2-3
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この日を境に兄妹の様子に変化が見られ始めた。
早い話が、カリンがレナに
レナはこれまで以上にカリンを可愛がった。ヘルガとルカも同じく。
それは当然エリアスにも向くが、こちらはまだ
レナは無理やり
しかし、カリンが懐いてくれればその分だけどうしてもレナの中に
「……カリンをモデルにして、ドレスを作ってもいいでしょうか……」
深刻な顔をして、重苦しい空気の中まさかそんなことを言われるとは夢にも思っていなかったのだろう、エリアスとカリンはきょとんとしたまましばし固まる。
ややあって、カリンが首をコテンと
「おねえさまが、わたしにドレスを作ってくださるの?」
レナは
「どうしても……カリンを……
「レナ」
「だってこんなにも可愛くて愛くるしいんですよ! 今着ている服だってそりゃあカリンには似合ってますけど! 私が選んだ服ですから! でも、これはあくまで急いで用意した
「レナ」
二度目の呼びかけにレナは我に返った。
完全に危ない人種の発言であったと気付いた時にはもう
「ありがとうございますレナ。
「おねえさまのドレスをわたしが着てもいいの?」
「良かったねカリン。きっと
「……うれしい。ありがとうおねえさま!」
天使の如き兄妹の満面の笑みを真正面から食らい、レナは
とはいえ、これは完全にレナの
最高のモデルが家の中に存在する。そこで湧き上がる創作意欲を、ただ形にしたいという職人
カリンのためだけに作り、それを商品にするつもりは毛頭なかった。
だが、久方ぶりにレナの工房をアネッテ夫人が
「素敵……素敵だわ! なんて可愛らしいの! ああ、うちの孫にも
何しろカリンは見た目が天使のように可愛らしくも美しい。
そんなカリンに似合うというか、レナが単純に着せたいと思った――レースをふんだんに使い、スカートも綿
「ねえレナ、今度カリンと一緒にわたくしのお茶会にいらっしゃい。大丈夫、わたくしと本当に仲のいいお友達しか招待しないわ。だから、ね、是非この可愛らしい妹さんと二人でいらして」
最終的にはエリアスも是非一緒に、と
アネッテ夫人が「本当に仲のいいお友達」しか招待していないのもあって、茶会に参加したご夫人方は終始レナ達に
ただ、そんな中でもレナの作った服を身に
「なんて可愛らしいのかしら……とっても似合っていてよ」
「まるで天使みたいだわ……だなんて
「ご兄妹
「わたくしのところは
レナとしては「うちの子可愛いんですよ見てくださいな、ほら!!」という心理でしかなかったのだから
いやあうちの子やっぱり最高だった、と思いつつも、
チラリと様子を
ございます」と礼を述べている。
「おねえさまが……わたしのためにって作ってくださったの。だから、ほめてくださって、とってもうれしいです」
はにかむ天使の笑みである。この日一番の黄色い悲鳴が上がったのは言うまでもない。
こうして思わぬところからレナの工房の人気はさらに高まった。
カリンのためにと作って着せたドレスは常に人気となり、次から次へと注文が入る。喜ばしいが人手が足りない。
しかしそこは
人手が足りずに自分の注文が
ひえ、と
ありがたく思うより先に、裏があるのではないかと
しかし、名乗り出る家に対しては不思議とエリアスの意見が効果を発揮した。
「こちらの方の話は受けてもいいんじゃないでしょうか」
あまりに悩むレナを見かねての発言だった。
彼の
逆にエリアスが「こちらは……どうかなと思います」と難色を示す相手は断っていく。
すると目に見えて悪態をつかれたり、その後悪評を耳にしたりと、関わりを絶って良かったという結果が続く。
「すごいですねエリアス様……」
「短い期間でしたが、あの家で得た知識が役に立ちました」
そうしてカリンはすっかりレナのドレス工房の生ける看板となった。エリアスは時折カリンと共にご夫人方の茶会や夜会へ参加する時もあるが、基本はレナの工房で貴族とのやり取りや、最近は経理の仕事まで覚えようとしており、毎日遅くまで勉強に励んでいる。
これまで全く関わりのなかった商売の道である。
「エリアス様、無理はしないでくださいね。おかげさまで工房の人手は
無理をして工房の手伝いをする必要はない。もっと他に、やりたいことを見つけてほしいとレナが言えば、エリアスは「今はこれが一番やりたいことですから」と笑って答える。
レナはエリアスにはもっと自由に生きてほしいだけなのだ。
「それに無理もしていませんから」
「えええ……でもこの前、ソファでぐっすり眠っていたじゃないですか」
それはとある休みの日だった。昼食の時間になっても姿を見せないエリアスに、レナはカリンに先に食べるよう声をかけて彼を呼びに行った。
扉を叩いても返事はなく、不在なのかと思いながらそっと覗けばそこにいたのはソファでぐっすり眠っているエリアスだった。
エリアス様、と呼んでも
せっかく気持ち良さそうに寝ているのだから邪魔をするのは
それをエリアスの体にかけ、レナはそっと部屋を出ようとした。
ドスン、と鈍い音が上がったのはその時だ。
驚いて振り返れば、エリアスが両目を大きく開いて固まっている。
「エリアス様!? 大丈夫ですか?」
「え……っ、あ、はい……大丈夫、です……」
思わず手を差し出せば、エリアスはしばし
「エリアス様?」
レナの手を
「……いつから、レナはここに?」
「今、今ですよ。お昼の時間なので呼びにきたらエリアス様が寝ていたので、風邪でも引いたら大変だなって思ってですね」
気を抜けばレナの顔も赤くなりそうで、それは大人としていかがなものかと努めて冷静なフリをする。
「すみません……それと、ありがとうございます」
およそ初めて見るほどにエリアスの顔は真っ赤だった。
そんなにソファから落ちたのが恥ずかしいのかとか、いやでも年頃だもんねしょうがない、とレナもその
この話題になると途端にエリアスはそっぽを向く。人に対する態度としてはいただけないものだが、レナにとっては喜ばしいことでしかない。
完全に気を許してくれた、とまでは思わない。
ただ、彼と彼の大切な妹が安心して暮らしていける場所で、それを提供してくれる大人がいるのだと認めてもらえたような気がした。
だからこそ本当に、彼には心のままに生きてほしいと願っている。
レナの役に立とうとしてくれるエリアスの気持ちはとても嬉しい。
だが、それと同じくらいレナにとっては悩ましい問題でもある。それに頭を
兄妹の実家、とすら口にしたくないあの家が、レナへ金を無心するようになったのだ。
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