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「などと、大勢の貴族のいる場で男爵家の子息と伯爵家の令嬢へ罵詈雑言を浴びせかけたという過去がですね……あるんです」


 今でもちがったことは言っていないとレナは思っている。ただもう少し、なんというか、言葉を選ぶべきだったかもしれない。一応「死ね」だとか「ぶち殺す」などは言わなかっただけマシではあるのだが、それにしたって口が悪すぎる。


「結局、子どもがいるというのはその場限りのうそだったので、それについては良かったんですけど」

「……良かったんですか?」

「そりゃあもちろん」

「なぜですか?」

「なぜって……性格の悪い人間って他人のそういう話大好きじゃないですか。そういうクソ……下衆……人間は相手が子どもだろうとほこさきを向けるでしょう? それが貴族ともなるとより一層、ていの子だの不義の子だのと好き勝手言うじゃないですか」


 庶民の間ですらかげぐちたたく人間は多い。貴族にとって他人のしゅうぶんは格好のじきだ。


 そんなところに生まれた子どもが一体どうなるのか考えるだけで胃が痛くなる。


「その子自身にはなんの非もないのにですよ。でも、噓だったんで、そういう目にう子どもがいないのが本当に良かったなって」


 その分レナに飛んできたわけであるが。

 それを察したのかエリアスは美しいまゆをつり上げた。


「やっぱり、貴女こそ何も悪くないじゃないですか!」

「そうなんですけど、何しろ全力で言い返したものですからこう……言ってしまえばドン引きされましたよね。引き潮かな、ってくらい引かれました」


 単純に怯えさせてしまった。それでもレナからはなれず、何か困った時は力になると言ってくれた令嬢達の存在はレナにとっては神に等しかった。


「両家のご両親もまとも……とても良心的な方々で。庶民の私に謝罪だけでなく、その後のしょうもしてくださいました」


 しゃりょうとして両家からばくだいな金額を提示された。

 ある程度は受け取るつもりであったものの、あまりにも想定外の額すぎてレナは一度断った。しかし、どうかお願いだからとたのみ込まれ、最終的に受け取る方向で話を進めた。


「それを元手に王都へ来たわけです」


 どうしたってものあつかいになるのが気まずく、本格的にドレスのデザインを仕事にしたいのもありレナは故郷を出た。


「こちらへ来てすぐにアネッテ様にお声がけいただいて、それからずっとお世話になっています」


 実はアネッテもあの夜会に参加しており、一部始終をていたのだ。

 しかも、その場で泣き出してもおかしくない中、ようしゃなく相手を罵倒するレナをアネッテは気に入ったのだそう。


「私は悪くない、んですけど、でもやっぱりですね……どれだけねこかぶっていてもこういう性格なんだというのでその後のけっこん相手はなかなか見つからず……私自身も面倒だなと思うのもあり……」


 以前ほど聞かなくなったとはいえ、それでもやはり婚約破棄から始まる一連のそうどうを知っている人間は多い。それどころか、地方の小都市の話であるのに、王都にまで話が広まってしまい、どうにもレナはいたたまれないでいた。


「幸いアネッテ夫人のおかげで仕事としては成功していますが、婚約やそこから先の結婚となるとですね……どうしてもですね……二の足をまれてしまいますよねえ……」


 今ならきっともう少しマシな動きができたと思う。若気の至りってこわい、と自分事ながら笑うしかない。


「と、いうことで、結婚するとなると私はとんだ不良さいけんなわけです。だから、エリアス様に相応ふさわしくないんですよ」


 彼ならばもっとずっとらしい相手と出会えるはずだ。

 二、三年もすればきっと立派な青年になるだろう。そうすれば貴族の令嬢どころか、王家のひめぎみだってとりこにしてしまうかもしれない。

 そういえばこの国の第一王女は今年十三歳だったはずだ。

 エリアスとも二歳差でお似合いではなかろうか。

 もし今後二人が出会い、結婚となったあかつきにはともこんれい用のドレスを自分がデザインできたら……と、レナが勝手な未来図に思いをせていると、エリアスが小さな声でつぶやいた。


「それを言うなら、僕の方が……」

「はい?」

「僕の方が不良債権ですよ」

「エリアス様が?」


 またまたぁ、と笑うレナに「はい」とエリアスは簡潔に答える。


「私よりも、ですか?」

「ええ、貴女よりもよほど僕の方が不良債権です」

「失礼な言い方になりますけど、エリアス様の中身も容姿もいえがらも、全て優良にしか見えませんが……?」

「貴女にめていただけたのはとてもうれしいのですが……それらが全部、さいでしかないんです。アインツホルン家の財政が厳しいというのはご存じですか?」


 いっしゅん迷ったが、レナは小さく頷いた。

 広大な領地を持ち、かつてはこうしゃくひってきするとまで言われていたアインツホルン家の財産であるが、先代辺りからじょじょかたむき始め今はさらに加速しているというのは、王都にいる貴族の間では有名な話だ。

 貴族の家に出入りしているレナの耳にも、いやでもおうでも入ってくる。


「すでに世間に知られているのもおずかしい限りですが、実際は噂以上にひどいものなんです」


 え、と思わず声をらしたレナにエリアスはしょうかべる。


「先祖の財産はとっくに使い果たしています。領地の権利も手放していて」

「えっ!? そんなことって許されるんですか!?」

「許されませんよ。ですから、表面上はまだアインツホルンの領地です。そこからの収入を……債権者に分配しています」


 うわあ、とレナは引く。むしろこれを聞いて引かない人間はいないだろう。

 だが、エリアスの話はこれにとどまらない。


「一体どうして? アインツホルンはくはどうなさっているんですか?」

「父と母……それに兄は、いっさい気にしていません」

「気にしてないって! というか、エリアス様にはお兄様がいらっしゃるんですか?」

「義理の兄ですが」

「ご結婚はされて?」

「いいえ、来年で二十になりますが今も楽しく遊んでいますよ」

「それならむしろ今日はお兄様の方が適役だったのでは?」


 すでに成人しており、自由に遊んでいられる身分の兄がいるのならば、未成年のエリアスに見合いを押しつける意味が分からない。


「ものすごくぶっちゃけますけどよろしいですかエリアス様」

「どうぞ」

「今日のお見合いって早い話が商売をより手広くするための家格がしい私と、そんな私の少なからず持っている財産がねらいなわけじゃないですか」

「ええ、そうですね」

「それなのに、成人されているお兄様ではなく、未成年のエリアス様が……?」


 それとも兄の方は別の見合いでもしているのだろうか。

 しかし、エリアスの口ぶりからしてそうではないとレナは感じた。


「なんと言うか……今のアインツホルン家は少し面倒なことになっているんです」


 そう告げて、エリアスはポツリポツリと語り始めた。

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