1-4


 ――数時間後。ディオンの屋敷の応接室で、エミリアはガチガチにきんちょうしていた。


(………………屋敷って)


 そこは、はくだいていたくだった。不潔なアジトに連れ込まれると思い込んでいたエミリアは、思考停止におちいっている。


「お茶でございます。だんさまがお見えになるまで、ごゆるりとお待ちくださいませ」


 メイドに出された紅茶から、優美な香りと湯気が立ち上っていた。


(あの男、ただの野盗じゃなかったの!? このお屋敷、どう見ても領主ていレベルだけど)


 今のエミリアは、うすよごれた旅装から空色のドレスへとえさせられていた。屋敷に着くなり、ディオンがメイド達に「彼女の世話をしてやってくれ」と命じたのだ。浴室へ導

かれ、れいにされてドレスを着せてもらったのはついさきほどのことである。


「待たせたな」


 応接室に入ってきたディオンの姿に、エミリアは目をみはった。砂漠にいたときのな印象とはまるで違う。シャツと黒のトラウザーズという服装はシンプルだがほうせいの良さがきわっており、汚れを落として整えたきんぱつは先ほどよりさらにきらびやかに見える。

 今の彼のちはまさに、おうこう貴族のそれだった。


「あなた一体、何者なの!?」

「名乗りがおくれて失礼した。俺はディオン=ファルサス・ログルムント。王家直轄領ヴァラハの現領主││そして女王ヴィオラーテ=ファルマ・ログルムントの弟だ」


 彼はゆったりと歩み寄り、エミリアのいろの髪をひとふさ手にとってしょうした。


「俺を雇いたいんだろう? 詳しい雇用条件を相談しよう」


 一方のエミリアは、すっかり平静を失っていた。


「ちょ、ちょっと待って、あなたが王弟殿下ですって? じょうだんたいがいに……」

「ところが冗談じゃないんだ、これが」


 ははは。と快活に笑う彼を見つめ、エミリアはパニックに陥っている。


(そういえば……)


 エミリアが思い出したのは、聖女カサンドラにふんして数年前にこの国に表敬訪問したときのこと。その際に謁見した女王ヴィオラーテは、確かにディオンそっくりの美貌の持ち主だった。深い青にたんりょくしょくのきらめきを散らしたような目の色も、陽光に似た金髪も。

 ……ということは。目の前のこの人は、本当に王弟殿下なのだろうか。


「でも! それならなんで、野盗の恰好でりゅうりなんかしていたんですか!?」

「竜狩りは俺のしゅだ。ヴァラハ領は魔獣の多い土地がらだから、趣味と実益をねてよく狩りに行っている。それに俺は、自分が野盗だなんて一言も言ってないぞ? 俺が砂の民の民族衣装を着ていたから、野盗とかんちがいしたんだろう?」


 うっ。と声を詰まらせるエミリアを、たしなめるようにディオンは言った。


「砂漠では、あの恰好が一番機能的なんだ。というか、砂の民と〝野盗〞を安易に同一視するのは気に入らないな。実際に砂の民に襲われたことはあるのか?」

「…………ないですけど」

「だったら、へんけんで決めつけるのは良くないぞ」


 確かに、偏見は良くない――エミリアは肩を落とした。


「何はともあれ、俺がぐうぜんあの場に居合わせたのは幸運だった。君は命拾いしたし、俺は君というけっこん相手に出会えたんだから」

「結婚相手? ……なんの話をしてるんですか?」

「報酬の話だよ、『君が欲しい』と言ったじゃないか。俺と結婚してくれ。いいように扱える、、、、、、、、都合の良い女、、、、、、を探してたんだ」


 はぁ!?とエミリアはけんかんあらわにした。


「何それ最低!! 王弟のくせになんてふしだらな……」

「ふしだらか? 契約結婚の話だぞ? 俺は〝用心棒〞として君に雇われ、報酬として君が俺の妻役を演じるんだ。悪くない話だと思うんだがな」


 要するに、形ばかりのおうていになってもらいたいんだ││ と、ディオンは続ける。


「王弟妃として最低限の公務はしてもらうが、それ以外は自由に過ごして構わない。一方で、俺は用心棒としてあらゆる危険から君を守ろう。君の過去やじょうについてはいっさいせんさくしないし、ログルムント王国の平民として、い感じの経歴をねつぞうしてやるよ。密入国者、、、、の君にとって、これ以上ない好条件だとは思わないか?」


〝密入国者〞を強調して、ディオンはニヤリと笑っている。


「……それって、きょうはくですか」

「そうだよ。普通に考えて、王族が密入国者をのがすのはダメだろ? きっちりたいして、君の国に送り返さなきゃな。でもまぁ、俺の妻になってくれるなら……」


 ずるい。と言いたかったが、王弟相手に言える言葉ではない。彼がなぜ形ばかりの妻を求めているか知らないが、ともかくエミリアは〝都合の良い女〞として適任らしい。


「契約期間は最低七年。あとはずいこうしんでどうだ?」

(都合よく転がされてる気がするわ。でも確かに、条件は悪くないかも……)


 彼の提案を拒んでレギト聖皇国に送り返されるより、王弟妃を演じて生きるほうがマシだ。しかも身の安全は保障されるという。契約期間が七年というのも、替え玉として十年も働いてきたことに比べれば、むしろ短い。


にせ聖女から偽の王弟妃になるなんて、ちょっと皮肉ね……)


 そのときノックの音が響き、一人の侍女が入室してきた。気を失っていたダフネが目覚めたという報告を聞いて、エミリアは安堵の笑みを零す。


「従者様は、おじょうさまのご無事を確認したいとおっしゃっています」


 報告を終えて侍女が退室したのち、ディオンが声をかけてきた。


「従者のことが心配だろ? 顔を見せてくるか? 俺との話は、あとでも構わない」


 エミリアは、ダフネのことを考えた。隣国の王弟と契約結婚をするなどと聞いたら、ダフネは目の色を変えて反対してきそうだ。だったら――。


「いいえ。殿下とのお話をきちんと固めたあとで、ダフネに説明しに行きます。……私があなたの妻になれば、ダフネの安全も保障してくださいますよね?」


 当然だ、とそくとうしたディオンに向かって、エミリアは少し緊張しながら頭を下げた。


「でしたら、私は異論ありません。契約しましょう、ディオン殿下」



*****



 ――場所は変わって、レギト聖皇国。エミリアが脱獄した翌朝のことである。きゅう殿でん内の自室で目覚めたカサンドラは、朝から晴れやかな気分だった。

 そろそろ報告が来るかしら。と思っていたら、侍女達が緊張のおもちで入室してきた。


「カサンドラ皇女殿下、皇帝陛下がお呼びでございます! 大至急で、とのことでした」


 顔をこわばらせる侍女達とは対照的に、カサンドラはゆうたっぷりの笑顔だ。


「あら、そう。分かったわ。それなら、すぐにたくをして頂戴」


 たくを整えさせながら、カサンドラはゆうゆうと窓の外をながめている。大勢の兵士達が、何か、、を探しているように動き回っていた。


「今朝は随分とあわただしいけれど、何かあったのかしら」


 侍女にたずねると、侍女達はこんわくした様子で分からないと答えた。


「まるで、罪人が逃げ出したような慌てぶりねぇ……うふふ」


 兵士達が誰を探しているのか、カサンドラはよく知っている。――なぜなら、ダフネに、、、、命じてエミリアを脱獄させた、、、、、、、、、、のは、カサンドラだったのだから。


(エミリアが消えて、清々したわ。あんな子、むごたらしく殺されればいいのよ!)


 愉悦にひたりながら、カサンドラは幼いころからの日々に思いをめぐらせていた――。

 ――バカで便利な子。カサンドラは、出会った頃からエミリアをそう思っていた。

 エミリアが髪を染め、変装しながら先輩聖女のもとで仕事を学ぶ姿は滑稽だった。このまま一生替え玉として使いつぶされるとも気づかず、エミリアは多忙な皇女の代役を一時的にしているだけ、、、、、、、、、、だと思い込んでいたのだから。


『カサンドラ様、私も早く一人前になりますね。そしたら一緒に頑張りましょう!』


 エミリアにそう言われたとき、この子は筋金入りのバカだと思った。エミリアがよく働くのも誰に対してもフレンドリーなのも、愚かさゆえに違いない。……あのぶっちょうづらのダフネにすら、親しげに接しているのだから。


(本当にバカな子ねぇ。ダフネは専属侍女なんかじゃなくて、監視役、、、なのに!)


 ダフネは侍女けん護衛役というかたがきあたえられているが、実際には〝皇家のかげ〞と呼ばれる皇帝直属の暗殺者集団に属する女だ。エミリアを替え玉にえるとき、皇帝は監視役としてダフネをばってきした。エミリアが逃亡をはかったときにかくするのが、ダフネの役割だ。

 エミリアは、皇城のはずれにたたずむ古いとうに居室を与えられている。替え玉をするとき以外は外出禁止で、完全に〝かごの鳥〞である。にもかかわらずエミリアが毎日楽しそうなのは、「バカすぎて自分の不幸に気づけないから」に違いない。


(エミリアがうらや)ましいわ。だって|賢《かしこいわたくしは、自分の不幸に気づいてしまったのだもの……。わたくし、聖女になんて生まれたくなかった!)


 聖女は人々に崇拝される尊い存在だが、その仕事は楽ではない。この広大な大陸西部にたった九名しかいないのだから、激務となるのは当然だ。様々な病やケガに苦しむ人々を、日夜救い続けなければならない――たとえ老いても、げんえきとして働ける限りはずっと。

 人間は、生まれる場所を選べない。王侯貴族に生まれた者はその地位でいっしょうがいの務めを果たし、平民に生まれた者は平民として国を支える。そして、聖女という特異な星の下に生まれた者は、聖女として生きることをいられる。それがこの世のことわりだ。

 聖女のはいしゅつこくであるレギト聖皇国で皇族出身の聖女が生まれたのは、建国以来初めてのことだった。それゆえ、カサンドラは〝聖皇女〞として国内外に注目されている。


(でも、わたくしは普通の皇女に生まれたかった。はなやかな社交場こそがわたくしに相応しいし、わたくしはすでに尊い存在なのだから、聖女の肩書なんて不要だもの)


 カサンドラは、聖女の仕事を嫌がった。皇帝に「聖女の仕事にはげんでおくれ」と頼まれても、理由をつけてはサボろうとする。「そんな雑務、他の聖女クロエにやらせてくださいませ! わたくしは皇女ですもの、聖女の仕事などいたしません!!」の一点張りだ。

 だから「背恰好もねんれいも同じエミリアを、カサンドラの替え玉として使おう」という話になり、カサンドラは喜んだ。自分は聖女の現場から遠ざかりつつ、人々から〝聖女カサンドラ〞としてしょうさんされるのだから、良いことずくめだった。

 ……だが。それでもまだ、カサンドラは自分のきょうぐうに不満を持っていた。


(わたくし、やっぱり聖女なんて嫌!! ……もし聖女に生まれなければ、ディオン殿下と結婚できたのに、、、、、、、、、、、、、、!!)


 幼い頃のカサンドラは、隣国の第一王子ディオン=ファルサス・ログルムントにおもいを寄せていた。皇帝もカサンドラの意向をよく理解しており、隣国にいくもディオン王子の婿入り、、、しんしていた――「希少な聖女カサンドラを他国にとつがせる訳にはいかないから、貴国の王子を婿むこりさせよ」という体である。しかし、王位けいしょう権上位の第一王子を婿入りさせる訳にはいかない、という理由で実現しなかった。カサンドラが十二歳になる頃には、皇帝はディオンをあきらめて自国内でこんやくしゃを探すことに決めたのである。

 当時のカサンドラは、おおれだった。


「ディオン殿下だって、わたくしと結ばれたかったに違いないわ。だって、あんなに優しい笑みを、いつもわたくしに向けてくださっていたもの。ああ、わたくしが聖女でなければ、ディオン殿下のもとに嫁いでいって差し上げたのに!」


 さんざん泣いてげんになり、そしてエミリアに八つ当たりする日々……。最終的には美男子として有名なドルードこうしゃくの次男・レイスが婚約者に据えられて、カサンドラの機嫌は落ち着いたのだった。

 レイス・ドルードは美貌と誠実さを兼ねそろえた好人物で、婚約者となったカサンドラにひたむきな愛情を注いでくれた。美男子に愛を告げられて、気を悪くする女はいない。ディオンと結ばれないのは不本意だが、レイスならば悪くないか……という結論に落ち着いたカサンドラなのであった。

 月日は流れ、カサンドラもすでに十八歳。来年にはレイスとこんいんを結ぶ予定だし、相変わらず聖女としての評判は上々。それに、面白くないことがあるときはエミリアに嫌味を言ってらしもできる。カサンドラの人生は、順風まんぱんだった。

 ――あの事件、、、、が起こるまでは。

 その日、レイスは暗い顔をしていた。週に二、三度は彼と皇城で二人きりのディナーを楽しむことにしているのだが、今日のレイスは顔色が悪い。どうしたのかと問うても、彼はなかなか答えなかった。やがて絞り出された言葉は……。


「…………カサンドラ様。あなたは、本当に聖女カサンドラ様なのでしょうか?」


 ワイングラスを取り落としそうになったカサンドラは、平静をよそおって微笑した。


「あら。それはどういうことかしら、レイス?」

「実は……僕は昨日、神殿で働いておられるあなたに会いに行ったのです」

「まぁ。聖務中は気が散ってしまうから、来ないでとお願いしていたでしょう?」

「済みません。ですがどうしても、あなたとお会いしたくて……」


 彼は、きゅうけい時間中の〝聖女カサンドラ〞に面会を求めたそうだ。神官達は彼がカサンドラの婚約者だと知っていたから、休憩室に案内して二人きりにしてくれたという。


「お疲れのあなたは、ソファでじゅくすい中でした。法衣姿ですやすや眠るあなたが……その、とても愛おしくて。その。……見ているうちに、よくが……おさえられなくなってきて」

「それで……どうなさったの?」

がおが見たくてたまらなくなりました」


 罪を打ち明ける者のように、レイスは膝をついて手を組み、カサンドラを見上げた。


「やましい気持ちではなかったのです。ただ一目、眠るあなたのお顔が見たくて。それで、あなたのお顔にかかっているヴェールを、ですね。……めくってしまいました」


 ――レイスったら、なんということを!! と、カサンドラは青ざめた。だがしかし、レイスのほうがもっと真っ青になっている。


「ヴェールの下の顔は、別の女性でした。い化粧をしていましたが、あなた本人ではないことくらい、婚約者の僕には分かります。……あの女性は、何者ですか?」


 大ピンチだ。

 カサンドラはふるえた。この十年誰にも疑われなかったのに、まさかこんな形で暴かれる日が来るなんて……。そして、咄嗟に叫んだのである。


「そ、それはきっと、ニセモノですわ!! 実は最近、わたくし体調が悪くて病欠してましたの。その隙を突いたしんしゃが、わたくしに成り代わろうとしたに違いありません!!」


 ――その結果が、神殿前広場でのさわぎだ。

 宗教行事を執り行っていたエミリアを、カサンドラの騎士達がばくし、投獄した。偽聖

女騒ぎは瞬く間に皇都中に広がっていき、皇帝や皇后、皇太子はおおあわてである。


「カサンドラ! なぜエミリアのことを国民の前でばらしたんだ!?」

「エミリアが悪いのですわ!! エミリアが仕事中にひるなんてしていたから、レイスに正

体を暴かれてしまったのです。だからわたくしは、やむなく」


 逆上したカサンドラの言葉を、皇帝達はぜんとしながら聞いた。昼寝をしていたエミリ

アも、ヴェールをめくったレイスも問題だが、何よりの問題は……。


「しかし、他にいくらでもやりようはあっただろう! 何も公衆の面前で……」


 カサンドラは声を詰まらせた。しかし、やってしまったことは取り消せない。


「ともかく、エミリアを使い続けるのは危険ですわ。くちふうじのためにも、エミリアを処刑してください。今後は名実共に聖女の務めをわたくしが果たしますから!!」


 だが皇帝らは、首を縦には振らなかった。


「エミリアにはまだ利用価値がある。ほとぼりが冷めたら、また使えるはずだ」


 バカにされた気分になった。愚かで卑しい平民娘エミリアよりも、自分のほうがおとっているというのだろうか? 確かにここ十年ほど聖女の仕事からはなれていたが、自分には才能がある。ましてや大人になった今なら、聖女の務めくらい問題なく果たせるはずなのに。

 カサンドラにとって、エミリアは危険分子だ。一刻も早くはいじょしたくてたまらないのに、誰も賛同してくれない。――だから、カサンドラは行動を起こした。


「ダフネ。エミリアを脱獄させなさい」


 彼女はダフネを呼び出して、大金を渡《わた》してそう命令した。


「父上はエミリアを処刑する気はないそうよ。エミリアにまだ利用価値があると思い込んでいるの。……でも、そんなの許せない。だから逃がして、外で殺しなさい、、、、、、、


 ダフネの灰色の目が、いつもよりさらに鋭くなった。


「できるでしょう? 〝皇家の影〞である、お前なら」


 ダフネは何も答えない。〝皇家の影〞は、皇帝、、直属の暗殺者集団だ――だから、たとえ皇女に命じられても、本来従う道理はないのだ。


「うふふ、分かっているわよ、お前は父上の犬だから、私の指示は受けないと言いたいのでしょう? だから特別に、お前にはたっぷりごほうをあげましょう。エミリアをきちんと殺して帰ってきたら、今の五倍の報酬をあげる。そうしたら、一生遊んで暮らせるわよ? 暗殺ぎょうから足を洗って、自由に暮らしなさいな」


 ダフネは顔から表情を消し、しばしの沈黙を挟んで「ぎょ」と答えた。


「自由になれたと喜ばせてから、絶望のふちに突き落として殺してやりなさい。あの愚かなエミリアに相応しい、惨たらしくてくつじょくてきな殺し方でお願いね」

「承知しました。準備を整え、明日の晩に決行いたします」


 ダフネはゆうしゅうな暗殺者だ。失敗などするはずがない。カサンドラは愉悦に笑った。


 ――そして現在に至る。執務室へ入室すると、困惑した様子の両親と兄が待っていた。

 父の話によると、かんごくの番兵は全員毒を盛られて倒れており、ダフネはゆく不明らしい。


「信じられん。まさかダフネが、皇帝わしを裏切ってエミリアを脱獄させるとは……」

「あなた。こんなことが万が一、法王猊下に知られたら――」

「いえ、母上。法王の耳に入るおそれはないでしょう。法王がいるのは、竜の砂囊キサド・ドラグネの果ての法王領ですから。あの砂漠を越えられるのは、我々レギト皇家のみです。……しかし〝皇家の影〞が同伴しているとなると、エミリアの回収は手こずるかもしれませんね」


 深刻そうな家族の話に、カサンドラは微笑しながら割って入った。


「逃げてしまったものは仕方ありません。でも、本物わたくしがいれば問題ないでしょう?」

「随分とご機嫌だが、もしや脱獄にお前が一枚噛んでいる訳ではないだろうな?」

「まさか! 〝皇家の影〞を、わたくしごときが動かせるとお思いですか?」


 実際にはお金でコロリと動かせたのだが、もちろんそれは口に出さない。


「……お前に、本当に聖女の役目が務まるのか?」

「勿論です。むしろそれが、本来あるべき形ですもの」


 ゆうに一礼したカサンドラは、自分の才能を信じて疑わなかった。家族全員がろんげな顔をしていることに、彼女はまったく気づいていない……。

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