという気持ちは分かるけれど、だからといってわたしではなく、お姉様とお兄様を悪く言うのは許さない。絶対に、何があっても、許さないわよ」


 貴族のていも通う場所であり、カリンにしっからむのはそういったやからばかりだ。

 しかしカリンはひるむことなくりんとした態度をくずさなかった。

 そうしたカリンの見た目のみならず気高い気性は、一部の女子生徒から圧倒的しんらいを勝ち得た。高位の貴族のれいじょうから平民出の少女までもが友人となり、おかげで楽しく有意義な学生生活を過ごす。

 これがまさかの副産物となってレナの元へと返ってくるのだから驚きである。

 カリンはすっかり女子生徒達の憧れの対象となった。カリンの方が年下であるというのに「カリンお姉様」と一部で呼ばれるほどにだ。

 やがて、憧れのカリンお姉様とお揃いの物が持ちたい、と願う少女達が現れ始めると、そんな彼女達がレナの新たなきゃくとなったのだ。

 貴族やゆうそうのご令嬢達からカリンとお揃い、またはカリンの服やドレスと似たデザインの注文が入る。これまで取りあつかっていなかった、ハンカチなどの小物のらいもくるようになり、レナの工房には注文におとずれる少女達の楽しげな声が毎日のようにひびいた。

 商品のじゅようと共に顧客が増えるのはレナとしても嬉しいが、やはり一番の喜びはカリンに同年代の友人ができた点だ。

 くったくなく笑い合う少女達の様子にレナは何度もかんさけびを上げた。心の中で。

 これもカリンからの恩返しなのだろうとレナは思う。

 楽しく、幸せな人生を歩んでいる姿を見せてくれている。それこそレナが兄妹に求めていたものであり、あの時の自分の判断はちがいではなかったのだと胸を張ることができる。

 カリンの幸せな姿と、レナの工房のせいきょうっぷり。これだけでも多すぎるくらいのカリンからの恩返し。

 だが、これで終わりではなかった。

 歌に楽器、ダンスにそれこそ学業と、カリンは全てにおいて首位を独走する。

 ついには飛び級で上の学年へ進み、学長からのひょうしょうと『特待生』という立場を手に入れた。成績ゆうしゅうな生徒の中でも特に優秀で、かつ、ひとがら的にもすぐれていると認められた数名だけがなることができる、そのえいかかげつつ、これらは全てレナのおかげであるとカリンはほこらしげに口にするのだ。


「ぜんぶお姉様のおかげなの。お姉様がいなかったら今のわたしはいないわ。だから、これらはすべて、わたしの大切なお姉様にささげます」


 愛の告白とさっかくしてしまいそうなほどのうるわしきぼうでそう言われ、断るせんたくなどだれが選べようか。

 カリンからの受け取りきれないほどの恩返し。だが、それすらもえるものが存在する。

 それは、エリアスからのとうの恩返しであった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る