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 アインツホルン伯爵家は当主のマッテオ、妻であるザビーネ、ちょうけいのカトルに次男のエリアス、そして九歳になったばかりの長女カリンという五人家族である。だが、この家族の中で血の繫がりがあるのはザビーネとカトル、そしてエリアスとカリンだ。

 んんん? とレナは小さく首をひねる。確かにパッと聞くと関係性が難しい。


「母が八年前にくなりました。カリンは一歳になったばかりで、父はカリンのためにもと義母とさいこんしました。けいのカトルは義母の連れ子です」


 エリアスもまだ七歳の頃で、新たに増えた家族を素直に喜んでいた。が、しかし。


「翌年に今度は父が亡くなって……その三カ月後に義母が義父と再婚して……今のアインツホルン家になりました」

「それは……なんと言いますか……」


 再婚するの早くね? とか、そんな立て続けに? だとか、エリアス様がものすごく顔をゆがめてつらそうに話されているのがとてつもなくおんな気配を感じて怖いんですけど!?

さけびそうになるが、レナはそれらの突っ込みを全力でおさえ込む。


「義父と義母にとって可愛いのは義兄だけのようで、僕とカリンは……あ、別に暴力をるわれているわけではないので、そこはだいじょうです」

「何一つ大丈夫ではないですねエリアス様」


 とんだ屑の義理の両親と血の繫がらない兄。可愛がっているのが長男だけとはいえ、アインツホルン家のきゅうじょうを考えるならば、やはり未成年のエリアスよりも成人している長男に見合いをさせた方がいいのではないか。

 どれだけエリアスが優秀でも、未成年というだけで断る人間は多いだろう。レナだってその一人だ。


「お前は見た目くらいしかいいところがないから、せめてそれを活用しろと……」

「は? ……エリアス様の外見を武器にお見合いを成功させろということですか? そんな身売りみたいな真似を? 十五歳の子どもに?」

「見合いの成功は特にこだわってはいないです。むしろ成功しない方がいいと言うか……可能な限り繰り返すのが望ましいみたいで……」

「資金えんじょを目的としてのお見合いなのに? それを繰り返す? あの、今回は私に元々その気がなかったですし、何よりもエリアス様とのねんれい差がありましたからごえんが、という話ですが……年の近い方であれば、そく成立するくらいエリアス様はてきですよ? それなのに成功を望まないって一体どうして……」


 なにゆえに、とレナの脳内はもんまる。

 そんなレナをエリアスはまばゆいものでも見るように目を細めて見つめ、やがてとろけるようなみを浮かべた。


「ありがとうございます……貴女は本当に素敵な方ですね。こうして話ができて……貴女のような大人の存在を知れただけで僕はとても嬉しいです」

「待って! ちょっと待ってくださいエリアス様! これ話を終わらせようとしてますよね? ここまで聞いた上にそんな言い方されて、はいそうですかさようなら、なんてできるわけないでしょう、だから待って!!」


 レナは必死に考える。相手は金をほっしている。そのためにうるわしい少年を差し出した。しかし、そこに成功は求めていない。むしろ繰り返しを望んでいる。

 不意に、とある考えが浮かんだ。それはあまりにもおぞましく、レナはそんな考えが浮かぶ自分にドン引きする。

 だが、そんなレナの反応でエリアスは察したようだ。

 いっそすがすがしいとでも言わんばかりに微笑ほほえんで、空おそろしい事実を突きつける。


「見合いという大義名分をかかげて身体を差し出す代わりに、対価として金銭を得るのが目的です」

「ああああああこわっ!! 噓でしょ怖い! 貴族怖すぎなんですけどおおっ!!」

「そんなわけで僕の方がよほどの不良債権なんです。でも良かった、貴女にそんな僕を押しつけることにならなくて」


 ひいいいいい、とテーブルに突っして悲鳴を上げるレナを前にしてもエリアスはしんであった。それがまたレナにとっては恐ろしいし、そしてあまりにも彼が辛すぎる。


「貴女の未来が良きものであるよう、心からいのっていますね」

「だから待って……待ってエリアス様……あの……もし、ここでお別れしたとなったら、その後エリアス様はどうな……るんです、か?」


 どうなさるんですか、とはもうけなかった。

 義理とはいえ親とも評したくないほどの下衆に人生をにぎられている。彼らは一体エリアスを今後どうするつもりなのか。


「次の相手が見つかりだい、そちらに行くことになるかと」


 それは今度こそ、そういった目的を理解した上でりょうしょうする人間の元へ行くかもしれないという話だ。

 つまりは身売りが成立してしまう。まだ十五歳の少年が、大人のせいになってしまう。


「――でしょ! 駄目! 駄目ですよそんなの絶対に駄目!!」


 ダン、とレナはテーブルを叩いて身を起こす。


「子どもが馬鹿で屑で下衆な大人の犠牲になるとか絶対に駄目です」

「ありがとうございます」


 エリアスは心の底から嬉しそうに笑う。

 だがそれは、窮状から救ってもらえるかもしれないという喜びではない。はなからそんな考えはいだいておらず、ただひたすらに、自分のきょうぐうに対して否を唱えてくれる大人がちゃんといるのだと、その存在が知れただけで嬉しいという、そんなあまりにもさいなものだ。

 確かにそうかもしれない、とレナも思う。今の話を聞いただけで、すぐにどうこうできるという話ではないだろう。つうであれば。


「エリアス様」

「僕のことは気にしないでください。話を聞いてもらえただけで僕は」

「妹さんももしかして同じような話になっているんですか?」


 その問いに初めてエリアスの表情がこわばった。

 それだけでもう答えているのと同じだ。


「……そうならないように、僕が」

「ああああああもうほんっっとうに駄目ええええええ!! 妹さんのためにエリアス様が犠牲になるのなんて駄目です! それに、そんな屑共はどうせ後で妹さんにも同じことをさせるに決まってますし!! 二人そろってそんな……そんなの絶対駄目です!!」


 それはレナに言われずともエリアスだって分かっている。分かっているが、どうしようもできないのだ。

 そんないらちが欠片かけらではあるがエリアスのひとみの奥に宿る。


「でも大人はだれも助けてくれないじゃないか」


 いっそそう責め立ててくれればいいのに、しかしエリアスはそんな文句すら言わない。

 助けも求めない。それがいかにであるか、彼は短い人生の中で身をもって知ってしまったのだ。

 それが決定打となった。

 レナはたおれる勢いで立ち上がり、そのままエリアスの元へ向かうとがしっとりょうかたに手を置いた。


「私と結婚しましょうエリアス様!!」

「え││あ、いえ、ほんとうに僕のことは」

「妹さんも一緒に私と三人で! 結婚してください!!」

「……僕と妹が可哀相かわいそうだから?」


 美しい顔が歪んでいるのは、れんびんはいらないといきどおっているからか、それとも甘い期待は抱かせないでほしいという願いによるものなのか。レナには分からないが、問いに対しての答えは一つしかないのでそこは力強くエリアスへ返す。


「大人の責務だからです!!」


 まさかそんな答えがくるとは思いも寄らなかったのか、エリアスはきょとんとしたまま固まる。

 少し前からのレナの叫びを聞きつけたのか、それとも単にそろそろ時間になったからなのか。遠くの方からひとかげが近づいてくる。今回の見合いの仲人なこうどであるアネッテ伯爵夫人だ。

 となりにいるもう一人の夫人はレナの知った相手ではなかったが、エリアスがビクリと肩をふるわせたのでおそらくは義理の母親、ザビーネなのだろう。


「あらあら、どうしたのレナ?」

「息子が何か無作法でも?」


 やはりそうであった。

 レナは勢いよく振り返るとあいさつもそこそこにエリアスとの結婚の許可を求めた。

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