第一章 偽聖女、夜逃げする
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エミリア・ファーテは
だが、彼女は一人ぼっちではなかった。父の所属していた鉱山組合の親方夫妻が、エミリアを引き取って
「あたしらの住むこの大陸は、竜の形をしてるんだってさ。
かつてこの世に陸はなく、無限の空と海だけだった。雲の上には神族と竜族が住み、人間は存在しない。神と竜は仲良しだったが、あるとき一頭の竜が神に
「大陸は五つの地域に分かれていてね。竜の〝頭〞が大陸北部、〝しっぽ〞が南部、〝
大陸中央の〝竜の心臓〞にあたる部分には、大きなオアシスがあるそうだよ――と、おかみさんは言った。そのオアシスは法王領といって、この大陸で一番えらい〝法王〞が住んでいる。法王は最強の軍隊を持っていて、本気を出せば国一つくらい簡単に
「法王様は大陸で一番強いけど、女神様との約束で、できるだけ他の国に口出ししないことになってるんだって。だから東西南北の四つの〝聖皇国〞にそれぞれの地域の
エミリア達のレギト聖皇国は大陸西部のリーダーで、左翼の付け根部分にあるという。
「聖皇国は、特別なんだよ。だって、聖女は聖皇国でしか生まれないからね」
聖女とは、聖なる力を持つ女性。〝
「聖女は大陸西部にたった九人しかいない、本当に尊い女の人なんだよ」
おかみさんの話を聞いて、エミリアは「世界って広いんだなぁ」と思った。しかしエミリアにとって、自分の暮らす鉱山街が世界の全てだ。外の世界に出てみたいと思うことはなかったし、ましてや自分に〝聖女〞の力が
悲劇は、エミリアが八
死んじゃやだ!!
と、エミリアは
ぽかんとしているエミリアを、大人達が
「……今の力。まさか、エミリアは聖女なのか!? 〝
結晶光。それは雪の結晶に似た魔力の光で、聖女が全力で回復魔法を使ったときだけ舞い上がるものだ。
聖女以外の人間が回復魔法を使っても、結晶光は発生しない――ちなみに、一般的な火風地水の魔法や回復魔法などは、先天的な資質があれば聖女以外の者でも使える。大陸全土で二割程度の人間が、魔法の適性を持つというのが通説だ。
居合わせた者達は「聖女
「すぐに領主様に報告しねぇと! 聖女を
この大陸には、法王の定めた〝大陸法〞という絶対的な法が存在する。
大陸法の条文の一つに、『聖女の能力を持つ者を
――今思えば、それが
(……なんだか夢みたい。私に聖女の力があったなんて!)
皇城内の
(聖女になったら、皆をいっぱい助けたいな。私のお父さんとお母さんは、赤ちゃんのときに死んじゃったけど……聖女の力があれば、いろんな人を幸せにしてあげられるもの)
故郷の街では、大切な人達の命を救うことができた。くしゃくしゃに泣きながら「ありがとう」と抱きしめてくれた親方達の
皇帝に「
「回復魔法を
ぺこりと一礼をしてから、エミリアは全力で回復魔法を発動してみせた。おびただしい結晶光が舞い上がるのを見た皇帝は、
「あら、何よ、その程度? わたくしのほうが、もっと
と、玉座の
「カサンドラ、お前が立派な聖女なのは知っておる。だが今は、この者の
「でも父上、わたくしのほうが! ……ふん!」
「エミリアよ。そなたの才能の
「ありがとうございますっ!! 私、頑張ります!」
皇帝と皇太子が黒い
そして、聖女見習いとしての実務実習が始まった。期間は三年で、クロエという
聖女の仕事は〝竜鎮め〞と〝
「クロエさん。どうして私、カサンドラ様の変装をしなきゃいけないんですか?」
エミリアが聖女の仕事を手伝うときは、必ず
クロエは、なぜかやたらと気まずそうな顔をして、言葉を選んでいる。
「……そ、それはね。皇女
「カサンドラ様は見習いじゃなくて、もう本物の聖女なんですか? まだ八歳なのに、すごいですね!」
「え、ええ。そうね……さすがは皇女殿下よね」
――そっか。カサンドラ様はもう本物の聖女だから、実務実習はいらないのね。あまり神殿に来ないのは、
「分かりました。そういうことなら、代役は任せてください!」
「ありがとう。……あなた、本当にいい子ね」
同い年で聖女の力を持つ者同士。エミリアはカサンドラに仲間意識を持っていた。だから久々にカサンドラに出会ったとき、エミリアは親しげに話しかけたのだが――。
「カサンドラ様、私も早く一人前になりますね。そしたら
「……ふん。お前って、本当に
取り付く島もなく、カサンドラは鼻で笑って
(うわぁ。すごいトゲトゲしてる。皇女の仕事って、よっぽど忙しいんだろうな)
ぽかんとしながら、エミリアはカサンドラの背中を見送っていた。
――あっという間の三年間。実務実習を無事に終え、エミリアは十一歳ながらも一通りの仕事を一人でこなせるようになっていた。
皇帝からは
でに一人前だ。クロエは他国に
……気になることと言えば、相変わらずカサンドラの代役を務めていることくらいだ。
エミリアが変装をして神殿に立つと、皆が幸せそうな顔で言う。
「聖女カサンドラ様だ! なんと
「尊い皇女のお立場でありながら、直接民を癒してくださるとは……なんと
(……私、いつまでカサンドラ様のニセモノを続けるんだろう?)
大切なのは皆が幸せになることだし、自分は裏方でも構わない。……でも一時的な代役ならともかく、何年も皆を
だからエミリアは皇帝に
「いくら忙しくても、カサンドラ様が全然聖女の仕事をしに来ないのは問題だと思うんだ。陛下にお願いしたら、カサンドラ様のスケジュールを見直してもらえないかな」
「……おやめになったほうがよろしいかと」
切れ長の目をすがめ、ダフネは
侍女。武芸に
「でも、
「どうしても行くおつもりですか? ……仕方ありませんね、私も
エミリアはダフネを連れて、法衣の姿で皇帝の
執務室のドアをノックする直前、エミリアは室内から
「ヘラルドよ、お前のおかげで〝聖女カサンドラ〞の名声は国内外に
「僕の言った通りでしょう、父上。プライドばかりで働く気のないカサンドラに聖女の教育を
――無知な平民? 替え玉!?
「まったくだ。カサンドラは昔から『聖女なんてやりたくない』と
(じ、自由時間!? カサンドラ様は、皇族の仕事で忙しいんじゃなかったの!?)
エミリアは
「わしも本音では、
(私が聖女になれないって……どういうこと!?)
「ふふふ。エミリアは
「その通りだ。法王
「存在を
はっはっはっは。……悪どい笑い声が、エミリアの耳に
「エミリアは一生、我らの
よろめいたエミリアを、ダフネが支える。
「お部屋に
ダフネに肩を支えられたエミリアは、ふらふらしながら自室に戻っていった――。
「……………………私、騙されてたんだね」
その夜、ベッドに伏してエミリアは声を
「お
……ということは、ダフネも知っていたのだ。
クロエもダフネも全部知っていて、知らなかったのは自分だけ。都合よく働かされ、裏では無知な平民呼ばわりされていた。……それに、一生ニセモノだなんて。
「こんなのずるい。カサンドラ様の
いっそ逃げ出してやろうか。そんな気持ちが、込み上げてくる。
「
ダフネはそう言うけれど、逃げ出すことはできる気がする。エミリアの顔は世間には知られていないから、聖女の力を隠せば
(……私は、本当にそれでいいの? 逃げたらもう、聖女の力は使えないんだよ?)
今の暮らしは、幸せだ。朝から夜まで神殿に立って病気やケガの人を癒すのも。竜化病の人を救うのも。人々は「救ってくれてありがとう」と言ってくれるが、救われているのは自分自身だと思う。一人ひとりの
(騙されたのはむかつくけど。……私、やっぱり聖女の仕事はやめたくないな)
青い石が
「……私は逃げない。聖女の仕事を、ずっと続けたい。カサンドラ様のフリをするのは
ダフネが
「皇家に利用され続けると知りながら、あなたは
「利用されるだけじゃなくて、私も皇家を利用し返すの。変装さえすれば、私は〝聖女〞を続けられるんだから。この仕事が大好きだから、絶対やめたくない」
ダフネは
「このまま泣き寝入りしたら、なんか負け犬みたいで
を続けて皆を幸せにするし、自分も幸せになるの。それが、私の〝勝ち〞だよ」
「……あなたの思考は理解に苦しみますね」
皇帝達の悪意に
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