1-3
「ダフネ、どうしたのその恰好!?
「お静かに。……牢番には全員毒を盛りました。今ならば、逃げ出せます」
耳を疑うエミリアとは対照的に、ダフネは冷静
「この国を捨てて
「……でもあなたはお城の侍女でしょう? なんで私を逃がしてくれるの?」
ダフネは返答に困った様子で口をつぐんでいたが、やがて言葉を吐き出した。
「……私自身が、決めたからです。エミリア様。どうか、手を」
エミリアはダフネの手を取った。全てを投げ捨て、やけくそで
馬は
このまま無事に街に行けたら、きっと新しい人生が始まる。第二の人生は、どんなふうに生きようか? そんな希望が、エミリアの胸に膨らんでいった。
(今まで聖女の仕事ばかりだったけれど、これからは
――そう思っていたのに!
「きゃぁあああああああああ! だめ、死ぬ。死んじゃう――!!」
全力
「や、やばいよダフネ!! 砂塵竜って、騎士団の一個小隊でようやく
「舌を
ダフネは馬の
(いやぁ――――!! 死ぬ死ぬ死ぬ、死んじゃうよぉぉぉお! せっかく普通の女の子の暮らしができると思ったのに!!
!! あぁああ)
……泣いて
エミリアは一応、攻撃魔法も使える……実戦経験はほぼゼロで、そもそも
「きゃあ!!」
ダフネはエミリアの肩を
「馬が! ……っ!?」
馬は遠ざかり竜は迫る。砂塵竜の巨大な
――終わった。第二の人生スタート目前で、全人生が終わってしまった。
(いやぁああ! 食べないでぇえ!)
ダフネを抱きしめ、エミリアが声にならない悲鳴を上げたその瞬間。
一足飛びに竜の頭上まで
「――はっ。生きのいい竜だな、
その男は楽しそうに笑っていた。
(……誰、この人!?)
男が纏うのは、〝砂の民〞の民族
(砂の民なの? でも、
砂の民の
本来なら十数人がかりで戦うべき竜が、たった一人の男に
(竜討伐は、十人以上でするものなのに……。あの人、こんなに簡単そうに)
「エミリア様。今のうちにお逃げください」
ダフネを振り返り、エミリアは驚愕に顔を
「ダフネ、頭から血が!! それに真っ青だよ……まさか竜毒にやられたの!?」
砂塵竜の
「解毒は不要なので、今すぐ逃げてください。あの男、戦いながらこちらを
ダフネの悪化は明らかだった。砂に膝を付き、呼吸が浅くなっていく。
「逃げるならダフネも一緒に決まってるでしょ!? 大丈夫、すぐに解毒を――きゃあ!」
エミリアが言い終わらないうちに、ダフネは彼女を突き飛ばした。
「さっさと逃げろと言っているでしょう!!」
ダフネが声をふりしぼるのと同時に、巨大な竜が
「この程度か。もう少し楽しませてほしかった」
そう
「……君は、」
男は海のような青色の瞳を、驚いたように見開いている。
得体の知れない男だ――エミリアは、
「それ以上近寄らないで!」
しかし、男は止まらない。
「近寄らないでってば――来ないで!!」
(この男、何者なの? どう見ても野盗だし、竜の次は私達を襲うつもり?)
「密入国してきたのか」
男が
「竜毒の解毒
……何を言われたのか、一瞬、理解ができなかった。
「ほら。早く飲ませろ、
解毒剤を……野盗が? 驚いて男を見上げれば、彼の瞳は
「それを飲ませておけば、死ぬことはない。あとはよく休ませてやれ。竜毒にやられると、二、三日は体の自由が
ダフネに解毒剤を最後の
砂の民と
彼らは全員、野盗の仲間に違いない。
「またディオン様は、一人で勝手に行っちまうんだから」
「ディオン様。
(……このディオンとかいう男は、野盗のボスなのね。どうりで
エミリアがそう考える間にも、手下達とディオンの話は続いていた。
「おいおい。俺が今まで何
ディオンが視線をこちらに投じた。手下達も、エミリア達を見る。
「ディオン様、彼女らは何者ですか?」
ディオンが「密入国者だ」と答えると、三人はやや鋭い目つきに変わった。エミリアは、ダフネを抱く手に力を込める。
「で。どうする? 密入国のお
「どうする、って……」
「馬はどうした? まさか、徒歩でここまで来た訳じゃないんだろ」
言われて今さら気がついた。――そうだ、馬には逃げられてしまった。エミリアのうろたえぶりが
「わ、笑わないでよ……! なんとかするから、ほっといて」
「ケガ人を連れて、どうやってなんとかするんだ? しかも密入国のクセに」
うぅ……。と言葉に
「
エミリアは目を見開いた。ディオンの手下達も驚いている様子だ。
「困ってるんだろ? 領都まで運んでやるよ、
野盗なんか雇うものですか! と
「…………分かったわ。あなたを雇わせて
ディオンは「
「きゃあ! ちょっと」
ディオンは彼女を横抱きにすると、ラクダに座らせた。ディオンに指示されて、刀傷の老人がダフネを抱えてラクダに乗る。「それじゃあ、行こう」というディオンの合図で、全員が領都の方角へと進み始めた。
砂漠の
「安心したか?」
すぐ後ろからディオンの声が降ってきたので、びくりとしてから表情を
(……ダメだわ、ちゃんと
エミリアはよく、ダフネに「人が良すぎる」と𠮟られる。どうやら自分は騙されやすい性格のようだから、きちんと警戒しないといけない……気を引き締めよう。
「ぷっ。やっぱり面白い女だなぁ! 表情がコロコロ変わる」
何が面白いのか、ディオンは後ろで大笑いをしていた。……こんな男に
「ここまでで十分よ。足代をお支払いするわ。おいくらかしら」
「何言ってるんだ?
「――へ?」
「あと、俺の求める報酬は金じゃない。俺が欲しいのは、君だ」
気丈な笑みはどこへやら。エミリアはさぁぁ……と、真っ青になった。
「そ、それってまさか野盗の情婦になれってこと!?」
「ん? まぁ、そんな所かな? 俺の
逃げ出そうとするエミリアをがっしり
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