あの日助けた幼い兄妹が、怒濤の勢いで恩返ししてきます

新高/ビーズログ文庫

プロローグ 

 

 本日は晴天なり、で絶好のお見合い日和びより

 少しだけ年下だけど、という話を聞いてはいたが「少しだけ」どころではなかった。

 まさかの未成年。

 うっそでしょ、と飛び出そうになった言葉をどうにかみ込みひとまず会話を始めてみると、思いのほか楽しかった。

 が、その後もたらされたしょうげきの事実に、レナ・シュナイダーはたまらずさけんだ。


「――貴族こわっ!!」


 レナ・シュナイダーは国内でも人気の若きドレス職人である。

 彼女の手がけるデザインはとても人気で、おうこう貴族からしょみんにまで高い人気をほこる。

 そんな彼女を特にひいにしているのがアネッテ・フォン・ベルガーはくしゃくじんだ。レナが仕事を始めた時から今日までずっと、とにかく可愛かわいがってもらっている。

 そんな彼女から「貴女あなたにどうしてわせたい人がいるの」と言われたのは半月ほど前。

 えええ、とどうにか断ろうとするも「とてもいい人よ」「きっと気に入るわ」「少しだけ年下だけど、年下の男を自分好みに育てるのも楽しいわよ」などと上手うまく言いくるめられてしまった。

 これまでも何度となくすすめられはしたが、そのたびに「今は仕事がこいびとなので!」とか「ちょうど仕事が立て込んでいて」などとそれらしい理由を挙げてはその話題を

らしてきた。これまでの夫人であれば、それで引いてくれていたけれども今回はやたらとごり押ししてくる。

 夫人との付き合いは長く、親しくさせてもらってもいるので、これ以上断り続けるのは無理かとレナはかくを決めた。

 せめて夫人の面子メンツつぶさぬように、そしてもし万が一、本当に「いい人」であったなら、これからの自分の仕事もさらにやくできるかもしれない。

 そんなよこしまな考えもありレナはいつも以上に気合いを入れた。これまでも、貴族の茶会

や夜会などには、ドレスの宣伝もねてのぞんでいたが、今回はその比ではない。

 新たなパトロンをかくとくするための機会だと、レナはそう考えることにしたのだ。


 だからこそ、今日レナが着ているドレスはこだわった。

 白いレースをあしらった、緑色のドレス。

 全体的にあまり派手にならず、かといって地味だと思われないデザインを心がけた。

 デコルテを美しく見せるためにむなもとは広めだが、大ぶりのレースでふちることによりせいな印象をあたえる。

 そでの部分には白色のリバーレースをふんだんに使い、スカートにはドレスと同じ生地をレースとして用いてはなやかさを演出してみせた。

 そんな打算を持って臨んだのが神の不興でも買ったのか、レナは茶会の席に着く前に不様にすっ転んでしまった。


「おは?」


 転んだレナを助け起こしただけでなく、わざわざを引いて座らせてくれたのは本日の相手であるエリアス・フォン・アインツホルン伯爵令息その人だ。

 黒くなめらかなかみに、とおる青い色の瞳。

 筋の通った鼻、その下にあるくちびる、それらを内包するりんかくまで美しく、まるで美のちょうぞうのようだ。

 レナのうすちゃ色の髪だって陽の光が当たればキラキラとかがやいて見えてれいねだとか、若草色の瞳は夏の草原みたいでてきよ、などとめられることはまれにある。まれ、であるし、客商売であるからして、言う方も言われる方も聞こえのいい言葉を使っているだけだ。だが、目の前の彼に関しては心の底から賛辞しか出てこない。

 おまけにどうであろう、彼の美しさは顔かたちだけでなく、声にまでもおよぶのだ。小鳥が歌うような、まるで少女のごとく透き通る声――。

 そう、まだ声変わり前の、どう見たって「少しだけ年下」の域をえている。そんな彼の姿がレナに二重のおどろきを与え、ひざから力がけて転んでしまったのだ。


「ええと……アインツホルンきょう……」


 ねんれい的には名前で呼びたいくらいだが、それでも相手は伯爵家。建国以来続く名家だ。

 それに見合いとして来ているのだから、ギリギリとはいえ成人している……と思いたい。

 この国では十六歳から一応の成人あつかいを受ける。

 だとしても現在のレナからすれば四つも下であり、成人と言えど二十代と十代ではこの差は大きい。


「エリアスと呼んでください」


 呼べるか、とのどから飛び出そうになった言葉は呼吸と共に吞み込んだ。

 レナはかわいたみを張りつかせながら「それでは私のこともどうぞレナと」と返す。初手で不様すぎる姿を見せたのだ、いまさらつくろったところでである。

 そう腹をくくったからか、レナはこの数年で貴族相手につちかった話術で場を盛り上げた。

 いや、これにはエリアスの功も大きかった。

 彼はとても話を聞くのが上手いのだ。レナの話を良く聞き、小さな話題も拾っては広げてくれる。頭の回転の速さがそれだけで分かり、レナはだんだんとこの場を楽しみ始めていた。

 それでも気になる点は残る。時々エリアスがよどむ「ぼ……」という一言だ。その後に必ず「私」と口にするので、ああこれはだんの口調は「僕」であり、今は努めて大人びた口調でいるのだと察してしまう。

 可哀相かわいそうに、彼は彼できっと無理やりこの場に呼ばれたのだろう。

 自分と同じでくわしく聞かされていないのかもしれない。もっとも、レナは聞かされていないというより、自ら聞こうとはしなかったわけであるが。

 なんにせよ、これほどまでにそうめいであり庶民のレナに対してもやさしくおだやかに接し、そして美しい青年、もとい少年にこれ以上自分の相手をさせるのは申し訳なさすぎた。


「エリアス様、今日はありがとうございました。お話しできてとても楽しかったです」

「ぼ……私もです」


 また「僕」と言いそうになったのだろう、いっしゅんの間ができるがそれ以外はエリアスの本心であるようだ。かべた笑みが初めて年相応の幼さを見せ、レナの中の母性なのか人としての欲なのか、とにかくそんな感情がぶわっとがる。が、それと同時にこれはもしや想定していたよりもさらに若いのではないか、というわくもレナをおそった。


「あの……エリアス様、一つおたずねしてもよろしいですか?」

「なんでしょう?」

「大変失礼ながら……今、おいくつで……?」

「じゅうご……、ななです! 十七、に、なったばかりのじゃくはいものですみません」


 じゅうご! 十五って言った!!

 まさかの十五歳! 未成年ーっっっ!! 

 ぎょっと目を見張った後、あわてて笑みを張りつかせるが、聡明な彼にはレナのどうようが伝わったらしい。気の毒なほどにかたすぼませ「すみません」と何度も口にする。


「貴女の貴重な時間を、僕なんかに使わせてしまって……」

「それはこちらの台詞せりふです! エリアス様、どうか顔を上げてください」


 シュン、とうなれた姿はまぎれもなく十五歳の少年だ。

 王族やそれに連なる家系であるならば、つながりを求めて幼いころからこんやくしゃがいたりもするかもしれないが、そうでなければこうして外で見合いをして婚約者を探すとなると十五歳は若すぎる。

 アインツホルン家が長く続くゆいしょ正しきいえがらであるとしても、わざわざこうして外で見合いをする必要もないはずだ。


「謝罪をしなければいけないのは私の方です。アネッテ伯爵夫人がきっとご無理を言ったのでしょう?」


 え、とエリアスが顔を上げる。


「夫人は私がずっと独り身でいるのを心配してくださっているんです。これまでも何度かそういうお話をいただいてはいたんですが……今回は私も断れなくて」

「いえ、僕は」

「あ、でも夫人は基本的にいい方ですよ? ってああだ、基本とか言っちゃ失礼ですね。アネッテ夫人はちょっとおせっかいなところもあるけれど、ほがらかで優しい方なんです」

「はい……それは、僕もそう思います」


 それでもやはり貴族としてのごういんさというか、すごみを感じるが今はエリアスの同意を得られたのでレナは良しとした。


「エリアス様は今日のような席は初めてですか? ……私は初めてだったんですけど」

「僕も初めてでした。だから、という言い訳にしかなりませんが、上手にえなくて申し訳ありません」

「おっとそれなら私の方がひどいですからね! 初っぱなで転びましたから」


 それは、とエリアスは口を開きかけたが、レナは茶目っ気たっぷりのがおで制す。


「それなのに笑うでもなく、あきれるでもなく、見事な対応をしてくださったのはエリアス様です。あれ以上のしんな振る舞いは見たことがないですね! 少なくとも私は!」


 そう力説すれば、エリアスは少しばかりほっとしたような表情を浮かべた。


「こんな私にもエリアス様はらしい対応をされていましたから、どうぞこれからは自信を持ってください。次にお見合いの席が設けられた時はバッチリですよ!」


 次に、ということは今回は残念ながらという話だ。エリアスもそれを理解したのか少しばかりさびしげに笑みを浮かべる。


「そうですね……僕ではあまりにもふさわしくない」

「え、いやちがいますよ? 相応ふさわしくないのは私の方で」


 まさかそう返されるとは思ってもみなかった。レナはていせいするが、エリアスは首を横に振る。


「貴女はとても素敵な方です。だから、やはり僕みたいな人間とはこれ以上関わらない方がいいと思います」


 気をつかわせている、にしてはエリアスのかもす空気が重い。

 悲しみにあふれ、それでいてどこかあきらめてもいる。こうなるより他にない、と無理やり自分をなっとくさせている姿にレナは慌てて口を開く。


「あの、エリアス様、違いますからね? 相応しくないのは私です。身分はもちろん、年が上すぎるというのもなんですが、それ以上に……あの、私の話はご存じですか?」


 思い出すだにずかしい。しかしエリアスをこのままにしておくのは申し訳なさすぎる。


「すみません……この年まで、ほとんど社交の場に出たことがないので……」

「いえいえいえ! むしろお耳をよごしてなくて良かったです! まあ……今から直接そうしてしまうわけですが……」

 

 はは、とどうしたってった笑みが出てしまう。

 レナは三回ほど深呼吸をかえすと、できるだけ平静をよそおって話し始めた。


「実は私、こんやくをされたことがありまして――」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る