3-2



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 エリアスが成人となる十六歳の誕生日を迎えてすぐに、レナとエリアスは籍を入れた。

 これでアインツホルン家からエリアスに関して口出しをされる心配はひとまず消えた。

 カリンに対してのねんは残るが、レナはそれらを札束で殴り続けてだまらせている。先の鉱山の権利を渡したのが功を奏したのか、今のところ問題は起きていない。

 そしてこの時にレナはエリアスとカリンに一つの考えを告げる。


「これでようやく私とエリアス様はふうとなったわけですが、これもいつか解消します。

結婚はあくまでエリアス様とカリンをあの下衆共から遠ざけるための手段ですから。なので、エリアス様はえんりょなくたくさんのこいをしてください。そして本当に好きな人を見つけて、その人と幸せになってくれたら、私はそれが一番うれしいです」


 これはカリンについても同じだ。


「レナ、僕とカリンからも一ついいでしょうか?」

「なんですか? なんでも言ってください!」


 共に過ごし始めておよそ一年。これまでエリアスが何か要望を口にしたことはない。レナは気持ち的には前のめりの体勢で続きを待つ。


「レナは以前、僕達にやりたいことを見つけてほしいと言ってくれましたよね? それが見つかったんです」

「わ! それはてきですね! え、くわしく聞いてもいいやつですかこれ!?」

「それはまだないしょ。おにいさまとわたしの秘密なの」

「ええ~、カリンったらいじわる~」


 口ではそう言いつつ自分の顔がだらしないくらいゆるんでいる自覚がある。

 常に何かにおびえ、自己こうてい感の低かった少女はレナとヘルガ・ルカ夫婦のめてたたえてまた褒めて、という教育方針によりすっかり自信に満ちあふれた明るい少女へへんぼうした。

 実際カリンはレナ達が褒め称えることばかりするのだから、これは純然たる結果でもあるのだが。

 あの暗くしずんでいたカリンが、こんながおで軽口を言ってくれるまでになった、とだんだんと感情が高ぶってなみだまで出そうになった。

 そんなレナの姿に気付くと、エリアスは少しばかりのあきれとこんわくの交じった笑顔で黙って受け流す。まさに今のように。


「それで、そのやりたいことのために、僕はを目指したいと考えています」

「騎士!」


 思わずレナは大きな声を出してしまった。それほどまでに意外だったのだ。

 どちらかといえばエリアスはきゃしゃ身体からだつきをしているし、気性だってあらごとに向いているとは思えない。いや、騎士服はとても似合うだろうけれども、騎士が見た目の華やかさだけではないのは子どもだって知っている。


「小さな頃からのあこがれだったんです……家のことで一度は諦めていたんですが、レナのおかげでもう一度夢をかなえたいと、そう思えるようになりました」

「素敵ですらしいですちょうせんしましょう! その夢、叶えましょう!」

 諦め去った夢をもう一度など、それはもう食い気味でおうえんするしかない。


「たしか、騎士になるには長期間の訓練が必要でしたよね? その間は王城近くの隊舎で生活するとか?」

「はい、なので、しばらくはお別れになります」

だいじょうよ、おにいさま。おねえさまはわたしにまかせて」


 あ、任されるのは私の方なんだ、とレナは小さく笑う。すっかりおませな性格になったカリンが可愛くて仕方がない。

 そんなカリンは、勉強がしたいのだとレナに告げる。


「わたしはなにも知らないの。前のおうちでは外に出られなくて、ずっと部屋の中にいたから、お茶会の作法も知らないし、ええと……世間のこと? も知らないわ。だから、とにかくたくさん勉強して、おねえさまの役にたって、恩返しが」


 あっ、と小さな声を上げてカリンは両手で口をふさぐ。チラリと視線を横に向ければ、しょうを浮かべたエリアスが妹を見つめている。ああやはり、とレナも苦笑した。


「そういうことは考えなくていいと何度も言ってますよね?」


 気持ちはとても嬉しい。だが、レナは恩返しがしてほしくて二人を保護したわけではないのだ。


「大人としての責任なんです。それと私の自己満足。だから二人が私に恩を着せることはあっても、返す必要なんてないんですよ」


 それに、とレナは続ける。


「恩返しならもうじゅうぶんにしてもらっています」


 カリンのおかげで子ども服を手がけるようになった。それが好評でこうぼうは王都では知らぬ者はいないほど成長し、それらにより増えた財産は、エリアスの目利きでさらに多くなった。


「二人が気にしているだろう金銭面においては、むしろおつりがくる勢いですでに返してもらっています」


 そして、それ以上に二人の存在がレナの日々の活力となっている。

 これまでだってに過ごしていたわけではないけれど、それでも二人と出会う前と後とでは、気持ちのじゅうそく感がけたちがいだった。


「家に帰ってきて、二人がむかえてくれるだけで一日のつかれがぶし、明日もがんって働いて稼ぐわよ!! と気力が満ちあふれますからね! そういった意味でもすでに恩返しはしゅうりょうしています。完済です。だから、どうか二人は自由に生きてください」


 我ながらいいことを言った……などと少しでも思ったのがまずかったのか、ここでレナは会心のいちげきを食らってしまう。


「おねえさまは、わたしとおにいさまの、自由な気持ちからの恩返しをしたいという願いを、しばってしまうの?」


 それは不要なものであるとしばりつけ、捨ててしまうのか。

 悲しげな表情でカリンが見つめてくる。

 可愛いカリンのうれい顔とこんがんする声になど、レナに抵抗できるわけがない。

 あえなくげきちんしてしまうおのれなさにうなれるが、うつむく寸前に兄妹が嬉しそうにたがいのてのひらを重ね合わせていたのはちがいだと思いたい。


「すみませんレナ。貴女あなたが僕らからの恩返しを望んでいないのは理解しています。その気持ちに感謝だって……でも、貴女が僕達にそれだけのおもいを向けてくれているのと同じくらい、僕らも貴女に……ただ感謝と喜びを伝えたいんです。申し訳ないですけど、子どものわがままだと思って受け取ってください」

「……分かりました、二人の気持ちとしてありがたく受け取ります。でも、これだけは覚えていてください。私に対する恩返しといってくれるのなら、それは二人が幸せになること以外にありません。だから、どうか無理だけはしないでくださいね」


 はい、とエリアスとカリンは頷く。


「そもそも、僕らのやりたいことが貴女への恩返しの延長線上にあるんです。だから、無理はしませんけど、その夢を叶えるための努力はしみません」

「ええ、それなら私はそんな二人の夢を応援します」


 こうしてエリアスは騎士の道を、カリンは勉学の道を進み始めた。


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