第一章 兄弟との運命の出会い

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  レナは王都の西にある小都市で生まれた。小さなころから絵をくのが大好きで、それも風景や人物ではなく、花や草木をモチーフにしたデザインを考えるのが何よりも楽しかった。

 初めはハンカチやスカートのすそに小さなしゅうほどこしていたが、年を経るごとにその技術は進化していく。

 家族からしんせき、仲のいい友人へと広がっていったレナの技術は、いつの間にかとある商家のご夫人の目にとまることに。

 それが大層気に入られ、レナはじゃっかん十四歳にしてそのご夫人おかかえの職人けんデザイナーとなった。


「その方のしょうかいで、十六の時にだんしゃくのご子息とこんやくしました」


 リカルド・マイアー男爵子息は一言で言うならばおろかであった。貴族に生まれたからこ

そなんとか生活できてはいるが、これが平民であったならば相当な苦労をするだろうことは一目で分かるほどに。

 それでも親にとっては可愛かわいむすで大事なあとり。せめて妻となる相手はしっかりしていてほしい。その要望になぜかレナが引っかかってしまったのだ。

 レナはしょみんではあるが、商家のご夫人、そこから派生した人とのつながりのおかげで庶民にしては多くの知識を学んでいた。夫人のお抱えの職人兼デザイナーとしてかつやくしつつ、その他でドレスのデザインをって仕事に繫げていた。

 年若いのに自力で収入を得ている。それらがどうもお眼鏡にかなったらしい。

 男爵家からの必死の説得と、世話になっているご夫人からの紹介というのもあって、レナは最終的にリカルドとの婚約話を受け入れた。

 リカルドは愚かではあるが性格までくさっているわけではない。レナがこれまでしてきたことに関してなおしょうさんしてくれるし、交流のある他家のれいじょうにそれとなく宣伝をしてくれたりもしていた。

 息子のそんな姿に男爵夫妻は大層喜び、これもひとえにレナのおかげだと感謝していた。

 だが、その年の冬。領主しゅさいの夜会の場にてさわぎは起こった。


「私を婚約者として正式におする場でもあったんですが、その時に……別のご令嬢の手を取って姿を現しまして……」

「婚約ろうの場で……?」


 エリアスの信じられないとでも言わんばかりの表情に、レナは静かにうなずく。


「あげく、そこで婚約をすると言い出しまして」


 衆人かんの中でとつじょ言い放たれた婚約破棄。

 もちろんこれは完全なる言いがかりだ。レナに非は全くない。彼いわく、「僕の心はすで

に彼女と共にある!!」とまさに自己とうすい状態だった。


「後から知った話ですが、その時彼といっしょにいたのははくしゃくれいじょうの……たしか、ネナーテ様とかそんなお名前の方で」

「伯爵家との繫がりのために、貴女あなたとの婚約を破棄するなんて暴挙に出たんですか?」

「……それならまだ良かったんですが」


 そのもくだってありはしたのだろう。だが、それ以上に彼は砂糖より甘くてもろい『真実の愛』とやらに目覚めたと主張し、そして令嬢の方はどうやらレナから婚約者をうばったというのが楽しいようだった。

 レナに色々と教えてくれたのはうわさ好きのご令嬢達だ。その時に、「生意気な平民をやり

込めてやった」とほこらしげにふいちょうしていたのだと聞かされがくぜんとした。


「その方にそこまでうらまれる覚えはなかったんですけど、どうもそうだったみたいで……」


 自分より目立つ庶民が気に入らない。それだけの理由でひろげられたばんこうだった。


「そんなことのために……婚約破棄を?」


 エリアスの常識からはとうてい信じられないのだろう。ドン引きもドン引きの顔で固まっている。ですよねえ、そうなりますよねえ、とレナはうんうんと頷くしかない。


「でもそれでは貴女は何も悪くはないじゃないですか」

「ええ……そこで終わればそうのはずでしたが……」


 いくら相手が庶民だからといってもこれはあまりにも一方的すぎる。夜会の場であるというのも論外だ。

 貴族としてあるまじきこうであると、同じ貴族からもリカルドとネナーテはべつの視線を浴びていた。

 だが、自分にっている彼らはそれに気付かず、さらに婚約破棄を強行するためとんでもないことを言い放った。


「ネナーテ様はすでにリカルド様の子どもをもっている、って言いやがってくださったんですよねあのクソヤロウ……」


 エリアスは絶句する。そんな彼の前で、レナはせいだいに息をした。


「私と婚約をしている状態でうわをしていただけでなく、身体からだの関係まであると自らばくしたものですから」


 ついにレナはキレてしまった。それはもう盛大にキレた。


「馬っ鹿じゃないの、っていうか馬鹿! 馬鹿だわ大馬鹿よ何やってんのよこの馬鹿! ええ知ってたわよあんたが典型的な馬鹿息子だってはじめっから知ってた! けどね、あんたのご両親はそりゃあいい方だもの! そんな方達の血を少なくともいでいるんだからいつかあんたもそうなるかもねってのもあってくそめんどうな貴族の世界に足をっ込んだっていうのに何!? 何やってんのこのボンクラぁっ!!」


 レナは庶民である。近所には力仕事で活躍する根はいいがしょうあらが多くいた。

 そのえいきょうとは言いたくないが、おかげでレナの口は他の少女達と比べてわりと悪かった。

 そんなレナから放たれる雑言はリカルドとネナーテだけでなく、だんそういったせいを聞かない貴族の子息令嬢達をもおびえさせた。


「百歩ゆずって婚約破棄するのはいいわよ! でもだからって今!? ここで!? 言う必要あ

った!? 私は元より、婚約者がいるのにそれを奪ったっていうのがまる分かりよ!? そんな状態に真実の愛のお相手だっていうそこのオヒメサマさらすとか正気!? ああ正気じゃないわよね、そもそもあんたに正気なんてなかったわ!!」


 いかり心頭のレナは周囲がこおりついているのに気がつかず、よどみなくなめらかにとうを続けた。


「この時点でばんあたいするってくらいなのに子ども……子どもって! ほんと何やってんのよ、ただでさえボンクラクソ息子だったのにここにきて要素まで加わるってこれ格上げなの!? 格下げなの!? どっちよ! まあどっちにしろ人として底辺も底辺になったわけだけどいまさらあんたがどうなろうといいわ、それよりこれから生まれてくる子どものこと考えなさいよ! こんな形で存在知られちゃったらもう一生この話がついて回るじゃないの、その子どもに!!」


 婚約者がいる相手と浮気をし、その状態で子まで成した。それだけでも白い目で見られるだろう。だが、その事実はかくそうと思えば隠せるものである。こうやって、大勢のいる場で口にさえしなければ。


「あんたら二人が世間からどう見られようとほんっっとうに構わないわ! 一生ひそひそされてればいいし、そんなの気にするようなか細い神経なんて持ってないでしょ! 私もいいわよ、何一つ悪いことしてないもの、言いたいヤツは好きに言えばいいしね。その分全力で言い返すけど!! でもね、あんたらの子どもはそうはいかないでしょ!! 一番あんたらが守らなきゃいけない存在を、今の時点で最悪の状態に置くってどういう神経してんのよこのドくず共がぁっ!!」


 婚約を破棄された怒りや悲しみよりも。

 人前ではずかしめられたというしゅうよりも何よりも。

 新たにこの世に生を受ける子どもが、すでに不義の子であると晒されているのがレナは一番許せなかった。

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